8:踊り子と雨
常向日葵が段になり咲き誇る花畑。
からりとした夏の熱気がそこにとどまっている。
今日はあまり風が吹かない日みたいだ。
日本とは違うなあ、と感じる。
日本の夏は高温多湿だからじっとりと、汗はなかなか乾かない。ホヌ・マナマリエ島はハワイのようなバカンス地の雰囲気で、観光客の人たちの服装もさわやかだ。
日差しが強いから帽子や日傘を被ってはいるものの、汗をかいている人は少ない。というか、かいてしまってもすぐに乾くからかな。垂れてくるということがない。
首元が快適だ。
「エル。ねー、ねー」
ホヌ様が私を呼ぶ。
彼女が案内役だ。今日は島のさまざまなところを歩いて、あたたかすぎたり冷たい気候のところはないだろうかって探すための日。今のところ、調子が狂っている場所はないみたい。
ホヌ様はたまに立ち止まる。
そして大気を全身で感じるみたいに伸びをする。
そのまま、ふと、後ろを振り返ってみたりする。
聞いてみると、
「んー。カイルがいる時には、危ないですからって支えてくれたりするんだけどナ」
だって。
つまり、いつもついてきていたカイル王子がいないので、気になっているみたいだ。
カイル王子はあれからホヌ様に近寄らないようにしているみたい。
せっかく、王様が彼らの恋路に口を出さないようにしてみようって言ってくれたのにな。
なんて私が考えるのは余計なお世話以外の何物でもないんだけど、じれったくて、もどかしい。じりじりと焦げるように気になっちゃう。
どうするのが一番いいんだろう。
ただ彼女らの勇気と気持ちに任せておいていいんだろうか。
それでお二人が、納得のいく未来に繋がるならいいけれど。
あまりに避けているようなので、私の悩みは尽きないのだった。
「あ、熱妖精。原生林におかえりなさいネ」
「熱妖精って呼ぶんですね。春では緑妖精、冬には雪妖精なんです。その季節に現れる現象の名称で呼ばれるのかなって思っていました」
「んー?」
「ホヌ様?」
「ぼーっとしてた。そういうことなのネ。春は草花の芽吹き、冬は空の水が雪になる。夏は、さまざまなものが熱をはらむ」
ホヌ様のきれいな瞳が、一瞬、燃え上がったように見えた。
もしかして。
「木陰で休みましょう。商店街の裏側に連れて行ってもいいですか?」
「わ! それは狼の脚? すっごく速く走れちゃうのかな」
「そうでーす。体感したい人ー?」
「人?」
「四季獣さーん」
「ハーイ♪」
ふんぬっ! とホヌ様を抱き抱える。
私はこの半獣人の姿になっている限り、成人男性よりも力持ちになれてしまうのだ。
とはいってもホヌ様の細い体つきのどこにそんな重力がと思うくらい、重かった。けして硬くはないハリと弾力のある肌の奥に、何が詰まっているのかと思うくらい。
彼女と木陰で休む。
不思議そうな顔をしていた。
説明するよりも前に、まずは私の手のひらをおでこに当てて冷やした。
「気持ちイイ〜」
「さてはホヌ様、ずうっと気候の調節をしていましたね。おかしいと思ったんです。どこに行ってもあまりにも、気候の揺らぎがなさすぎる。それにホヌ様は詳しく話すこともできるのに、興味がありそうな話題までスルーしちゃっていたし」
「エル、好きそうな話題まで、チェックしてたのネ」
「そりゃあもう。人と親しくなりたいなら、相手のことを知ろうとする姿勢からですもん。私はホヌ様と親しくなりたいですよ」
「嬉しい」
ポン! とホヌ様の頭にヒマワリが咲いたのですが。
えい、とそれを抜いて地面に刺すホヌ様。
そんな仕様でヒマワリ増えてたの!?
「常向日葵は夏のエネルギー。これがあるから気候を保つのだってむずかしくないよ。最近はあまり咲かなくて、だから港の近くには数が足りなくて、足を伸ばしてもいるんだけどね。エル、イイことしたね」
よしよし、とホヌ様が私の頭を撫でている。
そして少し込み入った話をしてくれた。
彼女の心の琴線に触れたことで、距離が近くなったのだろうか。
それはもう、頬がむぎゅってするくらいに距離を詰められた。小声で話そうって内容だってことだけどね。
「若い頃は何もかもが新鮮で、あらゆる時に嬉しくて、熱の花を咲かせることができていたの。花が増えすぎていたから周りの国々にも分けてあげていたくらいに。でもここ近年、一年に数回しか咲かなくて〜」
「当たり前にできていたことほど、なぜできていたのか分からなくなって、困っちゃうことはありますよね。
どんな時に成功したかってメモがあるといいのかなあ」
「カイルが近くにいるときによく咲いていたの」
「おおっと」
「だから、喜ばせて欲しくって」
「ちょっとわかるかも。さらに、喜ばせてほしいってところはずうずうしいかも、ってガマンしちゃうような気持ちもありますよね。私もです」
ホヌ様は、髪の毛先をくるくるといじっていた。
私の同意に弾むように頭を上げて、きらきらの目で見つめてきた。
「そう、そうなの! だから今日はついてきてくれないんだなあって」
「私の腕を貸してあげましょうか。慰めになるか分かりませんが。これって面白い?」
「面白い〜! やるやる〜」
ホヌ様は飛びつくみたいに腕を組んで、楽しげに歩いた。
彼女の方が背が高いから、私が引っ張られているみたいになったけどね。
さて。
後ろから視線を感じるわけだけど。
早く思い切ってくれないと、勇気を出してくれないと、あなたの大切なホヌ様の隣のポジションを誰かに取られちゃうかもしれませんよ?
