表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その瞳には、毒がある  作者: 小娘
その娘、暗躍する
14/60

鼠捕りは鼠にあらず

 そもそも鼠闘が何であるかがわからなければ、彼女の言ったことに衝撃を覚えることも難しいだろう。鼠闘とは、”鼠”同士で戦わせ、どの鼠が生き残るかを賭けるという単純明快な遊びである。


奇妙なのは、”鼠”というのがあの汚らしく溝を這い回るほうの鼠ではなく、落ちぶれ生きる価値もないと判断された人間のことを指していたという点だ。掃溜めが形成された当初からある賭け事だが、当時は今以上に生々しい勢力争いが繰り広げられていたため、次第に鼠闘までもがその一部に組み込まれていったという。つまり、飼っている鼠が鼠闘を勝ち抜くことで飼い主の力量を示すことができる、という考えが広まっていったのだ。


そして、飼い主という存在は今や後援者に取って代わった。鼠には活躍に応じて賞金が支払われるようになり、その金額に目が眩んで自ら鼠となることを志願する者すら現れ始めた。挙句の果てには、掃溜めという狭い世界における英雄的立ち位置を確立した鼠がいたことさえあるという始末だ。そして気付けば、鼠闘は掃溜めの内外からそれなりの数の観客を集めるようになっていましたとさ。


―その鼠闘に、セレスティアは出ようと言うのだ。おわかりいただけたかな?



「え、やだよ」


テオがいささかぶっきらぼうに言うと、セレスティアはわざとらしく驚いた。


「あら、そう?協力してもらうお礼に、賞金は丸ごとあなたのものに―」


「やるやる。鼠闘でも何でも、全然やるぜ」


こうも見事に手のひらを返されると、こちらとしても天晴と言わざるを得ない。セレスティアは笑み―満悦と苦笑が入り混じっていた―をこぼし頷いた。オスカーが咎めるような口調で言う。


「良いことって、こういうことだったの?」


「そうよ。―学院から戻る途中で、酒場の掲示板を見に行ったの。案の定あったわ。信じられない額がついている、私の張り紙がね。”あの”殺し屋に誰がいくら懸けようと知ったことじゃないけれど…私、テオにすごく悪いことをしたと思って」


セレスティアは笑うように短く息を漏らした。テオは否定することなく彼女を見つめた。


「あれだけの大金があれば、何十年かは遊んで暮らせるものね。それを求めて私を追ってきたと思うと、いたたまれないというか…」


「それで慰めに鼠闘の賞金をあげたいってことだね」


「ええ。それを手切れ金にする、というのでどうかしら。いつまでも行動を共にするわけにはいかないから」


彼女にも良心があって、ただこの貧乏人を追い払うことはできないというわけだ。テオはここの宿代も彼女が出してくれたということを思い出した。いつまでもこうしてはいられないという思いは、彼の中にもあったに違いないが、どうしてか、さっぱり彼女と手を切ることができないでいたのだ。


「まあ、そうするのが一番…か」


「待って。テオじゃなくて僕が出るんじゃだめなの?」


「私だって、ただでお金をくれてやるほど親切じゃないわ。それに、あなたにもしものことがあったら困るから」


オスカーは片側の口角を上げて不平を示した。僕だって君にもしものことがあったら困るんだけど。その会話の横でテオはおどけて不服そうな顔をしてみせた。


「俺って捨て駒だったりする?」


するとセレスティアは刺すような視線をテオに向け直し、断固として言った。


「こう言っては悪いけれど、間違ってはないわ。―いい、テオ?私はあなたとすっきり手が切れたら、それで良いの。今ここで起きていることも、これから起きることも、あなたには一切関係ない。だから決して余計な詮索はしないで。期待を裏切ることもね」


彼女は腕を組み、テオの瞳をじっと覗き込んだ。その姿はさながら子どもを諭す母親のようだ。凛として輝く紫苑は、テオの灰緑色の瞳をいとも簡単に射止めてしまったように見えた。


