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その瞳には、毒がある  作者: 小娘
その娘、逡巡する
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連れ添い歩む道

 彼女から花の咲いたような笑顔が消えたのは、言うまでもなく父アルフレッドが呪いにかけられたあの日だった。その日、彼女はようやく王女としての存在を認められるはずだった。それは、アルフレッドとロイドの企んだ、この上なく都合の良―重要な”手続き”であった。それさえ完遂していれば、彼女の人生も今ほど暗いものではなかったはずだった。


前日の夜をアンドルーと過ごした彼女は、アルフレッドが用意させた衣装に着替え、統隙の緋石を使って城内に入った。衛兵はこれから行われるという国王の演説の準備のために出払っていたので、彼女が物陰でやり過ごす必要はなかった―王女の存在を知っていたのは、諸君がすでに名前を聞いている面々だけだった―。


彼女は国王の私室まで心を躍らせながら歩いて行った。その部屋の扉が開いたままになっていた時点で、彼女は異変に気付くべきだった。彼女は何も、何一つとして気にも留めず、そのまま部屋を覗き込み、結果、先ほどまでとは別の意味で心臓が跳ね上がることとなった。


彼女が顔を出したちょうどそのときに、アルフレッドは床に倒れた。彼女が息を呑んだ音で、王妃シビルは振り向いた。王妃は何やかやと喚きたてた―改めて聞いてみたら、黄泉忘れの話をしていた―が、彼女の耳には届いていなかったに違いない。彼女は王妃を無視して父王に歩み寄った。彼女がその身体に触れようとしたとき、王妃はあろうことか彼女を突き飛ばし、王を餌に優位に立とうとした。


だから王妃は死んだ。王女の心も死んだ。



 エッタを出て数日、一行はガラサへと戻って来た。無感情を前面に押し出したジリアンが一同を出迎えた。オスカーは留守にはしておらず、玄関の物音を聞きつけて階下に降りてきた。


「やあ、おかえり。思ったより早かったね」


「騎士様がいればもっと早く済んだのに」


と、リーン。彼女はオスカーを何とか茶化して呼ぼうと、騎士様というあだ名をつけたのだ。オスカーはその冗談を微笑して受け流した。


「それは申し訳ないことをしたな。―その子、迷い込んだわけじゃないよね?」


彼はもちろんアメラのことを言っていた。アメラは見くびられまいとしてか、やけにふんぞり返って応酬した。


「やい!アメラは迷子じゃないぞ。しょーしんしょーめー、セレスタの仲間だ。誰だ、お前?」


「僕はオスカーだよ。僕も仲間に入れてもらえるのかな?」


「ふん!まあ、考えてやっても良いぞ」


「本当かい?それはありがたいな」


「おい、オスカー、やめとけ。あんまりよいしょするとお前も手下にされるぞ」


と、すでにアメラの手下になってしまったテオが言った。事情を察してオスカーは冷やかすように笑った。それからセレスティアの様子をちらりと窺った。異常なし。いつも通り、彼女しかいない世界で何か考え事をしているようだったので、オスカーはとりあえず彼女をこちら側に連れ戻すことにした。


「ティア、疲れてなければお茶でもどうかな?」


「…ええ、そうね。そうしましょうか」


ジリアンはさっさと紅茶の準備をしに下がった。その背中にリーンは声を掛けた。


「ねー、ジル!あたしの分も良い?カイも飲みたいって」


「かしこまりました。ご用意いたします」


ジリアンは厨房に消えた。


「…俺は何も言ってないぞ」


「良いじゃん。一緒に飲もうよ」


リーンはカイの腕を取り、満面の笑みを浮かべた。カイは短く息を漏らし、あしらうように二度頷いた。その横でテオがわざとらしい大声を上げる。


「うわ。これ俺の分だけないやつじゃん」


「あんたに紅茶の味なんかわかるわけ?」


「お前にだけは言われたくないね」


睨み合う二人を、オスカーは父親か何かのように眺めた。


「ここを出たとき以上に仲良くなってるみたいだね」


「そりゃ、あんたらの命令で長いこと一緒にいなきゃいけなかったからな」


「そーだよ。あたしたち、あのベラディール人の町の美味しいご飯屋さんだって知り尽くしてるんだから。正直、何回逃げようとしたかわかんないよ」


オスカーは声を立てて笑うと、セレスティアについて階段を上がっていった。リーンとカイは食堂に入り、後に残ったテオは小さき頭領の命令で屋敷を案内する羽目になった。


「それで、話って?」


部屋に入るなりオスカーは尋ねた。セレスティアはじっと彼を見つめると、長椅子に腰を沈め、オスカーが隣に腰かけるのを待ってから言った。


「私、そんなに話したそうな顔をしていたかしら。…良いわ。もっと静かな時間に話そうと思っていたのだけれど」


肩をすくめながらセレスティアはそう前置きして、エッタでの出来事を適当に端折りながら語った。途中でジリアンが紅茶を運んできたが、彼女はまるで耳などついていないかのように、一切の興味を顔に出さずに部屋を出た。リヴァが助かったところまで話すと―もっとも、このときにはもう彼はこの世を去ることを選んでしまったのだが―、セレスティアは一息つこうと口を閉ざした。話の腰を折ることなく聞いていたオスカーは、もう彼女が語り尽くしたものと思って言った。


