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9/39

9:木陰の休憩

 

 ふああ……。

 ホヌ・マナマリエにいると時間の間隔がなくなってくる。


 朝はすっきりとした気持ちのいい空気が満ちる。

 昼は爽やかな熱気の中咲き誇るヒマワリや活動する人々が目まぐるしい。

 夜は夜空がまるで天の川のような満天の星を見せてくれる。


 どのシーンも絵になり、その時その時をめいっぱい楽しんでしまうんだよね。楽しい時間は早く過ぎてしまい、いつの間にかまた、新しい楽しみのさなかにいる。いつまでも終わらないお祭りに参加しているような気分になる──。


 そう伝えると、王様は笑ってくださった。


 カイル王子はホッとした顔をしていた。


 ホヌ様はたくさんニコニコしてくれた。


 けれど、


(ちょっと疲れたような……うーん……)


 ハッ!


 フェンリルが私のことを見ている。


 ジェニメロと夏島の文化見学に行っていたフェンリルが、こっちのグループに視線を配っている。

 その中の誰を見ているかわからないじゃない、って思う?

 わかるんだなあ。あんなふうに優しくも厳しい目を向けてくれるのは私に対してくらいなので。他の人に対しては、優しいか、威圧的か、どちらかだから。


 つまりお叱りがあります。私に。


「わ、私トイレに行こうかな」


「さっき行ったばかりでは……? 体調が悪いのかもしれませぬな!?」


 ノー! 王様、レディに対してそれは直接的すぎるのではありませんか!?

 ホヌ・マナマリエの王様は、ときどき、私のことを”冬狼”として捉えすぎるかんじがある。意思疎通のできる獣と見てるというか。人が獣になった、という順番ですからね?

 愛想を振りまいてはおりますが、ペットのようにされるのは心外ですよー。


 そんなことを考えている間にフェンリルに捕まった。


「エル、疲れている。回収。私、まかせて」


「……あれ!? フェンリル、その言葉……しばらく離れている間にここの言葉を勉強したの? 私にとっては少し聞きづらくなったけど、それは、習い始めの言葉を翻訳して聞いているからで、きっと夏の言葉なんだよね」


「そういうことだ。会話ができる方がいいだろう。私が伝えようとしたことが本当にそれなのだと、信用してもらえるから」


「今のはフェルスノゥ語なんだろうね。勉強熱心~!」


「どういたしまして。というわけでエル。休憩をしなさい」


「はい……」


 ぺしょん。と獣耳が下がってしまう。まるで首根っこをつかまれた子狼のように周りからは見えているに違いない。


 フェンリルが言ってくれていることはわかるよ。疲れているように見えるから、すぐに休むようにしなさいってこと。でも疲れているって王様たちに伝えたら、夏の影響のせいだろうと気を遣わせてしまうじゃない。そう思って言えなかったんだ。事情があることだけはわかってほしいなあ。


 手を引かれて歩いて、しばらくすると、フェンリルは「ふっ」と噴き出した。


「ふてくされた顔。とは、こういうのを言うんだろうな」


「えー!? そんなに顔に出ちゃってた? 仕事モードにするよう気をつけてたつもりなのになあ。あ、王様たちに背中を向けてたから見られてはないと思うけど。ええ、私フェンリルに、そんな顔向けちゃってたんだ。ごめんなさい」


「面白かった。だからいいよ。こっちも心配するあまり、上手くない物言いをしてしまった」


 フェンリルは繋いだ指先で私の手のひらの内側を撫でた。

 こっそりとしてるのは、きっと周りが注目しているからだ。

 この夏の島で、私たちのような薄い色彩の髪は目立つ。


 私が王様たちの視線を気にしたように、フェンリルも周りの反応を気にするようになっているんだなあと、ささやかな変化から感じ取れる。

 雪山からフェルスノゥ城にきた時よりも、春の国に言った時よりも、人々の生活を騒がせないようになっている。頼りになるなあ。


 私、一人で肩肘を張っちゃってたみたいだ。


 ようやく獣耳がひょっこり立つと、ジェニ・メロ王子がホッとしたような空気が伝わってきた。


 小さな双子にも気を遣わせてしまって、申し訳ない……。


「あのね。ごめんね」


「「はい、受け取りました。これにて一件落着です」」


 ニコ!としてくれた二人に甘えさせてもらおう。


「エル、涼しいところに行くとしよう。海辺の熱気に当てられた後、私が休憩させてもらったところがあるんだよ。静かで落ち着くところだから気に入るはずだ。人目がなくて、自然が豊かなところだから」


