備えあれど
あっけない戦いが終わり、一行はアーテルニアの屋敷に移動した。屋敷は綺麗だった。きっとイーサンが手入れしてくれていたのだろう。ジリアンが夕食を用意するのを待つ間、一同は何というわけもなく応接室に集まっていた。ひどく静謐であった。
異様だったのは、その内奥に確かに昂りが存在していたことだった。それぞれがそれなりの人数を殺した後だった。慈悲をかければ、敵は隙を見て傷を癒し、何度でも彼らに襲い掛かって来たはずだったからである。兵士とはそういうものだ。
というよりも、戦というものがそういう性質を持っていると言って良いだろう。確実に仕留めなければ、兵士は再生して戻って来て、最終的には各勢力の持つ命の総量で勝敗が決まるようになってしまう。そういった戦は大抵何年にもわたって続き、疲弊した無傷の兵士たちが傀儡のように武器を振るう、ほとんどこの世のものとは思えない光景が目の前に広がる…というのはこっちの話だが。
とにかく、彼らは戦場に立つ者の当然の義務として人を殺めた後であり、その熱を覆い隠す膜のような何かによって、ひどく落ち着き払って見えるのである。数名で集まって顔を合わせているとは思えないような静寂に耐え兼ね、リーンは口を開いた。
「これからどうなるのかな?」
「どうもこうも…どっちかが勝って、どっちかが負けるってだけだろ」
テオは疲れを隠そうともせずに応酬した。普段であれば、その揚げ足を取るような返答にむっとしたところだっただろうが、リーンはしょげ返ったような態度を崩さなかった。
「そりゃそうだけど…でも、ゾルギックのことだって何にも解決してないのに、ベッファたちがどこで何してるのかもわかんなくなっちゃったじゃん。このまま戦に巻き込まれてる間に、全部なあなあになっちゃいそうなの、何か怖くない?」
「そもそも、この戦ですべてが終わってしまうかもしれないけれどね」
「すぐそういうこと言うんだからな、我らがセレスティアは」
テオが茶化すように言うと、セレスティアは顔を上げた。
「真面目に言っているのよ。正直、コスタトに勝てる見込みは薄いと思うわ。あの人ももういないわけだし…」
彼女にとって気がかりだったのはそのこと―アルフレッドがもう存在しないこと―だけだった。しかつめらしい顔をしてカイが言った。
「ゾルギックからの援軍は期待できないのか?ルーセチカとは友好国なんだろう?」
「それは多分やめたほうが良い。長いこといがみ合ってきたゾルギックの守りが手薄になれば、コスタトは間違いなくそっちを叩きに行くからね。コスタトにはその余裕があるんだと思う。そうじゃなきゃ、こんなこと始めるわけない」
と、オスカー。悲観的なところは嫌いではないが、たまには気の休まることを言ってやれば良いのにと思う。代わりにジョーイが明るい調子で言った。
「軍事のことについてはからきし詳しくないんだが、黒豹族を味方につけた以上は、こっちの戦力が大幅に上がったって考えて良いんじゃないのかい?」
「あ、そうだよ!ベラディールとの戦のときは、白狼族が一緒に戦ってくれたんでしょ?今回だっておんなじことになるかもしれないじゃん!」
リーンは彼に同調して嬉しそうに手を叩いたが、どうやらこの部屋には楽観主義の佇む場所はないようである。
「アメラはあいつら、怪しいと思うぞ。信じてやりたいけど…」
「らしくねえな、がきんちょ。どうした?」
アメラの横に立っていたテオは、屈んで彼女の肩を叩いた。彼女は自分の足元を見つめながら小声で言った。
「エタが言ってたからな。あのときは、自由のためなら何でもやったって。よくわかんないけど、信じるよりも裏切るほうが簡単なんだってさ」
テオは頬を掻き、オスカーのほうを見上げた。
「黒豹族って、今は国内に匿ってるんだよな?」
「グレイフォールで卿の庇護下に置かれてるはずだよ」
「そこで暴れられたら堪ったもんじゃねえな…」
「だが、あの軍師の推測は正しかったということでもあるだろう。あの頭領にとっては、一族の保護が第一なんだ」