「そ、その点は心配しないでいいぜ!…多分。でもさあ、無事事件が解決した後、用済みだーとか言って殴り殺されたりは…しないよな?」


「ティアがそんなことするように見える?」


「少なくともお前はやってきそうだよ」


オスカーは言い返す代わりに微笑んだ。その顔を見てテオは軽く悪態をついた。セレスティアが続ける。


「テオ。これだけは覚えておいて。鼠闘に出るのは、掃溜めの誰か…できれば有力者と接触するためよ。私たちが学院の回し者だとは知られてはいけないの。わかった?」


テオは能天気に頷き、セレスティアが顔を強張らせたのに気が付いて、真剣に見えるように頷き直した。セレスティアは肩の力を抜くと、オスカーに目配せして扉に向かった。出て行く前に、思い出したかのように振り向いた。


「早速だけれど、鼠闘は明日よ。時間になったら迎えに来るわ。部屋にいることね」


「おう。じゃ、明日な」


二人が去ったときには、影の住人はとっくにその部屋を後にしていた。一体いつの間に出て行ったのだろう?二人は示し合わせるわけでもなくオスカーの部屋に行った。


セレスティアがまっすぐに寝台に向かい、そのまま寝そべった。オスカーは彼女の横に腰を沈めた。しかし声を掛けるわけでも、追い出そうとするわけでもない。オスカーはまるで彼女が気にならないかのように、黙ってそこに座っていた。


セレスティアはというと、目を閉じたまま微動だにしない。眠ってはおらず、本当にただ考え事をしているらしい。よく見る光景だ。語らいもじゃれ合いもしないで、お互いに相手を空気だと思っているかのような静寂が、彼らにはしょっちゅう訪れる。ふとオスカーが口を開いた。


「隠し事してるね」


「…私が?」


「とぼけないの。わかるんだよ」


背後でため息をついたセレスティアをオスカーは首を回して見やった。彼女も身体を横向きにして目を合わせた。


「別に隠し事じゃないわ。わざわざ言うほどのことじゃないと思っていただけ」


そう前置きして、彼女はアーテルニアの屋敷で見た道化師のことを語った。カルツァで目撃されたのと同一人物であろう、ということも。オスカーの首筋に一瞬竜の鱗が浮かび上がった。彼の不快感を示す唯一のものだ。


「何でそのときに言ってくれなかったの?」


「私の勝手でしょう。―そんなことより、オスカー。私、考えていたの。お兄様のこと」


オスカーは嘲笑うように息を吐いた。


「もう忘れなよ」


「そうするのが良いことくらい、わかっているわ。けれど、もしお兄様があの道化師に操られていたとしたら…それで奴に唆されて、お父様を殺めたのだとしたらって、そういう考えが頭から離れないの」


「まあ、その可能性は否定できないよね。そうだったとしても、それは何の希望にもならないよ、ティア」


オスカーは座ったまま天井を仰ぎ見た。彼には珍しい、無表情で。セレスティアはつと起き上がったかと思うと、緩慢な動きで背中を伸ばしながら言った。


「そうよね。…私たち、踊らされているんじゃないかしら」


「目を背けずにいれば、きっと糸口は見つかる。でも今は踊るしかないな」


不可解はいつでも彼女の人生に付き纏っている。慣れたもの、か。



 次の日、日が落ち始める頃。セレスティアとテオは鼠闘の会場へと赴いた。鼠闘が行われるのはカルツァから少し離れたところに位置する鬱蒼とした森の中と決まっていて、加えて時間帯も夕方から夜にかけてであるため、命を落とすも奪うも一段と容易い。


彼女がエイデンから事情を聴いてから、これといった出来事は起きなかった。つまり、例のものが盗み出されることはなく、道化師も現れなかったのである。登録を済ませた二人は、仕合開始まで付近で時間を潰すことにした。


「夜の間に何事もなくて良かったな」


「どうかしらね」


セレスティアは物思いに耽っているように、じっと森の闇に視線を送っている。辺りに人はいなかったが、彼女の瞳は不気味な色に輝いていた。テオは彼女の緊張を感じ取った。


「実際戦ってるとこは見たことないけどさ、あんたぐらいの実力なら、そんな気張らなくても余裕だと思うぜ」


「励ましてくれているのね。ありがとう。でも、怖気づいているわけじゃないの」


「ふーん?じゃあ何でいつになくおどおどしてんだ?」


セレスティアはようやく森から目を離してテオを見た。その表情にはかすかにリーゼルの面影があった。彼らの間に差し込む夕陽のような温もりを思わせる、あの雰囲気だ。


「昔を思い出すから、と答えておくわ」


「…そっか。ま、深くは聞かないよ。俺は空気が読める男だからな」


「自称したら台無しね」


彼女は呆れたように笑った。ああ、その笑顔はまさしくリーゼル―または楽しんでいるときのオスカー…やめよう、それでは風情に欠ける―のものだ。彼女は確かについ最近まで存在していたのに、ひどく遠い、昔の人のような感じがする。


