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その瞳には、毒がある  作者: 小娘
その娘、暗躍する
19/60

鈍色、煌々として

 疲れが出て仮眠をとってきたところなのだが、夢に見たのがなんとペネロペとオスカーの初対面の場面であったので、ついでに記しておこうと思う。


時は三十年ほど遡る。カルツァでは毎年、各国の有力者を集めた会食が催される。中立都市として均衡を図るとか何とかが目的とされるが、実際は形式と体裁のためであるというのは注釈しておこう。


なのでわざわざ王族が参加するなどということは稀で、大抵はそれなりの権力を有しており、自分の身は自分で守ることができ、かつ最悪怪我を負うようなことがあってもいい―カルツァの周辺国からの印象は案外物騒だ―人物がやってくるのである。余談だが、ルーセチカの代表は毎年ウィリアムである。他に誰も行きたがらない。


その年、ゾルギック帝国からは聖騎士オスカーが参席した。そしてカルツァの代表として面々をもてなすよう言いつけられたのが、当時学院に従事し始めたばかりのペネロペであった。会食の間の出来事は記すに及ばない。


二人がまともに会話をしたのは一同が解散した後のことだった。初めての責任重大な役回りにてんてこ舞いであったペネロペに、オスカーが声をかけた。


「何かお手伝いできることはありますか?」


ペネロペは自分に言っているのだとは思わなかったのだろう、しばらくオスカーに目も向けなかった。そして彼が困ったように立ち尽くしているのに気が付くと、やってしまったと言わんばかりに顔を上げた。


「も、申し訳ございません!その、私、気が付かなくて…えっと、ご厚意には感謝いたしますが、私一人でもだいじょ…あっ」


といった調子で、勢い余ったペネロペは腕に抱えていた荷物をすべて床にぶちまけてしまった。彼女が茫然と固まっている間に、オスカーは颯爽と荷物を拾い始めた。慌ててペネロペも屈み込む。


「大変申し訳ございません!お手を煩わせてしまい…」


「構いませんよ。―よし、これで全部かな」


周囲を確かめると、オスカーは荷物を抱え上げた。それに連動するかのように立ち上がったペネロペは両手を差し出した。


「あ、あの…」


「ご迷惑でなければ手伝わせてください。あれ全部を一人で運ぶのは骨が折れるでしょうから」


微笑するオスカーはペネロペの背後で収納されるのを待っている山積みの箱を見やった。確かに彼女だけでは夜中までかかってしまうだろう。ペネロペは荷物とオスカーを交互に見てから、躊躇いがちに言った。


「…ありがとうございます」


二人は並んで学院の長い廊下を歩いた。倉庫までは遠すぎた。往復する分も考えると、世間話をするだけでは足りるはずもなかった。そしてこのときにはすでに、ペネロペはオスカーの人格に惹かれつつあったのだと思う。沈黙に耐えかねた彼女は、なんとか話を持たせようとしてこう切り出した。


「ご兄弟はいらっしゃるんですか?」


オスカーはぽかんとしてペネロペを見た。つい先ほどまで雨の話―この日は天気が悪かった―をしていたものだから、兄弟の話はあまりに唐突すぎた。ペネロペははっとして付け加えた。


「あ、いえ、少々気になったもので…いきなり過ぎましたよね。すみません」


「謝ることはありませんよ。―兄弟は…いません」


表情を曇らせたオスカーを見て、ペネロペは失敗を悟ったようにうつむいた。しばらく歩くと、オスカーが尋ねた。


「あなたにはご兄弟が?」


「はい、兄が一人。兄は昔から病弱で、今も療養施設に入っているんです。ですが、金銭的に問題があって―なんて、興味ないですよね。失礼しました」


ペネロペははにかんだ。その後も当たり障りのない会話を時折挟みつつ、二人は無事片づけを済ませたのだった。そうするしか能が無くなったかのように礼を重ね続けるペネロペに、オスカーはいつもの微笑みを返して味気なく―騎士らしいといえば騎士らしい―去っていった。



 もう少しだけ、続きがある。それは初対面から数か月後、今度はペネロペがゾルギック帝国内のガラサという町に赴いたときのことだ。彼女はそこで緋眼についての小さな講演会を開くことになっていた。それ自体はさして重要ではない。講演は何事もなく終わった。そしてペネロペは、窮屈な会場の後ろのほうに立っているオスカーに気が付いた。彼女が来ていると知って様子を見に来たのだ。


「聖騎士様!あなたがいらっしゃるとは思いませんでした」


「お久しぶりです、ターメクレン先生。素晴らしい講演でした」


「いえ、そんな…ありがとうございます。―あの、どうかそう畏まらないでください。私など、一介の教師に過ぎません」


「そういうわけには。あなたのような方をあまり軽んじたくありません。それに僕も、一介の騎士に過ぎませんから」


あなたのような方、とは具体的に何を示しているのだろう?


