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その瞳には、毒がある  作者: 小娘
その娘、遊弋する
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そぞろ歩くは誰が為に

 緋眼と区別して、能力を持たない人間のことを凡眼と呼ぶことがある。緋眼が彼らを揶揄した呼び方であると捉える者も多い。本当のところ、起源は創世期に遡り、聖女に出くわした人々がへりくだって己をそう呼んだだけのことなのだが。


驚くべきことに、この世には逆に緋眼を見下す輩がいると聞く。彼らは我々を悪魔と罵り、自分たちこそが真の―彼らにとっては当然そうであろう!―とか、正統な―この異端者め!―とか、純粋な―ある意味ではおっしゃる通り!―とか、とにかく何だか素晴らしい人間であることを主張するのだ。そういったくだらない議論を繰り広げる時間と余裕があるのなら、もう少し緋の力のことを勉強してみればいいのに。


…かつて、そのようなことを彼女に話したことがある。もちろん、口汚く罵るような真似はしなかったが。私の予想に反して、彼女は私の話を鼻で笑ったりはしなかった。代わりに彼女は言った。


「皆、そうよね」


このときの彼女の物悲しそうな顔つきといったら!だがそのおかげで、私は彼女が別のことを考えていたのだと理解した。必ずしも、彼女が話を聞いていなかったことにはならない。


「おや、どうなさったのですか?」


「誰もが強烈な信仰心を持っているのよ。それが、それだけが、弱さを矛にすることができるの。…ええ、きっとそうだわ」


「殿下、どうぞ愚かな私めに、教えを施してくださいませ」


「皆そうなんだわ…」


私など眼中にないようで、彼女は憂い半分、恍惚半分といった面持ちで虚空を見つめている。無視をされたのは気に食わなかったが、私は彼女が何を、いや誰を思い浮かべていたのかがわかる気がしていた。それをわざわざ記すほど野暮ではないよ。



 あくる日、エッタは自ら同胞たちにグゥヴァン・キャミトゥトゥの執行を宣言して回った。彼女の予想通り、白狼たちはその知らせにいたく興奮し、集落はあっという間に祭りの雰囲気に包まれた。彼らにとっては、儀式よりもその後の祭りのほうが大切なのである。


白狼族も変わり果てたものだ。私は遡れる限り彼らの歴史を遡ってみたことがあるが、エッタは確かに今と変わりがないにせよ、一族はもっと厳粛かつ聡明な者揃いであった。別に今の白狼族が腑抜けばかりだと言いたいわけではないが。


さて、集落は慌ただしさに呑まれ、時間までもが急かされたかのように過ぎていき、日はあっという間に落ちた。リヴァは無事だ。ベッファの脅しなどなかったかのように感じられるほどに。やはり、あれはただの出まかせだったのかもしれない。彼はセレスティアに来て欲しかっただけなのだから。そんな考えが皆の頭を過ぎった。


一同は基本的に天幕に留まっていた。リーンとテオはじっとしていられない性分なので、時折アメラを引き連れて集落を見て回りに行った。萎えた様子であったアメラは、いつもの祭りの匂いを嗅ぎ取ってほんの少しだけ元気を取り戻したようだった。


