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その瞳には、毒がある  作者: 小娘
その娘、遊弋する
29/60

腐いんだよ

『敵を討つまたとない機会だよ…何の話か、わかるよね?あいつ、あんたの親父さんがいるとこで待ってるってさ。せいぜい頑張りなよ、王女様。―そうだ、あの女の隣の間抜け面に言っておいてよ。上手いんだねって』


 死を迎えるとわかったときには、サラも人並に絶望した。しかしそれが普通と違うものだと知ると、彼女は喜んで命を差し出すことにした。白狼というだけで他所で上手くやっていけないというのにも、それを理由に集落に閉じこもる生活にもすっかり嫌気が差していた。


何よりも気に食わないのはあの老いぼれが偉そうにしていることで、一族に崇拝されているのも納得がいかなかった。保守的な長とは往々にして失敗するものだ。サラはそう考えていた。白狼のみならず、亜人が馬鹿にされるのも、エッタがニンゲンの言うことを大人しく聞いていたからだ、と。だから彼女はこれを復讐だと信じた。つくづく、哀れな娘だ。



 セレスティアは腐臭に抗おうとするかのように走っていた。墓地に入ったとき、そこは気味が悪いほど閑散としていた。盛り返された土が、今起きているすべてのことが、ただの悪夢などではないのだと証明していた。そしてその最奥から、私には想像もできぬ禍々しい気配が漂いきているのを、彼女はその険しい顔つきでもって教えてくれた。


彼女が意を決してそちらへ向かおうとしたとき、背後から彼女の名を呼ぶ声が聞こえてきた。見ると、それは転がるように走って来たアメラであった。


「エッタは?」


「ルーシャを探して来いって!広場、もうめちゃくちゃだったんだ…」


「そんな…本気で白狼族を滅ぼすつもりなの…?」


セレスティアは独り言ち、再び最奥を目指そうとして、すぐに足を止めた。


「セレスタ?早く行こう!」


「ええ…ねえ、アメラ」


「何だ?急がないと―」


風に攫われる木の葉のように駆け出しそうなアメラに対し、セレスティアは根が生えたように動かなかった。


「わかっているわ。でも、大切な話よ。あなたがこれから見聞きするものは、きっとあなたには信じがたいことよ。だから、ただ私を信じていてほしいの。できるわね?」


アメラはどこか面食らったような様子でとりあえず頷いた。


「うん…わかった。なあ、セレスタ…ルーシャを殺すのか?」


「どうかしら。彼女次第よ」


セレスティアは重々しく足を運び、アメラの横を通り過ぎた。今度は幼い少女の足に根が生える番だった。


「でもやるなら、アメラにやらせてくれ」


「…何故?」


我が王女ながら、愚問だ。あなたほど復讐の二文字をよく知っている人などいないのに。


「アメラは一族をめちゃくちゃにしようとしてるルーシャのこと、許せない。許したくない。他に理由なんかないだろ」


「それは…いえ、そうよね。…行きましょう」


それは、誰のため?ああ、私にはわかるとも、彼女が言いかけたことくらい。しかし、どうだろう。他者の中に己を見出そうとすることほど、空しくも無二の行動などないものだなあ。



 テオが広場に戻ってきて目にしたのは、言うまでもなく地獄絵図であった。ある意味での同士討ちを繰り広げる白狼たち、死体を前に泣き叫ぶ声、それらを囃し立てるように燃える炎。嘘だろ、というテオの一言に尽きる。動揺を押しやり、テオは素早く周囲を見渡した。すぐそこに、目を見開いたまま息絶えた子どもの身体が転がっていた。首に咬傷があり、助けを求めるように片腕を伸ばしている。見捨てられたのだろうか?


