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6話 討伐者の夜明け(2)

 天候は雲一つない晴天。風は強く、陽射しの割に熱を感じない。《ディオツ》の集落が生きていれば《ディオツ》経由の駆車カケグルマが利用できたのだろうが、今 現在 徒歩で目指しているのは《ホカンコ》遺跡前キャンプ地だ。


「クルトの旦那、今になって眠そうなのです。駆車カケグルマ乗ったら、少し眠ると良いですよ」

「寝れたらそうする」


 眠れなかった訳ではない。ただ 気が張っていて、クルトにしては 今朝は随分早くに起きてしまっただけだ。


**


 酒場とは名ばかりに 営業は朝から始まっている。とはいえ、夕方から夜にかけての賑わいはない。さすがに知っている顔はないだろうと思いながら、クルトは酒場に顔を出した。


「おはようです。ちゃんと出て来られたですね、クルトの旦那」


 どこか舌っ足らずな感のある、今では聞き慣れた声に出迎えられる。


「テンテン⁉ 早いんだな、いつもこうなん?」


 朝に弱くておなじみのモーラと 余所に宿を取っているノインの姿はなかったが、普段通りに身支度を整えて テンテンは薬膳茶をすすっていた。


「自分にはいつもの時間なのです。……眠れたですか?」

「まぁ、それなりに。昨日は水差しちゃって悪かったな」

「こっちもそれなりに盛り上がれたんで、気にするこたねぇです」


 追い払われることも覚悟していたのに、同じテーブルに着いてもテンテンは何も言ってはこなかった。今朝はファズも忙しいのか、厨房から出てくる気配はない。

 手近な給仕に タンポコポーヒーとお任せ朝食を注文した。


「……あの後さ、ファズさんから 直接 依頼もらったんだ」


 「直接、ですか」驚いた顔で返すテンテンの前に 依頼書を差し出す。


「勝手に受けちゃったけど、テンテンなら付き合ってくれるかな、と思って」


 言葉の意味が正確に理解できているはずのテンテンの頬が、見て取れるほどに上気する。左右に目を泳がせた後で、小さく頷いた。


「……そうですか。信頼、してくれてるのですね」


 「分かったで……」了承の言葉は、真横から空気も読まずに遮られた。


「ユーたち、そのまま付き合っちゃいナ YO!」

「わあああっ⁉(✕2)」


 やましい話をしていた訳でもないのに、ばっとクルトとテンテンは距離を空ける。間には裂けた舌を出してニヤニヤと笑うノインだけが残っていた。


「おっはヨー! 朝っぱらから おアツいのネ」

「は? そそ、そんな話してねーし! なぁ、テンテン?」

「そそそそーですよ! 陽の民の男とかねぇわー なのです!」

「その割りには、クルトくんまで 真っ赤じゃないのヨ」

「うるせーな! タンポコポーヒーが熱くて焼けチリしたんだよ‼ 」

「旦那、まだタンポコポーヒー 来てねぇですよ」

「そこはテンテンがツッコむトコじゃねっての」


 二人合わせたように大きく息を吐いて、一拍挟む。先に落ち着きを取り戻したのは クルトの方だった。


「ノインも来たならちょうどいーや。昨日、ファズさんからもらった依頼。ラグ隊 全滅の周辺調査みたいなカンジの」

「えー……すぐ行くのヤだなァ。討伐者協会ココ、獣帰葬でしょ?」


 いつもの調子で口を滑らせ、本音を出してしまったノインを たしなめるようにテンテンが睨む。気まずい様子でノインも視線を逸らした。

 登録時に申請がなければ、不慮の事故などで命を落とした《討伐者》は野生の巨獣などに食わせる事になっている。故郷や家族のある多くの《討伐者》は帰郷申請をしているし、別途料金を先払いして《アヴェクス》や《ディオツ》への埋葬を希望する者もいる。きちんと申請を出していない者に限って 死亡事故を起こすのだ。故に《討伐者協会》イコール獣帰葬のように思われている側面がある。


「獣帰葬っつーたって、野ざらしで放置してるワケじゃねーし。すぐ行かねーと意味のない仕事なんだよ」


 このタイミングでクルトの頼んだお任せ朝食が届いた。分厚いハムと目玉焼きとトーストが分けて出されたのを全て重ね上げ、大口でかぶり付く。


「クルトの旦那、こんな話の最中さなかに よくもまあ、そんな美味そうに食えるですね……」

「ふぁんと食へって、ファウはんい 言はえてう」

「食いながら喋るな、なのです! ああほら こぼしてる!」

「何なのヨ、この世話焼き女房と世話焼かれ亭主……」

「誰が女房ですか‼ 」「誰が亭主だよ‼ 」


 嫌だと言いつつも、まだノインもこのパーティを抜けるつもりはないらしい。階段横の柱の陰から覗き見ているモーラも、クルトが勝手に受けた依頼に付き合う所存だ。


「ふふふふ……テンテンさんを泣かせたら、承知しませんからねぇ、クルトさぁん……」


 背中を伝う怖気に身震いするクルトを、昏く優しく見守るモーラであった。


**


 それぞれが支度を済ませ、再集合したのち すぐに宿酒場を出発した。

 通い慣れた《アヴェクス》正門前に、珍しい人影が立つ。


「よう、若人ども。……なるほど、ファズが依頼 渡したのはあんたか」


 白い肌に陽光は痛いのか、門の日陰に潜むようにサナはクルト一行を待っていた。クルトをまじまじと見つめて品定めすると、首にかけられる長さの紐を通した木札を寄越してきた。


