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その瞳には、毒がある  作者: 小娘
その娘、疾走する
47/60

破綻は番い

(ピッコロ大魔王が卵を吐き出す絵文字)

 戦闘が始まったとき、ジスレーヌは隠密行動を取るよう指示された面々を、彼女にしか導くことのできない地点へと下ろした。セレスティアは一人で、リーンたちは三人で、戦場の音楽をはるか遠くに聞きながら、敵部隊の殲滅に動き出していた。


ロイドの推測では、敵は中央にすべての戦力を投入するはずであった。敵にしてみれば、そうする他ないのであるが。しかし、私が思い出すのは、あの白狼族の屍の群れが、摩訶不思議にも姿を不可視にし、突如として飛び出してきた、あの情景である。彼はそのことを知らないのだ。過去は変えられないのだから、私が考えても仕方のないことか。


彼は町を突破されなければ勝ちであると考えていた。というのは、アーテルニアからは旧王都に向けて至極丁寧に道が整備されており、町を抜けるのを許すということは、どうぞ城をお訪ねくださいとわざわざ言ってやるようなものだったからである。だから、テオたちを門番に残したというわけだ。


「あれって、避けれるもんなんかな?―なあ、後で敵が来たら、どっちが当たらないでいられるか勝負しようぜ!」


遠くから響いてくる轟音を聞きながら、テオはジリアンに向かって言った。あれ、というのはもちろんコスタト軍の持つ兵器のことである。それを耳にしたアメラは彼の能天気さに辟易したように顔を上げた。


「馬鹿だろ、お前」


「その可能性とそうじゃない可能性は同じくらいある」


「結構なことですね」


ジリアンはその阿保具合に最早腹も立てず、淡々と言った。テオは謎のしたり顔をしている。


「おうよ。で、やんのか?」


「遊ぶならお一人でお願いします。ただ、もし怪我をしたくないのなら、私の指示通りに動くことをお勧めいたしますが」


「そうだ!ジルってば、どこに弾が飛んでくるかわかっちゃうんだろ?…いや、でもあんま能力使うと、途中でぶっ倒れんじゃねえの?」


「ご心配には及びません。直後の未来を知るのは労力のいることではありませんから」


「そうかよ」


テオがそう言ったちょうどそのとき、どこから入って来たのやら、十名ほどの一団がこちらに駆けてきた。テオは嬉々として刀を抜いた。


「来ると思ってたぜ。いっちょ暴れてやるか!」


白狼の姿になったアメラが先陣を切り、負けじとテオが走り出した。その後ろをほとんど張り付くようにジリアンが続いた。コスタト兵は距離を詰められる前に相手を仕留めようと武器を構え、弾丸を放った。狙いすます者もいれば、考えなしに撃つ者もいた。結局どれも当たらなかったのだから同じことだ。


アメラが一人の喉笛に噛みつき、彼女の白い毛並みが汚れた。二発目は、半分がアメラを、もう半分がまだ向かって来る途中の二人を狙った。アメラは器用に兵士の陰に隠れて盾にした。ジリアンの指示通りに身をかわしたテオの頬を弾がかすめた。


三発目、白狼に狙いを定める兵士の腕を、ようやく追いついたテオが切り落とした。兵士は悲鳴を上げ、自分の腕を拾って逃げ出した。追いかける代わりに、ジリアンは落ちた武器を取り上げ、数瞬待ってから引き金を引いた。弾は命中し、逃げた兵士は倒れたが、反動が大きかったせいで彼女は尻もちをついた。テオが場違いにも口笛を吹いた。すると、兵士の一人が叫んだ。


「くそ!おい、撤退するぞ!」


言い終わるが早いか、彼は駆け出していた。あれこれしているうちに半分ほどになってしまったその兵士の一団は、彼に続いて全速力で走り始めた。ジリアンがもう一度武器を使おうとしたが、考えてからやめた。


「使わねえなら貸せよ」


テオはそう言って彼女から武器を受け取り、よく狙いもしないで弾を放とうとした。が、あの轟音は鳴らず、弾が飛び出した様子も見られなかった。ジリアンは言った。


「弾切れです」


「先に言えって…」



「ロイドさん、長く持たないでしょうね」


塔の小窓から中央の戦線を見下ろしていたアンドルーは、瞬きを繰り返しながら言った。戦場では、ロイドのおかげでコスタトの兵器が無力化され、接近戦に持ち込むことができていた。黒豹の力もあって、死傷者―特に前者―はあちらのほうが多かったが、それもロイドの緋の暴走が続く限りの話であった。