思わず目を逸らしたその先に、煩わしそうに数体の屍の相手をするエッタが見えた。テオは彼女の元に駆け寄ると、すぐそこにあった腐りかけの首に刀を突き刺し、そのまま斬り捨てた。地面に落ちたその頭はそれでもなお牙をひん剥いている。テオは噛みつかれる前にそれを蹴飛ばし、エッタに声を掛けた。


「よう、エッタ!」


「む?何だ、おぬしか。セレスタはどうした?」


「墓地に行った!つか、何手こずってんだよ?あんたにかかりゃ、こんな奴ら屁でもねえだろ?」


いかにも。しかし、エッタはその実力にもかかわらず、敵を蹴散らすことはせずに守りに徹していた。反撃するにしても、それで相手を再起不能にできるほどの威力ではない。エッタはテオの問いかけを鼻で笑った。口元には一切の笑みも浮かんでいなかったが。テオは苛立ったような眼差しを彼女に向けた。


「何だよ!?悠長なことしてらんねえだろ!死人が出てんだぞ!?」


山ほどね。


「…儂は、こやつらを傷つけたくはない」


「なっ…!ふざけてんのか!?それでも族長かよ?」


「ああ、そうだ。儂はこやつらのことを皆覚えておる。長だからな。向こうで無慈悲にも子どもを噛み殺した奴も、おぬしが躊躇いもなく斬りつけた奴も…こやつらが、儂の子らが生きていた姿を、儂は覚えておる」


「けど、もう死んでるじゃねえか!過去のために全部駄目にする気か!?」


「わかっておる。わかっておるわ。おぬしに説教されずともな。…ただ少し、割り切るのが難しいだけのことよ」


エッタは寂しそうに呟くと、目の前の戦意に昂った同胞を懐かしむように眺めた。目を閉じ、深く息を吸ってから、意を決したように敵を睨みつける。その覇気で屍たちがたじろいだ隙をつき、エッタは鋭い一撃を繰り出した。彼女の爪で腐った顔面が抉られた。最早それがかつて生きていたとは思いたくない有様だ。腕を振って爪に付いた肉片を払い落とすと、エッタは敵から視線を逸らすことなく言った。


「一族のことは儂一人でけじめをつける。おぬしはサラを探してきてくれぬか」


「サラって、俺の肝を冷やした?まだその辺にいんのか?」


「ああ。どうも動きが気になる。敵側に付いたのかもしれぬな」


「ふーん。どっちにいるとかわかるなら探してくっけど」


乗り気ではなさそうだ。


「おぬしらの使っていた天幕のほうから墓場に移動しておる。妙な足取りでな。―群れに加わる気はないようだな」


「死体の?やっぱこれで全部じゃねえってことか」


「ここにおるのはほんの一部だ。大半は森に分け入ったわ。リヴァを探しておるのだろう」


「そうか、リヴァ…無事だと良いけどな」


エッタは再び鼻で笑った。まったく面白くなさそうに。


「手遅れだ。あやつらも長くは持たん」


「んなことわかんねえだろ!」


テオは反射的にそう叫んでいた。が、そんな子どもじみた言葉が響くはずもなく、エッタは冷静に爪を振るい、彼女を取り巻いていた屍の最後の一つを打ち倒した。彼女は息を吐くと、両腕をだらりと下げ、遠くを見つめながら言った。


「…おぬしに言っておくが、過去をどうするかは他人が決めることではない。セレスタには…あやつにだけは、過去を切り捨てろなどと言ってくれるでないぞ。あやつは過去のために生きておるのだから」


「…そうかよ」


「さあ、とっとと行け。足を噛まれても知らぬぞ」


テオは不平を示すために大きくため息をつき、刀を納めて駆け出した。初めは例の天幕の方角に走っていったテオだったが、森が見えてくると、迷うことなくそちらに向かっていった。それは墓場とは反対の方向にあった。エッタの言うことを聞くつもりはないらしい。



 リーンがもう遅いと理解するまで、そう時間はかからなかった。ひしひしと感じていた殺意はずっと距離を保ったままついてきていた。いつまでも追いつかれないのではなく、もう追い詰められていたのだ。どういうわけか、その姿は依然として見えないままであったが。匂いを当てにしているリヴァはまだ気付いていない。


終わりだと伝えるべきだろうか?伝えた瞬間が終わりの始まりになるとわかっていても?リーンは足を止めた。少し先で立ち止まり、リヴァは訝しげに振り向いた。その視線から逃れようとするかのように、リーンもまた身体ごと後ろを振り返り、大声で透明な敵に告げた。