「いいえ、私が落ち着かないのです。聖騎士様と私のようなただの教師では、雲泥どころか星と塵ほどの差がございます!」


ペネロペがあまりに断固とした眼差しで言うものだから、オスカーはついに笑い出し、降参だと言いたげに両手を上げた。


「…差の話はさておき、あなたの言い分はわかった。落ち着かないと言うならやめるよ。―その代わり、僕のことも聖騎士とは呼ばないでくれるかな。僕もそれが落ち着かないんだ」


「そうだったのですね。失礼しました、オスカー様。―そういえば、どうしてこちらに?あなたは都のほうにいらっしゃるのだとばかり」


「ああ、大したことじゃ。この町の出身でね。…義理の父親が息を引き取ったから、帰って来てただけで」


「まあ…お悔やみ申し上げます」


ペネロペの返答に対して、オスカーは短く笑った。彼の思いを代弁するならこうだ―良いんだ、溜飲が下がったよ。しかし少し間を開けてから付け足した。


「…目に物見せてやろうって思ってたんだ。聖騎士なんて名ばかりだと言ったあの人に、認めさせたかった」


「そんな…聖騎士の称号は並の努力では得ることができないというのに」


「化けて出てでも謝ってもらうつもりだよ。それまでは、絶対に陛下から賜った槍を手放さない。…こんな話されても困るよね」


そうため息交じりに笑うオスカーの瞳は、そこはかとない憂い―そして余計なことを話してしまったことへの若干の後悔―を帯びていた。一方でペネロペの瞳は光を一心に受け止めているかのように輝いて見えた。


彼女を刺激したのは、地位に甘えず、やり遂げようという意志を持ち続けるオスカーの心持であった。それはこの出来事の後も、挫けかけた彼女を幾度となく奮い立たせたことだろう。オスカーがほんの一時見せた野性的な眼差しは、それだけ衝撃があったのだ。


「お兄さんはどう?」


ペネロペが何か言いかけたのを遮って、オスカーが突然そう尋ねた。ペネロペが一言触れただけの、病気がちの兄のことだ。父親の話はもうしたくないらしい。どうせ病に侵された人の話をするなら、といったところか。


「へ…?ああ、兄…は、あまり調子が良いとは言えません。そもそも原因不明の病ですから…」


「そうだったんだ。嫌なことを聞いてしまったね。申し訳ない」


「いえ、いいんです。…えっと、ほら、悪いことばかりではないんですよ!ようやく、学院付属の病院に移してもらえることになったんです」


「良かった。それなら一安心だね。―そろそろ行かないと」


時計塔を見上げてオスカーが言った。ペネロペの瞳に一瞬落胆の色が浮かんだ。


「お忙しいのに、引き留めてしまってごめんなさい」


オスカーは首を振った。


「会えて良かったよ。じゃあ、またね」


またね…その一言にペネロペは心を躍らせるのだった。なかなかいい言葉ではないか?まあ、実際彼らはその後も何度か顔を合わせ、ペネロペは手探りの、オスカーはのらりくらりとした会話を繰り返したわけだが。会う度に二人はペネロペの兄の話をした。他に話題がほとんどなかった。


そしてペネロペはそれで毎度満ち足りた気持ちになるのだった。彼女の陰鬱とした日々を照らすことができたのは、時々偶然出くわす、美しい顔立ちをした異国の騎士だけであった。彼女は実の兄に何の希望的観測も見出していなかった。



 ペネロペの兄は、名をリオンといった。彼の病は―字面だけ見ると滑稽だが―身体の至るところから植物が芽吹くというものだった。生えてきた草や蔦、苔などはリオンの身体に寄生するようにして成長を続けるため、彼自身の体力が持たず、寝たきりになってしまうのである。育ちすぎたものは枯れて抜け落ちるとはいえ、きっと鬱陶しいことこの上ないだろう。


ペネロペの言っていたように、これは原因不明の病である。他の発症例はない。そしてこれこそが、彼女が学院に勤めようと決心した理由だった。


カルツァにやってきたとき、リオンとペネロペはまだほんの子どもであった。そうでありながら、二人は両親の残した莫大な借金を抱えていた。そしてそのときにはすでに、リオンは植物に蝕まれ始めていた。掃溜めにしか居場所はなかった。いや、実際は掃溜めにも居場所はなかった。


そうして途方に暮れていた二人は奇妙な紳士に出会う。金を持て余していた彼は可哀想な二人を引き取った。ある日、紳士はペネロペに何気ない調子で言った。学院付属の病院ならばリオンの病を研究し、治療法を見つけてくれるかもしれない、と。