「じゃあ、アメラには黄泉忘れのことを多少なりとも聞かれちゃったんだね?」


「…それでは済まないわね」


「それは、多少どころじゃないってこと?それとも、アメラ以外にも聞かれたってこと?」


「どっちもよ。あの子たちに黄泉忘れのことを話してしまったの」


オスカーが丁寧に薪を並べてくれたので、セレスティアは火を投げ入れるだけで良かった。そのおかげが、彼女は帰って来たときほど神経質ではなく、むしろ安堵の色まで見えた気がした。無論、オスカーはそういうわけにはいかなかったが。


「君に限ってこの手のことで冗談を言うとは思えないけど、ぜひとも冗談だと言ってほしいな」


「奇遇ね。私もそう言いたいわ」


「何でそんなことになっちゃったの?」


「正直に言って、わからないの。話さなきゃいけないと、ただそう直感しただけ」


「せめてここに戻ってくるまで待ってくれたら―」


「やめてちょうだい。今更何を言っても、なかったことになんてできないのよ」


セレスティアは最近では珍しく開き直ると、高飛車に足を組んだ。煙管を取り出し、火を点けようとしてやめた。組んだ足を下ろし、オスカーに向き直る。彼は何を考えているのか掴み難い表情で彼女を見ていた。目が合うと、オスカーは顔を逸らし、緩慢な動きで紅茶を口に運んだ。そしてもう一度セレスティアに目線を戻した。彼女は観念したような面持ちで彼を見ていた。


「全部大人しく聞くから、どうぞ叱りつけて」


「別に怒っちゃいないよ。ほら、ふてくされないの」


「ふてくされてなんか…ああ、もう。駄目ね、こんな子どもじみたこと…」


お懐かしゅうございます、殿下。


「そういうところもひっくるめて君だから、僕は構わないけどね。―とにかく、僕は君の決めたことに向きになったりしないよ」


「あなたが正してくれないと、私は簡単に間違った方向に進んでしまうのよ」


「そうかもね。だから、次はちゃんと相談して」


小さく頷き、目を伏せて謝るセレスティアは、何だかいじらしかった。二人が人に見られても差し支えないような戯れを始めてすぐ、部屋の扉を叩く音がした。オスカーが返事をすると、ジリアンが顔を出して言った。


「ロヴェル様がお見えです」


「今度は私があなたの話を聞く番みたいね」


セレスティアはオスカーを見つめたまま首を傾げた。



 ジョセフ・ロヴェルは女主人との思いがけぬ邂逅に喜んだ。彼はセレスティアの不在の間にオスカーが見つけておいた、無駄に陽気な医者だった。ジョーイは大層愉快に帰っていった。


「んじゃ、また来るぜ、お嬢さん!旦那もしっかりな!ハッハー!!」


どうして一人でこんなに騒げるのか、ぜひ彼に直接聞いてみたいものだ。客が帰った音を聞いて、リーンがそろそろと廊下に現れた。


「ね、今の誰?すごい大声だったけど。扉開けっ放しで喋ってるのかと思っちゃった」


「僕のちょっとした知り合いだよ。ジョーイっていう」


「ふーん。あ、そうだ。カイが、次はどうするんだろーって気にしてたよ」


「ちょうど良いな。ジョーイが帰ったら、次のことを話すつもりでいたんだ」


「それなら、テオとアメラも呼んだほうが良いわね。どこに行ったのかしら」


セレスティアは答えを知る前から呆れた顔をしていた。リーンはまるで注意を払っておくべきだったと反省しているかのように愛想笑いを浮かべた。屋敷の主人が渋い顔を向けるのは彼女に対してではないということくらい、本当は知っていたはずだが。


「あー…あたし、その二人のこと帰ってからずっと見てないんだよね。物を壊される前に探したほうが良いかも」


「彼らなら、先ほど夕食になるはずだった芋を荒らしているところを捕まえましたが」


と、客を見送ったジリアンが口を挟んだ。オスカーは先ほどのアメラの様子を思い出して苦笑した。


「彼らにも困ったものだね。今頃は芋の皮むきでもさせられてるのかな?」


「いいえ。芋は全滅いたしましたので、テオに買いに行かせました。アメラは風呂場に」


ジリアンは真顔でそう言うと、また台所に引っ込んでしまった。彼女の口ぶりからして、まあテオは随分前からそうだったが、アメラまで早くもお客様を卒業してしまったらしい。一同はテオの帰宅と、侍女がアメラを泡風呂から引っぺがすのを待たなければならなかった。

2025.1.29

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