「それは残念ですわね。陛下がいらっしゃらなければ、上手くいっていたのではありませんこと?」


そう返しながら、ジスレーヌは鷲目の緋石を手で弄んだ。


「…ジョーイ、そちらはどうですか?」


アンドルーは振り返らずに尋ねた。ジョーイは負傷者の治療に勤しんでおり、もう何人もの兵士や黒豹の傷を癒しては戦場に送り返していた。彼は大きな針を扱い、どうやらそれを患部に突き刺すことで、”命”を無駄にしないで傷を完治させることができるということらしかった。変なことを考えたものだ。


「順調さ。だが、この調子じゃ、俺の命が尽きちまうかもな!ハッハー!!」


冗談めかして言うジョーイとは裏腹に、アンドルーはしかつめらしい返答をした。


「使った分はあとでロイドさんが返してくれると思いますけど、それにしても弱りましたね。俺たちのほうが効率良く回復ができているのは確かですけど、きっと向こうとは蓄えの差がありますし。消耗戦に持っていかれたらお終いですよ」


「否定はできんな。奴らは亜人をいじめるのが趣味ときてるから…」


そう言いながら、ジョーイは最後の怪我人を送り出した。アンドルーはつい振り返って、一息ついて身体を伸ばす彼をまじまじと見つめた。


「何ですって?どういうことです?」


ジョーイは一瞬目を泳がせ、それから突然すました顔をして何事もなかったかのように立ち上がった。


「ん…いや、何、コスタトじゃ、亜人はほとんど奴隷みたいな扱いを受けてるのさ。それで恐怖心を煽って糧にするって寸法だ。あのミカゲって頭領が牙を剥く判断をしたのはそれが理由だろうよ」


「そんな、おぞましいことが…どうしてもっと早く言わなかったんですか!」


アンドルーは嫌悪感に目を見開きながら―それが緋いままだから、どこかぞっとさせられるのだが―、小窓を離れて医者に詰め寄った。


「いつ言やあ良かったってんだい、あんちゃん!それに、これを知ってもどうにもならんだろ、な?」


「それは、そうですけど…」


アンドルーは力なく首を振った。すると、ジスレーヌが唐突に振り返り、さも感心したような表情を装って言った。


「ジョセフ、あなた、私が思っていたよりもずっと良く物を知っていらっしゃいますのね」


はにかみかけたジョーイは、彼女の視線が冷ややかであることに気付き、すっと口角を下ろして彼女を見据えた。それからまた快活な笑顔を取り戻し―なんと忙しい表情筋だろう!―、声を張り上げて言った。


「なあに、物知りってほどじゃないさ、奥さん!ちょいと向こうにいたことがあってな。こういう話は民衆にも普通に伝わってるんだ」


「あら、そうでしたの」


そう言ってジスレーヌは小窓に向き直り、緋石を覗いた。


「ところで、奥さん。目が充血してるようだが、昨日はちゃんと休んだかい?」


「そういう暇つぶしはこちらじゃ通用しなくてよ。―ほら、負傷者ですわ」


ジスレーヌはいささか乱暴に負傷した兵士をこちら側に引っ張り出した。ジョーイは乾いた笑い声を上げ、仕事を再開した。ジスレーヌの横に戻って来たアンドルーは、戦場に目をやり、ロイドがこちらに手で合図を送っているのに気付いた。


「ロイドさん、俺たちのこと呼んでるじゃないですか。どこを見てたんです?」


「兵士が傷を負うところですわ。あなたこそ、どちらにいらしたの?」


慣れた応酬もほどほどに、ジスレーヌはロイドのほうに頭だけ出し、何の用かと尋ねた。


「アンドルーを下ろしてくれ。このままじゃ埒が明かない」


小言を言わない辺りからして、長く待っていたわけではなさそうだ。


「彼は開け方はおろか、越え方も知らないのではなくて?」


「場所を知らないだけだよ。それさえわかれば、矢一本で何でもできる男さ」


「どちらに連れて行けば良いのかしら?」


「イーサンたちのところだ。後方を崩して、一気に突破する」


「よろしいんですの?中央はもう持たないでしょう?」


「オスカーも出す。僕の力が使えなくなっても、彼なら戦線を保てるから」


ジスレーヌは戻ってくると、隠密に参加するよう命令が下ったことをアンドルーに伝えた。彼は気のない返事をすると、弓矢とコスタト産の兵器を検めた。それからふと顔を上げて彼女に言った。