「出て来い!あたしが相手だよ!」


「リーン、何を―」


言いかけてリヴァは口を噤んだ。何故かそこに屍が並んでいて、ふらつきながらこちらを見ていたからだった。あらゆる疑問が彼の頭の中を駆けずり回り、その脚は身体を運ぶという機能を失った。しかし、何かを口にするということも、ここから何事もなく立ち去れるように望むということも、すべては空に還る前の遊戯に過ぎず、それがわからないほどリヴァの思考は腐ってなかった。代わりに彼は絶望した。前方でリーンが攻撃の構えを取っている。何のために?


「リヴァをどうこうするつもりなら、あたしが許さない。何度だって殺してやる!」


何故彼女は怒っているんだろう?


「…そっちから来ないんなら、あたしから行くよ!」


リーンはそう怒鳴ると、かつてこの大地に生きた同胞の成れの果てに、緋い瞳を携えて突進した。それでもなお、彼の身体は根が生えたようにその場を離れようとしなかった。リーンの初撃を合図にしたかのように、群れは行動を開始した。


だが、どれも恐怖に突き動かされるリーンには見向きもせず、恐怖に慄くリヴァのほうへと歩みを進めていく。リーンは信じられないといった面持ちで数瞬動きを止めたが、それがリヴァに牙を突き立てる前に彼の前に舞い戻った。一番近くにいた屍の両目を斬る。その屍は白狼の力を失い、無力で腐っているだけの人間になってしまった。能力の根源がそこにあることを彼女は知っていたようだ。すぐさま彼女は叫んだ。


「あんた、何ぼさっとしてんの?!早く逃げてよ!」


「ですが…あなた一人を置いていくなんて…」


「あたしは狙われてないからいーの!」


「でも―」


「次、でもって言ったらぶん殴るから!」


リヴァは仕方なく走り出した。それに合わせて屍も走り出した。もしこの調子で走り続けていたなら、リヴァが追いつかれることもなかっただろう。しかし、忘れてはならないのは、追手が屍とはいえ白狼であるということだ。集団行動を嫌でも叩きこまれ、かつそれが常にとは言わないまでも、大抵の場合は最善策となることを知っている一族。リヴァを狩れという指令が下されているのだからなおさらに、屍は洗練された狩りのやり方を見せつけてくるのであった。


リヴァとてそのやり口がどんなものか知らないわけではなかったが、今の彼は正気ではないし…とにかく、彼はまんまとその策に嵌ってしまったわけである。いつの間にか四方を囲まれていたリヴァの精神は奈落の底に落ちた。


彼は抵抗すらしようとせず、運命を受け入れようと目を閉じた。まあ、まだ噛みつかれないのだが。リーンたちのあがきはもう少し続くのだ。見たまえ、一時の救世主、カイのお出ましだ。カイはすんでのところで屍を薙ぎ払い、リヴァの肉が食いちぎられるのを阻止した。


「間に合ったか…」


「カイ?僕、もう死ぬのかと…」


「情けないことを言うのはよせ。…生きて戻るぞ」


そうは言ったものの、カイにもこの場を切り抜ける方法は思いつかなかった。あるとすれば、応援がやってくるまで何とか耐え忍ぶことくらいだが、この数を相手にするとなると望みはかなり薄い。考えながらカイは拳を振るった。しかし、屍は数発殴らないことには―つまり、脳を潰さないことには―倒れてくれないようで、お守をしながら一つ一つを仕留めるのでは効率が悪すぎる。と、そこへリーンが舞い降りてきて、いつも通りの調子で言った。


「ちょっと、カイ!殴ってもしょうがないでしょ!来るのも遅いし!」


「遅いってこともないだろう。殴らないでどうしろって?」


「目を潰すの!狼より人間のがましでしょ?」


「俺は指でやるしかないんだが」


「じゃ、やれば!―リヴァ、あんたもだよ。立派な爪があるんだから!」


「はい…」


青ざめた顔をしたリヴァは、カイに張り付くようにして身を屈めながら精一杯の応戦を始めた。まったく、カイ一人だったら、この小鹿のような男を丸呑みするくらいしか無事でいさせる手がなかったに違いない。


