42:決勝戦ビーーム!
(完全に目くらましだ。この決勝戦は!)
自分は帝国のダンドン。
だというのに……ずいぶんと都合の良いコマとして扱われている。
正直なところ、そのような小手先の技は、祖国の策略でうんざりするほど腹いっぱいだった。
(普段ならば、ただ誰かの指先につままれていると思うだけで反発したくなる。だが、今回はなかなかどうして、腹が立ちきらない……雄大な自然が相手だからなのか……)
天上の太陽の周りには熱の嵐。絶えず形を変える豪速の雲と、熱による虹色の輝き。おそらく帝国にいる学者のどれもがこの現象を解明などできないだろう。
夏の大精霊のごきげんしだいで、たやすく観測ルールは狂う。
このエネルギーを真正面から受け止めようなどとカイル、あいつ、正気じゃないな。
まさしく恋に狂っている。
なんにせよ四季の民、旬の魔力というものを、ひりひりと感じさせられる。
この自然の脅威を前にして、しかし、聞いておかねばなるまいーー。
決勝戦ともなれば、全員が注目する中、コートの中央には”夜の守人族の長”がゆうゆうと進み出てきたので、ともに拳を交わす。硬く、握ったげんこつを触れさせるのは、誰に言われるのでもなく互いにそうしていた。
観客の子どもが、「決勝戦ってああするんだ! かっこいい!」とはしゃいだ。
力が抜けるなぁ。
もう一発、盛り上げてやるか。
「勝ってしまってもよろしいんだろう?」
威圧的に言ってやると、長は眉を跳ね上げる。
これまでの様子からして、相当頭が切れる相手である。こちらの言葉の選び方と表情から、多くを読み取った。
言葉の外に含めた意味としてはーー
(帝国のものがこのような見せ物にされて不快だぞ)と、同時に、(本当に自分たちが勝ってしまってもいいんだよな……?)という不安感だ。
「真夏の民の動きを見せつけてやる。良い土産話になろう」
彼は乗った!
大した度胸だ。
自分もまた言葉の外に含んだ意味を受け取ることには長けている。帝国付近のごちゃっとした小国群で育てばそうもなる。
(こうだろう! 結局どれだけダンドンが張り切っていようが、暴力的だろうが、怒っていようが、全力の真夏に勝つはずがない)と。この挑発は長の怒りのパフォーマンスだ。……表の国王と闘えなかったことを、こっちに向けてきていやしないか? 内部の八つ当たりをされるとはな。……光栄だ。それならば我が顔が記憶に刻まれるということだ。これからのアクションは考えていないが、いずれ夏の島へ影響を及ぼしたい場合、これほどいいコネもあるまい。
(真に全力でやれるのか。おお……!)
スポーツは正直好きではなかった。
自分のこの恵まれた体格を持ってすれば、必ず圧勝し、ときに怪我を負わせることもあるからだ。
長は、そう容易く倒れないだろう。しなやかな野生動物に似た筋肉と、体に満ち溢れるほどの夏の魔力をみなぎらせている事は、殺気立つ雰囲気から想像できる。
わずかに嫉妬を込めて思う。
(しかし、ずるいな。僻地に住んでいるというだけで、このような特別な力を得られる人間がいるなんて)
自分の恵まれた体格はそっちのけで、そう思う。
遠慮なく思うことができるのは、相手が大人げないからだ。笑ってしまいそうなほど本気すぎる。マジでこっちへの八つ当たりをする気だ。
こうやって、公式の場があり、激情をぶつけ合うことが許されるのであれば。
島表と島裏の大将たちは、来年にでも、わかりあうことができるのではないだろうか。
雪だるま状態から脱出した国王は、ジオネイドとコーラルとともに話し合っている。
そう、ああやってね。
とまあ、自分が思考を早く巡らせている間、現実的なところに意識を戻すとーー睨み合っていた。長とずっと睨み合って動かなかった。あちらも、決着がつく前の今のうちに、己の内面と向き合っているのではないだろうか。
雰囲気はどんどん鋭くなっている。
……おっと、本当に殺し合いにならないよな?