「そっか、あいつらの弱みが手近なところにあるってわけだな」
テオは指を鳴らし、あり得る選択肢を数えてほくそ笑んだ。リーンが猛然と―普段の調子を取り戻そうとするように―相棒に顔を向ける。
「ちょっと、カイ!あんた、子どもとかを人質に取ろうってんじゃないでしょうね?」
「とばっちりだ…」
カイは不満げに首を振った。そのとき、しばらく押し黙っていたセレスティアが突然口を開いた。
「もう良いわ。私たちがどうこう言ったって仕方ないでしょう。私たちはただの傭兵なんだから」
「だが、お嬢さん、あんたはこの国の―」
「それに何の意味があるの?」
彼女がほとんど反射的に鋭く言い放ったので、ジョーイはすっかり狼狽えてしまった。他の面々も、オスカーを除いては皆凍り付いたように動きを止めた。セレスティアはしまったと言わんばかりに深く息を吸い、弁明するように付け足した。
「…私はこの国を脅かす者たちの敵になるだけ。この国が救われるなら、たとえ略奪の天使でも受け入れるわ」
少し間があってから、テオは彼女を励ますように笑った。
「わあってるって。ちゃんとついてくよ。ま、それがたとえ話で済んでくれるのが一番だけどな」
セレスティアは興味のなさそうな目線を彼に投げつつ、何も答えなかった。ジリアンがやってきて、食事の支度が整ったことを告げた。
夜半に差し掛かる頃、セレスティアは自室で物思いに耽っていた。彼女は―おそらくだが―戦のことを考えていた。ルーセチカとコスタトが戦う意味などないはずだった。それに、アルフレッドのこともある。偉大なる王の死が敵方に悟られるのは時間の問題だった。
彼女はため息をつき、力なく寝台に歩み寄ってそのまま横たわった。誰かが部屋の扉を叩いたが、彼女には返事をする気力も湧かなかった。少しして、扉が遠慮がちに開いた。見ると、扉の隙間からオスカーが顔を覗かせていた。彼はセレスティアが目を開けているのに気付いて微笑んだ。
「起こしちゃったかな?」
「いいえ。とても眠れそうになくて。何かあった?」
「ちゃんと寝てるかなって思ってね。見に来て良かったよ」
セレスティアは頬を緩めて身体を起こした。
「こっちに来て、オスカー」
オスカーは後ろ手で扉を閉め、彼女に歩み寄った。彼女が横にずれて場所を空けたので、彼はそこに腰掛けた。それから彼はやけに真剣な面持ちで切り出した。
「ちょっとだけ聞いてほしいことがあるんだ」
「そういう前置きをされると聞きたくなくなるわね」
「そう言わないでよ。すぐ済むから」
「冗談よ。ちゃんと聞くわ」
セレスティアは微笑み、身体を彼のほうに向けた。オスカーは彼女の手を取った。
「ティア、もしも…もしもだよ。僕が死ぬようなことがあったら…」
彼女は眉をひそめたが、口を挟むことはしなかった。だからオスカーはそのまま続けた。
「そのときは、僕のことなんてすぐに忘れるんだよ。君は僕に囚われて良いような人間じゃない。僕が過去になったら、その過去だけは絶対に捨てて。良いね?」
「…どうして急にそんなこと言い出すの?」
「君も言ってたけど、この戦で勝つのは簡単じゃない。何があってもおかしくないと思うんだ。何もなしにお別れになったら悲しいから、念のため、ね」
セレスティアは彼のつけた理由に納得はしていないようだったが、かろうじて困惑の見え隠れする笑みを浮かべた。
「あまり足しにはならないわね」
オスカーは力なく笑った。
「確かに。―とにかく、約束してくれる?」
「良いわ。その代わり、あなたも約束して。私のほうが先に死んでも、私のことを忘れてしまったりしないと」
そう言って、セレスティアは彼の瞳をまっすぐに見つめた。彼はその眼差しに応え、いつものように微笑した。
「忘れられるはずがないよ」
「どうかしらね」
ふと彼女は目を逸らし、彼の手を優しく振り払った。オスカーは彼女がいじけているのを見て取り、子どもをあやすかのように彼女の髪を撫でた。
「わかってないな。僕は君のために生きているんだよ」