夜の訪れを合図に、エッタが天幕へと入って来た。伸びをしながら身を起こしたセレスティアを見て呆れたように首を振る。


「まったく顔を出さぬと思えば。寝ておったのか、セレスタ?」


「私がすることなんてないもの。準備が終わったの?」


「ああ。ルーシャが来たら始める。おぬしも儀式の間くらいは出てくると良い」


セレスティアは鈍い返事をした。眠いわけではなく、ベッファの存在を憂いたのである。昼間散々歩き回ったわりに元気のあり余っているリーンが言った。


「リヴァのことならあたしがついてるから、心配しなくて良いよ。広場ってすぐそこでしょ?」


「そんな…僕のことなんか気にせず、皆さんで行ってきてください」


リヴァは目の下に隈を作っている。やはり安眠とまではいかなかったようだ。テオは寝そべったまま口を挟んだ。


「つかリヴァも連れて行けば良いじゃん。せっかくのお祭りごとだろ?」


「嫌です。大人数の前で死に晒すなんて」


笑う場面ではないのだが、あまりの辛気臭さにテオは思わず苦笑した。置物のようにじっとしていたカイがこの日初めて開口した。


「俺も残ろう。リーン一人だと―」


「なーに言ってんの、カイ!あんた、伝統的な儀式とか大好きでしょ。リーン様は強いんだから、安心しなさいって!…儀式とか、多分寝ちゃうし」


リーンが不敵に笑い、カイは肩をすくめる他なかった。祭りの空気は、容易くあの淀んだ陰気を押し流してしまったようだった。だから彼らはリーンを見張りに立てて儀式が行われる広場まで下りて行った。



 広場には人だかりが出来ていた。グゥヴァン・キャミトゥトゥが始まるということもあるが、最たる理由はベラディールの遺産がその姿を白狼の前に晒したことであった。ルシアだ。あの薄気味悪い侍女たちを侍らせ、彼女は実に粛々と佇んでいた。エッタに気が付くと、ルシアは桃花の瞳を見開き、わざとらしく言った。


「結構なおもてなしですこと。招待した張本人が遅れていらっしゃるなんて」


「やかましいわ。ここに来たということは、手を貸す気があるのだな?」


「他にございまして?」


エッタはそれ以上取り合わず、独り群れを離れた。ざわめきが波が引くように静まっていき、皆彼女を注視した。エッタは十分に群れから距離を取ると、大きく息を吸った。金眼が輝き始める。そして瞬きをする間に、月光のように照り輝く純白の毛並みをした、金色の眼の狼が現れた。これが、これこそが正真正銘の白狼、その原初の姿だ。


白狼は遠吠えをした。この瞬間、グゥヴァン・キャミトゥトゥは始まるのである。圧巻の光景にテオたちは息を呑んだ。ルシアでさえも。エッタはその姿を留めたまま、群れに数歩近寄り、ルシアを見つめた。


ルーシャ。やってくれるな?


エッタは唸っただけでその意図をその場にいた全員に知らしめた。金の力を飼いならした者のみが手にする特権だ。ルシアはしばし恍惚と白狼を眺めていたが、はっとして二度頷いた。彼女はあらかじめ用意されていたサラの棺に歩み寄ると、蓋を静かに外した。正面でエッタに見下ろされる形だ。ルシアは遺体を見てわずかに顔をしかめると、その身体に手をかざした。エッタが再び唸った。


「遺体を修復しただけですわ。あれでは口を利けませんから」


ルシアは淡々と答えると、今度こそ緋の力を使った。ばらばらだった身体が命によって繋ぎ直され、起き上がったサラは本当に生きているかのように思われた。


「さあ。あなたの族長の質問にお答えなさい」


ルシアがそう言うと、屍はゆっくりとエッタのほうを振り返った。唸り声。死ぬ前に何があったか教えてくれ。すると、サラははっと目を見開き、飛びつくようにしてルシアの耳元に口を寄せた。ルシアは身を引きかけたが、サラが何かを囁いているのに気が付き、耳を傾けることにした。彼女は一瞬、セレスティアのいるほうを振り返った。言い終えるとサラはにっこりと笑い、直後、表情を失って倒れた。死人に戻ったのだ。ルシアは唖然としていた。エッタが尋ねる。


「あやつは何と?」


ルシアは言葉を忘れてしまったかのように、ぽかんとしてエッタを見た。それからおもむろに背後を見て、セレスティアたちが立っている方向に目を向けた。


「あの方…」


と、ルシアは誰かを指さした。群れは慌てて飛び退き、やはりその指が示す先にいるのはセレスティアたちであった。彼らは目を見合わせた。テオはセレスティアを指してみた。ルシアは首を振った。カイは?これも違う。じゃ、アメラか?違うときた。テオはおそるおそる自分を指さしてみた。ルシアは頷いた。信じられないといった面持ちで皆が見つめてくる。彼はルシアの元まで走っていくと、早口に尋ねた。


