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6:ヤシガニ採りは楽しい

 

 ボアナちゃんと、ホヌ様と、ヤシガニ採り!


 連れて行ってもらったのは内海うちうみのあたり。


 ホヌ・マナマリエ島はまるでお月様のようにくるりと丸まった島の形をしていて、もっとも土地の面積が大きいところが観光客を呼ぶための土地。丘を上がっていくと高いところに王宮がある。

 そして真ん中にあるのが内海うちうみ──海からの海水が流れ込み、白砂が敷かれている。ホヌ様が四季獣の姿に戻って、日光浴をするところでもあるんだって。


 夏の太陽を浴びる島でありながら、島の形は月のようだなんて。

 なんだかロマンチックだなあ、と思った。


 そしてヤシガニがいるのは、内海うちうみがわずかに見える手前のところ。波で削られた岩がいくつもの柱になっているようなものに、濃い緑のツル植物が絡まっている。葉っぱは大きくてあたりに影を作っている。

 ここに、ヤシガニがいるそうだ。


「ボアナ、上手。ヤシガニ採リ、上手!」


 ボアナちゃんが「シャキン」と取り出したのは絶妙な長さの木の枝。杖くらいの長さの流木。


 これを、砂の上でゆっくりと動かす。すると、サアーー……サアーー……と何かが動くような音がしてる。


(あ! ヤシガニのハサミが出てきてる?)


 ボアナちゃんは、ヤシガニのハサミの根元に「エイヤッ」と枝の先っぽの曲がったところを引っ掛けた。すると、ハサミがちぎれた!


 ヤシガニ本体の方は、奥に逃げて行っちゃったみたい。

 ジャブジャブと水たまりを走っていく音がする。


 ボアナちゃんはハサミをひろうと、得意げに私の方に持ってきた。

 彼女の顔くらいもの大きさがある!


「す、すごい。これって食べるために狩るんだよね?」


「至極当然!」


「ゆでカニとか美味しそうかも。身が詰まっていそうだし。……けれどここにい続けて大丈夫? こんな大きなハサミに挟まれたら、私たちも危ないんじゃ……」


「ヤシガニ、獲物ニスル、浅瀬ノ魚。ボアナ、食ベラレナイ」


 きょとんとしながら首を傾けているボアナちゃん。

 長い説明は苦手みたい、っていうか、それを当たり前として生きてきたから、それを知らない人に向けて説明をするのに慣れていない……って感じかな?


 私に伝わっていない感じは彼女も自覚があるみたいで、なんとか言おうとしてくれてるんだけど、何度言い直しても、さっきの言葉以上の情報は出てこないのだった。


 困ったな。

 もしここにい続けるのが危ないなら、早く去ったほうがいいはずだけど……。


 ホヌ様がひょっこりと私の肩に顔を出し、囁く。


「エル、案内が必要? なぜヤシガニはボアナたちを食べないのかしら? それはヤシガニが苦手な音を発するシーガラスのアクセサリのおかげ。シャラシャラ、まるで天敵の”鎖ウミヘビ”のようでヤシガニたちは逃げていく。

 けれどハサミ以上のものを取ろうとしたら駄目。グループで報復をしにくるから。ヤシガニのハサミは驚くほど早く育つ回復資源。ヤシガニのハサミ、採りましょ♪ ヤシガニのハサミ、採りましょ♪」


「ホヌ様の言い方、わかりやすくて詳しいです。ありがとうございます」


「ムー!」


「ボアナちゃんも教えてくれてありがとうね」


「……ボアナ、スゴイ。ホヌ様、スゴイ。オソロイ。許シタ」


 機嫌を持ち直したボアナちゃんは、再び同じ仕草をして、ヤシガニのハサミを採っていく。


 ヤシガニが近寄り過ぎたら、ステップを踏むようにすると、シャラシャラと音がして、びっくりしたヤシガニが逃げていくんだ。ハサミを拾う。

 大きく成長したハサミのみ、4つほど集まった。

 もしも現れたヤシガニのハサミが小さければ、ボアナちゃんは見逃している。


 なるほど、回復資源!


(エル。あの説明したこと、言わないでネ)

(……? わかりました。事情があるんですか?)

(ン。あの説明は王族たちが話していたこと。それをボアナたちが聞いちゃうと、きっと気分が曇り空になる……カナ……? どうだろう……)

(合っていると思います。離れたところから噂されたらいい気がしないことはありますからね。ホヌ様のお気遣いはすてきです)

(! ンフフ。ハッピーサマー♪)


 ホヌ様はくるくる踊り始めた。


 私に判断をしてもらったから安心した、というふうに見える。同等に話せる相手がいなかったから、初めて判断に同意されたのかも。


 私がこの島にいる間は、できるだけホヌ様の話し相手になろう。


 でも一番ベストなのは、この島で暮らし続けていく人が、ホヌ様と対等な友人になれることなんだろうけどな……。


「アッ……ヤシガニ、踊ッタ。ホヌ様〜」


 ヤシガニは大精霊につられたみたいだ。


「しまったしまった。ついつい」


 ごめんなさい、をホヌ様は、恩恵を与えている人々相手に言うことができない。


 うーーーーん!

