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その瞳には、毒がある  作者: 小娘
その娘、逡巡する
33/60

久しき仲にも忠義あり

 ゾルギック帝国。大陸随一の軍事力を誇る。ルーセチカと親交が深く、調印がなされたわけではないとはいえ、同盟国と言っても過言ではない。現皇帝イザベラがその座をものにしたのはつい最近のこと―大体三十年ほど前だったと記憶している―である。


彼女の一人息子であるミロは、『統水の緋』という最高位の能力を有する。現聖騎士のカーラ・ドーストーは凡眼であるが、すでに記した通り、前任の聖騎士を上回る存在だと噂されている。その点については異論はないが、彼が竜族となった今は話が別だろう。



 セレスティアとのやり取りのせいか、オスカーは心ここにあらずといった様子でミロの部屋の窓を叩いていた。ミロがなかなか出て来ないことにも気付かなかったほどだ。はっとして、オスカーは今度はもう少し強めに窓を叩いてみた。帳があって中の様子は見通せない。諦めて帰ろうとしたとき、その帳がわずかに揺れるのが目に留まった。風ではなさそうだ。もう一度、優しく音を立てた。


ようやく心が決まって、ミロは帳をめくった。薄々感づいてはいたとはいえ、オスカーが窓の向こうに立っているという事実はかなり衝撃的だった。ミロは鑑定士のようなあの目つきで、オスカーを頭から爪先まで観察した。皇子の性格を知っていたので、オスカーはじっと鑑定が終わるのを待った。ミロの視線はオスカーの顔に戻って来た。忘れもしないその笑顔!ようやくミロは窓を開けた。


「ミロ様」


「…オスカー」


ミロは一歩下がって彼を招き入れた。オスカーは窓を閉め、次に帳を元通りにした。もう少し遅かったら、ミロの部屋に二人分の人影があるところを見回りの衛兵に見られているところであった。かつての主君に向き直ると、オスカーはすぐに跪いた。


「生きていたんだな」


「生憎ですが。―あまり驚いていらっしゃらないようですね」


「セレスティアが仄めかしていたから。彼女とは一体どうして?」


「彼女には命を救われました。以来、我が槍は彼女のために」


忠臣は二君に仕えずとは言ったものだが。


「それは、彼女がいなければ本当に死んでいたかもしれないということか?」


「いいえ。今もきっと悶え苦しんでいたでしょう」


オスカーは表情一つ変えずに答えた。ミロもまた、眉一つ動かさなかった。


「そうか…しかし、今こうして生きているのなら、何故お前は死んだことに―ああ、すまない。僕に質問攻めにされるためにここに来たわけではないんだったな。何か僕に頼みがあるのか?」


「おっしゃる通りでございます。実は、黄泉忘れの禁のことで」


「それはこの国では禁句ではなかったか?」


ミロはわずかに顔をしかめた。


「あまり悠長なことは言っていられません。黄泉忘れの禁を解こうとしている輩がいるのです」


「他国もそれを許さないだろう」


「もちろん。しかし、すでにカルツァとベラディール…現在はエッタですが、そこに置かれていた禁に魔の手が及んでいます。どちらも間一髪のところで奪還いたしましたが、最早楽観視はできません」


ミロは納得して頷くと、傍にあった椅子を引き寄せて腰かけた。長話になりそうだった。


「それで警告しに来たのか。ルーセチカとコスタトは?」


「ルーセチカのことはご心配には及びません。すでにおわかりかもしれませんが。最悪の事態になった場合の最後の砦となるでしょう。ただコスタトに関しては、一介の旅人に過ぎない僕たちにできることは多くありません。帝国から警告していただくのが最も確実だと言えます」


一介の旅人、という言葉は―オスカーの意図は知れないが―皮肉な響きを持っていて、ミロはつい唇を噛みしめた。そしてそれを隠そうとするかのように口元を手で覆いながら頷いた。


「いくつかはっきりさせなければならないことがある。まず、敵が何者なのか。そして、何故このことを母上でなく僕に話すのか。答えてくれるんだろう?」


「お望みとあらば。敵については規模は未知数ですが、主犯はベッファと名乗る道化師だとわかっています。奴が何者かの命令に従っていると考えたほうが良いでしょう。ベラディールのルシア王女は白狼族に対する復讐を企て、あちら側に。まだ御存命ならば、手ごわい相手になるかと。それから、ルーセチカのジェローム王も―」