セレスティアは彼を横目で見ながらため息をついた。
「いつもそんなことを言うけれど、あなたは私と同じ星空なんて見上げたことがないでしょう?」
「ティア?」
「…何でもないわ。最後までこの国を守ってくれる?」
「もちろん。君のことも、すべてを懸けて守るよ」
彼女が胡散臭いものを見るような目をしているのに気付き、オスカーは冗談めかして囁いた。
「僕のあなたに対する思いは永遠ですよ、ご主人様?」
その嘘偽りのない眼差しに免じて、セレスティアは彼を許して笑った。
「竜殺しの英雄があなたで良かった」
オスカーは安堵したようであった。強いて暗雲を払ってまで何でもない振りをする彼女は月だ。照らしてくれる者がいなくなれば無力になる、哀れな人だ。
翌朝、一同はグレイフォール領に赴いた。到着してみると、あちらこちらに保護をした黒豹族の姿が見えた。彼らは全員集めても大した人数にはならないので、昨晩のうちに領民が不自由することはなかった。反発一つ起きなかったのは、ひとえにウィリアムの人徳の高さのおかげである。
さて、一行がウィリアムの元へ行くと、そこにはロイドとアンドルー、さらに一族の頭領ミカゲが待っていた。ロイドは彼らに気付いて片手を上げた。
「やあ、来たね。早速だけど、紹介しよう。彼が黒豹族の長の…えー…ミカゲ!そうだ、ミカゲだ。―で、ミカゲ、彼女がセレスティア、その隣にいるのがオスカーだよ。後は…その他諸々。皆、仲良くね」
ミカゲは小さく頷き、セレスティアの目隠しをまじまじと眺めた。彼女は静かに前に出て片手を差し出した。黒豹の青年が握手なるものを理解していたかどうかは不明だが、彼らは実に厳かに手を握り、挨拶をした。その際に彼の鋭い爪が刺さっていたことを、彼女は指摘しなかった。それが済むと、ロイドが続けた。
「さてと、残念ながら僕たちには悠長に話している時間はない。向こうが親切にも、僕らに準備をする時間を与えてくれるとは思えないからね。話はなるべく簡潔に済ませよう。じゃ、君、さっき僕らに話してくれたことを彼女に教えてあげて」
ロイドに促され、ミカゲはゆっくりと口を開いた。まるで、自分の言わんとしていることがよくわかっていないかのようだ。
「あいつらは強力な武器になる発明品を持って来たらしい。だが、俺には詳しいことはよくわからない。そのことを盗み聞きしたのは俺の妹なんだ」
「妹さんはどこにいるの?」
「ゼンに探しに行かせた。そろそろ戻って来るはずだ」
ミカゲは答え、そのまま黙り込んでしまった。彼の役目は終わったらしい。待っている間、アンドルーがセレスティアの横に音も立てずにやって来て、ミカゲの爪でできた彼女の手の傷を治し、またすぐに離れていった。彼女は彼を呼び止めようとはしなかった。それから少しして、ようやくゼンが戻って来た。
「悪い、遅くなった」
ミカゲの右腕、ゼンは見るからに温和そうな風貌をしていた。実際、お人よしという言葉がぴたりと来る性格で、落ち着きもあるのでミカゲのような男の補佐役にはうってつけだった。彼の後ろには、大きな頭巾を被った少女が立っていた。その頭巾には黒豹の耳をかたどったような飾りがついていた。
「ごめんね、お兄ちゃん。私、探されてるなんて知らなくて。森の中にいたんだ」
彼女はどこか平和な世界からやってきたばかりのように見えた。つまり、戦の空気にそぐわない長閑な雰囲気を醸し出していたのである。そのためなのか、ミカゲはきまり悪そうな顔をして一同の顔色を窺った。
「良いよ。ツキノ、お前、変な武器の話してただろ?」
「へ?私、武器なんて持ってないけど…」
察しの悪い娘だ。見かねたゼンが横から諭すように言う。
「ミカゲが言ってるのは、コスタト軍が持ってたっていう武器の話だ。この人たちにそのことについて知ってることを話してくれ」
そう言われると、ツキノはにっこりと笑って両手を打ち合わせた。
「ああ、あれね!そう、すごいんだよ!何でも、それを使えば普通の人間でも緋眼に太刀打ちできるようになるんだって」
「そんなことが…?増強剤か何かなのかしら」