「ダイフクちゃんが《フカシグレ》から臨時駆車カケグルマ出してくれた。《ホカンコ》遺跡前キャンプ地で待たせるって。《フカシグレ》まではそれ 使いな」


 「これが手形ね」失くさないように、と念を押されたため 素直に首にかける。


「わああ、わざわざすみませんです、ありがとうございます! ……旦那もちゃんとお礼言わなきゃダメじゃねぇですか!」

「え? あ、うん。どうもっす」


 テンテンに無理やり頭を下げさせられているクルトを、サナは鼻で笑った。


「強く生きろとか言った気がするけど、やっぱあんたも陽の民男子ね。……彼氏が寝取られた途端、新しい彼女作ってるとか」

「ちょっと待ってサナさん、何もかも違う‼ 」

「うるせぇ、滅びろ」

「そこまで言われる筋合いねーんすけど⁉ 」


 背後で、声を殺してはいるが 三人とも爆笑しているのが聞こえる。


「ま、そんなワケでよろしく頼んだ! 無事、帰って来いよ」


 用は済んだとばかりに背を向け、左手を軽く振りながら サナは朝の都へと消えていった。


 今朝の出来事を思い返しながら歩くうちに《ホカンコ》遺跡前キャンプ地が見えてきた。《アヴェクス》から《ウォシュオ》間の駆車カケグルマを引く機械獣は牛型であったが、《フカシグレ》からは馬型の機械獣が引いているらしい。いずれも速度や乗り心地に差が出ないよう調整はされている。それぞれ種別を変えているのは 乗客が行き先を違えないためである。

 《ホカンコ》遺跡の見回り及び清掃依頼を受けたと思しき他パーティに挨拶をしながら、しばしの休憩をとる。


「……《ホカンコココ》の《充電体》も、三体 減ってるみたいヨ」


 情報収集とか言いながら余所のパーティに話しかけまくり、散々彼らの仕事を邪魔してきたノインが、満足そうに戻ってきた。


「《ホカンコココ》以外にも《充電体》の眠る遺跡はあるんですよねぇ。周辺だと 何かありましたっけぇ?」

「ンー、《アヴェクス》《ウォシュオ》《モンデノ》《フカシグレ》の内側は《ホカンコ》だけじゃないかしらン。ヨセフナ砂海の対角線上にある龍脈付近……シグレナ樹海にはあったかもネ」

「とすると、原因に依っては追加の《充電体》がやって来る可能性もありますねぇ」


 手なづけたばかりの使役用ウサギを膝の上で撫でながら、モーラは難しい顔をする。その隣でテンテンは羨ましそうに手を伸ばしかけ、触る直前で臆して手を引っ込めるということを繰り返している。


「テンテンさんは触っても大丈夫ですよぉ、ノインさんもぉ」

「いいのですか⁉ わああわああ、ふわもこなのです!」

「クルトさんはご遠慮下さいねぇ。血を見ますよぉ」

「ウサギ相手にそんな物騒な……ぉ痛ってぇ‼ 」

「可愛く見えても 護身用使役獣ですからぁ」


 自身の攻撃能力の低さを反省し、《アヴェクス》に戻ってから モーラは使役(マワシ)専門店で新たな仲間に出会ってきた。名前はボウパル。一見可愛らしいブチウサギだが、その踵には猫のように出し入れできる鋭い爪が仕込まれている。先程クルトの手を斬りつけたのも、その爪による攻撃だ。


「何でオレだけ」

「地上の動物は、本能のどこかで『天空の民』の血を嫌っている、みたいな事なら どこかで聞きましたよぉ」


 モーラの手元に丸くなるボウパルは、何事も無かった顔でくつろいでいる。


「いやまあ、天空の民は大地パンゲニアにとって侵略者みてーなもんだしな。でもオレ、陽の民だぞ?」

「陽の民も、地上に取り残された天空の民の末裔ではないかって言われてますよぉ? 繁殖力の強い部族がしたたかに生き延びた、って具合にぃ」

「テンテンもノインも、『繁殖力』のところでこっちガン見んな」


 しかしながら、いくらマワシの才を持っていても 堕天の民 同様、陽の民と陰の民は使役生物に命令を聞いてもらえないのは事実だ。器用な雨の民と夜の民は生物も機械獣も使いこなすが、陽の民の血が入った者と天空の血を引く者は 機械獣しか扱うことは出来ない。

 「さて」十分に気力も体力も回復した。いち早くクルトは立ち上がり、《フカシグレ》行き駆車カケグルマへと向かう。手形を確認してもらう間に、仲間たちも貸し切りの座席に乗り込んだようだ。


 これから向かう《フカシグレ》のさらに向こうに、《予備機格納庫》遺跡、通称《ヨビカク》が口を開けているという。

 予備機――それが何を指しているのか、まだ 識る者はない。

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