ミロは突然、弾かれたように顔を上げて話を遮った。


「待て、ジェロームだと?彼が敵だと言うのか?」


オスカーは答えを躊躇った。できることなら、ジェロームのことについては軽く聞き流してほしかった。ほとんど無理な相談だとはわかっていたが。珍しく感情を隠さずに自分を見つめてくるミロにいたたまれない気持ちを覚え、オスカーは渋々口を開いた。


「…かの御方はアルフレッド様を殺害し、玉座に就かれました。ベッファの助言を受けたものと思われます」


「話が飛びすぎだ、オスカー!どうなっている、アルフレッド様がお亡くなりになったのか?ジェロームの手にかけられて?そんなことが可能だったと?何故それを早く言わなかった!」


声量こそ抑えられていたものの、ミロの動揺が最高潮に達しているということに疑う余地はなかった。


「詳しいことは伏せておくよう、セレスティアに言われておりましたので。殿下がジェローム王と懇意にしていらっしゃるということを、彼女はよくわかっていました。…申し訳ございません」


「…いや、良い。続きを聞こう」


「名前がわかっているのは彼らだけです。敵の目的は、天使エリシアの復活にあります。つまり、何としても阻止せねばならないということです」


これに関しては、ミロは略奪の天使の名をただ呟いただけだった。オスカーは話を次に進めることにした。


「それから、殿下にこのことをお話ししている理由ですが。そう複雑な理由はございません。皇帝陛下にこのこと信じていただけるかどうかわかりかねただけのことです」


「よく言う。隠す必要はないさ。母上を信じられないのだろう?」


「やはり殿下には誤魔化しが効かないようですね。しかし、信じられないというのは大袈裟ですよ。ただ、陛下が何を計画しておいでなのかわからないうちは早まったことをすべきではない、というのが彼女と出した結論だったもので」


「それを不信感というんだ、オスカー。―いや、非難しているわけじゃない。僕も母上の計画には首を傾げるばかりだからな」


「では、陛下の目論見をご存知なのですか?」


「これでも皇太子だ。すべてとはいかないが、ある程度のことは聞かされているよ」


ミロはそこで言葉を切った。どこまで話すべきか思案しているようであった。オスカーは期待を表に出さないように努めた。ミロは、今や血のつながった母親よりも確かに―だが一方的に―絆を感じている騎士に、知っているすべてのことを話すことにした。


「実は、母上はルーセチカとの親交を絶つ気でいるんだ。何の説明もなくアルフレッド様が退位なさり、ジェロームが国王となったことで信頼が撃墜してね。最悪なのは…まったく、本当に最悪なんだが、コスタトに戦をけしかけるつもりでいることだ」


「なっ…コスタトに?どうしてまたそのようなことを…」


わからないのか?ミロはそう言いたげな愚鈍な眼差しを投げた。ため息と聞き分けのつかないような低い声で語り始める。


「アルフレッド様が即位してからというもの、天下はルーセチカのものだった。どの国も口に出してそれを認めようとはしなかったがね。だが今、ルーセチカは見るからに混乱している。そのせいで、アルフレッド様の実現した世界の調和さえ乱れ始めているんだ。かの御方がすでに逝去なさったとわかれば、最早歯止めがかからなくなるだろうな。


―噂によれば、すでにコスタトは黒豹族を吸収してどんどん勢力を増してきているらしい。ルーセチカが失脚しかけているこのときこそ、天下を治める絶好の機会というわけだ」


「皇帝陛下はそれを阻止するおつもりなのですか?」


「まさか!母上も天下を手中に収めようとしているのさ。まあ、その過程でコスタトの野望を打ち止めることにはなるだろうけど」


平然とミロがそう言ったのを、オスカーは黙って聞き逃すわけにはいかなかった。主君の思い上がりを正すことも、臣下に課せられた使命なのである。


「失礼を承知で申し上げますが、コスタトが黒豹族を味方につけているとなれば、帝国が勝つ見込みは薄いのでは?黒豹族は比較的歴史が浅く、白狼族のような力の衰えは見られていないはずですが」


「ああ。母上もそのことには気付いている。…だからあんな計画を思いついたりするんだ」


ミロはオスカーから目を逸らし、吐き捨てるように言った。


「陛下は一体何を?」


ミロは躊躇いこそしなかったが、まるであまりに重いせいでその言葉をなかなか取り出すことができないかのように、じっくりと溜めてから答えた。


「亜人だよ。母上は毒をもって毒を制すつもりなんだ。それも決して反抗しない、新しい種族をね」



 早朝、何者かが屋敷の呼び鈴を鳴らした。すでに起床して雑事を始めていたジリアンは無視することを考えたが、侍女たる者そういうわけにもいかなかった。屋敷の住人たちが見ている間はみっともなくてとてもできない駆け足で、彼女は玄関まで辿り着いた。


