4話 雨上がりに旅立つ(1)
4〜6話では、オープニング(OP)より5年ほど前、1〜3話の5年くらい後の出来事を書いていきます。
この世界独自の種族で構成された 新米《討伐者》パーティによる、本格的な《アーカディウス》討伐が始まります。
後半は少々、ファンタジー色が強くなってきます。
《アヴェクス》の都に《討伐者協会》が立ち上がり、五年目が過ぎようとしていた。危険な機械獣と有害な野生生物の駆除や 遺跡の調査・保全、隊商や旅人の護衛など、舞い込む依頼は多岐にわたる程に人々の知名度は上がっている。だが、当初の目的である 巨人兵器《アーカディウス》の討伐に関しては、未だ発見にすら至らないというのが現状であった。
この日もまた 代わり映えもなく、二人の若者が カウンターにて依頼を取り合っている。
「【グラスフリッシュ】の狩猟は オレのが先に目ぇ付けてたんだぞ!? 」
「随分前から張り出されていたし、単独で受ける仕事でもないだろ!? 」
「受けたらパーティくらい すぐ組んでやるっつーの!! 」
「組んでから受けるのが 正しい順番だろうが!! 」
どちらも年の頃は十六、七といったところで、カウンターの上に見えるのは陽の民の少年の姿だ。砂色の短髪の方はその通りだが、おかっぱ頭の黒髪の方は 後ろから見ると脚部が黒い鳥のそれであると分かる。こちらは陰の民だ。
「さすがに今のは、ポッチ君のが正しいかなー」
このまま続けさせると後続に迷惑どころか 取っ組み合いを始めてしまいそうな気配すらある。見かねて 受付のダイフクが仲裁に入った。
「またすぐ似たような依頼 入るから、今回はポッチ君に譲ってあげて」
「……ダイフクちゃんがそこまで言うなら、仕方ねーな」
「次の依頼が入るまでに、頭数は揃えておけよ」
「んーだよ、エラっそうに」
勝ち誇った顔で依頼書を受け取ると、ポッチと呼ばれた陰の民の少年は 酒場入り口に待つ仕事仲間の元へ向かって行った。酒場を出る一瞬だけ、振り返る。
「クルト君、何でポッチ君と組まなかったの?」
カウンターテーブルに頬杖をつき、不貞腐れた顔で「知らねーよ」と クルトという名の少年は吐き捨てる。当たり障りのなさそうな採取依頼の書をダイフクが差し出すと、面白くなさそうにしつつも それを受け取った。
「いつまでもソロだと大変だから、クルト君も早くメンバー揃えようよ」
「ダイフクちゃんだって ソロ討伐、よく行ってるじゃん」
「俺はカシオペアがいるから……そうだ! クルト君も甲殻類型機械獣連れてく!? シャコ型とか すっごい強くて可愛いよ!! 」
「!? あーと、そういえば 薬の在庫切らしてたんだった! 急いで買いに行かねーと!」
「欲しくなったらいつでも言って! いくらでも用意するから!!」
気持ちだけでお釣りが出ます、と胸の内に呟きながら その場を離れる。アレさえなければ頼れるしいい人なんだけどな、と 以前 ポッチも言っていた。
何の気なしに 窓の外を見る。ここ数日 雨が続き、今日もまたスッキリしない空模様だ。《討伐者協会》としての宿酒場に初めて入った、からりと晴れた あの日が恋しい。
**
もう、半年も前になるだろうか。
大きな都での大きな仕事に憧れて、クルトは遠路はるばる《アヴェクス》の《討伐者協会》なる場所へとやって来た。田舎集落に届いた噂だけでは『何か大きな目的を持った事業らしい』事しか分からなかったが、何かしらで名を上げたいと願うクルトには、この上なく魅力的な進路に思えたのだ。
「いらっしゃい、新顔だな」
今でも毎日のように聞く宿酒場の主人、ファズの野太い声に迎えられて受付カウンターに立った時、隣りにいたのがポッチだった。
