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その瞳には、毒がある  作者: 小娘
その娘、遊弋する
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人形遊び

 ベラディールとエッタの関係は、再三出てきているように良好ではなかった。いや、亜人の集まりであるエッタは、どの国とも良好な関係を築いてはいなかった。血を見ることもしばしば。しかし、あるとき状況は変わった。五十年ほど前のことだ。


ベラディール王オーウェンが、族長エッタに取引を申し出たのである。内容はこうだ。対ルーセチカの戦でベラディールに味方してくれるのならば、国土の一部を白狼族に譲渡しよう…。その頃にはすでに、創世期を知る者としての彼女の権威は失われていた。だからエッタは喜んでオーウェンの申し出に応じた。


しかし、オーウェンは善良な王とは程遠い人物であった。つまり彼は、白狼との戦いでルーセチカが疲弊したところを叩くだけではなく、役目を終えてこれまた疲弊しているはずの白狼族も葬るつもりだったのだ。


その底意地の悪さを知っていたアルフレッドは、ベラディールとエッタが手を組んだとジスレーヌ―アルフレッドの有能な駒の一つ、諜報員として動いていた―から聞かされたとき、すぐにオーウェンの魂胆に気が付いた。だから彼はそれを逆手に取ることにした。…長くなるから、今回はここまでにしよう。昔話など、大した意味を持たないものだ。



 残念なことに、アメラは集落にはいなかった。エッタが言うには、一行が近づくにつれ、アメラは逃げるように遠ざかっていったらしい。テオのせいかとも思われたが、エッタ一人で追ってみても無駄であった。今は近くの森の奥のほうにいるようだが、これ以上追いかけても結果は同じだということは、その場の誰もが理解していた。また立ち往生だ。


「参ったのう。儂まで避けようとするとは…」


「彼女から手掛かりを得るのは諦めるしかないわね。一晩中追いかけまわすわけにもいかないし」


「でも、どうするの?アメラちゃんから何も聞き出せないとしたら、振り出しに戻っちゃうよ。こうしてる間にも、あいつが何かしようとしてるかもしれないのに」


「包囲してみるのはどうだ?逃げ場がなければ観念するだろう」


「どうでしょう。この感じだと、捕まえたとしてもアメラはだんまりでやり過ごそうとしますよ。一度決めたらてこでも動かないんです。エタでも敵わないくらいで」


「時間を無駄にするだけってわけか…」


小さな呻き声とため息が各々の口から漏れ出た。もう日が暮れかかってきている時分で、周囲には彼らの他に誰もいなかった。異様な静寂が辺りを包み、それは彼らの焦燥感を少なからず煽ったに違いなかった。ほとんど独り言のようにセレスティアが口を開いた。


「…ねえ、エッタ。ベラディール王家は、全滅したわけではなかったわよね」


「ああ、オーウェンの娘は生きておる。それがどうした?」


そう尋ねてから、エッタははっとして耳を立てた。そして険しい表情をして言う。


「だめだ、セレスタ。あやつの力だけは借りられぬ!」


「嫌なだけでしょう?」


「…否定はせぬが、どちらにせよ、あやつが儂に協力するとは到底思えぬぞ。父親の仇だからな」


「それなら、彼女が親切であることを祈るしかないわね」


セレスティアが肩をすくめて言うと、エッタは今にも駄々をこね始めそうな様子で口を開けたり閉じたりしたが、ろくな反論が思いつかなかったらしい。諦念して目を閉じると、長いため息をついた。


「やむを得ぬ、か。―リヴァ、儂はルーシャのところに行ってくる。セレスタも連れてな」


リヴァはきょとんとしてセレスティアとエッタの顔を交互に見た。セレスタを連れていく、だって?