「あんた、リーゼルみたいだ」


何故君は私と同じことばかり考えるんだ?テオの思わぬ発言に、セレスティアはきょとんとして言った。


「私だもの」


「違うね。セレスティアは冷たすぎる」


「…あなたの言う通りね。―ねえ、彼女にまた会いたいと思う?」


おふざけの時間なのかと思いきや、その顔つきは真剣そのものだ。両手を後ろで組んで、セレスティアは彼を見上げた。テオは答えに困って目を泳がせた。風が止んだ。彼女の仕業だ。テオはやっと観念して頬を掻きながら言った。


「そりゃ、ちょっとはな。優しかったし…」


「そう。…よかったわね。すぐに会えるから」


テオの瞳が期待に踊った。


「それって―」


「あれ、全部オスカーの真似なの。だから彼のところに行けば、彼女と再会したようなものなのよ」


面喰らって立ち尽くすテオを見て、セレスティアは吹き出した。やはりふざけていたらしい。きっと彼がリーゼルの話を持ち出したときから、こういう落ちをつけるつもりでいたのだろう。テオの感傷に気付いて即座にからかってみせたのは見事だが、私としてはそこがまたリーゼルのようで、同時にオスカーの影響の色濃さを痛感させられて、奇妙な感慨深さを覚えるのだ。


「そろそろ始まるみたいね。行きましょう」


呆気にとられるテオを―ついでに私も―置いて、セレスティアはさっさと歩き出した。慣れた手つきで包帯を巻く彼女の背中に、テオは呟いた。


「聞きたくなかったぜ…」



 鼠たちはそれぞれに指定される座標で待機する。そして全鼠が位置についたことが確認されると、空に閃光が放たれる。鼠闘開始の合図だ。いつか誰かが持っていた『映写の緋』の力が込められた緋石のおかげで、観客は安全に鼠闘を観戦できる。


この日も例に漏れず、最早明るいとは言えなくなった空に閃光が走り、観客の歓声で戦いの幕が開けた。鼠には聞こえていないか。さて、二人が指定されたのは森の東側、かなり外れの辺りであった。


進行の選択肢は三つ。中央を目指して歩くか、外周を回るか、動かないか。彼らに限って最後の一つを選ぶことはないだろう。動かない選択をするとき、その鼠は大抵恐怖で動けないだけなのだから。


「とりあえず真ん中目指すか」


テオがとっくに閃光の消えた空を眺めながら言った。セレスティアはすでに歩き始めている。ただし、外縁に沿うように。


「こっちにしましょう」


「いいけど。中央のほうが獲物が多いんじゃねえの」


「そうね。でも今回は多すぎる。あっという間に挟み撃ちに遭うわ」


テオは小走りで彼女に追いついた。


「願ってもないだろ?」


「面倒くさいじゃないの。そんなことより、テオ、声が大きいわ」


「悪い悪い。―そういや、武器は?素手でやんの?」


セレスティアは手ぶらだった。ちなみに戦場に立つということもあって、珍しく髪を結っている。


「持っているわ。心配しないで」


きっとこれもジスレーヌの緋石で、どこかの空間に仕舞ってあるのだと思う。便利なものだ。ふーん、とテオは興味なさげに呟いた。そのまましばらく黙っていたかと思うと、再び周囲の警戒もせずに話し出そうとした。が、それはセレスティアの人差し指によって阻まれた。彼女は短く息を漏らしてテオを沈黙させると、歩調を緩めた。テオは仕方なく彼女の耳元に囁く形で尋ねた。