セレスティアが呟くと、ツキノは勢いよく彼女のほうを振り返り、興奮気味に続けた。
「それが違うの。私も嘘だと思って聞いてたんだけどね。兵士さんがその武器を取り出して、実際に使って見せたんだ。そしたら、ばーん!ってとんでもなく大きい音がして、近くにいた別の兵士さんが急に脚を抑えながら呻きだしたの!」
「よっぽど驚いたんだな」
ミカゲは感心したように言った。察しの悪い男だ。
「違うよ、お兄ちゃんったら!だって、脚から血が流れてたんだから。兵士さんが言うには、何か…火薬がどう、とかでね。弾が飛び出して、人間とか動物の身体くらいの柔らかさにならすごい勢いでめり込むんだって!弓みたいに遠くから使えるから、上手くやれば緋眼なんか目じゃなくなるんだぜーって言ってたよ」
ツキノは早口でそう捲し立てると、突然静かになって皆の反応を待った。しかし、誰にも彼女の語ったことを脳裏に描き出すことはできなかったようである。ぽかんとして口を半開きにしたり、首を傾げたり、理解しようと努めて考え込んだりして、誰も彼女の想像していた反応をしてはくれなかった。ツキノが困惑して兄を見上げると、同じような眼差しが返って来た。
「…本当にそんなのがあったのか?」
「私がお兄ちゃんに嘘ついたことなんてある?もう、信じられないなら使ってみてよ。全部ほんとなんだから」
と、ツキノは腰に下げた大きな袋から至極当然のように噂の武器を取り出した。袋はしぼんだようになり、他に大したものが入っていないのがわかった。彼女はその武器をミカゲに押し付けるようにして渡した。
「おい、ツキノ…これ、どこから持って来たんだ?」
ミカゲは明らかにそれを持っていたくないようであった。ツキノはしたり顔をしているが。
「兵士さんが見てないうちに借りてきたの。お兄ちゃんに見せようと思って。これが最新型みたいだよ」
「何でもっと早く言わないんだよ?」
「だって、お兄ちゃんてばずっと忙しそうにしてたんだもん」
「ねえ、ちょっとそれ、僕に見せて」
ロイドは兄妹の元に行って手を差し出した。ツキノはきょとんとしてその子どもを見つめた。
「ええ?僕、危ないよ?」
「まあ、そう言わずに」
その武器を受け取ると、ロイドはそれを宙に浮かべ、様々な角度から検めた。彼でも見たことのないものだった。彼はそれをアンドルーのほうに飛ばした。
「ほら、アンドルー、使ってみてよ。飛び道具みたいだよ」
「そんな玩具みたいに…」
アンドルーは渋い顔をして、それを人のいない方向に向かって構えた。
「ちょっと重いですね。ところで、どうやって使うんです?」
「あ、それねえ、ここを指で引くんだよ」
ツキノはアンドルーの隣まで行き、武器のつまみのような部分を指さした。彼は早速そこに指をかけ、ツキノは慌てて両耳を塞いだ。直後、爆音が辺りに響き渡り、アンドルーが武器を向けていた方角にあった木からは鈍い衝突音がした。彼は思わず顔をしかめた。
「酷い音ですね!」
ウィリアムが眉間に皺を寄せながら木のほうへと歩いて行った。彼は小さな弾がその幹を穿たんばかりにのめり込んでいるのを見止めた。彼は興味深そうに頷き、振り向いて目でロイドに合図をした。
「なるほどね…それ、狙い通りに放てる?」
ロイドに尋ねられ、アンドルーは標的を探して周囲を見回した。ちょうど一羽の鳥が飛んできていた。アンドルーは瞳を緋くしてそれに狙いを定めた。轟音。弾は外れた。彼は弾が見えなくなると瞳の色を戻し、思案顔で短く唸った。
「慣れたら当たるんじゃないですかね」
「慣れさせる時間なんてないよ」
ロイドが肩をすくめて言ったところへ、ウィリアムが変わらず顔に皺を作ったまま戻って来た。
「ふむ…しかし弓矢と勝手が違うとはいえ、アンドルーでも当てられないとすれば、敵兵にこれを上手く扱えるとは考えにくいのではないかな?」
「だとすれば、向こうは数を撃ってくるだけだろうけど。まあ、良いか。こういうのがあるってわかっただけましだ。お手柄だよ、君」