「えっと…わかった。良い知らせを待ってるよ」


エッタは未だに渋っているかのように頷き、軽やかとは言えない足取りで離れていった。その背中に困惑した視線を向けているリヴァに、テオが尋ねた。


「なあ、ルーシャって?王家の人間なのか?」


「あ…はい。ルーシャというのはオーウェン…さんの御息女で、死人を操る力があるということなんです」


ベラディール王国第一王女―その称号は有効だろうか―ルシアは『統尸の緋』の持ち主である。父オーウェンは『聴尸の緋』といって、死者の声を聞くことができた。対するルシアは、リヴァの説明の通り、死者を思うが儘に操ることができるのだ。その代わりに多量の命を消耗すると聞くが。


ベラディール王家は代々死に纏わる緋の力を持って生まれ、「奇跡を求めんとすれば、ベラディールに忠誠を誓え」という文言の「奇跡」とはその能力のことを指しているようだ。とにかく、意思を持って話せと彼女が命ずれば、その骸は生前と変わらぬ様子―変わったのは腐敗した見た目だけ―で話し始めるはずなのである。リヴァが続けた。


「エタは、サラを一時的に蘇らせるつもりなんだと思います。そうすれば彼女の口から犯人を聞き出すことができますから」


「死んじゃった人をちょっとの間だけでも生き返らせるって、何だかすごいことじゃない?どうなるんだろ…想像つかないなあ」


リーンは感心したように頷いたが、実際のところ、言葉通り特に何も想像できていないのだと思う。


「死体がそのまま動くだけらしいですけどね。―あの、それよりも気になることがあって」


リヴァはせわしなく視線を彷徨わせた。


「おう、どうした?」


「エタはどうしてセレスタを連れて行ったんでしょう?いえ、あの、つまりですね、ベラディールが滅んだとはいえ、ルーシャさんは生き残った唯一の王族として珍重されているんです。まるで硝子の置物か何かみたいに。エタでもやっと通してもらえるくらいだそうです。その、僕が言いたいのは―」


回りくどい男だ。ここまできて口ごもることもないと思うのだが、リヴァは舌に頭がついてきていないようだった。代わりにカイが言葉を継いだ。


「セレスティアを連れて行っても、通してもらえないんじゃないか、ということか」


「ああ、まさしくその通りです!セレスタからは、あなた方とはどこか違う…あ、変な意味じゃないんですけど、ほら、エタの態度からしても、何かが決定的に違っているのは子どもでもわかると思うんです。だけど何者なのかはまったくわからなくて。えっと、緋染病…なんですかね?」


「そんなとこだな」


緋染病が存在しなかったら説明に苦労していたことだろう。リヴァはおずおずと、しかし確かに目を輝かせながら追撃する。


「ひょっとして、何かすごい御方なんじゃ…?」


「まあね。違うのは確かだよ、み―」


「立場、がな」


身分、と言いかけたリーンをカイは制した。よく察したものだ。確かに身分というのは余計な詮索をされそうな言葉だし、立場と言ってしまえば何となく重みが増すように感じられる。しかし何だ、彼の理解者然とした態度はどうも鼻につく。いや、私情を挟むべきではないな。


カイの目論見通り、リヴァは機密のような何かを感じ取ったのか追究をやめてくれた。会話は途切れ、一同は念のためにアメラを捕まえておくということで同意した。アメラの不可解な言動をなかったことにするなどという寛大な措置が取られるはずもないのには、皆薄々感づいていたのだった。



 ルシアの暮らしている屋敷は、集落がある丘を越えた先、だだっ広い平地の広がる中に不格好に建っていた。訪問客は皆無と言って良いだろう。何せルシアはかなり取っつきにくい―不愛想で嫌味しか言えないときている―性格をしていて、その身分を抜きにしてもとても会いたくなるような人物ではないのである。


彼女の世話をしているのは何人もの侍女たちで、王宮にいた頃からの付き合いだが、彼らは主人とろくに会話したこともないようだ。だから屋敷は常に静まり返っていて、居心地の悪いことといったらない。まあ、私には訪問する機会など永遠に訪れないのだろうが。


「ようこそおいでくださいました、エッタ様。ご用件を伺います」


戸口に出てきた侍女は抑揚のない声で言った。虚ろな目でエッタを見てから視線をセレスティアに移す。その目玉の動きが気味悪い。


「おお、若いの。ルーシャはいるかのう?あやつにちょいと頼みがあってな」


「…少々お待ちください」


侍女は二人を玄関口に締め出してしまった。随分気の利いたもてなしではないか。侍女が戻ってくるのを待つ間、二人は特に言葉を交わさなかった。エッタは頭を動かしたり、足を踏みかえたりとせわしなかったが、セレスティアのほうは微動だにしなかった。呼吸すらしていないのではないかと疑ってしまうほどだ。考え事をしていたのだろう。戻って来た侍女は非礼を詫びることなく―非礼だということにも気付いていない―、口元だけを動かして言った。


