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夢の中の強姦殺人鬼  作者: 立花 優
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第5章 夢と現実の境

第5章 夢と現実の境


 そう、夢の中での自分が正に真実の存在であり、現実の自分は単なる現実という干からびた3次元の世界にいるだけの事であると考えている植田教授にとって、眠れ無くなるのは、あの甘美な夢の世界に入れなく無くなってしまうと言う事になってしまうのだ。



 特に最近、夢と現実の境が、だんだんとボンヤリとしてきているだけに、まだ、現実の状態をしっかりと認識できるうちに、神田川梓とは決着を付けなければなら無いのだ。



 例え、その結末が、最悪の場合、彼女の抹殺と言う結果になっても仕方が無いのかもしれ無い。勿論、そんな事をすれば話は更に大きくなり、より自分の危険性が増す事になるのだが……。



 ただ、自分は、既に「夢の中」で2人の人間を殺している身である。そして、現実にも2人が既に死んでいる。もう、2人殺すのも、3人殺すのもそう大差は無いのだ。



 本当に、何か、良い方法は無いものか?



結局、植田教授の出した結論は、大手出版社G社に勤務している大学の同級生の吉川明を通じて、神田川梓に、せめて30分だけでもいいから私に会ってくれ無いか?と言うメールを送る事だった。



 この吉川は、学生時代、勉強そっちのけで女遊びで出歩いていただけに、試験近くになったら植田教授に試験に出そうな所を教えにもらいに、植田教授の賃貸マンションに転がりこんで来た程の仲だったから、無理な話でも少しぐらいなら聞いてくれて、何とか力になってくれそうな気がしたのだった。



 つまり、吉川の編集者としての顔で、彼女を説得さえしてくれれば、そうすれば、彼女に会って、自分の行った事の真実と、そもそもあの小説の前半部分の数々のエピソードをどうやって手に入れたのかを、自分の耳で確かめる事ができるのである。



 植田教授は、ほとんど可能性は無いだろうと考えていたのだが、吉川からの返事は意外なもので、1時間程度なら、東京都内の大手のホテルのロビーで会っても良いと言う返事だったのだ。



 そんな旨い話があるのか!



 しかし、これこそが千載一遇のチャンスであり、『彷徨える生殖器』執筆の真意が分かると言うものだ。植田教授は、直ぐに、身支度をして北陸新幹線で、東京へと旅たったのである。



 こうして、植田教授と、多分、自分をモデルとして執筆されたであろう推理小説の生みの親の神田川梓に会う事になったのだ。



 場所は、東京にある有名なホテルのロビー内にある喫茶店。時間は一時間以内。なお、吉川は何故かこの会合には来なかった。



 植田教授は、会う前から鬼のような形相の神田川梓を想像していた。かっての事件が、きっとあの小説を彼女に書かせる動機になったのに違いが無いと考えていたからだ。



ホテルに現れた彼女は、大きな鼈甲縁のサングラスをかけ、同色の帽子と、濃い茶色のスーツに身を包んで現れた。そんなファッションをされると、ちょっと見、誰だか分から無い。ホテルのロビーのテラゾーブロック(人口大理石)やシャンデリアが嫌に眩しく目に映える。



 だが、驚くべき事に、彼女は最初に会った時に、にっこり微笑んだでは無いか!



 あんな事件があったのにも関わらずにである。植田教授は、彼女の真意を測りかねて、急に、軽い()(まい)を覚えた。



 しかも、彼女は、この約1時間の会談の中で、実に驚くべき話をしてくれたのである。



「植田先生、お久しぶり。

 どう?自分がモデルになった小説を読んまれた感想は?」



「よくもまあ、あそこまで、私に似た人物像を描きだしたもんだね。感心するよ。ただし、私は、決してあの小説に出てくるような連続強姦殺人犯じゃ無い」



「それは、十分に分かってます。それに、石川県でおきた例の母子強姦殺人事件の実行犯も、もう調べあげてあります」



 あまりの、彼女の確信に満ちた言葉に、再び、植田教授は目眩を覚えた。



「……所で、この前の大学内での事件に関して、まず、もう一度誤らせて下さい。ただし、私には、その事件の記憶が全く無いのだけれども……」



「そうでしょうね。だって、あの時、先生はナルコプレシーに陥っていたから、多分、記憶が無いのは当然でしょうね。



 私が、あの事件の時、先生の異様な眠そうな目付きを見て、これは法的責任能力が問え無いと直感的に感じた事が、あの和解の最大の理由であって、たかが五百万円の現金に目がくらんだ訳では無いのです」