おそらくカイル王子であろう視線を感じたけど、王様と同じく、私ももうちょっと見守ることにしましょう。
待つのも気力がいるんだね。
どうにか介入しなければって進んでいた春の国とはまた違った緊張感。
「ホヌ様だ」
「静かにっ。踊り子様、踊ってー」
商店街の屋根の下、小さな子たちが手を振っている。
踊り子様? とホヌ様に尋ねた。
どうしてホヌ様って呼ばないのかは、おそらく、外国の観光客の集団が近くにいたからだ。隠してあげたのだろう。
観光客は少し尖った空気で、この島の空気に酔って気が大きくなっているようだ。この環境なら私だってホヌ様を気遣っただろうな。それが自然にできるようになっている子どもたちは、さすが夏の民だ。
きれいな黄色の爪先。
ホヌ様は、十字路の真ん中に置かれた祭壇のようなところに駆けるように走っていった。そこがもっとも注目を集められて、誰かに手出しをされることはなさそうで、かつ、周りの大気の通り道になっているところだった。
いわゆるパワースポットというか、ね。
「あそこでホヌ様が舞って下さるためのところさ」
私の隣にやってきた商店街の夏の民が、教えてくれた。
フルーツ氷を披露した近隣のお店の人だ。人柄はからっとしていて安心できる雰囲気がある。
おそらく私はこの人に託されたのだろう。
ホヌ様は天真爛漫なようでいて、いつも周りのことを気にしている。
ホヌ・フラの柔らかい動き。
ホヌ様が舞えば、まるで神秘が降りてきたかのような神々しさがある。金色の髪は光そのものみたいだった。
きっとあまり時間が経っていないはずなのに、ものすごく長く魅せられていたような感覚がある。
ぼうっとしているうちに、ホヌ様はまたしても私のところに戻ってきていて、お礼の投げキッスを店番さんに送り、フルーツを冷やしていた店のお水を借りて薄い水のサーフィンをして商店街の横道に入っていく。
「ふー、これでよし。ホヌ・フラを見た人は心があったかくなるんダヨ」
「はい、すごく、ぽわぽわ、してます」
「エルにも効いちゃった。ふふ」
私の体に流れている冬の魔力は、今、夏のあたたかさに適応している。髪がうっすらとした白金色になるくらいに。その”夏の部分”がホヌ様の動きに反応したみたいだった。彼女は確かに夏の大精霊なんだ。
ということを、頭がぽわぽわしたままのニュアンスで彼女に伝えた。
伝わったとは思うし、喜んでくれたけど、ヒマワリは生まれなかった。
じゃあさっきは、どこに喜んでくれたんだろう。
ホヌ様は、何に喜ぶ人なんだろう。
まだまだ仲良くなることが必要そうだ。
「あ、ホヌ様ー」
「お・ど・り・こ・様、でしょっ。さっきはありがとー」
子どもたちがめざとく見つけて寄ってくる。
いつも似たような退避の仕方をホヌ様がするかららしい。
「あのね。振り付けちょっと間違ってたよ」
「あちゃー」
知ってた。夏の民はけっこう厳しいのだ。
商人の雰囲気を知って育つ子どもたちもきっとそう。
よかれと思って、自分が気づいた注意を、ホヌ様にまで伝えてしまう。
ホヌ様ももともとは夏の王族の姫だった。
だから己に厳しいところがある。指摘を聞いたらすぐに直そうとして練習をし始めた。
夏の夕立。雨の足音。
雨に降られてヒマワリ畑を走る私たちは一生懸命で、ふと見かけたしおれた常向日葵を気にかけてあげることができなかった。
私はせっかく気づいたのに、雨に降られたから水を吸って元気になるでしょう、とそれだけですませてしまったんだ。
読んでくれてありがとうございました!
12月25日のコミカライズ更新はありません。
来年初めに向けて頑張ってくれていますので、お待ちください〜!(。>ㅅ<。)
今月のお話はほんわかとしつつも、先の要素をちりばめました。エルたちたともにしばらく夏島を冒険して行って下さいね。
今年もありがとうございました₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑♪