06
「最期にあなたが触れたものが、こんなに冷たい手で良かったのでしょうか」
エリオットはマリオンの手を強く握った。熱を失ったその手が握り返してくれることはもうない。
「何故、僕に時間をくださらなかったのですか」
与えられた限りある時間の中で、愛する人と共に老い、終わることのできる身体だったなら。
エリオットの脳裏に自分を作った老爺の顔が浮かぶ。彼が旅立った時は、これほどの絶望は抱かなかった。隣にはマリオンがいたからだ。
けれどもうエリオットは一人だ。自ら終わることのできない身体で、永劫、ただ存在するだけの虚しい塊となった。
温かな夕陽の差す部屋に、静かな慟哭が響く。
どれだけの朝と夜を繰り返しただろうか。気が付けばエリオットは、白く冷たい石の前に跪いていた。覚束ない動きで石に刻まれた愛しい名に触れる。
「――せめて、涙があったなら」
こんなにも冷たいあの人に、こうして触れていても、涙一つ流せないだなんて。
不意に、ポケットの中の懐中時計が、夕方を告げるオルゴールを鳴らす。何度も聞いた悲し気な調べは、エリオットの心にできたばかりの傷口に酷く沁みた。
音を止めたい。そう思っておもむろに懐中時計の蓋を開くと、折りたたまれた羊皮紙が膝の上にひらりと落ちる。
一見、何も書かれていないように思えた。けれど、そうではないことを、エリオットは知っている。
それに刻まれた文字を、震える指でなぞる。
指先に馴染んだ文字で綴られた言葉は、どんな慰めよりもエリオットの心を温かく包み込んだ。
『エリィ、私の一番最初のお願いを覚えてる?』
白い花が咲くように笑う、最愛の人の幼き日の姿がエリオットの脳裏に浮かぶ。
その願いは、確かに叶えることができたはずだ。
『とうとう君を手放せなかった私を許して。君がひとりぼっちになってしまうことはわかっていたのに。どうしても、独り占めしたかったんだ』
「……この髪の一本、吐き出す息の一つすら、僕の全てはあなたの物だ」
『今日も、明日も、永遠に愛してる。私の、私だけの、エリオット』
「僕もだよ。マリオン」
僕だけの、愛しい人。
『ねえ、エリィ。私の最後のお願いを覚えてる?』
白い花が散るように儚く、美しく微笑んだ最期の姿がエリオットの脳裏に浮かんだ。