「何!?俺が何だって?やったの俺じゃないけど!?」


「…お上手だ、と」


「は?」


「あなたがお上手だと、彼女はそう言いましたわ」


テオはへたり込んだ。先ほどとは違う種類の視線が痛かったことであろう。彼は地面から顔を上げた。


「えっと…それだけ?」


「ええ。お上手だ、と」


「もう良いって、それは」


テオは首を回して仲間のほうを見やった。彼らは誰がどう見ても安堵していた。セレスティアが近づいてきて言った。


「読みが外れたわね。―何はともあれ、感謝いたします、ルシア王女」


「いえ…」


ルシアは得意の嫌味も言わずに頷き、片手で侍女を呼んだ。もうこの集落に用はない。エッタが頭を低くしてルシアと目線を合わせた。


世話になったな。


ルシアはこれまた煩わしそうに首を振り、足早に歩き出した。馬車などというものは彼女にはないのだ。ルシアが去ると、儀式は本筋に戻った。前回の儀式から今回までの間でこの世を去った同胞の名を一人一人読み上げ、追悼するのだとか。大抵の白狼の子どもは退屈のあまりこの間だけ家に帰ってしまうが、エッタはこの追悼の時間が最も大切だと考えていた。


セレスティアとカイは大人しくしていたが、テオとアメラは予想に違わず落ち着きがなかった。いや、私の予想は結果として正しかっただけか。アメラが狼狽えていたのには別の理由があったから。追悼も半ばに差し掛かり、白狼の中でも欠伸を噛み殺す者が出てきた頃、アメラはテオの服の裾を引っ張った。


「どうした?リヴァんとこ戻るか?」


アメラは辺りを窺いながら―周りにはほとんど誰もいないのだが―ぼそぼそと言った。


「そうじゃない。ちょっと気になることがあるだけだ」


「ふーん。言ってみ」


テオはしゃがみながらそう促した。アメラは真剣そのものの表情で答えた。


「ルーシャは多分嘘をついてる」


「そうであってほしいけど。何で嘘だと思うんだよ?」


「わかんない…でもアメラは誰かが嘘を言ったとき、何となくぴんとくるんだ」


「まじで言ってる?」


テオは半信半疑といった様子で、冷やかすように言った。アメラは若干むっとした。こいつに言ったのは間違いだったかもしれない。


「あと、ルーシャの匂いがあっちからするのも変だろ」


と、墓場の方角を指さす。それを見て、テオはようやく真面目に取り合う気になったようだ。今度はおちょくらずに言う。


「…墓場だよな、あっちって」


「ルーシャは他の奴と違う匂いがするから間違いない。香水?ってやつだと思う」


「なあ、アメラ。俺はすっげえやな予感がしてる」


「アメラもだ」


テオは立ち上がり、セレスティアとカイに声を掛けた。二人には今の会話は聞こえていなかったらしい。ルシアが墓場にいると聞くと、セレスティアは口元に手を添えて考え始めた。


「オーウェン王の墓に行っているだけじゃないかしら」


「それ、奥のほうにあるんだろ。ルーシャがいるのは同胞の墓があるところだし、動く気配もないぞ」


「…行きましょう」


セレスティアはルシアが墓場にいる合理的な理由を探すことを諦め、早々に墓場を目指して歩き始めた。彼女を追いながら、テオはカイに話しかけた。


「あの王女様さあ。まさか、墓の下に眠ってる奴らを全員操れるとか、ないよな?」


「普通には無理だろう。だが、緋が暴走したときならできるのかもしれない」


「暴走?」


「俺も噂に聞いたことがあるだけだ。何かのきっかけで力が暴走すると、能力が平常時よりはるかに高い効果を発揮するってな」


「でもきっかけが必要ってことだよな。暴走するぞーってできるもんじゃないんだろ?」


「多分な」


正解はあげられないな、カイ君。



 ひしひしと焦りを感じる一同は、半ば駆足になりつつあった。が、妨害されると知りながら放置する奴ではない。儀式が行われている広場から十分に離れた辺りで、一同は道化師に遭遇した。