「よっ!さすが、早起きじゃないの!」


扉を開けるなり、ジョーイは周囲をはばからない大声で言った。ジリアンは彼の目の前で扉を閉めてやりたくなった。やはりそういうわけにはいかないけれども。


「おはようございます、ロヴェル様。生憎ですが、主は―」


と言いかけたところで、ジリアンの意識は別のところに持っていかれた。ジョーイの肩越しに、千鳥足でこちらに向かってくる奴の姿が見えたのである。ジョーイが彼女の目線を追って振り返ったとき、テオはほとんど彼にぶつかるところであった。


二人の目が合った。もっとも、テオは明らかに焦点が合っていなかったが。ジョーイは唖然としてしばし黙り込んだ。テオはようやくジョーイの顔を認識し、違和感に気付いた。


「んあ?…くそ、道間違えたか」


そう言って踵を返したテオを、ジリアンは慌てて引き留めた。


「待ちなさい、テオ」


「あ?…何だよ。いるじゃねえか、ジル…」


「いないとは一言も言っておりません。これ以上お客様の前で醜態を晒すのはやめてください」


「はいはい…客ね。―でもさあ…この時間に帰ってくる俺と、この時間に来るお客、どっちがおかしいよ?」


客人でなければ無視をしてもかまわない、というのが彼女の信条だった。ジリアンはテオを屋敷の中に放り込むと、一拍置いてからジョーイに向き直った。


「大変申し訳ございません、ロヴェル様」


「んな気にするこたないぜ!ありゃあ、旦那の友達かい?面白そうな男だな!ハッハー!!」


「…はあ。とにかく、主はしばらく起きてこないと思われますので、出直していただくのがよろしいかと」


「そうか?お嬢さんなら起きてるみたいだが」


と、今度はジョーイがジリアン越しに背後を見ていた。見ると、階段を下りてきたセレスティアが酔っ払いに絡まれているところであった。彼女はテオを軽くあしらいながらジョーイに微笑んだ。


「今日は随分早いのね、ジョーイ」


「気が向いたんで来てみたら、こんな時間だとはな!上がっても良いかい?」


「もちろん。まだオスカーは寝ているけれどね。―ちょっと、テオ。もう少し離れてくれないかしら。お酒臭いわ」


セレスティアが若干顔をしかめたが、テオにはその表情の意味はおろか、言葉の意味さえ理解できていなかった。ジリアンが足早に近づいてきてテオの腕をつかみ、彼女から引っぺがした。


「申し訳ありません。私が何とかいたしますので」


ジリアンは粛然とした屋敷に相応しくない男を厨房まで引きずっていった。セレスティアはジョーイを促して応接室に移動し始めた。


「お嬢さんも早起きなんだな?」


「ああ…実はそうじゃないの。これから寝るところよ」


「おっ、良いねえ!俺もよくやるぜ、夜更かし!」


応接室の扉を開ける前に、セレスティアはジョーイの顔を顧みた。彼は幼い頃に彼女が見慣れた、隠し切れない疲れを誤魔化そうともしない学者と同じ顔つきをしていた。小さなため息のようなものを交えながら彼女は言った。


「今日も寝てないんでしょう」


「まいったな、お見通しかい?こんな早朝に押しかけることになるんだったら、寝てから来りゃ良かったんだが…」


ジョーイは長椅子に深々と座った。初めての訪問のときから、その椅子は彼のお気に入りだった。向かいに腰かけたセレスティアは含みのある言い方をした彼を不安げに見た。


「何か良くないことでもあったの?」


「あー、いやいや!そういうわけじゃない。順調だぜ!ちょっとばかし順調すぎるって話よ!」


「そう。何はともあれ、詳しいことはオスカーに話したほうが良いわ。もうしばらく…どころじゃないわね。お昼まで起きてこないと思うけれど。…待たせるのも悪いかしら。起こしてきましょうか?」


「なあに、勝手に来たのは俺だからな!旦那が起きるまで大人しくしてるぜ!―ところで、お嬢さん。ここで仮眠を取っても良いかな?このふかふか具合がたまんないんだが」


「そんなところで良いなら、構わないわ。客室が空いていれば良かったのだけれど」


とセレスティアが言ったときには、ジョーイは座ったままの姿勢で寝息を立てていた。よく目の当たりにしていた光景を前にして、彼女は今は亡き才人に思いを馳せたに違いなかった。


