表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/39

37:薄衣の潜入



 ──エルに審判を任せられたから、私は"こちら"の処理をしよう。


 冬フェンリルとして審判に立つ以外にも、我々だからこそやり易いことはある。



 台風の目のように春夏秋冬のどのにおいもしない観客グループ──そこに近寄るためには目立たないことが必要だろう。

 その点、私たちのような「よそもの」はもちろん目立つのだが……。


 幸いにして、夏の精霊などと交流がある。


 コミュニケーションをとっておいてよかった。


 遠くから、海のセイレーンが歌う声が風にのってくる。これを聞いた島民はうっとりしているし(夏の風物詩でもあるそうだ)他国の船乗りは"恐怖"が思い出されてそちらに意識を引っ張られている。


 その間に、人魚が織った薄衣をかぶる。


 海水を糸のようにする虫がいて、それを集めて人魚が海中で織るのだそうだ。これをまとえば陸に上がっても海の中を近くに感じられて、乾燥しないので人魚が陸上で遊ぶのだとか。彼女らはまれに商店街の人ごみに混ざっている。

 そして昨今の異変を嘆いて、私たちに協力を申し出た。


 頭から海の薄衣をかけた私の気配は、夏島そのもののようになじんでいる。


 だれよりも違和感なく、自然がただただそこに当たり前にあるように、近寄ることが可能となる。



 グループに近づいた。


 あのものたち、服装の違和感もある。

 夏の民ではないことが見た目からも明らかなのだ。


 隠す気がないのか……そんなこともないだろうが……?

 どのものも表情に不安をにじませていた。それなのに対策や警戒というものが非常に甘い。これはどういうことなのだ?


 私が想像できる範囲では……。


 警戒する必要がない環境に慣れている家畜に近い、か?


 その場所にいつも通りにいるかぎり、どのような異変も起こらないことを信じているものの頑なさ。


 夏の島において快適に過ごす時間が長すぎたゆえに、いつもどおりにしておれば異変など起きない……と己に信じ込ませているのか。信じていないと不安に押しつぶされそうなのか。現実を受け止めるのではなく、己の心の中だけを見て。


 対策や警戒すらも、うまくできないのかも?


 常にそれなりの警戒を持って雪山を眺めていた北の民とは違いすぎるな。

 やれやれ……。


「!」


 何やら指輪だらけの指先が動いている。


 夏の魔力ではないが、空気中の魔力が動いている。


 どこかの季節の境目に生まれた人たちには、四季それぞれの魔力を薄くしか持たないゆえに、自然の中の魔力の力も借りるというワザがあるのだと──ダンドンが語っていたな。


 威力がわずかなものだったので、一度見送ることにする。

 しかし、何をするんだ?



「いたっ」


「コーラル姫、大丈夫!?」


「一度ストップを──!」


 ……!


 コーラルの指先に空気の玉のようなものを当てたのか。

 私は試合のほうをあまり見ていなかったが、観客からの歓声を考えれば、コーラルがよいサーブをしようとしたところのようだった。


 夏の姫と、夏の国王の試合なのだ。


 島民たちからすれば、どちらが勝っても嬉しい、盛りあがることをただただ純粋に楽しめる祭りごとのはずなのだ。


 それなのに……。


 夏の国王の宣言も踏みにじり……。


 どちらを勝たせようなどと、介入をするとは……。


 夏の王族への敬意もないらしい。むしろ逆恨みだろうか? 自分たちの快適なバカンスを保証しなくなったことへの、夏の王族への報復心。


 ……はあ。

 ……元々あったものをなくすとき、人はもっとも拒否反応を示す……。


 だからこそ、それがあるのは当たり前、という誤認には気をつけなければならないのに。権力者がそうなったらなおのことおしまいだ。



 空を見る。


 夏の空はぬけるような青、雲は島を丸くとりかこみ、太陽の日差しがさんさんとそそぐその中で、島の砂浜では人々が体を動かしている。


 このようなものは自然の巡りが一つ狂えば、くつがえされる。


 何百年かかった文化であっても、一瞬で壊れることはある。


 そのことを忘れてはならないのだ。


 そこから、大切にする心は生まれる。


(──ねえフェンリル。私は一度壊れちゃったから、立ち直る大変さを味わったし、これから私が関わることになる人にはね、そこまでの大変な思いをしないようにフォローしたいなあ)


 なあ、おまえたちは、一度、壊れたいか?


