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40:国王の胸の内


 国王は考える。


(どのように夏の騒動を終わらせられるか。己の人生をも終わらせるとしても。……。……ああ、ずっと一人で抱えていた。抱え込みすぎていて、ジオネイドやコーラル、カイルのような血を継ぐものにもろくに声をかけられなかった。役割を共有していたはずの夜の守人族にも言えなかった。ホヌ様にすがるなど、とてもできなかった……。

 彼女が傷ついている姿を視界の端に見ていたはずなのに……。とんだご無礼を……。

 ……いつしか自分の心で決めなければいけないと思っていたことだが、季節が巡るように、その時はきてしまうものなのだな。冬がやってきた、夏よりも早く! そして夏の国王の命を”奪い去ろうとしている”)


 少しくらりとしたからと言って、まばゆい日差しから逃れて、国王は臨時ベンチに腰掛けた。


 遠くから、


「ね、ボアナちゃん、あちらに冷たい飲み物を持っていってあげて。暑いときには常温よりも氷のほうがいいから」


「ボアナ、知ってしまった。納得。暑いとき、冷たいもの、よく効く。かき氷は最高」


「おお〜島表の言葉が上手になったね」


「……これなら国王も、ボアナ、怖がらない?」


「怖がってないと思うけど?」


 冬姫エルは首を傾げて気づいていないようだが……と、国王は驚いていた、ボアナの感覚のとおりで、彼はとくに島裏のものたちを怖がっていたのだから。

 最近やっと自覚できたばかりのことだ。

 彼らが、島表の「おもねりばかりの外交」に気づいてしまうのではないか、どのように責められることだろうかと、またそのイメージは胸を掻きむしるかのような恥ずかしさを伴った。


 国王のもとに、走ってきたボアナは緊張していた。


 国王が飲み物の器を受け取り、礼を言うと目を丸くしていて、そそくさと帰っていってしまったが。


 ストローが差し込まれている。

 ひとくち。

 しゃり、と細かな氷が口の中でほどけた。


(……なんと、優しい冷たさなのだ)


 凝り固まっていた”厳しい冬”のイメージがさらさらと溶けていく。


 雪という冷たいものが大地を覆う冬──それはどんなに恐ろしいだろうと思っていた。

 食べ物は秋に枯れきり、冷たさが体を蝕み、生き物は生存しにくく困難なのが冬であると、とある北来の商人はそのようにオーバーに話した。


(冬が、夏の国王の命を奪い去ろうなど、考えてもいなさそうなのだよな。……何十年も前から信じていた話よりも、現在こそを見ていかなくてはならないかもしれない)


 するすると喉越しも柔らかく、冬姫エルは遠くでボアナに「あれはアイスフルーツのスムージーだよ」とまた聞いたことのない単語を口にしていた。


 あふれるアイデア。


 もしかしたら、夏よりも冬の方が豊かなのでは?と錯覚してしまうほどだ。


 たびたび王の間を訪れていた双子王子のジェニース・メロニェースは、国王から質問を投げかけられたときに「「なぜ冬のものたちが仲良く見えるのかって? もしかしたら、こちらが上手くいってるのではなく、あなた方の果実が熟れ過ぎているのしれませんよ」」と際どく話した。

「「物が溢れていると全てを大事にするのが難しそうですね!」」そして、「「うちは少しのものを大切にする文化圏です」」とも言った。


 国王は立ち上がり、空になった入れ物を返そうかと、歩いた。


 しかしボアナは、いきなりのことにびっくりしてしまった。

 国王はいばりちらしている印象だったから。


 冬姫エルの後ろの隠れるようにしたが、ふと夜の守人族の妻が通りかかったので、そちらにぴゅっと走っていき、ギュッとスカートの裾を摘んだ。


 国王とボアナを交互に見た夜の守人族の妻は、気まずそうに、わずかに頭を下げた。


(──彼女たちにも、おもねりがあったな)


 これまではクリーンだった夜の守人族の責任が、妻連中の脇の甘さで発生してしまい、港で起きた珍事をどうにか納めてもらえないかと、島表には助けが求められた。


(……やっと少しだけ話ができるようになった、とも思う。あちらが降りてきた。もしあちらが一切非のない正義のもので、こちらばかりが罪深ければ、話す場すらも持てなかったはずだ。許されざる事件が起こったが、そればかりはよい進展だった……)


「こっちに容器をもらいますよ」


 エルが先に国王に声をかける。


 彼女は、北の王子たちと比べて、ややほりが浅くて東方人のような顔つきだったのが国王には疑問だった。しかし、肌は北方人のように雪白で、アイスブルーの目、フェンリル族特有の「オオカミの夏毛」とやらの髪色なのだから、冬姫であることは間違いない。


 深掘りしてもいいとはないだろうと思われた。


 それに、エルと長く話していると、たいていフェンリルがいつの間にやらスッと背後に来るのだ。わかりやすい溺愛である。


(しかし彼は、少し疲れているようにも見える。無理をして、早く戻ってきた、ということか?)