「どうした?」


「…ずっと尾けてきているくせに襲ってこないと思ったら、突然近くに別の気配が増えたの。後ろの人も含めて四人分ね」


「尾けられてたのかよ…待てよ。てことは、囲まれてるとか?」


「ええ。まず、正面の木の上。尾けてきているのが五時の方向の木の影に。左手の茂みに一人。あとは…」


セレスティアはどこからか取り出した棍を、躊躇いもせずに足元に振り下ろした。ぎょっとしたテオが見てみると、衝撃で地面が大きく抉られたかのようになっており、その窪みから血塗れになった人間の頭が覗いていた。セレスティアは棍を構え直しながら呟いた。


「…足元」


「うーわ…風って地中にも送れんの?」


「それはできないけれど、この人は殺意が尋常じゃなかったから。あなたにも気配が感じられたでしょう?」


「まあな。けどさあ、地面の中だとは思わなかったぜ。何だよ、こいつ。土竜か何か?変な能力だな」


「そうね。―さあ、話している時間はないわよ」


先ほどまで息を潜めていた鼠たちが、今は無遠慮に敵意を曝け出していた。テオも二刀を構える。


「俺、茂みの奴にする。あとは任せたぜ」


「好きにして」


刹那、二人は駆け出した。テオは宣言通り茂みに隠れた一匹を、茂みごとぶった切った。痛烈な悲鳴が響いた。狙いが外れ、テオは相手の片腕を落としただけだった。逃げ出した鼠を、彼は舌打ちして追った。


一方セレスティアは、木の上の鼠を狙った。地面を蹴って飛び上がり、まずは鼠の乗っている太い枝めがけて武器を振るい、相手を地面に叩き落とす。仕留めるのは容易だった。かわいそうに、その鼠は折れて落ちてきた枝の下敷きになってしまったのだ。短い唸りとともに、脳の欠片が飛んだ。


もう一匹、二人をずっと尾行していた鼠はとっくに尻尾を巻いて仲間を置き去りにしようとしていたが、追う者のほうが素早いというのもよくある話だ。彼女は踊るようにそれに追いつき、今回は背骨を折った。焦りと恐れで紅潮した鼠の顔が瞬時に青ざめた。


彼女のほうは駆除が済んだわけだが、テオはどうだろう。と、ちょうど戻って来たところだ。剣についた血の量からして、確かに仕留めてきたらしい。彼は剣を鞘に戻しながら歩いてきた。


「こっちは済んだ。あんたは…聞くまでもなさそうだな」


セレスティアは何事もなかったかのように武器を仕舞った。


「行きましょう。あともう一組と戦っておけば十分だわ」


「もう二組にしようぜ」


「出くわしたらね」


辺りには、二人が落ち葉を踏みしめる音だけが響いていた。



その頃―


「思ったよりちんちくりんばっかり!奪った武器も安物揃いだし。あーあ、ほんっと退屈!出るんじゃなかった!」


「だから言ったんだ…」


「はあ?あんた、どうかと思うぞ、としか言わなかったじゃん!いっつもそうだよね、かっこつけちゃってさ!ばーかばーか!」


「うるさい」



 さて、余計なことを言うと実現してしまうのがこの世の奇というもの。もうじき鼠闘も終了するという頃合いに、彼らはようやく一組の鼠を発見した。二人はすぐに武器を構えた。向こうも二人に気付き、迎撃の準備をした。異変が起きたのはそのときだった。セレスティアが突然、あっと声を上げた。彼女らしからぬ、間の抜けたような調子で。テオは敵から目を逸らさずに言った。


「どうかしたのか?」


「武器を取られたわ…誰かに」


「はあ?」


テオは彼女のほうをちらりと見やった。すると本当に何も持っていないではないか。そう、確かに若い女性が不意に現れて、彼女の手から棍を奪い、消えたのである。セレスティアが首を傾げて考えていても、相手は待ってくれない。何だかわからないが、またとない好機!唖然としていたテオは間一髪のところで敵の攻撃を受け止め、セレスティアも難なく身をかわした。


「セレスティア、やれるか?」


「…腕が鳴るわね」


彼女の口の端にかすかに浮かんだ笑みを見て、私も笑わずにはいられなかった。というのは武器を持たない彼女が、籠から放たれて自由に飛び回る蝶さながら、ひどく軽やかに戦うということを知っていたからだ。