肩で切りそろえた黒髪から 色の白い端正な横顔が覗く。自分と同じ年頃だろうが、物静かな佇まいはクルトよりずっと 大人びて見えた。
「……あれ? 『陰の民』……?」
渡された書類の書き方を訊こうと隣の手元を覗き込み、種族欄の意外な記述に 思わず口に出してしまった。
「ああ。よく顔だけ見て、『陽の民』に間違えられる」
「父親似なものでな」別段 気を悪くするでもなく、彼は自分の足元を指差す。母親譲りのカラスの脚と呪術師的な装束で、『夜の民』の血を引いているのが見て取れた。
「登録職業か……どうしようかな」
「オレ、メインはハジキヤ。そっちは後衛タイプ?」
「そうだな、後衛は確定だ。どの道、術師系だから」
「回復役のが安定するから、技術があるならカンナギのが 後々 有利だぞ」
考え込むポッチに、自身の経験と登録済み《討伐者》の傾向から ファズが助け舟を出す。助言を素直に受け、ポッチは職業欄に『カンナギ』と記入した。
「すげーな! 本当に術とかいうの、使えんの?」
「え? 普段、怪我とかしたら どうやって治してるんだ?」
「フツーに薬 使ったり、医者にかかるけど」
「ほらほら、雑談なら登録終わってからにしてくれ! まだ説明とか案内とか いろいろあるんだからよ」
《討伐者》の新規受け付けは ファズの方もあまり慣れていない様子で、時々 手引きのようなものを確認している。「えっと、次は……と」別の書類を出そうとしたのか 後ろに向いた所で、「うおっ!? 」と叫んで跳び上がった。尻尾がいつもの三倍ほど太い。
「その様子だと、ダイフクちゃんはお留守かな」
「サナ!? てめぇ、いつからっつーか、どっから忍び込んだよ!! 」
「たった今、普通に入り口から入ってきたけど。気配だけ消して」
「何で 気配消して 背後取る必要があるんだよ!? 」
「ツラの良い 陽の民男子がいたら、間引いておこうかと」
「いや、マジで ウチの客に理不尽に危害加えるの 止めてくれ」
ファズの背後にいつの間にか立っていた、狐の耳と尻尾を持つ陰の民の女性は 噂によると《討伐者協会》の会長であるらしい。二十代半ばの艶っぽい美女だが、うかつに手を出せば 痛いでは済まないと云われている。
「お! いるじゃん、ツラの良い陽の民男子。ダイフクちゃんと また違ったタイプの子だ」
何もしていないのに目を付けられてしまった。身構えるクルトをスルーし、サナの目線はポッチに留まる。大きなため息を吐いて、ファズは手前の書類を指でトントンやった。
「そっちはてめぇと同じ陰の民だよ」
「へ? ……あらホントだ。陽の民男子はこっちの子だけか」
先ほどスルーしたクルトに視線を戻し、まじまじと見つめる。奇行は目立つが見てくれは悪くないサナの視線に耐えきれず 赤らめた顔を背けると、そんなクルトにうんうんと頷きながら サナはにっこり笑った。
「うん、君なら大丈夫! 強く生きなさい!! 」
何のことだかは分からないが、間引かれずには済むらしい。クルトとポッチに興味を失い、本来の用事を思い出したのか サナはファズに向き直る。
「そろそろ《ホカンコ》の昇降機のメンテ頼みたいんだけど、ダイフクちゃん いつ頃戻る?」
「あー、ちっと分かんねぇな。アイツ、近頃 気になる相手が出来たとか言ってて、フラッと出かけちまうんだよ。夜には帰ってると思うが」
「気になる相手とな? どんなカニさんよ」
「いや、さすがにカニじゃねぇだろ……ダイフクも年頃っちゃ年頃だし」
「カニだと思うなー。もし人間の女の子だったら、宿酒場の地代、全額免除してやるよ」
「おお? 言ったな? ちゃんと書面に残しておけよ」
「カニさんだったら、あんたの方は何してくれるよ?」