「と言われると、貴方は、私の持病でもあるナルコプレシーを既に認識されていたんですか?」



「いえ、本当は、その時は、まだハッキリとした事は分から無かったのです。

 ただ、私自身、大学在学中に推理小説の新人賞をもらって、それから次の2作品目も順調に執筆できたし、映画化やテレビドラマ化の話も来たので、すっかり一流作家気分になってしまって、大学は即中退。

 都内で新しいマンションを借りて、さて、第3作品目を書こうと思ったものの、急に、書けなくなってしまったのです。しかも、徐々に、夜も眠れずにいわゆる神経衰弱ノイローゼの状態になってしまった。



 そこで、雑誌やネットで名医を探している内に、J大学医学部精神神経科で今売り出し中の若手准教授の藤田一郎に見て貰ったのです。



 この藤田一郎准教授は、何でも、植田先生の小中高の同級生・同窓生だったとか。ご存じでしたか?」



 ああ!そういえば、藤田一郎がいたのか!



 植田教授は、全ての謎が解けた気がした。

 学校の成績は、数学以外は、植田教授が常に藤田一郎よりも上だったのと、現実の世界にはほとんど興味の無い植田教授だけに、藤田の事はすっかり失念していたのだった。



 しかし、彼なら、私のありとあらゆるエピソードを知っていた筈である。何しろ、小中高の同級生時代が8回もあった程だからだ。



 この時、植田教授は、藤田一郎の猛烈な悪意・憎悪を感じた。きっと、この私に嫉妬して、彼女に私のネタを提供し、さも私を陥れるような小説を書くようにそそのかしたのであろうと……。その推理は、一部は当たっており一部は外れていた事は後に分かるのだが……。



確かに、次なる小説が書け無いと彼女が泣くように訴えるのを聞いて、藤田准教授はある人物の話を例として持ち出したそうな。

 しかし、それはあくまで、小説の参考になればとの意味で持ち出したのであり、その時には、悪意や嫉妬は特に感じられなかったと言うのである。そして次のような話をしてくれたと言う



 それは藤田准教授が高校1年生の時に、植田教授(植田青年)と藤田准教授(藤田青年)は同じクラスであって、某日、やはり同じクラスの女高生が、机の上で財布を開けた所、小銭がバラバラと財布からこぼれ落ちたらしい。



 その時、植田青年は、あと百円玉2枚が、あそこと、あそこの机の下に転がっていったと指摘したと言う。半信半疑の彼女が冗談半分で見てみると、確かに2枚の硬貨が出てきたと言うのだ。



 植田青年は、単に、百円玉が転がっていくのが見えたからと言うが、その一部始終をじっと横で見ていた藤田青年は、植田青年と彼女の間には、机が3列もその間にあり、いわゆる完全な「死角」状態であって、絶対に植田青年には、その百円玉が転がっていくのを見る事は出来なかった筈だと考えたそうでなんです。



 この現象を不思議に思った藤田青年は、色々と本を漁って調べている内に、これは一種の超能力なのか、もう一つの可能性としてサヴァン症候群やアスペルガー症候群の症例の顕現では無いか?とそう推理したそうなんです。

 取り分け、藤田青年は医者を目指している科学者の卵であり、超能力だけは、いただけ無い。



 そこで医学関係の本を色々読んでいるうちに、実際にあったサヴァン症候群の患者の例ではあるが、マッチ箱からこぼれ落ちた数十本のマッチの音を聞いただけで、瞬間的に正確にその本数を当てた例があったと、ある論文に記載してあったのを、読んだと言うのです。



 そして、植田青年はいつも授業中にコロッと眠る事から、軽いナルコプレシーの症例もあるに違い無い、と……。



 それなら、これに夢遊病の症例を足した架空の人物像を作り出して、後は、あなたの想像力で、推理小説を書いたらいいのでは無いか?と、冗談まじりで言ったそうである。




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