「囲まれていては分が悪い。リーン、お前は回り込んできた奴をやってくれ」


「わかった!何とかして道を切り開くよ!」


そう答えてリーンは姿を消し、あちこちに現れては敵を無力化していった。そこにできたわずかな隙間を縫うようにして、二人は順調に後退した。しかし屍の群れはのべつ幕なしに湧いて出てくる。エッタの言った通り、大半がこちらに回されたのであろう。この調子では、とても集落までたどり着けそうにない。もしも限界が来て、リヴァが本当に運命を享受せざるを得なくなったとして、これらの屍は大人しく在るべき場所に戻ってくれるのだろうか?そういうことを考えるのも、我ながら馬鹿馬鹿しいことだ。



 一方セレスティアは墓地を抜け、ようやく最奥にあるオーウェン王の墓まで辿り着いた。やはりそこにはルシアがいて、自身に降り注いだ不幸のせいで歪んだ笑顔を浮かべて彼女を待っていた。ルシアはずっとそこにいたに違いなかった。ただならぬ気配に委縮したのか、アメラはセレスティアの一歩後ろで立ち止まり、身を低くした。セレスティアは慎重に言葉を選んで言った。


「…何を待っていらっしゃるのですか」


「長らく心待ちにしていたこの瞬間を、一人で味わうのはもったいないでしょう?あの族長が直々に現れることを期待していたのですけれどね」


「よくもそのようなことを。そうできないようにしたのは、他ならぬあなたでしょう」


「まあ。彼女は私が送った客人をもてなすのに苦戦していらっしゃるようですわね。滅多にない機会だからと思ったのですけれど…あの方には手に負えなかったかしら」


セレスティアは沈黙を守った。ルシアは陶然と墓石を眺めながら続けた。


「あの女の管理下にあったせいで、ずっとここに来ることが叶いませんでしたが…ああ、耐え忍んできた日々がようやく報われましたわ」


「セレスタ…」


小さな声でアメラが呟いたが、その意図するところはわからない。セレスティアは依然として押し黙っている。


「お目覚めの時間ですわ、お父様…」


ルシアの緋眼は亡霊に偽りの生命を与えた。オーウェンは生者が忌み嫌う暗黒から這い出し、その身体は―ルシアの仕業だろうが―かつての栄華を雄々しく物語っていた。亡国の王との邂逅がこのようなものになるとは、セレスティアも想像だにしていなかっただろう。そしてオーウェンの手には、彼とともに葬られた万年筆が握られていた。黄泉忘れの禁…。


「さあ、どうかお話しになって、お父様」


「…アルフレッド王の息女か」


オーウェンは実の娘には見向きもせず、仇の娘をしげしげと眺めた。


「お目通りが叶い光栄でございます、陛下」


「ふん…名は何と?」


セレスティアは静かに名を告げた。


「そうか。私に何の用だ」


「陛下、私は―」


「お、お父様!この者は関係ございませんわ。私がどれほどお父様を取り戻そうと苦心したか!これはその邪魔立てをした張本人でもありましてよ」


また大袈裟な。


「もう一度聞こう。私に何の用だ、我が仇が娘よ」


「…貴国に伝わる黄泉忘れの禁をお譲りいただきたく存じます」


「これか。どうした、アルフレッド王が死にでもしたか?」


「おっしゃる通りでございます、陛下。しかし、不躾にもこのようなお願いを申し上げているのは、かの御方を蘇らせるためではございません」


ルシアが示したような驚愕の色を滲ませることすらせず、オーウェンはただにやりと笑った。


「では何故か?」


「御息女たるルシア王女にお渡しするわけにはゆかないのです。それは策もなく獣の鎖を解くことに等しいと言えましょう」


「私を侮辱するというの!―お父様、このような女の戯言など聞くに値しませんわ!」


「そうか。ならば黙っているが良い、娘よ。私がいつ口を開いて良いと言った?」


ようやく与えられた一瞥はあまりにも冷ややかだった。それがルシアには我慢ならなかった。彼女は一体何を期待していたのだろう?私からすれば、オーウェンが今彼女にした扱いというのは、予想の範疇から毛ほどもはみ出してはいないのだが。まあ、どうでも良かろう。