「酒代みんな、俺の奢りにしてやるよ。ほれ、サイン書け! 俺も書いたぜ」
新規《討伐者》の受け付け中だというのに盛り上がってしまっている協会関係者たちを前にして、困ったようにポッチが肩をすくめている。自分も苦笑いを返してから、クルトは書類の残りに取り掛かった。
「……サナの奴、ダイフクが体 鍛えはじめたの知らねぇな。クク、地代免除とか してやったりだぜ」
「また 夜に来る」と残して去ったサナの後ろ姿を、悪い笑顔でファズは見送っている。新規《討伐者》たちに書類を差し出され、ようやく仕事に戻ってきた。
「悪い悪い、書き終わったんだな。次はコイツな、基礎的な《討伐者》知識を身に付ける為の講習があるから、落ち着いたら都の中央公館に行ってくれ。今 来てたのが、協会長で講師もやってるサナだ」
《アヴェクス》の都内地図を配りながら、これからすべき事、必要な物資についての説明を たどたどしくファズは続ける。自身でも説明に不安が残るのか「分からねぇ事があったら、後でまた 受付担当のダイフクに訊いてくれ」と付け加えた。
「新入りの部屋は地下なんだな。日の差す部屋に行きたきゃ出世しろ、と」
「ま、オレはそんなに 地下に長居する気はねーけどな」
「僕だってそのつもりだ」
もらった空き部屋の鍵と部屋の番号を見比べながら、昼間でも薄暗い廊下を奥へと進む。番号で予想はしていたが、あてがわれた部屋は 廊下を挟んだ対面にあった。
「あーそうだ。ここまで一緒に来といて、名前訊いてなかった。オレはクルト。お向かいさんは?」
「僕はポッチだ。世話になる事もあるだろうし、よろしく頼む」
「こちらこそ。せっかくだし、荷物 置いたら 飯食いに行かね?」
「行く。ここしばらく肉モノ食べてなかったから、ガッツリ食べたい」
「肉モノ? ……ポッチ、鶏肉とかは食えるの?」
「食べるけど……? クルトだって獣肉 食べるんだろう? 菜食主義なのか?」
「ああ! そっか、そうだよな! ゴメン、変なこと 言っちゃった」
「文化の違いだろ、よくある事だよ」後で聞いたところ、やはり同い年だったが クルトよりも落ち着きがあり、受け答えにもどこか余裕を感じさせる。
ポッチ側からどう思われていたのかは分からないが、クルトにとっては初対面とは思えないほど話しやすく、共にいて楽しい相手だった。
《討伐者》講習を受けに行くのも 技術指導を受けに行くのも、初心者向けの訓練用依頼に出るのも 帰ってから夕飯にありつくのも、見習いと呼ばれる期間のほとんどを 二人で連れ立って過ごしていたと思う。
そんな毎日が終わったのは ひと月ほど前、見習い期間が終わり 本格的にパーティとしてのチームを組んで《討伐者》活動が始まろうとした頃だった。
「そろそろクルト君とポッチ君にも、大きな依頼 回せるかな」
気になる相手とやらは、しっかり落としてきたらしい。他の用事がなければ《討伐者》関係の受付業務には常に ダイフクが立つようになった。酒場の高級酒を 根こそぎサナに巻き上げられ、頭を抱えて ファズは帳簿を睨んでいる。
「いくら優秀でも 新米二人組だと一般的な仕事は荷が重いから、盾役できる人とか クルト君をフォローできるような人がいるといいね。見習い終わった人たち 何人かいるから、声かけてみようか?」
登録名簿をめくりながらのダイフクの提案に、何故かポッチは黙り込んでしまった。「どうする?」とクルトが問いかけても、何か考え込んでいるようで返事すら返ってこない。仕方なく ダイフクに「今はいいや」と答えておいた。
「そうか……。無理に、とは言わないけど、困ったらすぐ声かけて。手が空いてる時なら、俺も一緒に行けるからさ」
「え? 何、ダイフクちゃん誘ってもいいの!? ファズさん過労死しない?? 」