「それはいいねえ。どの辺り?」


「この建物の裏側に当たるところだ。暗すぎない日陰になっていて、いくぶん夏の気配が薄い」


「助かる~。なんかねえ、夏の空気は、高気圧ってかんじがして……空気が”ぎゅあっ”と元気がありすぎるんだよねえ。ときどき体がリラックスを欲してくるの。きっとフェルスノゥの静かな空気がたまに恋しくなってるのかな」


「なるほど。エルが言いづらそうな原因だ」


「そうなの。だって夏の島をとても気に入ってるのに、まるで嫌なことを語るみたいでしょ。ただときどき合わないだけなのに、すっごく気にさせちゃうと思うんだ」


「とくに夏の王族は評判を気にしてます」

「経済を重視するゆえかもしれませんね」


 ジェニ・メロの二人の頭の上に、ピコン、と電球が光るのが見えたかのようだ。

 いかにも、思いついた!といった顔を見せた。


「「先に行っていらしてください」」と言い残し、どこかに走っていく。

 すぐ戻ってきて、私に地図を渡す。

「「丸がついているところがお休みに適した場所です。では!」」……フェンリルだけでは辿り着けないと思われたようだ。

 二人はまた走り去った。


 案内をされる身分だったうえに建物の構造というものが苦手なフェンリルの手を、今度は私が引いて歩き、廊下をゆく。

 なんだかちょっと気分が良くなってきた。


「早足だが、大丈夫か?」

「フェンリルが近くにいると涼しいんだもん。元気になれるよ。やっぱりあなたの方が大きな冬の四季獣なんだよねえ。これからもいろんなことを教えてね」

「ああ、もちろん」


 フェンリルが歩いた足跡のところに、霜が降りている。

 彼もまた、夏の熱気に浮かれるようだ。



 日陰のある裏庭についた。


 そこはヤシに似た背の高い木がおだやかな影をかぶせてくれていて、このあたりで最も高さのある鐘の塔がちょうどよく日陰になっていた。

 ここでも空気はよく流れていて、小高い丘の上の方からヒマワリの香りとともにやってきた夏の風が、よどむことなくまた明るい日差しの方へと降りていく。


「すっごく気持ちいい場所……!」


 深呼吸する。


「そうだろう。しかし夏の民には肌寒く感じるそうだ。だから休むための椅子は、私たちのために用意したと言ってくれた」


「それで二つしかないんだ」


 しならせた木の皮を編み込んで作られた、バカンス気分になれそうな長椅子が並んでいる。座ると、体がわずかに沈んでフィットする。

 ふーーー、と私は長く息を吐いた。


 しばらく、二人で静かさを味わった。


 喋りたいことはたまっていたけれど、急がなくてもいいものだ。フェンリルもおそらく同じように感じている。隣で手を繋いでいるからなんとなく、お互いが落ち着いていることがわかる。


 夏のバカンスって、もっとはしゃぐようなものかと思ってた。

 パリピみたいに。って、ちょっと古い?


 仕事のために日向を走り回って、疲れたあとの夕涼みのほうが、私たちのハネムーンにぴったりだとは思いもしなかったなあ。


 夏の島の夕焼けは長い。橙と黄色が混ざった濃い光がゆったりとただよう。


 私たちは日陰にいるから、一足早く夜の中にいるかのようだ。もしくは雪降る冬の昼はこんなかんじだった。フェンリルが降らせてくれる伝統的な雪雲の方ね。それはそれで、冬の民には落ちつくふるさとの姿なのだと聞いたし、遠く離れた今だからこそ、私にもそのような実感がある。


 とりとめのないことを考えているうちに、かなり回復した。


 ごろん、と姿勢を変えてフェンリルの方を向く。


「眠っちゃうかと思ったけど、うとうとしたりしなかったな。夏の日差しの下で眠くなりかけたことがあってね、それは、水分不足でそうなっただけみたい。おっと、ちゃんとすぐに給水したからね?