「どうぞ、こちらに」


侍女について階段を登り、廊下の突き当りまで進む。その右手にあるのがルシアの寝室であった。彼女は客間を使わない。侍女は扉をおざなりに叩き、おもむろに開いた。深緑の肘掛け椅子に腰かけたルシアは客を一瞥したが、何も言わずにただ頭を傾けて向かいの席を示した。ルシアの桃花の瞳は愛くるしいはずなのに、どうにも冷淡な無気力さが勝ってしまう。


二人が部屋に足を踏み入れた途端に背後で扉が閉まった。逃げ場がないと錯覚してしまいそうな息苦しさの中で、彼らがこれから座るべき椅子が唯一の救いであるかのように思われた。エッタがどっしりと腰を据えたのと対照的に、セレスティアは長居したくないという意思を示すように浅く腰かけた。


「私に頼みがあるとか」


ルシアは微笑んだように見えた。



 場面の切り替えが多いのは言わずもがな私の気まぐれなのだが、ここは一つ、ルシアの侍女に倣って詫びないでおこう。私が今見ているのは、食事を用意して待っていたリヴァの元に戻って来たアメラを、何とかとっ捕まえた場面である。いい加減に腹を空かしているだろう、というリヴァの見立ては正しかったが、案の定アメラはふてくされ、誰とも目を合わせようとせずに黙りこくってしまった。


「どうしちゃったんだよ、アメラ?僕にも話してくれないなんて…」


リヴァはげんなりして言った。彼は両親のいないアメラの世話役で、アメラも彼によく懐いていた。時折反抗することはあっても、隠し事はこれまで一切なかった。だからこそリヴァは困惑している。テオがアメラの前に胡坐をかいて座った。自分の膝に肘を突き、くたびれた表情をアメラに向ける。


「おい、がきんちょ。何のつもりか知らねえが、黙ってても意味ないぜ?そのうちあの…えっと、サラって子が真相を教えてくれるみたいだからな」


アメラはテオを小馬鹿にするように鼻で笑った。ありえない話だ、騙されると思ったか!


「大真面目に言ってんだぜ、アメラ。お前も知ってんじゃねえの?ベラディールの王女様のことは」


アメラの表情にわずかな変化が見られた。やはりルシアの能力を知っているらしい。だが彼女はまだ、そんなはずはないと考えている。エタがあいつに助けを求めるわけない。


「エッタはその王女様のとこに行ってる。セレスティアも一緒にな。―セレスティアってああ見えてすげえ頑固でさ。収穫があるまで帰って来ないつもりだぞ、ありゃあ」


テオとて確信があったわけではないが、アメラの顔に考えがすべて書かれているので、適当なことを言って諦めさせるのが早いと考えたのだろう。彼女はぽかんと口を開け、物問いたげにリーンを見た。リーンはテオの隣に屈みこみ、調子を合わせて言った。


「そうだよ、アメラちゃん。セーちゃんったら、すごい意気込んでたんだから!エッタさんも最初は嫌がってたけど。まあ、あんなにせっつかれたら諦めるしかないよねえ。ね、カイ?」


と、首を回して相方に目配せする。カイは一言、そうだな、と答えた。アメラの顔に焦りが浮かぶ。


「ほらな?どうせばれるんだから、内緒にしててもしょうがないって。早いとこ―」


とテオが得意満面で言ったところで、アメラはとうとう言葉を発した。


「…駄目だ!」


「…え、どうした?」


「エタもセレスタも行かせちゃ駄目なんだ!」


アメラは今にも駆け出しそうだったが、行く手は大人たちに阻まれている。それにしても随分な焦りようだ。アメラはすっかり青ざめていて、その雪のように白い毛と区別がつかなくなってしまいそうなほどだ。それは大袈裟か。とにかく青い顔をしているのは確かで、とてもこの場をはぐらかすための演技とは思えない。それと連動するように色を失ったリヴァは、動揺に震える瞳でアメラを見つめた。


「ど、どうしたんだよ、アメラ!何で二人を行かせちゃ駄目なんだ?ま、まさか…ルーシャが犯人とか…?」


「違う!ルーシャは関係ない…けど」


「けど?」


皆が一斉に詰め寄ってきて、ますます逃げ場がなくなった。アメラは落ち着きを失い、正解を求めるように周囲をせわしなく見回したが、見えるのは大好きなリヴァの顔と大嫌いなニンゲンの顔、その間から覗く木々だけで、今一番必要なもの―この場を切り抜ける方法―は見つかりそうになかった。