 フェンリルとエルは何やら獣の囁き声のようなもので会話しており、数多の言語を収めている国王であっても、この会話は聞き取れるようなものではなかった。


 そして、フェンリルから教えられたことのうち、エルが必要だと思ったことだけが、国王に告げられた。


「さっき気球があげられたでしょう。あそこに乗っている一般市民は、おそらく人質になっている。もちろん本人たちは楽しんでいるけれど……」


「続きを聞きましょう」


 エルが一旦話を区切ったのは、国王の意見を待ったからだ。

 不思議だった。

 まるで交渉に明るい社会人のようだったから。


「では続きを──。おそらく大会が終わったあとに、結果が"彼ら"の思い通りではなかった場合、気球は撃ち抜かれる。数名はおっこちてしまい、見せしめにされるかもしれない……、らしい……。あとの交渉にはどのようなものが求められるか。また、”彼ら”は誰か伝わって……?」


「ええ、わかります。こちらでも進めます」


「よ、よかった。でも、すみませんが、どのように? もしあなたの命を削る覚悟をされているなら、看過できません」


 夏の逆光となりながらも、なお輝くような冬姫のまなざしに、国王はしばし目を奪われた。


「あなたが本当にやりたいことはもっと別のところにあるはず。トラブルの対処のために命を削っていいの? 本当に? 誰にも協力を願えませんか?」


「……」


 エルの言葉の奥にあるのが、優しさであり、労りであることを、国王は浴びるように理解した。


「そう言ってくださいますか」


「想いとか願いって、とても大事。私たちだって、なんとなくの願う気持ちで雪を降らせたりしているし」


(……え、そんな、ふんわりとした……感覚で……?)


 けっこうな衝撃であった。


(……マニュアル通りにやれるような万人作業ではないという意味だな、うん。天才でいらっしゃるのだ)


 強引に理解につなげた。


「私たちに協力を求める?」


 エルはそう尋ねて、国王に自問させた。


(……命を削るのは、体力的なことだ。……プライドを削るのは、これまでの人生の積み上がりをなくすようなことだ。しかし、今ならば)


 国王はジオネイドを見る。


 まったくもって真面目に、父親を倒す気満々で、三位決定戦の支度をしている。


 コーラルに発破をかけられながら、仲間と協力をしながら、ルールに真摯であろうと勤めている。思えば、頭が硬くて商売人にしてはズルさがないものの、誰からも信用を得やすい、よいところも多い息子であった。


(……今ならば、このような一個人のプライドも過去の栄光も、もう要らぬと言ってしまえる。さて、大きく育てたプライドを切り崩すならば、一体どれだけの状況が買えるだろう? おお、わずかな小遣いをやりくりするようながんじがらめの買い物ではなく、初めて、個人の大きな買い物ができるような感じだ。

 ワクワク、してきたな……マジヤバイ、というやつじゃろうか……)


「夜の守人族に挨拶をしてまいります」


「!」


 国王の動きに、エルは、ふわあっと明るく微笑んだ。


「行ってらっしゃい。きっと大丈夫! 夏の島のことを想うのは二人とも同じはずだから。少し前にケンカしかけてたけど、たくさん運動して発散されたものもあるでしょ? なにより、敬愛する夏の大精霊がアツく眺めているこの場で、かっこいいとこ見せたいはずですし」


「カイルはワシが育てた」


「そうそう。カイルさんも、そう言ってた。夏の国王様に今の自分は育ててもらったんだって。そんな自分だから夏亀様を支えることができて、感謝しているって」


 国王は胸の中が燃えるようだった。


 自分がカイルを引き取ったのは打算が大きく、それを恥じる気持ちに焦がされそうで。自分への皮肉も含んだオヤジギャグは真面目にかえされてしまったし。(冬姫様は、ジオネイドほどとは言わんが、真面目な天然発言で心を抉ってくるときがあるなぁ……)


 そして確かな喜びもあった。


(自分は……先代までの契約と約束に翻弄され、不義理も失敗もあり、恥の多い人生だった……。カイルや他のものを通してでも、なにかしらを夏に還元できるのであれば、なんと救われることだろうか。

 この頭に乗せていた王冠は降ろそう。

 幸いにして、3位決定戦で願いは叶うだろう)


 ツカツカ、国王が歩み寄っていくと。


 ムンと口の端を下げた夜の守人族の長が、ずんずんと歩み寄っていく。


 両者、胸板をごちんと当てた。


 睨み合う。


 夜の守人族の長は、中指を上に立てた。


 国王は、親指を下げた。


「「試合後に話がある」」


 エルは百面相させられることになった。


(ええーーー!? 話を聞くってそういう感じでいくッ!?)


 そして観客席は盛り上がり、


(これが夏の祭り文化ってことになるのかなぁ!?)


 空の気球を見上げて、


(試合終わるまでは見守りってことにするのね!?)


 フェンリルを見ようとして、


(もういない! 精霊たちに声をかけに行ったのかな?)


 耳を澄ませて、


(! 本当だ、機械をセットアップするような音がしている)


 ダンドン王子が目に入り、


(なんか、笑顔のまま怒りの青筋浮いてるんですけど!?)


 考え込み、


(あー、魔法以外の打ち落としがあるかもって情報なら、もしかして、ダンドン王子の祖国の機械が関わっていた可能性がある? 大砲とか? そりゃ困ったことになりそうね)


 ホヌとカイルのことを思い出し、


(なんか拠点にいない気がする。あの二人、ワーカホリックなところあるもんなぁ。拠点にいることにします(という情報を掴ませます)敵を騙すなら味方から、みたいなことやりそう)


 そして周りのみんなが目まぐるしく動き始めて、


(私は、ここに集中! 全部はやれない、だからみんなと協力して、今はここで見守り係をやる。みんなそれぞれ頑張ってるはず。信じよう。トラブルが起きたら、そのときにこそフェンリルサポートの出番でしょ!)


 三位決定戦は白熱していった。






読んでくれてありがとうございました!


冬フェンリルコミカライズ

コミックス3巻が発売です〜!ぜひご覧下さいませ₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

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コミカライズ三巻出てる!!?? 買わねば!!!
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