……夜の守人族は島裏にたどり着いた船は沈めてしまうくらい容赦がないのだ。
ふと……。
コートの上までふわふわと浮かんできた雪玉が、パチン! と弾けた。
雪のかけらをともにくらい、二人の大男は面食らって、審判殿を見る。
((絶対あの方のしわざだ))
「リーダーのお二人ともー! 顔が怖くなっていますよ! 楽しい夏のお祭りなんですからね。来年からも続くんです。怖くてもう見たくないって思い出にせず、楽しくてまた来年が待ち遠しくなるお祭りに、してくださいよね!」
にこやかに彼女が言うので、
「本気の勝負をするのではなかったのかー?」
少しすねたように長は尋ねるが、
「さっきの言葉の応酬を聞いたら、私がちょっとぐらい空気を和ませたって、本気で戦ってくれると信じられましたからね。ね、そうでしょう! ”あなた”も楽しみにしてるもんね?」
「ウン! 夏がきたよー!」
なんと……ホヌ様の肩を抱いてみせた後、腕を振るパフォーマンスだ。
夜の長はため息をついて沈黙するほかない。そして不敵な笑みを浮かべる。
観客は沸き立った。
自分の祖国のサッカースタジアムばりに夢中の応援である。もはや怒号。
ーー視界の端のどこにだって、もはや他国の老人たちは見えなくなっている。もみくちゃにされて逃げ出したか? 島から逃げる算段がついたため作戦に移ったか?
いずれにせよ、彼らの負けであるのだろう。
あまりにも夏の熱気が心地よい。それでいて、油断をしていない。晴れやかなプレッシャー、最高潮の体調。このような流れをまとうものが最悪の結末を迎えるとは言い難い。自分たちが商売を始める時は勝ち筋が見えたときだが、目の前のこの島民相手に何かを仕掛けようとはまったく思えないのだ。たとえ実力差があっても時の運を掴むのはあのような雰囲気のものたちだ。
(知らなかったな。冬と夏がこのように手を取り合えること)
王宮でくだを巻いていた老人たちは、おそらく、若い冬と若い夏をくっつけたくなかったのだろう。
あの者たちが、いかに適切に裁かれるか。
後はそれが、冬と夏の仕事になるのだろうな。
さぁ、バカンスだ。
決勝戦を楽しもう!
ああぁぁどうしよう。
気球のあたりから不穏な音が聞こえる。
どうしようでもないんだけどぉ。
私はホヌ様とつなぐ手にきゅっと力を込める。
フェンリルからは、何度も教えられている。
自分たちは、あくまで自然に過ぎないこと。
暮らしている人や動物が、できるだけ健やかにいられるように、環境を整える存在であること。
直接物事を願えば優先して叶えられてしまうので、結果として自然でも社会でも交友でもバランスが乱れること。
若い冬姫であるゆえに、まだ縛るものは少ないけど、体のバランスに気を付けることーー。
でも、知り合いの人がもしかしたら傷つくかもしれないとなれば、心のあたりがビリビリする。
これを捨ててしまえなんてフェンリルは言ってない。
心の動きを抱きしめたまま、それでも強く立てるよと、言ってくれている。
もし何事かが起こっても、その後うまく着地するのは、気球に乗った奥様たちの華の見せ場だ。
雪だるまに滲むように闇色があふれ浄化された王様も、体調を立て直してこれからも人生が続く。
他の人よりは少し短い人生になったとしても、言葉を交わす時間のぶん生きていく。
(エル)
ホヌ様が声をかけてくれる。
(きっとすぐに試合は終わるわ)
(た、たしかに。強くボールを叩きながらも、どちらのチーム正気です。ボール爆発しそうだけど。あっ割れた。予備のボールがいっぱい持ってきてある!)