「でも…だって…」


アメラは言葉に詰まり、俯いて両目を固く閉ざした。服の裾を震えるほど強く握りしめている。


「アメラちゃん…?」


「だって、リヴァが…」


「僕が…僕が何だって言うんだよ!?」


リヴァは随分神経が昂っているようで、今にも目を回して倒れてしまいそうだった。傍目から見れば異常だが、混乱すると彼はいつもこうなるのだ。リヴァはアメラに掴みかからんばかりで、カイが何とかその肩を抑えている。


だって、とアメラは繰り返し呟いた。言うか言うまいか迷っているうちに、テオが痺れを切らして名を呼んでくる。ようやく顔を上げたアメラは目に涙を溜めていた。少女はほとんど聞き取れないほどか細く震える声で言った。


「…リヴァが、死んじゃうんだもん」


嫌な響きだ。沈黙が走り、木の葉が噂話をするかのようにざわめいた。各々反応は違っていた。テオは茫然としてわずかに口を開け、石像のように動かなかった。リーンは目を丸くしていて、その様子はさながら偶然人魚を見つけてしまった釣り人のようだ。カイは眉をひそめただけだった。ひっくり返るとか何とかしてくれたら良いものを。リヴァは思考が停止してしまったのか、むしろ晴れやかな顔を見せたが、それも一瞬のことだった。


「な、何で、僕が死ぬんだ?エタがルーシャのところに行くから死ななきゃいけないのか?そんなのおかしいよね?え、うっ、な、何とか言ったらどうだよ、アメラ!」


「ちょっ…落ち着けよ、リヴァ。…だー!もう、落ち着けっての!―なあ、アメラ。筋が通るように最初から説明してくれないか?何で死ぬのか知らねえが、事情さえ掴めれば俺たちでこいつを救えるかもしれないからな」


テオが柄にもなく―というのは失礼だろうか―優しい眼差しを向けると、アメラはテオの腕の中に飛び込み、泣きじゃくった。しゃくりあげながら説明を試みるも、上手く言葉を繋ぐことができない。その状態がしばらく続いた。つまり、カイがリヴァを両腕で抱えるようにして抑えている横で、アメラのとめどない涙をテオが受け止めている状態が。リーンは何とかアメラの言わんとしていることを聞き取ろうと、必死で耳を傾けていた。その甲斐もあってか、リーンはかろうじて話をまとめるに至った。


「えっと、つまり…アメラちゃんは変な奴がサラを手にかけるところを偶然見ちゃって、向こうもそれに気付いた。そいつは、言うことを聞かないと次はリヴァがこうなる、って脅してきた。で、その言うことっていうのが―」


「俺に罪を擦り付けることだった…」


とテオが言葉を引き継いだ。だがどうも納得がいかない。


「でもさ、こんなこと言っちゃ何だけど、それならアメラを…その、まあ殺したほうが確実だよな?こいつがエッタに告げ口しないとも限らないわけだし」


「うーん、そうなんだよね。―ねえ、アメラちゃん。その変な奴って、道化みたいなやつだった?お化粧で顔を白くした…?」


アメラは何度も頷いた。そうだよねえ、とリーンがため息交じりに呟く。喚き疲れたリヴァを地面に座らせ、カイは口を開いた。


「ベッファなら不思議でもないな。―忘れたのか?セレスティアが言っていただろう。奴は彼女を何とかおびき寄せようとしている、と」


「ああ…んなこと言ってたな、そういや。じゃ、あいつの推測は合ってたってわけね」


「多分な。俺たちはまんまと策に嵌っちまったらしい」


「あーあ。セーちゃんに貰った緋石、あいつにぶん投げとくんだった!…それにしても、ベッファは何がしたいんだろうね?」


その問いには誰も答えることができない。リーンの素朴な疑問は青空に溶けてしまった。



 さて、ルシアの屋敷に戻ろう。彼女は言った。私に頼みがあるとか、と。エッタが感情を押し殺すように諾うと、ルシアはわざとらしく脇道に逸れた。


「あなたが連れてくるということは、この場に在るに相応しい方なのでしょうね」


この場、というのは何を指すのだろう。王女の御前のことか、それとも彼女と白狼の族長との間で繰り広げられている沈黙の闘争の場のことだろうか?ルシアはもちろんセレスティアの話をしていた。二人の間に面識はない。ベラディールの滅亡が、セレスティアが生まれる数十年前の出来事であったからだ。そうでなくても、アルフレッドは娘をベラディールに連れて来ようとはしなかっただろうが。