ロイドはツキノに向かって言った。彼女は愛くるしく微笑んだ。
「役に立てたみたいで良かった。あなたたちがコスタトに勝ったら、一族の皆が辛い思いをしないで済むようになるんだよね?」
ロイドは一瞬答えを躊躇ったが、うん、と短く返事をした。戦う前から負けることを考えさせる必要などなかった。案の定、ツキノは顔を輝かせた。
「私、ただの人間だから戦えないけど、皆のこと精一杯応援する!えっと…そうだ、お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします。しっかり者だけど、ゼンのことも」
彼女は深々と頭を下げた。その後ろでゼンも礼をしており、それに気付いたミカゲも少し遅れて二人の真似をした。彼に至っては、頭を垂らしただけだったのだが。彼らには愚直という言葉が似合う。私を戦慄させる、その言葉が。力の振るい方を知らず、弱さばかりにもたれているかのような、そんな感じがするのだ。ロイドはまた短く返事をすると、仕切り直すように手を叩いた。
「さて、いつ相手が仕掛けてくるかもわからないんだ、どう戦うかについて話しておこうか。ルーセチカは兵力を持たないから、人数的に真っ向からコスタトと対決したところで敵いっこない。その分、見ての通り頼もしい仲間に恵まれている。そこで、だ。君たちは―」
と、ロイドはミカゲのほうを見た。
「―中央の戦線に立つ。地形的に敵は左右から回り込んで来れないから、正面衝突になるはずだ。突撃を凌ぎつつ、できるだけ体力を温存して戦うこと」
「温存?何のために?」
「その間に、セレスティアたちがコスタト軍の後方に回り込み、隊列を一気に崩すからだよ。それができるまで、君たちは耐え忍ばなきゃいけないんだ。わかりやすくて良いでしょ?何か聞きたいことは?」
リーンが素早く手を挙げた。
「ミカゲたちが持たなくなったらどうするの?」
「何とかする。適宜指示するから、君たちは何も心配しなくて良い。それは僕の仕事だ」
「あ、そう?良かった、あたし心配事とか嫌いなんだ」
「言ってる場合かよ…」
テオは皆の意見を代弁するように苦笑した。そしてふと思いを巡らせ、間抜けた顔をする。
「つか、敵が回り込めないなら、俺たちもできねえよな?」
「忘れたの、ジスレーヌのことを?僕たちは背後でもどこでも取ることができるんだよ。向こうは正面衝突しかできないと考えているはずだから、油断を誘えるって寸法だ」
合点がいったように頷く一同を満足気に眺め、ロイドは続けた。
「控えの軍隊を一掃するなら挟み撃ちが早いから、セレスティア、君は東側から、で…君と君と…うん、イーサンだな。アンドルーも。その四人が西側に回る」
君と君、というのはリーンとカイのことだった。その力量がお気に召したらしい。
「残りは待機。医者の君はジスレーヌのところにいてね。あ、ジリアンとイーサンのこと、使っても良いよね」
それは質問ではないように聞こえた。現にロイドはウィリアムやセレスティアを窺う素振りすら見せなかったのだ。彼は口を挟む暇も与えずに話し続けている。
「そうだ、待機っていっても、気は抜かないでね。この戦線を突破されたら、僕らには後がない。敵もそのことくらいわかっているはずだから、どんな手を使ってでもアーテルニアを抜けようとしてくると思って。そしてオスカー、君は僕らが持つ最終兵器だよ。自覚持ってね」
オスカーは困ったように微笑した。ロイドの話がようやく途切れたので、セレスティアはすかさず言った。
「無茶だわ、ロイド様。不意打ちとはいえ、私一人であの量の軍勢を崩すなんて、できるはずないじゃない」
「そうかな?彼にできたんだ、君にもできるよ」
「私はあの人じゃないのよ」
「確かに。でも君ならできるよ。僕はそう確信しているんだ」
「お目が高いことね」
セレスティアは苛立ったように呟いたが、それ以上不平を言うことはなかった。結局のところ、やるしかなかったのである。勝利という望みをまだ捨てていないのであれば。
2025.2.6




