消えぬ過去に顔をしかめて
黒豹族頭領、ミカゲとの交渉を終えたロイドは、彼が猫さながらに家屋に登って姿を消す様を見送った。ロイドが上機嫌に鼻歌を歌いながら緋石を取り出したとき、背後から声がした。
「お待ちなさいな、ロイド」
振り返ると、空間の狭間から顔を覗かせたジスレーヌがいた。そのまま話を続けても良かったのだろうが、彼女はわざわざ”こちら側”に出てきた。
「ああ、ジスレーヌ。そっちは順調なのかな?」
「聞くまでもなくてよ。―それよりも。グレイフォール卿はお城でなくて、あなたのお屋敷にいらっしゃいますわ」
「やっぱり、セレスティアが城に行くわけなかったか。ところで、彼女のことは陛下にお伝えした?」
「ええ。噂を流すのは女の仕事ですわ」
ジスレーヌは常に手に持っている扇を開いて顔を扇いだ。ロイドは短く笑った。
「今回ばかりは仕事が早くて助かるよ。―さて、僕は屋敷に戻るけど。君も来る?」
「あら、アンドルーを一人残しては可哀想じゃありませんこと?私は塔に戻りますわ」
ジスレーヌは早々に片足を”あちら側”へ突っ込んだ。
「その誤魔化し方はちょっと切れが悪いんじゃない?」
にやりとしながらロイドが言うと、ジスレーヌは音を立てて扇を閉じ、彼を睨みつけた。
「お黙りなさい。あなたの緋石を使い物にならないようにすることくらい、造作もありませんのよ」
「君がそう出るなら、大人しく退散するとしよう。ウィリアムの分を盗み出すのは骨が折れるだろうし」
ロイドは片手をひらひらと振りながら光の中へと消えた。ジスレーヌはむっつりとして狭間を通り抜けた。その先には、緋い瞳で眠たげに町を見下ろすアンドルーがいた。彼はジスレーヌがやって来たのに気付くと、彼女のほうを見ることなく言った。
「何しに来たんです?」
「一人では退屈でしょう?」
「まあ。でも、わざわざあなたが僕の話し相手になる必要はありませんよ。こういうのには慣れていますし、上に行けばルークもいますから」
「ああ、あの引きこもり…」
引きこもりとは、心外な。ちらりとだが、アンドルーはようやく彼女を振り返り、その表情を盗み見た。そこには、彼女とよく接している者でなければわからないような動揺が映っていた。彼は再び目線を黒豹たちのほうへと落とした。
「あなたは彼が好きじゃないんでしょうけど、話してみたら案外面白い人ですよ。あれこれ知ってますからね」
ジスレーヌは鼻で笑った。私を良く思っていないのは明らかだ。
「楽しみが尽きないのは羨ましい限りですわね」
「まったくですね。この会話も聞いてるかもしれませんよ」
その通り。
「あら、嫌だ。私、人の醜聞は話さないようにしていますのに」
何を言おうとも、本人に聞かれさえしなければ良いというのが彼女の信条なのだろう。アンドルーはほとんど声を立てずに笑った。二人はしばし黙り込んだ。ジスレーヌが彼の話し相手になるために来たわけではないのは明らかだった。当然、この沈黙がなくともわかりきったことであったが。やがて、アンドルーが独り言のように呟く。
「…俺があなたの言い訳に使われる日が来るとは思いませんでした」
「あら、何のことですの?私はあなたに同情しただけでしてよ」
「俺もあなたに同情しますよ」