 そんな思いをあのグループに抱いた。


 そのとき、あれらが振り返る。


 特別不安に駆られていた人だからだろうか? こちらと視線を合わせた、その目は異様に鋭かった。追い詰められた濁った目をしていた。


「……なんだ、あんた、その、目は」


「私の目の方か?」


 ずいと距離を詰めてくる。


 数人をかき分けて(おそらく取り巻きなのだろうが)こっちに来てみれば……このあたりにしてみれば長身の私に見下ろされて、驚いたのだろうが、眉間に皺を寄せていっそう不機嫌そうな顔をした。


 そして、ただ見下ろした私に怯えたように一歩下がった。


「この男はコーラル姫の怪我を喜んでいるぞ!!」


(は?)


 ……と思ったが、その大声は遠くまで通った。


 エルが、(フェンリル──!?)と心配しており、また、先ほどの「審判を疑う声」から続いて「コーラル姫の怪我へのおかしな話」がこのグループだけから出たことで、周りからの視線は胡乱だ。


(なぜ、楽しんでいる試合の最中にそんなことを言ってだいなしにするのか?)という雰囲気だな。


 それも、夏の民のかっこうすらしていない外部の観客が騒いでいるのだ。

 近頃そのようなものに疑いが深い住民からしてみれば、不満が何倍も溜まっただろう。



「ほんとうだぞ。嫌な目で、口元もニヤッとしていた。コーラル姫に対していやらしいぞ!!夏の島の民としてこれは許せないのではないのか!?」


 ……あ。


 ……いやいや、エル。


 ……(侮辱だったからって狩っちゃダメ)?


 ……ああなるほど(それはあとで私に殴らせて)。


 ……誰かや何かに本気で怒れるうえに、怒ったとして冬の魔力を抑えられる冬姫に育っていて私は嬉しい。それはそれとして、他の男にエルの拳が触れてしまうのは嫌だな。


「そこのもの! ほんとうですの? コーラルがそなたの言い分を聞きます」


 と、コーラルはこちらを指差したか。


 民に接するセンスは兄よりも高いようだが、勘であるとか夏の魔力量はたいしたことがないらしい。


 うむ、兄のジオネイドは目をパチパチさせてこっちを眺めているな。もし庶民からコーラルへの侮辱ならば王族として対応しなくてはならないし、万が一招待客への冤罪ならば謝らなければならない、困難な状況にいるな。がんばれ。


 夏の国王は目をひん剥いているな。ははは。そんなに目を見開いていると落ちくぼんだ眼窩から目玉がこぼれ落ちそうだし、冷や汗のかきすぎで水分不足におちいるぞ。


 おっと、ジェニースがココナツジュースを持っていったか。


 よくやった。


「なんとか言ったらどうなんだ? コーラル姫が話を聞くと言ってくれているのだから!」


 こいつ、八つ当たりか?


 それともなにか思惑があるのか?