もちろんそれは間違ってはいない。しかし、病床には空きがなかったし、あったとしても、そこに掃溜めの汚らしい子どもが入れてもらえるわけがなかった。さらに言えば、たった一人の患者のために、この気味の悪い、かつ成果が出るかもわからない病を研究したがる者もいなかったのだ。


病院から追い返されたペネロペは泣く泣くその旨を伝えた。紳士は次にこう言った。学院にお勤めすればいい、と。掃溜めの人間としてではなく、学院の人間としてなら優先してもらえるに違いない、と。


小さなペネロペには、その考えが非常に的を得ているように思われた。だから彼女は勉学に励んだ。次第に悪化していく兄の病状にせっつかれるようにして、彼女はなんとか学院の試験に合格し、驚いたことに、最後には首席で卒業した。


そしてさらなる努力を続け、ついに学者として学院に奉仕する権利を得た。すでに十年以上の時が流れており、リオンはろくに動けなくなっていた。あの紳士がどこかから買い集めてきた―もしくはただ集めてきた―命を分け与えてくれていなかったならば、リオンはとうに死んでいただろう。


ペネロペは深い愛をもって紳士に感謝した。やがて紳士の言ったことは実現した。リオンの病を研究してもらえることになったのだ。それを申し出た学者というのは、その頃初めてリオンのことを耳にしたエイデンだった。最期まで、成果はほとんど出なかった。



≪兄さんへ


すぐに会いに行ける場所にいるのに手紙を出すなんておかしいと思っているでしょ?でも、お願いだから最後まで読んで。いつものしかめっ面はやめてね。


私は明日、エイデン・ミガニカを殺します。あんな人、生きていたって仕方ない。きっと金眼に夢中で、兄さんの病気なんてそっちのけにしていたんだろうから。それに、私の計画には邪魔になる。計画が何かって話はできないけど、それが成功したら、兄さんの病気を治せるかもしれないんだよ。だから待ってて。


ねえ、いつか話した聖騎士様のこと、覚えてる?オスカー様。消息を絶ったらしいって言ったでしょ。でも、この間突然現れたの。信じられなかった。でも、妙な女の人と一緒だった。その人の正体は、って書こうとしたけど、やめたほうが良さそう。とにかく、その二人が邪魔してきそうで、すごく厄介。他に仲間もいるみたいだし。


だけど、きっと成功させてみせる。オスカー様だって話せばわかってくれるはずだよ。兄さんに同情してたみたいだし、本当に素敵な人だから。全部が上手くいったら、こんな手紙、兄さんの手からひったくって丸めて捨てるつもり。お別れできなかったら悲しいから書いてるだけだよ、本当に。それじゃあね、兄さん。おやすみなさい。


                                ペネロペ≫


「…だってさ。泣けるよな、ベッファ」


窓から差し込んだ月光が、白い紙とその上に整然と並ぶ文字を照らし出した。リオンはその手紙を丸めてくず入れに投げた。手紙の運命はどのみち同じだったらしい。


「ホントーに、兄思いの馬鹿だァよ!聖騎士にまで見捨てられて、阿呆にもほどがあるんだァね!」


「そう言うなよ。馬鹿でも役に立ったろ?―でもお前、狙ってたブツは手に入らなかったんだよな。ペネロペの奴がしくじったせいで」


「そんなのいつでも奪えるんだァよ。お前たちのおかげで、カルツァはボクの思うが儘だァね!」


「あっそ。なら良い」


リオンはそっぽを向いて月を眺め、やがて目に映るものすべてがおかしいと言いたげな様子で笑い始めた。


「…あの紳士ぶった下衆野郎からも、糞みたいな病気からも、うざったい妹からも解放されたのか!それも同時に!こいつは傑作だ!」


紳士ぶった下衆野郎とは兄妹を引き取った例の男のことであるが、彼が眠るリオンを見世物にしていたことが後々わかったのである。ペネロペを学院に入れたのは、学院の人間が掃溜めに強い影響力を持つと知っていたからであった。そのことを数か月前リオンに告げ口したのは、他でもないベッファなのだが。


リオンを操るのは簡単だった。ペネロペもまた容易に躍らせることができた。最終的に―最初から、のほうが正しいだろうか?―ベッファが選んだのが、今や緑身の能力を我が物としたリオンだったというだけのことだ。


「行こうぜ、ベッファ。こんな腐った町、さっさとおさらばしよう」


寝台を降りて立ち上がろうとしたリオンはよろめき、悪態をついた。このところずっと調子が悪かったから、立ったのは数年ぶりだった。壁に手を突きながら歩くリオンを、ベッファは満面の―本当に満面の―笑みを浮かべて眺めていた。

2025.1.19

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