 悩むことはあれど、まずは、ヤシガニを食べようか。せっかくのお誘いだしね。


「二人とも休憩にしましょう。そのヤシガニを食べるとしたら、どこで食べるんですか?」


 二人に連れて行ってもらったのは、ハイビスカスのような花が咲いている浅瀬のはしっこだ。ここはなんだか、春のラオメイの春龍様のすみかへ行くところと雰囲気が似ている。冬のフェルスノゥにとっては雪をかぶったツリーのトンネルのような。

 その土地がつかさどる四季の魔力が濃いところ、だ。


「さて。ここで食べ方について私から提案があります」


「提案?」

「ナニ? ナニッ?」


「ヤシの木の葉でくるんで蒸し焼きにするのはどうでしょう。あらかじめ甲羅に割れ目を入れておいて、そこを上にして包む。生の葉っぱは焦げにくいからじっくりと火を通すことができるし、きっと二人もお好きな香り。

 でも、土地の風習としてダメなら先に教えてもらえると……」


「「ヤルーーー!」」

「それは良かった」


 ホッとした。

 とくに問題はないみたい。

 ホヌ様もボアナちゃんも興味津々という雰囲気。


 ふだんは、ヤシガニのハサミはそのまま火あぶりにするか、お刺身のように生で食べているみたい。けれど生では身が固くて子供にはかじりにくく、火あぶりだと殻を焦がしちゃったり水分を飛ばし過ぎてパサパサすることもあるんだとか。

 うまく焼くことができるのは、ボアナちゃん一族のいいお嫁さんの条件になるそうだ。


 だから、ボアナちゃんは予想以上に乗り気だったのか〜。


 そんなことを少しずつ会話して、ゆっくりと、彼女たちの生活のイメージをつかんでいく。


 仕事の顧客相手にすることと一緒でもあり。


 友達になるならまずは関心を持って、嫌がられない範囲で、知ろうとすること。

 日本にいた頃の私が苦手としていたことでもあり、フェルスノゥの冬姫エルとなってからやり方を身につけたこと。


 フェンリルに教えてもらった包み込むような話術は、いつのまにかホヌ様とボアナちゃんの口を滑らかにしていた。



 ──そろそろ、いいかなー。


「おーっと。”そこに迷い人がいらっしゃる”ようですよー。お腹が空いていて近くに来ちゃったのかな、よかったら一緒にヤシガニを食べますかー?」


 私は茂みを指差す。

 びくり、というように、がさっ、と揺れた。


「そうナノ? お食べお食べ、真夏の子。夏の波がキミを誘ったのでしょうから」


「ボアナ、焼クノ上手! 気分イイ、食ベテイイ」


 先に賛成をもらうことができました。

 となると、出てこないわけにはいかないですよね?


 草むらから、そろーっと出てきたのはカイル王子………………のはずですが。

 さっきから匂いを感じてたんだ。王宮に植えられていた常向日葵トコヒマワリの香ばしい香り。葉っぱはミントのような爽やかさだから、匂いが混ざった王宮の花畑は真夏のカクテルのようだった。


 だから間違いはないはず………………。

 なんだけど……。


 ほっかむりのようなものをかぶって鼻の下で縛っているおかしな格好の青年が出てきた。


 うわあ。おそらく……”堂々と正体を晒してもめるより、ピエロになった方が得”と商人らしく算段して恥を捨てたんだろう。見た目のバランスが悪くて絶妙なかっこわるさだ。


 なんか、ごめんなさいね……。

 まさか、そこまでするとは思わなくて……。


「……ヘンナ人、迷イ人? ヤシガニ、オ食べ」

「ンフフ。ハッピーサマーサンシャイン♪」


 ボアナちゃんは純粋に”おかしな格好をした人だけどお腹をすかせてこっちに来たから”とヤシガニを勧めている。口にねじ込むのはやめてあげてね。


 ホヌ様は、わかっていながら状況を楽しんでいるみたいだ。さっきの内緒話をしたことについても察したけど、ホヌ様は場の空気をきちんと読める。頭の回転が早くて、それを町の人を想いやるために使っている。

 今はきっと、二人が揉めないために。


「一緒に食べましょう。心配いりません。美味しいですよ」


 私は苦笑しながら、カイル王子にヤシガニをつまむ箸を渡した。マイ箸をいくつか常備しておりますので。


 カイル王子は箸を使ったことがあるみたい。

 器用に二本の細い棒をあやつり、カニを食べることができている。


 そして夕日が沈む頃、ボアナちゃんは内海を背にして大きく手を振ってくれた。

 赤くて大きな夕日。

 彼女を逆光にしながらあたたかく包むような。


「ホヌ様、エル、ヘンナ人。イイ日、ママガイイネ。マタネ!」


 野生の生き物みたいに木を登って、島の後方に茂っている原生林の森に消えていった。



 ふうーーー、とカイル王子がため息を吐く。


 くすくす、私とホヌ様は声を抑えて笑った。


「カイ……」


「まだ名を呼ばないで下さい。あちらの森から視線を感じる。見られているし耳をすませていますよ」


「!」


 何が、だろう?