「あなたが首のない状態で立ってるのを見て、そこの兵士が泡を吹いて倒れてしまいましたよ」


彼は床に仰向けに倒れている男を指さした。隣でジョーイが笑いを噛み殺している。ジスレーヌは大袈裟に驚いてみせた。


「まあ、なんて繊細な方。何だか、家庭向きですわね」



 セレスティアはまさに一陣の風のように弾の飛び交う戦場を駆け巡っていた。彼女は血を見た。自身の血も、敵の血も。だがそれらは当然すっかり混じり合っていたので、誰がどれほどの傷を負っているのか判断するのさえ困難であった。


何にせよ彼女には、生き血を啜るだとか、血で血を洗うだとか、そんな表現は似合わない。彼女にとって戦いは過程に過ぎず、その先においてのみこの国を守ることができると信じているからこそ、彼女は眼前に立ちはだかる者に武器を振るうのである。こうも純粋な戦闘狂いはそうそういるものではない。


彼女の単身の奇襲攻撃に意表を突かれたコスタト兵たちは、慌てて異分子を排除しようと動き始めたが、我が王女はその動揺を好機として、初めの部隊をあっという間に壊滅させてしまったのだった。しかし、波のように伝令が渡り、兵士たちが今度は一時退避という手に出たために、彼女はぽつんとその場に取り残されてしまった。


セレスティアは何か別の策が動き始めたことを悟ったが、それが何であるかを知ることもできなかった。とにかく、中央の戦線が突破される前に敵将を討ってしまう必要があった。できるなら、策が講じられる前に。


そして、彼は待っていた。我が王女が一人きりになるのを。彼女が、撤退の間に合わなかった敵を追いかけ、すっかり排除してしまうのを。人気のなくなった一時の静寂も許さず、彼の歪な笑い声が、きっとまだ漂っている魂たちの間を傍若無人に動き回った。


セレスティアはまるでこの瞬間を待ち望んでいたかのように、悠然とその声を聞いていた。彼は満を持して登場した。その凄烈と言っても良いような笑顔は、いつも型にはめているかのようだ。


「やァ!」


「…こんにちは、ベッファ」


セレスティアは侘しく口の端を歪めた。相手を一目見ただけで飛び掛かっていくだろうと思ったが、彼女も落ち着いたものだ。いや、それも違うだろうか。


「今度はどんな悪さを教えに来たのかしら」


「オイラ、本を燃やすんだァよ!」


「…そう、カルツァを襲うの。あの町の黄泉忘れの禁だけは、大図書館に戻したものね」


セレスティアは幾分か軽蔑するような声色でそう言った。それは諦念のせいだろうか、それとももうあの場所に特別な思い入れがないせいだろうか?ベッファは肩で笑っている。やがて彼はその喧しい笑い声と同じような調子で言った。


「良いこと知ってるんだァよ、ボク!聞きたい?聞きたい?」


「別に良いわ。どうせすべてこれから起きることなのでしょう」


彼女が突き放すように言うと、道化は笑顔という仮面を取り外し、目を剥いて彼女を凝視した。


「聞きたァい?」


「…言いたいのなら、勝手に言ったらどうかしら」


彼女は動揺を押し殺すようにして、注意深くベッファを見つめた。彼は先ほどの表情が嘘であるかのように笑い出した。


「オマエ、飼ってる蜥蜴は、ちゃァんと見ておかないと危ないんだァよ!アハハ!アハハ!」


「…何を、馬鹿なことを」


「馬鹿で済むと良いんだァね!」


道化がそう答えて姿を消してしまうと、退避したコスタト兵が舞い戻ってきて、彼女に鉛玉を浴びせようと武器を構え始めた。その数は、初めにこの辺りを陣取っていた部隊の倍近くいた。どうにかして彼女を足止めしようという魂胆らしい。こうなったら彼女も戦う他ない。誰が明言したわけでもないにせよ、彼女に撤退は許されていないのだ。たとえ彼女が大切だと信じているものが破壊されそうになっていたとしても。



