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その瞳には、毒がある  作者: 小娘
その娘、遊弋する
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安寧に花開き

 さて、先に言っておくと、彼らの次の舞台はエッタという白狼族の国―というほどのものでもないが、便宜上、国とさせていただこう―である。というわけだから、まずはエッタについて軽く記しておこうと思う。


亜人、つまり金眼の一族で初めて国家として認められたのがこのエッタであった。族長の名もエッタであるというのはすでにご存知だろう。彼女のことはとてもじゃないが愚弄できない。というのは、彼女が創世期から生きていて、聖女クレアや天使アストルと冒険を共にしたことがあるからだが、それだけではない。


覚えているだろうか、”器”の話を?金眼のように後天的に能力を獲得した場合、その能力が器の許容量を超えてしまい、身体を蝕まれる苦しみを味わうことになる、といった話だが。


金眼となる者は十中八九そういう運命を辿る。しかし伝承によると、エッタはまだ少女の時分にたった一人で荒れ狂う白狼を仕留め、その力を獲得した際も何の苦も感じなかったというのだ。ただの伝承だと笑ってくれて構わないとも。私はそれを本気で信じているがね。彼女の威は常軌を逸しているのだ。


ふむ。実を言うと、エッタについて記すべきことはもうほとんどない。金眼が軽視されがちであるということを考えれば、白狼族はかなり良い立場まで昇り詰めているとか、それくらいだろうか。では、あの後のセレスティア一行の動向を追う作業に移るとしよう。



 リーンたちの協力を仰ぐことに決めたセレスティアとオスカーは、すぐにその旨を伝えに行った。


部屋でつまらぬ喧嘩を再発させていたリーンは、二人の頼みを小躍りしながら承諾した(そっちから頼んでくるなんて、変なの!)。セレスティアはテオの意志を確かめた上で(乗り掛かった舟だぜ)、旅への同行を許した。そのとき、彼女は理由を問わなかった。


戻って来たイーサンから美しい装飾の施された便箋を受け取り(ただの紙で良かったのよ)、彼女は丁寧に手紙を認め、ジリアンに合流を求めるとともに、ウィリアムやロイドといった面々への伝言を「確実に」伝えるように言いつけた。


手紙を託されたルルはまっすぐに飼い主の元へと飛び去った。その間にイーサンが連れてきた馬車にそそくさと乗り込むと、一行は眩い陽光を浴びながらカルツァを後にしたのだった。


彼らが去った後のカルツァのことは、ブリーダーが上手いこと対処した。彼は宣言通りすべての責任を名もなき亜人に押し付けた。その噂はあっという間に広がり、ついには無罪である黒豹族の青年が野蛮な若者たち―掃溜めの人間ではない―によって虐殺されるに至った。


こうした掃溜めの影響力というのは一見すると不可思議に映るかもしれない。しかし、世界には光と同じだけ影があるものなのだ。光の影響力が大きければ、影の影響力も大きくなる。これはただの自然の摂理に過ぎないのだよ。



 カルツァを旅立った一行が目指したのは、ゾルギック帝国領のガラサという街であった。ああ、確かに私は彼らがエッタに赴くと言ったが、そう焦らず、しばし話に付き合ってくれたまえ。いつか出てきたようにガラサはオスカーの故郷の町であるから、そこにはネッシュ家の屋敷がある。その屋敷に住まうネッシュ家の人間はもういなかった。だからセレスティアは拠点としてそこを選んだのである。屋敷に到着すると、一同はひとまず身体を休めた。翌朝、セレスティアは朝食の席でこのような話をした。


「もうわかっているでしょうけれど、私たちが直面しているのは王家の問題よ。だから、私があなたたちと共有できるのは敵の情報だけなの。目的について尋ねるような、馬鹿な真似はしないで。…そうね、あなたたちは傭兵に過ぎないということを忘れないことだわ」


セレスティアは至って真剣だったが、テオもリーンも彼らにとっては豪勢な朝食に夢中であまり聞いていなかった。カイだけが真面目腐った顔で頷いた。が、興味の有無で言えば、目の前の食事を貪り食う二人に負けないほどであったに違いない。セレスティアもそれを気にしている様子はなかった。後から文句を言ってくれるな、ということだろう。イーサンがふらりと現れた。リーンが頬張らせた顔を彼に向けた。


「ねえ、これあんたが作ったの?」


おそらくそう言った。イーサンが諾うと、リーンは残りを水で飲み下してから続けた。


「やるね。執事としても頭抜けてるんだ」


イーサンの眉がわずかに動いた。


「…恐縮でございます」


その返答を聞くと、リーンは肘を突いて不服そうな視線を執事に投げかけた。一人紅茶を楽しんでいたオスカー―朝食はそれだけで済ます主義―が、助けてやろうとしたのか、それとも何も考えていないのか、突然口を挟んだ。


「イーサン。朝食は取った?」


「はい、別室で。―そろそろ発とうかと考えております」


「それがいいわね。ジルもこっちに向かっている頃でしょうし、ウィリアム様がまたお屋敷を燃やしてしまったら困るもの」


ウィリアムは家事が驚くほどできないし、火事を起こすのは驚くほど上手いのだ。夜中に小腹が空いたからとスープを温めようとして服の裾に火が移ったとか、焼き芋が食べたくなって庭に派手に火を点けるとか。その度にイーサンは何故自分に頼まないのかと嘆くのだった。テオが顔を上げた。