 感覚を研ぎ澄ませてみると、たしかに、原生林の影の濃いしげみから、誰かがこちらをうかがっていた。ヒトの目だ。


 どうしてこれに気づかなかったのかといえば、まるで自然に溶け込んでいるかのような視線だったから。たとえば、小鳥や虫に見られていたってそれを意識することはない。そんな感じ。

 敵意はないってことでもあるし、けれどその目は私たちをたしかに見ている……。


「あ、あれの正体、知ってるんですか?」

「ええ。場所を変えましょう」


 カイル王子を先導にして、私たちは島の市街地に歩いていく。

 ふと、ホヌ様が私の手を繋いでくれた。心配ないよというように。

 彼女もなにかわかっていそうだけれど、彼女から言うつもりはないみたい。


「ボアナが所属する島守人グループの、長でしょう」


 商店街が見えてきたところで、いろんな人が座ったのであろう曲線の表面になっている大岩のところに私たちを導いたカイル王子は、きれいなハンカチを岩に敷いてくれた。うながされるままそこに腰掛ける。


「心配で様子を見ていたのです……。あの内海をはさんで、前方と後方で暮らしが大きく異なります。私たちは解放都市を、彼らは原生地域を守っている。それぞれ暮らしのルールが違うので、踏み込みすぎると揉めてしまう。

 内海まではよかったものの、そこから先に行くようなら止めるつもりでお二人を見守っておりましたよ。正直、耐えておりました」


 いつの間にか王族としての話し方になっていく。

 商人としての気軽さが抜けて、眉間も険しくなった。

 私はぺこりと頭を下げる。


「ごめんなさい。心配をかけてしまって」


「え……ええと、いえ、謝罪をされるようなことでは。こ、こちらこそ申し訳ございません。行ってもらってもいいと伝えていたのに、過剰な心配をして」


 青ざめるカイル王子を見ていて、気づいたことがある。

 彼は、おそらくフェンリル族が人と普通に話してるのを見ていて、私に接するときには”人を相手にするような”雰囲気に調整してきていた。けれど夏の王宮の人たちは大精霊を”保護観察”しているようなところがあるから、地元の調子に引っ張られている。

 かしこまらない彼の方がいいんだけどな。


 おっと、ホヌ様と目が合った。

 なんだかイタズラっぽい顔をしている。

 あ。カイル王子の耳元で……


「ごめんなさいネっ。心配をかけてしまって」


「ホヌ様!? そんなことを仰らないで下さい……!」


「ごめんなさいネ、ごめんネ」


「あっちょっやめっ」


 一度断られたから配慮したのかホヌ様は、どんどん距離を詰めてささやいて遊んでいる。

 おおっとーー。

 カイル王子の顔がみるみる赤くなっていく。

 ヒューーーー。


 これ、恋では?


 ホヌ様、あのですね、ここに恋があるのでは?


 何かが走ってくる音がする。内海の方からだ。

 振り返ったらどうみてもボアナちゃんの一族の人が全力疾走してきてる。なぜだ。


「何シテル!? ホヌ様ニ、無礼ダッ!!」


「はあ!? こちらから無礼を働くはずがないが!?」


「許セン!!」


 カイル王子と夜の守人族は知り合いのようだ。


 声を聞く限り青年か若めの男性。

 誤解しているうえに聞く耳を持たないようで……。

 あの、ホヌ様のためにこの熱烈な勢い、もしかしてこれもまた……恋では?


 そして夏に似つかわしくない涼しい風が吹く。


「やあエル、迎えにきたよ。オマエたち、エルがいる前でなにを騒いでいる。その気配、もしやエルに恋慕などしていないだろうな?」


 フェンリルがやってくる。

 言葉聞き分けられてないから誤解がひどい。



 も〜〜めちゃくちゃだよー。

 とりあえずフェンリルには落ち着いてもらいました。


 あとは男子二人に喧嘩腰をおさめてもらわないとね。

 どんどん早口になりお互いの方言がきついから誤解も加速してる。

 ここは通訳をしましょう。





読んでくれてありがとうございました!


意外にもホヌ様の見たいものは近くにあったみたいです。けれどスッと結べるようなものでなく、仮想や憧れやさまざまな感情を含んだもののはず。

生活上どのような収まり方になってゆくのか、尋ねるようにしながら書いていこうと思います。


コミカライズは11月更新に予定が定まりました。


また連絡しますので、そちらも機会ありましたら、見てもらえると嬉しいです!


今週もおりかえし(かな)

お疲れ様です₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

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