 ふむ。



「やや! 賑やかでいらっしゃる」


 ……ダンドンか。ここでやってくるとは、商機をかぎつけたか。夏の王族に恩を売れると踏んだのだろう。あのものたちが、冬の大精霊への無礼に対処できていないのは明らかなのだから。


「ぬおっ」


 ダンドンの体格は居るだけで男を萎縮させ、すくませる。


「そこの方、そのように騒ぎなさるな。いやいや、せっかく騒ぐのであれば楽しく騒ぐのがよろしい。

 コーラル姫もそなたに声をかけられていなければ、あのように小さく怪我をしたとしても毅然としていらした。それなのに、なんですかな、よこしまな目というのは個人的な感想ですぞ。そなたがコーラル姫を心配していらっしゃるあまり、そう見えたのでは?」


 逃げ道を用意してみせたか。

 なかなか器用だ。


「……そっ……そうかもしれませぬ」


 チラリ、と男は私の方を睨む。


 このものからすれば、目下のものに謝ってやった、という気持ちなのだろう。


 そろそろ夏の王が倒れそうなので、やめてやれ。


「勘違いであった。そう、受け止めよう」


 周りの観客たちはホッとしている。


 ここだけ楽しい流れが止まっていたから、忌々しく思っていたものもいるだろう。


「ははは! コーラル姫、こちらはかたがつきました。すみませぬな、男のつまらぬ会話でした。それで収めてくださらないか」


「ダンドン様でしたわね。まあ、よろしくてよ。貴重なお父様と遊ぶ時間なのですし」


 ほう。肝が座っている。


 きらりとした笑みで父を眺めるコーラルはよほど楽しんでいるようで、チームメイトの平民娘に(もー、甘いよ。男子のいたずらをつけあがらせちゃダメ)と苦言を言われているくらいだ。あの娘も肝が座っているな。


 さて、指の怪我。

 回復魔法と言えば有名なのは緑魔法だ。


 体の治癒を促進するような効果がある。


 夏の黄色を帯びた、春の国から連れてきた緑の妖精がジオネイドの肩に──なついたようだな──そして、コーラルの指先を治した。少なくとも曲げ伸ばしに影響はないようだ。

 にこにことコーラルが手をあげて見せた。


「さあ、まだいけますわよ。遊びますわー!!」


 ワッ!!! と観客たちが盛り上がった。


 エルと目配せをする。


「試合再開!」




 ──結果は、王宮チームの勝ち。


 しかしさわやかな試合だった。


 双方、肩の力が抜けてリラックスしながら、めいっぱい体を動かすことを楽しんでいた。


 夏の国王の顔色も良くなっているような。コーラルにあのように話しかけられて、ポカンとした表情を一瞬覗かせていた。息子や娘とこのように遊ぶことなど少ないか、無かったのかもしれない。


 惜しむような試合後の握手だった。




 ──次の試合は、冬チームとダンドンチーム。


 ダンドンの方が勝った。


 これで、冬の来訪者たちはフリーで動きやすくなったというものだ。




「いい気になるなよ」


 声がデカくて威圧感があるダンドンがいなくなったとたん、こちらへの嫌悪をまたあからさまにし始めた目の前の男。


 そうしてしまう、自分でも抑えられない、というふうで、もう目立ちたくはないのであろう身内に列の中心に引き戻されている。

 しかしブツブツと声が乱れているのは、情報収集に最適だ。


 獣耳を澄ませる。


 ああ、このものたちが夏のココナツジュースを飲んだあとだから、魔力同調して、どのようなことを思っているのか感じとり易い。それに少々の他国言葉であれば聞き取れるくらいは勉強しているのだ、私だってな。



 エルとのハネムーンは波瀾万丈だがじゅうぶん楽しい。


 さまざまな表情と、しっかり成長している姿を、見せてくれるのだから。


 しかし、あの子がいつも危険の中央にいるのは好ましくない。

 いつのまにか危険なことにも縁を持ってしまうのだよな……。


 私が手助けできることがもっとあればと思う。


 君のために生きてしまいそうだ。


 だから、エルは今の君のままで「周りを大切に思う優しい心のエル」でいてほしい。そうすれば私はつられるように、大精霊らしい行動をし続けられるのだろうから。


 夏、暑いなあ。


読んでくれてありがとうございました!


まんが王国様で冬フェンリルコミカライズが更新されております。

ぜひ、読んでください!!

クライマックス間近ですヾ(*´∀`*)ノ



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