ただこれ以上堪えることができなかったのだろう、ルシアはオーウェンの魂をあるべき場所に送り返した。紐の切れた操り人形よろしく、オーウェンは地面に崩れ落ちた。セレスティアが息を呑んでいる隙に、ルシアは父親の手に握られた万年筆をもぎ取ると、怨嗟を込めてその手を足蹴にした。そして死体を前にしているとは思えないほど静謐な態度で立ち上がった。


「そう…これが…」


「それをこちらに」


セレスティアが一歩近づいて手を差し出すと、ルシアは軽蔑したように彼女を睥睨した。


「黙りなさい、このあばずれ。お父様のものだったのだから、これは当然私のもの。そうでしょう?」


そしてルシアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。セレスティアは左脚に体重をかけ、踵を地面に押し付けた。苛立っている。


「いいから、渡して。後悔してからでは遅いわ」


「後悔ですって?おかしなことをおっしゃるのね!私には今更失うものなんてないのよ!」


「…それであなたが納得できるのなら、私はあなたの選択を否定しないわ」


セレスティアは諦めたかのように差し出していた手を垂れ下げ、ため息をつきながら踵を返した。ルシアは拍子抜けしたようだったが、勝利の酔狂が消え去ることはなかった。


「随分聞き分けのよろしいこと!初めから大人しくそうしているべきでしたわね!―そうだわ、お父様。お墓には自分で戻ってくださる?惨めったらしく穴を掘って?」


命令通りに動き出したオーウェンを満足そうに眺めているルシアは、けれど、とセレスティアが呟いたのに気が付かなかった。もちろん、その後に続いた言葉も聞こえていなかっただろう。


「―私だって、納得できる道を選びたいの」


その言葉を合図と取り、アメラはルシアに飛び掛かった。彼女は容赦なくルシアの片腕に噛みつき、万年筆を取り落とさせた。痛みらしい痛みを初めて味わったルシアはおぞましい悲鳴を上げた。彼女は必死にもがいたが、アメラはなかなか離れようとしなかった。それはしばらく続き、セレスティアだけがじっと動かないでいた。


ようやくアメラが牙を抜いたときには、ルシアの腕は肘から下がほとんど食いちぎられ、ぶら下がる形になっていた。そのときのルシアの形相といったら!恐怖と痛みで歪んだ顔を涙が装飾し、優雅に紅茶を愉しんでいたあの王女だとはとても思えないほどだった。


アメラは口に流れ込んだ血を無造作に吐き出すと、万年筆を拾ってセレスティアの傍に戻った。セレスティアは礼を言ってそれを受け取り、静かに歩き出した。アメラはばつの悪そうな顔をルシアに向けた。


「アメラの同胞の分だからな。忘れるなよ」


アメラが言い終える前にルシアは卒倒した。



 私がリヴァの運命を諸君に語るのを後回しにしたのは、話の都合上そうすべきだと感じていたからで、何ももったいぶりたかったわけではないということをお断りしておかねばなるまい。この場面が、その明白さ故に少々退屈になるであろうことは、私も重々承知していたのだ。


さて、三人は、前方から向かってくる屍をカイが押し返し、後方まで回り込んできた屍をリーンが対処することでしのぎを削っていた。もちろんリヴァも今の彼にできることはやっていたが、まあ大して役に立っていなかった。そんな戦いの最中、ふと道が開けた時間があった。リーンとカイの反撃が噛み合い、屍が一つたりともリヴァを襲うことができなかったのだ。これを好機と見たリーンは直ちに叫んだ。