「どうでも良いであろう」


「そういうことなら、即刻追い払うしかありませんわね。不法者に踏ませるための絨毯は、あいにく持ち合わせておりませんの」


「何を言うか。恥を知れ、ルーシャ」


「恥辱ならば十分味わってよ」


エッタは黙り込んだが、負けを認めようとしない。セレスティアは仕方なく割って入った。できるかぎり口を挟まないでいるつもりだったであろうに。


「セレスティアと申します。彼女には、私が強いてここに連れて来るよう頼んだのです。どうしてもあなたのお力をお借りしたかったのですが、やはり失礼致しますわ」


彼女はルシアの返事も聞かずに立ち上がった。エッタが引き留めようと腕を伸ばしたが、早々に扉に向かった彼女には届かなかった。


「待たぬか、セレスタ!」


「さっき絨毯に躓いたの。ここにいるべきではないみたいだから、あの子たちのところに戻るわ」


絨毯に躓くのはいつものことではないか。


「…行ってしまいましたわ。おかしな方」


「おぬしのせいではないか。あやつは…はあ、もう良い。儂も帰る」


「あら、あの方は私との取引をあなたに委ねたのではなくて?」


「やかましいわ。帰る」


「本当、いつまで経っても大人げないですわね。今のあなたを見たら、聖女様は何ておっしゃるのかしら」


エッタは凄まじい剣幕で振り向いた。本能的に身を低くして敵を睨みつける。四肢を引き裂こうとでもしているかのようだ。


「クレアが関係あるか?」


「それで、頼みというのは?」


ルシアはエッタに被せるようにしてそう言うと、先ほどよりずっと安らいだ表情をして座り直した。からかうのに満足したと見える。彼女はエッタが帰らないのを知っていた。というよりも、エッタにとってセレスティアの存在が非常に重要であるということを見抜いていたのだ。案の定、エッタはかなり躊躇してからルシアの正面に戻って来た。苦り切りながら低い声で言う。


「…おぬしの能力で呼び戻してほしい奴がおってな」


「白狼の娼婦が殺められたんですって?―侍女から聞きましたの。彼女たちも噂話くらいしますわ」


「そうか。儂が言っているのはそやつのことだ。呼び戻してくれるか?」


「さあ、どうでしょう。一体何のために死者を目覚めさせようとおっしゃるの?」


「確かめねばならないことがある」


疲れの見える面持ちでエッタが言うと、ルシアはその内容を吟味するように、じっと相手を見つめた。


「ふうん。…ようございます。やって差し上げましょう」


「はっ…何が望みだ?」


「望みなら天に届きそうなほどございますわ。…ですが、今回は無償で引き受けましょう」


エッタの表情に当惑の色が浮かぶ。彼女が理由を聞こうとして口を開きかけると、ルシアは先回りして答えた。


「だって、あなたが大人しく従うとすれば、ルーセチカ王に対してだけですもの。先ほどの方は大方隣国の差し金でしょう。逆らうだけ無駄ですわ。…はあ、退位なさったと聞いたけれど、あの御方はご健在のようですわね」


ルシアは独り言を言い終えると、目の前に座ったエッタを見て、いつまでそこにいるつもりなのかと言いたげな顔をした。エッタの顔つきが臨戦態勢に入った。今回に限り、ルシアには睨み合う気がなかったらしく、彼女は虫でも払うように片手を振りながら、憂いが染みついた瞳を扉に向けた。


「その亡骸をここに持ってきてくださいまし。私の気が変わる前に」


エッタは口元を引き結んで立ち上がり、亡国の王女には目を向けずに部屋を横切った。部屋を出て行く前に呟く。


「…おぬしに借りを作るつもりはないぞ」


「それでも借りは借りですわ」


扉を開けると、出迎えのときとは違う侍女が立っていた。その侍女に連れられてエッタが屋敷を出たとき、辺りは夕陽に包まれて金色に輝いていた。エッタはその景色を茫然と眺めると、背を向け、ルシアの元へと戻っていった。

2025.1.25

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