「正体をなくすまで飲まないように、と言ってあるはずですが」


厨房の隅で眠りについたテオは、目を覚ましてすぐにジリアンからの説教を受けることになった。酔いは醒め、後に残ったのは手加減というものを知らない頭痛だけだった。それと手を組んで彼を苦しめてくるジリアンは、今のテオにとっては完全なる悪だった。


「にもかかわらず、朝になるまで飲んでいたとは。言語道断ですよ、テオ」


「わかった、わかった…あんま大声出すなって」


ジリアンは苛立ちを露わにしながらも、水をテオに差し出した。


「それを飲んだら、さっさとお風呂に入って歯を磨いてください。それが終わるまで、誰の前にも姿を現さないように」


「はいよ…なんだかんだ優しいよな、ジルってば」


侍女はその戯言を無視して朝食の準備を進めた。苦笑いを浮かべながらテオは杯を返し、厨房を出て行こうとした。そこへ、この屋敷ではジリアンの次に早起きなアメラが欠伸をしながらやってきた。アメラはずっと漂っていた妙な匂いの元を目の前にして顔をしかめた。


「…お前、くっさ」


「うるせえ」


「くさい」


「おいこら、がきんちょ―」


「私は誰の前にも姿を見せるなと言ったのですが」


「ちょっと理不尽じゃねえの」


「くさい」


アメラは鼻をつまんで後退った。ジリアンに身振りで追い払われ、テオは不服そうにその場を去っていった。彼がいなくなると、アメラは鍋の前に立つジリアンに駆け寄った。


「今日の朝飯か?」


「はい。―顔は洗いましたか、アメラ?」


屋敷に来てからというもの、アメラは毎朝顔を洗うように指導されていた。だから彼女はばつの悪そうな顔をして答えた。


「…洗ってない」


「今すぐに洗ってくるなら、あなたにだけ早めに朝食を出してあげます」


「ほんと!?」


ジリアンが頷くと、アメラはこれ以上の幸福はないとでも言うかのような表情で厨房を出て行った。そして一分も経たないうちに、顔をずぶ濡れにして戻って来た。期待に目を輝かせるアメラに、ジリアンはやむなく顔を拭いてくるよう言わなければならなかった。今度も数十秒で戻って来たアメラは、朝食を装うジリアンに尋ねた。


「なあ、誰か来てるのか?」


「ロヴェル様がお見えです。―オスカー様のお知り合いの」


「ふーん。じゃ、良い奴なんだな」


「そうなのでしょうね」



 ジョーイが目を覚ましたとき、ぼやけた視界には白く、ふわふわした何かが映っていた。何度か瞬きをしてみると、それは白狼族の子どもだとわかった。アメラは座ったまま眠っていたジョーイを下から見上げ、疑り深い眼差しを彼に投げていた。


「随分ごちゃごちゃした屋敷らしいな」


ジョーイはそう呟いて大きく欠伸をした。目を向け直しても、アメラはまだ彼をじっと睨みつけていた。こういうときは友好的な態度に出るのが吉。ジョーイは何とか眠気を振り払っていつもの陽気さを呼び戻した。


「よう!俺はジョーイ!お前さんは?」


「アメラ」


「そうか、嬢ちゃん。で、そこで何してるんだ?」


「お前を見張ってるんだ」


「おやおや…何か悪いことしちまったかな?」


「何言ってるんだ?悪いことさせないために見張ってるんだろ」


「それもそうだな!ハッハー!!」


「…うるさいな、お前」


そこへ、ジョーイの笑い声を聞きつけたジリアンが現れた。


「ロヴェル様。朝食はいかがいたしますか?」


「まさか、仮眠に加えて朝食まで世話してくれるってのかい?」


「主よりそのように仰せつかっております」


「こんなありがてえことはないぜ!こりゃ、ますます失敗できねえな!」


「食堂までご案内いたします」


アメラを含めた三人は特別会話もなく食堂へ向かった。ジョーイは侍女に示された席に着いた。ジリアンがジョーイの朝食を用意していると、食堂の扉を押し開けて濡れた髪をしたテオが入って来た。彼は無遠慮に皿を覗き込んで言った。


「おっ。俺、これ好きなんだよな。俺の分は?」


「ご自分で用意しては?」


「良いのか?鍋が空になるけど」


でしょうね、と言いたげにジリアンはため息をつき、厨房に引き返した。彼女はアメラからジョーイを解放することを忘れなかった。怒らせると怖いので、アメラは大人しくジリアンに従った。せかせかと準備を進めながらジリアンは言った。