 リーン、カイ、イーサンと共に、アンドルーは控えの兵士たちを順に片付けていた。想定よりも数が少ないことを喜ぶべきかどうか、彼は一人首を傾げた。


ロイドはとうに限界を超えていたが、普段のように半端に投げ出してしまうわけにもいかなかった。彼が暴走を止めてしまえば、ジェロームの連れてきた兵士たちはなすすべもなく死んでしまうとわかっていたからである。ただでさえ、単なる接近戦でもそれなりの死傷者が出ているのだ。


ちなみに黒豹族が揃って優秀だったかと言われれば、必ずしもそうではない。生き物なのだから当たり前だが、戦いが得意な者もいれば、動きの鈍い者もいるのである。ミカゲやゼンはよくやっていたほうだ。


さて、多くのコスタト兵が撤退し、基地がてんやわんやになっている今も、マルコは愉悦に浸った表情で後方から戦場を眺めていた。撤退した者が多いとはいえ、兵士の在庫は十分にあり、このまままともにやり合っても力押しで負けるのが落ちであった。だからロイドは何としても敵将を直に叩きたかったのである。マルコはアンドルーの放った一矢をすんでのところでかわすと、敵の存在を見止め、殊更愉快そうに口角を持ち上げた。


「そうか、お前らが…楽しませてくれそうじゃねえか!」


彼の瞳が緋く輝き、不格好にも腕が巨大化する。静かに彼の背後に降り立ったリーンが、不意を打とうと匕首を振りかざした。だが、マルコには通じない。彼は腕の一振りで彼女を弾き返しながら哄笑した。


「殺意は上手く隠すことだ…こいつみてえにな!」


と、マルコは今度は影を掴んだ。イーサンが珍しく悪態をつきながらその手を逃れた。マルコは未だ尻もちをついているリーンめがけて拳を振るった。まともに喰らえばひとたまりもない一撃を、横から割り込んだカイが両腕で受け止める。マルコの瞳が興奮でぎらぎらと輝いた。


「良いじゃねえか…ああ、そそるぜ!全員まとめてかかってきやがれ!」


巨腕の将は、飛び掛かって来るリーンとイーサンを虫のようにあしらい、壊れる気配のないカイを玩具のように潰してしまおうと躍起になった。アンドルーの放つ矢が幾度となく突き刺さったが、彼は出血を気にする素振りもなく、矢を引き抜いてはへし折った。


その腕の割に、彼は俊敏過ぎた。踏んできた場数が違うのである。繰り出された拳を避けきれず、リーンは肩に重い一撃を喰らった。嫌な音がして、彼女は苦痛に顔をゆがめた。


「最っ悪…!腕でかすぎでしょ!?」


その負傷に焦りを覚えたのは、当人のリーンではなく、カイだった。彼の守護者としての自負はどこか馬鹿げたもののように映るが、彼はこの上なく真剣にその役割を遂行しようとしていたのである。


相棒の負傷を前に、カイの中で何かがぷつんと切れた。彼は獣のように雄叫びを上げた。そしてその身体が、ありえないほど軽やかに宙を舞った。どこかで見た跳躍だった―そう、あれはエッタの地で、リーンの身を案じて大地を駆け抜けていたときと同じ躍動だ。


彼は命を力に変えているのだ。治す傷がないとき、命は活力へと変化して、爆発的な威力を生み出すらしかった。カイはマルコの顔面に向かって拳を突き出した。その一撃は、あの屈強な二本の腕の防御を打ち破り、相手を怯ませた。皆が唖然とする中、すかさずアンドルーが矢を放つ。それがマルコの首に吸われるように命中した。


勝機があったのはこのときだったはずだ。しかし、畳みかけようという皆の狙いは、吃驚によって阻まれた。中央では、ロイドの力がついに効力を発揮しなくなり、風竜が戦場に飛び出していた。そして、竜の登場を待っていたかのように、それは始まった。


一帯を揺るがすような唸りに聴力が奪われる。戦場にいた誰もが身をすくめ、どこからか現れて頭上を通り過ぎていく物体を仰ぎ見る。衝突と咆哮。影は落下する。再び轟きが辺りを覆い、背後から大勢の悲鳴が響き渡って来る。また一つ、また一つ、雨を呼ぶには手重い弾が、平等に大地を赤く濡らした。

2025.2.11

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