ジスレーヌはアンドルーの隣まで歩いていき、一緒になって町を見下ろした。子どもじみた意地を張っていたということを、素直に認める気になったようだ。
「あなたこそ、あの子に会いたいのでしょう?行っておいでなさいな。しばらくは何も起きませんわよ」
彼女はため息交じりに言った。対するアンドルーの腕は、動く気などさらさらないとでも言うかのように、ひしと窓枠に掛けられていた。
「そうしたいのは認めますが、やめておきます。もし偶然に出会うことがあるなら、そのときに。それが運命というものです」
「あらあら…素敵なことを言うようになりましたわね」
「褒め上手な人ですね」
彼らは最早笑いもせず、ひたすら憂鬱に身を委ねた。その憂鬱とは結局、何にも代え難い懐古の裏返しであり、または抗い難い悔恨のなれの果てであった。何をどこで間違えたのか、何がどこから間違っていたのかを、彼らは問うていたのかもしれない。与えられることと奪われることのどちらを恐れるべきなのか、知っている人間などいないというのに。
ロイドが屋敷に戻ってみると、出かけていく前に散らかっていた草やら土やらはすでに片付いており、引き換えに何人かが我が家のようにくつろいでいた。ウィリアムは少し前に到着していたようで、セレスティアやオスカーと何やら真剣に話し込んでいる。ロイドが後回しにした話題のことだろう。彼らは家主の帰宅に気付いて話を中断した。
「おかえりなさい、ロイド様。首尾は…悪くないみたいね」
「うん。良い方向に転ぶのは間違いないよ」
「して、相手方の提案は何だったのだ?」
ウィリアムに尋ねられると、ロイドは宙で胡坐をかき始めた。立ち話では済まないときはそうするのである。
「単純明快。コスタト軍を押し退けるのに力を貸すから、黒豹族の独立を手伝えってさ」
「予想に違わぬな」
「そうだね。まあ、はい、そうしましょうってわけにもいかないけど」
「え、何で?」
突然横槍を入れられ、ロイドは辟易したように声の主のいるほうを見やった。気にも留めておかなかったテオをはじめとした面々は、興味深い話題を聞き逃すまいとして耳をそばだてていたようである。
「あのねえ、盗み聞きするくらいならちゃんと聞いてほしいんだけど。―仲間なんだよね?」
と、セレスティアに尋ねる。
「そんな態度ばかり取るからよ、ロイド様」
彼女は苦笑しながら窘めるように言い、ばつの悪そうな顔をしてこちらを窺っている面々に頷いた。餌を見せられた野良犬のように近づいてくる彼らが落ち着くのも待たずに、ロイドは話を再開した。
「そう、それで、あの黒豹族の頭領…名前はミカゲだったかな。彼に説明したんだよ。コスタトが仕掛けた罠じゃないと証明してくれない限り、手を組むことはできないってね。そうしたら、ぽかんとして僕を見てきたんだ。どうやら、僕が二つ返事で承諾すると思っていたらしい。まったく、あれじゃ先が思いやられるよ…」
「黒豹族は若い一族…不慣れなのも無理はないだろう」
そうは言ったものの、ウィリアムは対ベラディールの戦における白狼族の振舞を思い出さずにはいられなかったに違いない。不慣れかどうかというよりは、下に立つまいとしているばかりに、それ以外のことが見えなくなっているだけのことではなかろうか?
「それで、どうなさるおつもりですか?」
気が急いているのか、オスカーは催促をするような調子を誤魔化そうともせずに尋ねた。
「手を組むことには同意するつもりだよ。まあ、あの顔を見れば、本気でコスタトを裏切るつもりだっていうのはわかるからね。それに、僕はアルフレッドが望んだみたいに、亜人たちを解放してあげたいし。…とはいえ、だ。ああいう、力がすべての勢力を野放しにするのも得策とは言えない。いつ暴れ始めるかわかったものじゃないんだから」
ロイドもまた、白狼族を思い出したことだろう。ベラディール滅亡に大きく貢献した彼らが残した惨劇の後は、彼らを人類ではなく猛獣だと見做す十分な理由にさえなってしまうほどだった。セレスティアはそれを察知したのか、はたまたいつものくせなのか、物憂げに目を落とした。
「手綱は握っておかなければ…」
「そういうこと。―何?」
ロイドは片手を高々と上げたリーンを見て尋ねた。そこまで気を悪くしているわけではないのに、声は不機嫌そうな調子で響いてしまうらしい。案外不器用なところがあるものだ。リーンは発言権を得て顔を輝かせた。
「それってつまり、弱みを握るってことでしょ?ちょっと可哀想じゃない?」
少年は何か怪訝そうな顔をして彼女を見つめた。じっと考えて言葉の意味を吟味し、ようやく合点がいったように微かな微笑みを浮かべる。
「何か誤解しているみたいだけど、僕は彼らを窮屈な箱から出してやることしかできないんだよ。そしてその箱の外には檻がある。それだけだ」
リーンはとても納得しているようには見えなかった。
「良いかい。想像できるか知らないけど、どの勢力もそれぞれの檻の中に落ち着いているんだよ。それぞれが制限を受け、それを守ることで、世界の均衡は保たれている。でも裏を返せば、他が檻の中で大人しくしている間なら、檻を破った勢力は簡単に他の勢力を支配できてしまうってことなんだ。ちょうど今回のコスタトみたいにね。だからお互いの檻の鍵は握っておかないといけないというわけ。これまではアルフレッドがどの勢力にも共通の鍵だったんだけど…まあ、しょうがないね」
暫しの沈黙が流れた。誰もが―ロイドまでもが―暗い顔をして、不自然に天井を仰いだり、石像のように一点を見つめたりした。空気がこうも重苦しい理由を知らないのはジョーイだけだった。彼はそっと沈黙を破った。
「なあ、ちょいと良いかい?不思議に思ってたんだが…コスタトが戦をけしかけてきた今、アルフレッド様はどうしておいでなんだ?王位を譲られたとはいえ、まさか亡くなったってわけじゃないだろ?」
ロイドは訝るように彼を見ると、続いてその視線を他の面々に移した。揃いも揃って気まずさの表れた、似たような顔をしている。
「…彼だけよ」
セレスティアはため息交じりに呟き、椅子に身体を沈めた。ロイドも深々と息をついた。
「まあ、一介の医者の知るところではないか。それを言ったら、本来は彼らもだけどね」
彼は低く言い、珍しく彼女を糾弾しようとした。彼ら、と一緒くたにされた面々は、一層委縮して見えた。ジョーイが困ったようにオスカーを見る。オスカーは嫌な役目を負わされ、渋い顔をした。彼は困惑してロイドに目線を送った。先王の旧友は肩をすくめた。
「人々の知るところになるのも、時間の問題だよ」
そう言われると、オスカーはその話題に相応しく厳かな顔つきで医者に目を戻した。最早わざわざ口にせずとも、大方の察しは誰にでもついたであろうが。
「…アルフレッド様は数か月前に亡くなられたんだ」
ほとんど待ちわびてさえいたその言葉は、それでもなお確かな衝撃を与えるものであった。ジョーイはたじろぎ、何事か口の中で呟いた。すると、ウィリアムが居心地の悪そうに咳払いをした。セレスティア同様、この話題を好まないのだ。
「しかし、ロイドよ、かの一族の弱みを握るのは骨が折れないかね?」
「そうでもないよ。彼らは僕らよりずっと綺麗な心を持っているんだから」
「というと?」
「同胞愛だよ。彼らの結束力には目を瞠らせるものがある。そこで、だ。条件に現在の黒豹族の集落の場所を教えることを追加した。彼らは基本的には定住しないから、今はルーセチカ付近に集落を構えていると踏んでね」