「リヴァ、走って!あんたさえ集落にたどり着ければ…!」


リヴァは迷うことなく白狼の姿となり、死に物狂いで走り出した。カイはリーンに聞こえるように声を張り上げて言った。


「集落だって襲撃に遭ってるんだぞ!」


「構うもんか!このまま続けてても持たないでしょ!あたしはエッタさんを信じる!」


その判断ははっきり言って間違ってはいなかった。それが過ちとなったのは多勢に無勢だったためで、これに打ち勝つにはセレスティアとエッタがもう一人ずつ必要だったのではないかと思う。何が起きたのか?別に敵側の手口は変わらない。ただ、ずっと潜んでいた屍がここぞとばかりに現れ、リヴァの行く手を塞いだだけのことだった。ただし、先ほどと違って、彼を助けてくれる者は遠く離れたところにいた。


だからリヴァが取り囲まれたのは一瞬の出来事だった。一口目は豪快に、二口目は淑やかに…リヴァは悲痛な悲鳴―その一言一句をわざわざ書き記すには及ばないだろうか―を上げ、白狼の姿を維持しきれずにうずくまった。リーンはすぐに救援に向かったが、そこにできた壁は彼女には分厚すぎた。


「まだ、こんなに…!―ちょっと、どいて!リヴァに触るな!」


それで大人しく聞いてくれるなら世話ないのだが。どれだけ押し退けても、すぐに別の屍が割って入って来る。そうして手間取っている間にも、リヴァの絶叫が耳をつんざかんばかりに響く。刹那、リーンは理性を失った。瞳が鮮血の色をして輝きを増し、彼女のすべての主導権はその緋に委ねられた。よく見ておくと良い、これが緋の暴走だ。


「触んなって言ってるでしょ」


リーンの身体は空を駆けた。カイが唖然としてその様子を眺めている。重力に引き戻される前に、リーンは自分の位置を屍の山と入れ替えた。そして見るに堪えない姿をしたリヴァの隣で、緋の瞳を空に向けた。屍が雨のように落下してくるのを眺めながら、彼女は正気を取り戻した。激しい眩暈に襲われる。


リーンは屍の一つにでもなってしまったかのように、それらの中をよろめいた。カイに名前を呼ばれている。顔を上げたとき、屍が再びリヴァに食らいつこうとしているのに気付いた。何か叫ぼうとしたが、その言葉は血に呑まれた。


カイはもうリヴァを諦めちゃったの?リーンは非難するような眼差しを隣で身体を支えてくれている相棒に送ったが、彼女自身、万事休すだと認めざるを得なかった。二人は屍の波に押し出され、絶望的にその団子を見守るしかなかった。だから遅ればせてテオが現れても、二人は何も言わなかった。


「おいおいおいおい…どうなってんだよ!あん中にいんの、リヴァじゃないよな?―いや、リヴァだよな。わかってんだよ、んなこと」


テオは捲し立てるようにそう言うと、一人輪の中に突撃しに行った。空気の読めない男だ。カイはリーンを座らせてからテオに歩み寄った。


「こっちに来られたのはお前だけか?」


「おう。セレスティアもエッタも手一杯だ。―くそ、どうやったら退けられんだよ!ほら、お前も手伝えって!」


「…俺たちだけでこれ以上どうするつもりだ?」


「ごちゃごちゃ言うなっつの!あいつ、そこでまだ生きてんだぜ?押して駄目でも押すしかねえだろ!?」


頭を使って解決できないときは、馬鹿に頼るのが手っ取り早い。カイは考えるのをやめ、思い切り屍を突き飛ばした。カイの前にいた屍の体勢が崩れ、そのまた前にいた屍の体勢も崩れ…と、輪に隙が生まれた。テオは地道に一つ一つの首を落としていった。おぼつかない足取りで傍までやってきたリーンは、すぐそこにいた屍にしがみつくことで対抗した。


彼らの行動というのはちょっとした時間稼ぎにしかなり得ないものであった。だから、リヴァは死ぬはずだった。私が想像した運命はそれであった。しかし、彼にこれ以上の苦痛を味わわせようとするのはこの三人だけではなかった。―エッタ、あなたが妨害してくるとはね。

2025.1.28

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