「やァ!」


ベッファのほとんどお決まりと化した挨拶に、彼らは各々身構えた。


「てめえが噂の道化だな?」


怒りか、闘争心か、テオの瞳はぎらついていた。道化師は腹を抱え、足をばたばたと動かして笑っている。


「アハハ!間抜けのテオだァ!アハハ!」


「くそ!馬鹿にしやがって。覚悟はできてんだろうな?」


「できてなァい!」


風が静かになったのがわかった。セレスティアは攻撃を仕掛ける時機を見計らっているようだが、ベッファはまだ耳障りな笑い声をあげていた。テオが飛び掛かろうとして片足を浮かせた瞬間、ベッファは笑うのをやめ、まっすぐに彼らを見据えてきた。思わずテオが動きを止めると、道化は口の端が耳まで届きそうな、薄気味悪い笑顔を作った。そしてゆっくりと首を傾け、言った。


「お前らの相手をするのはボクじゃないんだァよ!」


突然、蔦のような何かが一同を襲った。いや、確かに蔦だ。自然界にはありえない太さと長さの。そんなものを操ることができる人物は私の知る限り一人しかいない。彼こそは、きっとそろそろ忘れられている頃であろう、リオン・ターメクレンである。妹を犠牲に自身を蝕んでいた植物を飼いならした男だ。彼はついにはこんなものまで繰り出せるようになったらしい。


蔦は容赦なく襲ってくる。だが所詮は蔦だ。斬るのは容易である。彼女の風が眼前の蔦を切り刻み、襲撃は一旦止んだ。砂埃が舞っているのを彼女が薙ぎ払うと、ようやくリオンの姿が視界に入った。彼は下卑た笑みをセレスティアに向けた。


「俺の妹を殺したのはお前なんだってな?」


「間違ってはいないわ」


「ここを通れると思うなよ」


「生きて帰れると思わないことね」


セレスティアは目隠しを取った。その瞳はすでに緋く輝いている。彼らが睨み合っていると、遠くから狂気じみた声が響いてきた。ルシアの声だ。ベッファは両手を上に掲げて叫んだ。


「お前らに残されてる時間なんてほとんどないんだァよ!ここの犬どもは全員くたばるんだァね!」


「そんなこと、アメラが許さない!」


こんな子どもまでもが戦いに駆り出されるというのか?アメラの瞳も闇夜の中で黄金に輝き出している。ベッファはそんなことには構わずに続けた。


「聞こえてきたんだァね!死人の行進がァ!同士討ちさせるんだァよ!アハハ!アハハ!」


そして道化は消えた。するとどうだ、確かに大勢が足を引きずりながら歩いているかのような音が聞こえてきたではないか。


「…リーン!」


カイは反射的に叫んでいた。そして他の何も眼中に入らないかのように、あの天幕を目指して駆け出した。匂いを嗅ぎ取ったアメラは絶望的な顔をした。当然だ。この世に生を受け、旅立ったほとんどすべての白狼があの墓場に埋まっていたのだから。


セレスティアは振り向いてアメラに何か言おうとしたが、その隙をリオンは狙ってきた。テオがその刀で受け止めてくれなかったらそれなりの打撃だったに違いない。


「ぼーっとしてる暇ねえぞ!」


テオが前方を見据えたまま怒鳴った。それでもなお、セレスティアはリオンに一瞥を与えるのみであった。


「わかっているわ。―アメラ!」


彼女に名を呼ばれ、アメラははっとして目をあげた。そこに先ほどの輝きはない。セレスティアは背後からの攻撃を巧みに避けながら言った。


「エッタの元に行きなさい!―っ!もう…!―早くこのことを知らせに行って!」


アメラは弾かれたように駆け出した。ようやくセレスティアはリオンに向き直った。そのリオンは、蔦をけしかけながらも涼しい顔をしている。彼自身が戦う必要はないのだ。こちらの体力か、あちらの器か、どちらのほうが早く疲弊するかで勝敗は決まるだろう。だがどういうわけか、テオはこの戦慄を楽しんでいるらしかった。


「さあて。久々の共闘といくか」


「しっかりね。泥仕合は御免よ」


二人は同時にリオンに、その蔦に攻撃を仕掛けに行った。

2025.1.27

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