 私はやっぱりフェンリルの毛並みの中でないと安心して眠れないみたいなんだ」


「それは特別な気分だ」


 目を合わせた時、二人とも微笑んでいた。

 優しい人が同じ気持ちで私の隣にいてくれる。その人と同じところを見て頑張っていけばいい。リフレッシュと情熱を兼ね備えられる、実にいい居場所だと思います!……照れてます。そりゃそう。ね。


 フェンリルは私の頬に口付けて、立ち上がった。


 遠くのほうに手を振っているみたいだ。


 なかなか立ち上がらなかった私のところまでやってきて、顔が赤くても夕日のせいでわからないよ、とよくわからないフォローをしてきた。


 夏に浮かれている……というか、夏らしい口説き文句などを覚えてきてしまったようだ。くうう、私の心臓がもたなくなるぞ。


 ふらふらと追いかけて、二人で裏庭の日陰から出ていくと、ガーデンではさまざまな色の布が人の手で大きく広げられていた。低木の上をすべて覆うほどの量だ。行っているのは使用人らしき制服の方々と、伝統衣装を着た踊り子さんや、思い思いのかっこうをした街の人たちもいる。


「「フェンリル様、冬姫エル様、ようこそ」」


 フェルスノゥ語で、ジェニメロが案内してくれる。

 フェンリルは彼らに手を振っていたみたい。


 ようこそとは言ってもこの布地は完成ではないんだよね? と言いそうになるところ、口をつぐむ。


 もしこれで完成間際だったらどうしようと思って。

 どう見ても途切れた布だけども。


 あー、事前に風土の勉強ができていないから、こういう焦りに繋がるんだよね。反省反省。でもハネムーンだからこれくらいゆるい方がいいのかな……?


 私の疑問をどこかに飛ばすように、双子がウインクする。


「夏至祭をするそうです」

「三日かけてしたく、夏至の当日にお祭りがあり、三日かけてしまうのです」


「うーん、でもそれにしては……?」


 私は、フェンリルの服の袖をくいっと引っ張る。

 私が話したら勝手に翻訳されてしまい周りの人に聞かれちゃうから。フェルスノゥ語で頼みたい。


「それにしては、忙しそうにしているように見える。三日ともこの調子で急ぐのだろうか」

「気になりました?」

「そうですよね?」


「それぞれの仕事が終わってから、夕方から夜にかけて作業をするそうです。そこが大急ぎで三日かかる」

「商売繁盛を大事にする夏の民らしいといいますか。営業を休まないんですよね。それが伝統的なサマータイムではない自覚はあるそうでして……」


「「外国の方になら相談しやすいかもしれませんよね!」」


「じゃあお手伝いしに行こう。どちらにせよ人手はいるようだし」


 なるほどね。

 お誘いが巧みだから笑っちゃうな〜。


「なるほど。私とエルに二人の時間をくれること。自分達が調査と恩を売りにいけること。うまく組み合わせて見せたものだ」


 フェンリルは二人を私よりも深く理解していたようだ。


 布同士が糸で繋ぎ合わせられると、ふんわりと宙に浮かぶ。

 作りかけの気球がいくつもあるような、面白い光景だ。

 これを使ってなにをするんだろう。どういう伝統を表すために、この形になったんだろう。

 おそらく楽しいことなのだろうということは、作業をしている人たちの笑い声から察することができる。


 私たちが手伝いに入ると、わあっと歓声が上がった。







読んでくれてありがとうございました!


少し息をつけるような話でした。

楽しんでもらえたら嬉しいです₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑


1月25日のコミカライズはおやすみです。

次のお知らせをお待ち下さいませ〜(。>ㅅ<。)




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