(そうなるカナって)
(さすがです)
(夜の守人族のことよく知ってるもの)
(盛り上げることに重きを置いていますもんね。決勝戦とはいえ、あまりに長く粘るようになれば観客の体力も持ちません)
(そうそう、夏の熱狂は続いたとしても、その後倒れてしまうだろうからね。夜の守人族はこのようなことを言葉で定義するのではなく、体感的に察知することに長けているわ。大丈夫、わかってるの。それに、彼らは様々な不条理すら我慢してきた辛抱強い自慢の人たちです)
伸びやかに褐色の長い腕がボールに叩きつけられているさまは、我慢から解き放たれてはじけているみたいだ。
つまり、これまでジッと我慢もしてた。
開かない口のその奥に、きっとさまざまな思いを秘めている。自分の意思よりも、夏の島の調和を大切にするようなところがある。もちろんホヌ様の御身がなにより絶対。
夏の表の人たちだって夏の島を思ってる。
でも調和を外からやってきた外国船にも広げてしまったから……夏の島のバランスとしては、崩れたのではないかとふと思う。
私だけの感覚じゃなくて、ホヌ様と頭をコツンとくっつけているから、彼女の世界観が流れ込んでいるのかもしれない。
同時に、私が抱えている冬フェンリルとしての世界の見方も、ホヌ様に伝わったはずだ。
もしかしたら日本の風景も。
彼女の毛先は、ほんのわずかにだけ黄色に染まっている。
瞳はうっとり輝いている。
(決勝戦の最後のボールが地面に落ちた時、気球に影響はあるでしょう。そこから脱出してみせるのは、華やかな見せ場)
(はい)
(私はここにいます。戻って来る夏のための錨になるために)
(はい)
(夏の上空の魔力を好きに動いてもらって構いませんよ。プレゼントです。心配しないで。真夏において、私よりもあなた方が目立つと言う事はありません)
真剣に伝えてくれている。
なんともおおらかな夏特有の安定のさせ方だ。
(エル。夏の民のことを大事に考えてくれてありがとう! そうよね──私たちは夏だから冬だからと自分たちに近い人だけを守るためではなくて、みんなつながっているのよね。四季は巡るもの。冬は厳しくも優しい。そんなことをあなたの愛情は教えてくれます)
うまくできなくて、ごめんねって言いかけた。
でも、ちがう、それはホヌ様にかけたい言葉じゃなくて、私のすべて自分一人でやらなくてはいけないなんていう奢りが、湧き出てきただけだ。
他の人を信用して協力してもらうこと。
私にも役割をもらえること。
(頑張ります!)
冷たい風がすずしく手を撫でて、私のことを誘っている。
(フェンリルのところに行ってきます)
(いいわよ。いってらっしゃい。だってほら、私が、早く勝負をつけてほしいと思うならば──……)
あ!
長が、調子を崩してボールを返しきれない。
ペロリとホヌ様が舌を出す。
「頑張ってネー!」
今度は、夏の民の熱狂でダンドン王子が調子を崩した。はちゃめちゃだぁ。
「ボールが地面についたぞ!」
「砂埃で見えなかっただけ。しっかり確認をしてくれまだ負けてない!」
「そろそろカナ?」
「「ラスト一発!!」」
うーむ。バレー……とは(哲学)。
ボールがビームのようだ。
(あの無口な夜の守人族が弁論もいっしょうけんめいで。ウフフ、楽しそうね)
夜の守人族のボールを、ダンドン王子が返した!
でも、暴投!
ななめにコート外に飛んでって……
「あいたーーーーっ!?!?」
……。
…………ひそんでた誰かのお尻に衝突したな。
衝撃でお尻四つにわかれたんじゃないかな。
いたそー。
「コート外、アウト。優勝、夜の守人族チーム!」
うおおおおおおおおお!!!!
っと、両者を称える声!
いいぞ!!と夏の国王も大声で叫んで、彼を讃えた。
目を丸くした長の後ろで、気球が爆発する。
そして、バラバラと、彼の妻たちが、髪の毛先を少々焼かれているものの、きれいに回転しながら着地して降りた。
この騒ぎの広場で、ホヌ様が、地上に降りた太陽みたいに光って、広場をあたたかくする。
「エル。いつまでも来てくれないとさみしいよ」
「フェンリル! 迎えに来てくれてありがとう」
「さあ、行こう」
私たちは、夏の空へと冷風を蹴って駆け出して、夏の国から逃げようともがいていた海上の船を、凍らせて動けなくしたのだった。
20260125 コミカライズはおやすみです。
次回をどうかお楽しみにヾ(*´∀`*)ノ
読んでくれてありがとうございました!