「あの人、そんなそそっかしいのかよ…」


「人は見かけに依らないわね。―じゃあ、イーサン。ウィリアム様たちによろしくね」


「は。セレスティア様、どうかお気をつけて。いつでもお呼びつけください」


そう言うと、イーサンは恭しく去っていった。彼が部屋を出て行くと、リーンは何かを考えているような顔をして俯いた。と思うと勢いよく立ち上がり、玄関口まで行ってイーサンを引き留めた。


「ねーえ!」


執事または影の盗賊は振り向いた。執事としての彼ならばきっとしないであろう、嫌な目つきで。


「良い仕事があるんだよね。あたしと一山当てない?」


「生憎、もう足は洗っているので」


「でも手は汚れたままじゃん」


「…だから私は手袋をしているのです」


それだけ言ってイーサンは影になってしまった。


「誤魔化せてないのに」


リーンは釈然としない様子で呟いた。



 彼らがエッタに目を向けるまで―言い換えると、敵がエッタでひと暴れするまで―はこの時点からかなり間が空いた。


リーンとカイはしょっちゅう留守にして、戻ってくるときには金銀財宝をぶら下げていることがしばしばあった。リーンはひとしきりそれらをセレスティアに見せびらかすと、毎回半分は売り払い、もう半分はあるべき場所に返しに行った。二人は行く先々で情報を集めて回るように努めた。その成果は芳しくなかったが。


テオは得意の酒場巡りのために、朝まで帰らないことは多かったものの、概ね屋敷に留まっていた。時折リーンに連れられて盗賊の仕事を楽しむこともあった。そういうとき、決まってジリアン―イーサンが発った二日後に到着した―は安堵した。ひどく酔っぱらったテオが彼女やセレスティアに執拗に絡んでくる心配がないからである。


ジリアンはそつなく屋敷の世話をこなした。リーゼルの屋敷よりも手狭なくらいだったため、好きに使える時間も増えたらしいが、彼女はその時間をすべてセレスティアの手伝いに費やした。


彼女の主人はその瞳のせいで、外に出てものを調べるなんてことはできなかったため、オスカーが方々からかき集めてきた本の山を読み漁ることで何かしらの手掛かりを得ようとしていた。セレスティアは創世期について書かれている本に固執した。黄泉忘れの禁がそれに由来するからだろう。


オスカーは滅多に帰ってこなかった。彼は自由に操ることができる翼を持っているため、国境を無視して大陸中を飛び回って情報を求めた。そういうわけで、道化師の目撃情報を最も多く集めたのはオスカーだった。しかし、それらはあまりに断片的でほとんど役に立たなかった。


とはいえ、セレスティアやオスカーが諦めるはずもなく、また他の面々も、一連のことに大した関心を抱いていないことが理由なのか、特に離れていく気配は見せなかった。いや、ともすると、オスカーの静謐なる威圧が効いていたのかもしれない。



 この空白の期間というのは、観測者の私からすればとんでもなく退屈なものだった。だが彼女の生活がこのときほど平和であったことは、これまでもこれからも一切ないと言えるだろう。束の間の牧歌的日常を手にした彼女の、なんと幸福に見えたことか!ついでだから、いくつか私のお気に入りを列挙しておこう。


リーンに引っ張られるようにして、夜の肌寒い町を散歩するセレスティア。リーンが飽くことなく頻繁に彼女を連れ出していたのは、星空を恍惚と見上げる彼女の横顔が好きだったからに他ならない。


識字のできないカイのために、文字を指で追いながらゆっくりと読み上げるセレスティア。カイが半ば諦めていた読み書きを徐々に習得していく姿は、彼女に決して少なくない喜びを与えた。


テオとジリアンの些細な口喧嘩を、本の頁を繰りながら聞いているセレスティア。いつまでも決着がつかずにいると彼女は顔を上げ、程々にねと笑うのだった。


夜半、窓にちらついた影を見て、オスカーの帰りに気付くセレスティア。まっすぐに彼女の部屋に上がってくるオスカーの顔を見ると、彼女はいつも幸せよりも安堵を感じた。お互いが突然奪い去られるのではないかという不安を払拭された二人は、ただ微笑みを交わすのだった。初めて遠出をして帰って来たとき、彼は尋ねた。


「彼らはどう?」


「それぞれのやり方で頑張ってくれているわ。仲良くやっているみたいよ」


「君は?」


「私?私は…いつも通りじゃないかしら。彼らを突っぱねてしまっているかもしれないわね」


「いつも通りなら心配することないんじゃないかな。君は自分で思ってるよりずっと親切な子だから」


セレスティアはため息をつきながら首を振った。


「あなたは私を美化しすぎよ。そんなに綺麗な人間じゃないわ、私」


「知ってるよ。だから綺麗なところがもっと輝いて見えるんだと思うけどな」


彼女は呆れと感嘆が入り混じった様子で再びため息をついた。


「あなたって、良いように言うのが得意よね。本質は変わらないのに」


「本質は変わらなくても、現実は変わって見えるからね」


「…そう」


さて、余談はここまでにしようか。実際に彼女が輝くのは戦場に立つときだけだから。

2025.1.21

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