「相手はそれを呑んだの?」
セレスティアは顔を上げたが、答えがすでにわかっていたものだから、そこには呆れた表情が浮かんでいた。ロイドは彼女と同じような顔つきを作った。
「それはもうあっさりと。馬鹿な真似をしたら一族が脅かされることになるんだよって、わざわざ説明したくらい。承知の上だって言われたけどね」
「ふむ…コスタトから余程酷い目に遭わされているのかもしれぬな」
ウィリアムがいつもながらの厳粛さで言うと、ロイドは胡坐をかいたまま仰向けになった。
「ほんと、あっちの国王は何やっているんだか。とにかく、ひとまずは警備隊から何人かをその集落に送っておいた。位置的にはジスレーヌの移動範囲にも入っているから、心配はいらない」
彼がそう言ったとき、ちょうどジスレーヌが文字通り顔を出してきた。その姿を見慣れていない面々はぎょっとして、アメラに至っては彼女の顔を指さしてこう叫ぶ始末だった。
「おばけ!」
ジスレーヌは目を丸くしてその子どもをまじまじと見た。
「まあ!白狼族の教育の賜物かしら。―ロイド、アンドルーが本軍の姿を捉えましたわよ」
「うん、わかった。それはそうと、ジスレーヌ。そんな登場の仕方をしないでも、廊下に出てきて扉を叩いてくれたほうが皆を脅かさないで済むんだけど」
「慣れていただきさえすれば、このほうが手っ取り早いのではありませんこと?」
扇が中途半端に覗いて、彼女の微笑を隠した。彼女はそのまま引っ込もうとしたが、その間際にセレスティアと目が合い、動きを止めてしまった。これは誤魔化しようがない。
「御機嫌麗しゅう、王女殿下」
彼女は扇を持ち上げ、目の下までを隠した。そうすれば、顔を合わせたことにはならないとでも考えているかのようだ。セレスティアは固い表情をして彼女を見つめた。
「ジスレーヌ…」
扇が閉じる音がした。ジスレーヌは得意の社交辞令を口にしようとしたようだったが、結局何も言わないことを選んだ。相応しい文句が見つからなかったのだろう。
「私はこれで失礼しますわ」
セレスティアは慌てて何か言いかけたが、ジスレーヌの逃げ足―足というより頭なのだが―のほうが速かった。王女は少々表情を暗くして背もたれに身体を埋めた。ウィリアムが無念そうに首を振った。ロイドもため息らしきものをついたが、その後の声色は明るかった。
「さて、そろそろ迎撃準備を始めるとしようか?」
一方その頃、ゾルギックでも興味深い一幕が繰り広げられていた。反逆者として捕らえられたミロは、地下牢の最奥で両手に手錠を掛けられ、力なく壁に繋がれていた。彼の心臓には、刀身が緋色の鉱石でできた短剣が突き立てられている。しかし彼は死んでもいないし、出血さえしていない。
彼から奪われているのは能力の限界値を定める”器”の一部だった。それを食い物にしているのは、今彼の牢の前に立っている聖騎士カーラである。そう、ミロと半強制的に契約を結んだおかげで、彼女は神獣の力を受け入れてもなお平然としていられるのである。
とはいえ、これは皇帝イザベラの案であり、カーラの望んだところではなかった。反抗などできるはずもなかったが、血を分けた息子にこのような仕打ちを与える皇帝に、彼女は恐れを抱かずにはいられなかった。しかし彼女は、任務さえ終えてしまえば皇子を救うことができるのだと確信していた。たとえ自らが耐えがたい苦痛を受け、最悪の場合命を落とすことになったとしても。
だがそのことを告げたところで、皇子は彼女を許しはしないだろう。だから、彼女は何一つ言い訳しようとしない。ミロもまた、恨み言一つ言わない。彼らは冷ややかに見つめ合っている。二人とも、言葉など無意味だと知っているのだ。
「コスタトがルーセチカに戦をけしかけた模様です」
カーラは前置きもなくそう言った。このことを知らせるためだけに、彼女は地下牢に下りてきたのである。ミロは掠れた声で尋ねた。
「救援に行くのか?」
「要請があれば」
カーラは牢の鍵を開け、ミロの傍まで行って跪いた。そっと肩に触れると、彼は大きく息をついた。”命”を分け与え、彼の喉の渇きを癒したのだろう。