空中にいようが何だろうが、彼女の身体は瞠目するほどよくしなり、そこから繰り出される足技はまるで限界を知らないかのようによく伸びるのだ。まあ、いい。どれだけの言葉があっても、どうせ筆舌には尽くせないのだから。


相手の初撃をかわした後、彼女は飛び退くように一歩後退し、体勢を整えた。相手も間合いを取ったのを見ると、駆けて距離を詰める。そして飛ぶ。半ば後ろ向きの蹴りが頭に命中。衝撃波―彼女が蹴りではなく風で生み出したものだが、この際どっちでもいい―で相手が吹き飛んだが、彼はすぐによろめきながら立ち上がった。


と思えば、半月型の小刀を二本投げてきたではないか。一本は頭、一本は膝の辺りをめがけ、弧を描いて飛んでくる。跳びあがるのも駄目、屈むのも駄目となればやることは一つ。セレスティアは小刀のほうへ突進し、相手がしめたと勝利を確信したのも束の間、空中で身体をしなやかに曲げて易々と刃の間を通り抜けていた。


最後には鼠の首に触れ、斬った。『風斬の緋』と知らなければ、誰にも何が起きたのかわかるまい。首が落ちるほどではなかったが、もう一つ口ができたかのような斬傷から派手に血がほとばしった。その頃テオは、なぎ倒した鼠の肩を踏みつけて心臓を一突きにしていた。仕合終了の閃光が緋の森を照らした。



 観客の熱狂振りは語るに及ばないだろう。品性がとうの昔に抜け落ちてしまっている彼らは、セレスティアの演出に大いに満足した。賞金は想定以上に支払われた。あとは後援者を申し出る金の亡者の登場を待つだけだ。しかしその前にセレスティアにはやることがあった。


「探してくるわ」


「何を?」


「盗賊を」


彼女はテオを置いてさっさと歩き出した。テオは追いかけるでもなくその背中を見送った。すぐ戻ってくるとわかっているのだろう。


一方その頃、人混みに紛れてこんな会話がなされていた。


「見てよ、カイ!この棍、きっと信じられない額がつくよ!」


「趣味が悪いぞ。何も、これから殺り合うって奴から奪うこともなかっただろう」


「あの娘が勝ったんだからいいじゃん。―ほら、こんなに軽い!威力もあるみたいだし…何で出来てるんだろ?」


「あの女、お前を殺すことなんか造作もないぞ」


「だったら何?今生きてるんだからいーの!」


盗賊リーン。金目のものは彼女のもの。金銀財宝に目がなく、あちこちで盗みを働いてはあっという間に散財する。腕前は現役の頃のイーサンと良い勝負といったところか。彼女のやり口のほうが派手なのは言わずもがな。


その隣でため息をついている、このカイという男の素性はよくわからない。が、その話は後にしよう。


「見つけた」


セレスティアがいつの間にか彼らの背後に立っていた。リーンは文字通り跳びあがった。


「げっ。さっきの」


「…こうなる気がしたよ」


カイが落ち着き払って首を振るのを見て、リーンは憤慨した。


「だーかーら!何なの、今更?止めなかったくせに!―とにかく、返す気なんかこれっぽっちもないからね。盗られるほうが悪いの!」


「そう。二言はないわね」


子どものようにふんぞり返ったリーンにセレスティアは手を差し出した。するとリーンの手に握られていた棍が、在るべき場所に帰ろうとするかのように、セレスティアの手に勢いよく引き寄せられた。棍に振り払われたリーンは目を丸くした。