「いやだから、手の空いてる時だけね? 毎度毎度はちょっと無理だよ?」
「あまりダイフクちゃんを困らせるなよ、クルト。……パーティのメンツについて、ちょっと思うところがある。向こうで話そう」
やっと口を開いたポッチに促され、窓際の待合室に向かう。今日も雨の民の一団が楽しく舞い遊んでいるが、会話の邪魔になるほどではない。
途中で受け取ったお冷をクルトに渡してから、ポッチは”思うところ”を口にした。
「少し考えてみたんだが、全員が見習い上がりで組むのは あまり良くないと思うんだ。盾役とフォローなら、そこそこ経験を積んだ《討伐者》でないと、何かあったら 総崩れしそうで怖い」
「怖いって、生存率高いカンナギのポッチがそれを言う? 初っ端から大物狙いするつもりならともかく、初心者パーティにはそんな重い仕事、ダイフクちゃんも振ってこねーよ」
「そうじゃない。そういう事でなくて……」
「カンナギのボンボンの言う通りだぜぇ?」妙に馴れ馴れしく、背後から伸びた手がポッチの頭をポンポン叩く。警戒しつつも振り返ると ディンゴ部族と思しき嵐の民の三人組が 出入り口を塞ぐような配置で立っていた。
「討伐対象になるような連中は賢しいから、真っ先に奴らが狙って来んのは カンナギだのクスシだのの回復担当だ。そりゃあ 新米のカンナギにとっちゃ 怖ぇよなぁ?」
「そうさせねーのが 盾役とか前衛の役目だろ」
「あーホント、未経験者は分かってねぇなぁ。俺らみてぇに場数 踏んだ《討伐者》じゃねぇと、そう上手いこと体が動かねぇの!」
眉間を狭めて ポッチはこちらに視線を寄越す。何か言いたそうだが、クルトには今ひとつ汲み取れない。
「……オレが前衛じゃ、信用ならねーの?」
「違う違う! 僕が怖いって言ったのは そういう意味でなくて……」
「じゃあ、どういう意味で言ったんだよ!? 」
思いがけず強く出てしまった言葉に、クルト自身も冷やりとする。感情を見せないように目を伏せ、努めて静かにポッチも返してきた。
「僕の技術じゃ、まだ大きな怪我なんかは治せない。仲間には大きな怪我をされるわけにはいかないんだ」
「前衛が怪我をするのは当然、みたいな言い方 するんだな」
「もちろん するに決まってるだろう。相手にするのは 友好的な生物じゃないんだから」
普段にも増して冷静な反論に クルトの方が言葉に詰まる。ポッチの言い分は正しい。そんなところが気に入っていたから、いつも一緒にいたのだった、が。
「そんな事も分からねぇで初心者パーティ組もうとしてたのかよ?」
「そら 全滅も目に浮かぶわな」
ディンゴの三人組に必要以上に煽られ、クルトもポッチの言葉を素直に受け取れなくなってしまっていた。
「ああ、そうかよ! それならお前は、そーいう奴らと組めばいいだろ!? 」
「おう、それがいいな! ちょうど俺らのトコ、回復役がいなかったんだ」
「え」今になってディンゴの三人組の思惑に勘付き、目線でポッチの意見を求める。諦めたように額を押さえ、ポッチは首を横に振った。
「……分かった。クルトも、役割分担のしっかりしている先輩方と組んでくれ」
「よし、じゃあ仕事もらいに行くか」「ボンボン、名前は?」お目当ての回復担当を得たディンゴの三人組は、もうクルトに用はないとばかりに ポッチを囲んで背中を向ける。そのまま仕事とやらに出てしまったのか、夜になってもポッチは部屋に戻って来なかった。
きっと一時的なもので、お互い 先輩《討伐者》に揉まれて 実力がついてからまた、パーティを組み直せばいいじゃないか。そう考え直し、次に組む機会を待つことにしたのだ。
――もう二度と来ることのない、その機会を。