「惨めなものだな…水さえ飲ませてもらえないとは」
「あなたは一杯の水で人を殺めることができてしまわれますから」
「これが刺さっているうちは、そんなことができるかどうかもわからないがな」
ミロは短剣のほうに顎をしゃくり、短く笑った。カーラは黙って牢を出ると、鍵を掛け直した。
「オスカーたちはどうした?」
「玉座の間にてアーテルニア急襲の知らせを受けてすぐ、城を飛び出していきました。審問の途中だったのですが」
「城下の様子は?」
「戦の話題で持ち切りです。連盟は依然として神獣降臨に対する抗議を行っています」
「陛下はどう切り抜けるつもりなんだ?」
「存じ上げません」
「そうか」
二人は沈黙した。カーラはその場を立ち去ることにし、そうすべきかどうかは定かではなかったものの、ミロに敬礼した。彼女が踵を返したとき、彼は言った。
「救援を要請されたとしても、お前はこの国を離れるな」
カーラは立ち止まったが、振り返ろうとはしなかった。彼は続けた。
「ゾルギックの守りが手薄になれば、コスタトは間違いなくこちらを狙いに来るぞ。むしろ狙いはそれかもしれない」
彼女はその通りだと思ったが、やはり何も答えなかった。彼女がどうするかを決めるのは皇帝だったからだ。
「…ようやくお出ましですよ」
アンドルーは退屈そうに欠伸をするジスレーヌに向かって言った。彼らがいるのは塔の中層で、地上からは彼らの姿は見えないようになっていた。連隊の先頭に立っているのは体格の良い青年だった。長生きしているのは間違いなさそうだ。
軍隊は我が物顔で町を行進していった。途中、塔の前まで来たとき、その大将らしき青年が塔を見上げてきた。二人はまつ毛さえ動かさなかった。影の動きで見つかっては堪ったものではない。青年は塔から目を逸らすと、隊に何事か指示を出した。兵士たちは三組に分かれ、一つは右手に、一つは左手に進んでいった。最後の一つは青年に率いられ、前進を続けた。
「本気でここを占領したと思っていらっしゃるのかしら?」
「どうでしょう。黒豹族が逆らうはずがないとは思ってるんじゃないですかね」
二人は反対側の窓に移動した。塔の前の広場で、二匹の黒豹族と人質が隊を待っていた。黒豹族の片方は頭領のミカゲ、もう一方は彼の右腕で、名はゼンといった。人質のふりをしているのはセレスティアとリーン、テオ。
もちろん数名の国民たちもそこに並んでいたが、戦闘が始まればジスレーヌが一度に移動させる手筈だった。コスタト人のテオを使うのは躊躇われたが、他の面々はとても人質には見えなかったのだから、致し方あるまい。隊は広場に整列した。青年は厳めしい足取りでミカゲに歩み寄った。
「これしかいないのか?」
「人数は指定しなかっただろ?」
青年は鼻で笑うと、指を使って口笛を鳴らした。どこからか緑碧鳥が飛んできて、彼の腕に止まった。彼はそれの足に手紙を括りつけた。
「城に届けろ」
緑碧鳥はルーセチカ城を目指して羽ばたいていった。青年は改めて人質の顔を見回し、テオに目を止めた。ここぞと言わんばかりに、テオはすかさず口を開いた。
「なあ、あんたさ、同郷人のよしみで助けてくんないかな?こんなとこで戦に巻き込まれて死にたかねえよ」
「なら巻き込まれる前に死ね」
青年はコスタト人が好んで使う、刀身の反り返った剣を抜いた。なんか怒ってますね、とアンドルーが上で呟いた。ミカゲは青年の前に立ち塞がった。
「そうやってわざわざ捕まえた人質を全員殺す気か?」
「何だ?同情心が芽生えでもしたか、猫のくせして?」
もちろん、ミカゲは味方に傷をつけられては堪らないと思ってテオを庇ったのだが、そのことを隠して咄嗟に上手く切り返すなどという芸当は身に着けていなかった。彼はばつの悪そうな顔をした。
「…足りなくなるだろうが」
その間抜けた返答に、青年は呆れたと言わんばかりに空を仰いだ。
「この馬鹿が。…ちっ、興ざめだな。お前、運が良かったと思えよ」
テオはぎこちない愛想笑いを浮かべた。その顔に強い風を吹きつけ、セレスティアは不平を示した。それからは緑碧鳥が帰ってくるまでひたすら沈黙が走った。
器については、Ep.8を参照してください。
2025.2.5