「え?な、何それ?どうやったの?」


セレスティアはその質問には答えずに踵を返した。


「さよなら、盗賊さん」


「ちょっと待っ…行っちゃった。もう、せっかく盗ったのに!」


「盗られるほうが悪いな」


リーンは目に見えてふてくされた。



「見つかったか?」


合流したセレスティアにテオはそう声を掛けた。


「ええ。まだ近くにいたから」


「そっか。良かったな。それにしても、どうやって盗ったんだろうな?こちとら天下無敵のセレスティア様だってのに」


「何を言っているの?…でも確かに、どんな能力なのか興味があるわ」


「教えてあげる」


別の声がして振り向くと、口をへの字に曲げたリーンが立っていた。両手を腰に当て、いかにも不満げに。カイの姿はなかった。


「教えてあげるから、さっきのどうやったのか教えてよ」


「何したんだよ?」


「取り返したの」


「違う!触りもしないで、こう…吸い寄せたの!仕掛けがあるに決まってるよ。ね、いいでしょ?取引、取引」


愛想良く笑ったって、彼女には見えていないのに。


「私は構わないけれど」


「やった!じゃ、言い出しっぺのあたしから教えてあげる。約束破ったらコテンパンにするからね!」


「わかったわ」


セレスティアの返事を聞くと、リーンは得意そうに続けた。


「あたしの能力は『顛回』…なんだけど、口じゃ上手く言えないんだよね。えっと、例えば―」


ぶつぶつ呟くリーンの瞳が緋くなったかと思うと、彼女は突然目の前から消えた。そしてテオの背後に現れた。


「―みたいな感じ。わかる?」


「いや、まったく」


「だよねえ。うーん…いまあたしがやったのはさ、あんたが立ってるところを軸にして、真反対に位置を入れ替えたっていうか。ほんと、それだけなんだよね。わかるでしょ、ねえ?」


「ええ。だから気配が瞬間的に移動したのね」


セレスティアが頷くと、リーンは話が伝わったことに安堵したようだった。そして殊更調子に乗って話し続ける。


「だから、こんなこともできるんだよ」


と、リーンは今度はテオの頭上に現れ、そのまま肩車のような体勢で彼に乗っかった。テオは危うく倒れこみそうになった。


「お!?…っと。おい、あぶねえだろ」


「ごめんごめん。でも、すごいでしょ?使いこなすの大変なんだからね!目測間違えると壁に激突したりするし、あとは―」


「おい、リーン」


捲し立てるように―テオの上で―話していたリーンは、声の主に気付くと慌てて地面に降り立った。


「あちゃあ、見つかっちゃった。上手く撒いたと思ったのに」


カイはセレスティアとテオの顔をそれぞれ一瞥してから、相棒の無鉄砲さに顔をしかめた。


「急にいなくなったと思えば。性懲りもなく何をしてるんだ?」


「だって、さっきの気になるでしょ!だからあたしの能力のことと引き換えに教えてもらうの」


「お前、まさかもう話しちまったんじゃないだろうな」


「全部話しちゃったけど。いいでしょ、あたしの勝手だもん」


カイは頭を抱えた。まさか少し気になる程度のことのために、自身の能力をあけすけに話してしまうとは!そうでなくても能力のことは皆が隠そうとすることなのに。あまり言いふらすと、命の危険に関わることではないか。などという小言が彼の頭を駆け巡ったことだろう。言うべきことの多さにカイは口ごもり、諦めて一言口にした。


「…あれは緋石の共鳴だ」


注釈。緋石の共鳴とは、ある緋石に込められた力の持ち主に、その緋石が引き寄せられる現象のこと。


「え?待って。じゃあ、あの棍に緋石が入ってたってだけなの?」


「ええ、そうよ」


セレスティアは微笑むのを堪えきれない様子で答えた。


「嘘!もう、最っ悪。騙された!」


リーンは大袈裟すぎるほどに愕然とうなだれた。テオが苦笑して言った。


「そっちが勝手に言い出したんだろーが…」


「だってもっとすごい仕掛けがあると思うじゃん!盗みに使えると思ったのに」


「どうしてお前はそうそそっかしいんだ?」


「う・る・さ・い!」


「はあ…邪魔したな。あんたらが痺れを切らす前に退散するよ。良心があるなら、こいつの言ったことは忘れてくれ」


そう言うと、カイはうじうじと独り言を呟くリーンを引きずるようにしてその場を後にした。テオは頭を掻きながらその逞しい後ろ姿を眺めていた。


「なんか、変な奴らだな」


「大道芸人みたいね」


「それはどうかな…」


まさかこのような奇妙な出会いがあるとは。幸か不幸か、彼らの旅路は再びセレスティア一行の旅路と交わることとなるのだが、まだ誰もそのことを知る由はなかった。

2025.1.12

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