「お客様に失礼なことをしていないでしょうね」


「アメラは見張ってただけだ。手下と同じ匂いがしたからな」


「お酒の匂いですか。テオのように酒に飲まれさえしていなければ、警戒する必要はありません」


「ふーん…」


食堂に取り残された二人は、目を合わせることもしなかった。双方とも、そんなことをする必要はないと感じていたのだろう。それでもジョーイは沈黙が好きなわけではなかった。彼は料理に目を落としたままテオに声を掛けた。


「酔いは醒めたのかい、旦那?」


「おう。ちょっと寝て、冷てえ水浴びたら一発だ。―あんたもセレスティアたちに雇われてんのか?」


「ああ。医者が必要だなんて変わってるよな」


「ちなみに何させられてんの?」


と尋ねたところでジリアンが戻ってきて、詮索しているのがばれたテオは下手な愛想笑いを浮かべた。ジリアンは目で不平を言いながら、テオの分の皿を並べた。そしてテオが余計なことをしないよう、扉の傍に控えておくことにした。家主のいない食事が始まった。いつもならこの時間に起きてきて一緒に朝食を取るリーンとカイも不在だった。


「ジル、あいつらは?」


「リーンとカイなら、数日留守にすると言って昨晩出て行きましたが」


「あいつら、俺には一言もそういうこと言わねえんだから」


でしょうね。ジリアンはほとんどわからない程度に鼻で笑った。さて、余程腹が減っていたのか、ジョーイはあっという間に皿を綺麗にしてしまった。随分と美味しそうに食べる男で、ジリアンも満足したようだった。皿を下げようとして彼女に止められた後、ジョーイは座り直して時計を見た。


「しかし、旦那が起きてくるまで居座るわけにもいかんなあ…」


「気にしなくて良いだろ。あいつら、床で寝てたって怒らないぞ。―ごちそーさん、ジル」


ジリアンは厨房に向かって頭を傾けた。皿くらい運べるでしょう。テオが立って行くと、まさに床で丸くなっていたアメラが何かひらめいたように顔を上げた。ずっと暇を持て余してはいたが、勝手に遊び回れないのでじっとしていたのである。


「アメラ、起こしてくる!」


やけにはしゃいでそう言うと、アメラはジリアンが止めるのも聞かずに部屋を出て行ってしまった。その目的はただ一つ、オスカーの部屋の大きな寝台だった。彼がジョーイとの用事を済ませている間に拝借しようという魂胆である。アメラは勢いよく階段を駆け上がり、目標の部屋の扉を迷いなく開けた。物音にオスカーはうっすらと目を開けたが、起き上がろうとはしなかった。


「オスカ!」


アメラは寝台に駆け寄ると、その勢いで上に飛び乗った。オスカーはすでに目を閉じていた。


「おい、オスカ!起きろよ!ともだちが来てるぞ!」


「うん…」


「セレスタも起きろって!ぐうたらするのは良くないんだぞ!」


アメラはついでにオスカーの隣で眠っているセレスティアを揺り起こした。彼女は目を開けると、腕を伸ばして窘めるようにアメラの頭を撫でた。


「良いじゃない、さっきまで起きてたんだから…」


「セレスタ!夜更かしはもっと良くないんだぞ」


「そうね…もう少ししたら起きるから」


「セレスタはそれでも良いけど、オスカは駄目だ」


「…騙されないよ。僕を訪ねてくる友達なんかいない…おやすみ、アメラ」


微睡みながらそう言ったオスカーは、今にも寝息を立て始めそうだった。セレスティアは目を閉じたまま、口の中で呟くように言った。


「ああ…きっとジョーイのことよ。彼なら確かに来てるわ」


「いつ来たの?」


「私が寝る前」


「…起きなきゃ駄目?」


「駄目!」


「あなたが良いなら寝ていたら?」


他人事のように言ってセレスティアは布団を引っ張り上げた。オスカーは渋々身体を起こすと、アメラを持ち上げて床に下ろしてから寝台を降りた。すると、アメラは寝台を手のひらで叩きながら彼に訴えてきた。


「なあ、オスカ!アメラもここで寝たい!」


「床で寝るほうが好きなんじゃなかったっけ?」


「ときとばあいによる!―寝ても良い?今だけだから!」


アメラはジリアンが言っていた言葉を使うことができてご満悦のようだった。オスカーはその頼みを笑って許可してやった。

2025.1.30

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