36:第三試合はおしゃれさん
第三試合は──まず、コーラル姫率いる女子チーム。
なんと、富裕層の中には商店街の女の子も混ざっている。
ひと目見たらわかる。姫様たちよりもパサッとした癖のある広がる髪や、サーフィンなどをするためか日に焼けてそばかすもある肌。何より、にいっと大きく口を開けて笑うその表情だ。
でも、その子が一番おしゃれだった。
さまざまな布地を上手く組み合わせて、独自のファッション水着を着ている。どのように組んだのか想像もつかないんだけど(私、流行りのファッションはあまりわからないんだよね……)パッと見て、すご! オシャレ! って感じさせられるの。
ブランドのショーウィンドウ観たときの、わけわからなくても感動して立ち止まっちゃう感じかな?
きっとコーラル姫たちもそう思ったんだろうな。
女子グループの中でも、あの子は一目置かれているようだ。
それに、その子は怖気づかず、自分に自信があるみたい。
好きなことを、得意なことにまで押し上げてきた自負があるのだろう。
そして、ジオネイド王子たち広告付きラッシュガードを見る目は厳しい!
あちゃー。この距離感の離れ方は、私は余計なことをしてしまったかもしれません……。
何事もすべてを最高にすることはできないけど、しょんぼりはしちゃう。
獣耳が下がっちゃったのがわかる。
周辺を見回して警戒していたフェンリルが、その手だけ私の頭にポンと乗せた。そして何も言わない。でも、伝わってくるよ。
(落ち込んだならば、それを解消してもいいし、解消せず時の流れにまかせてもいい。いずれ通り去るものだ。どちらであっても、隣にいる)
という気持ち。
私は、まずは解消できるようにと考えてみる。
ラッシュガードに広告がダサいならば……。
方法そのものは良いみたいだから……。
デザインの方を、あとで女子チームに頼んでみてもいいのかもしれない。
だって、彼女たちは、兄と妹でまだ話し合えるだけの距離感を残しているのだから。
……あ、お兄ちゃんに文句言いに行ってる。
コーラル姫は、サンオイルのムラのある塗り方が心配のようだ。
たしかにジオネイド王子の顔はまだらに日焼けしている。
商店街出身の女の子は呆れたようにしつつも「焼けてたほうが男前」と、近くにいる女の子たちと話したようだ。
これは、若者日焼けブームが王宮にも来るかもしれない? ファッションリーダーが一声かけたら、流行って変わるものだよね。
これまで王宮に訪れた流行はおそらく、大人たちが選別して他国から持ち込んだ新しいものたちだった。
でもこれから、若者が発見した流行が一大旋風をまきおこすのかもしれない。
それは、この島の風土にいちばん合っているものだろう。
ホヌ様の微笑みが目に浮かぶ。
「待たせたな」
対するは──「王宮チーム」だ。
国王様、そして護衛のみなさん。
「……お父様……」
心配そうなコーラル姫。
本人は不健康に痩せた姿をしているもんね。
放送で姿を見て驚いたあと、初めて本人と会ったのだろう。
近寄るが、前には護衛たちが立ち塞がる。
「申し訳ないが、国王様のご意志のもと、勝ちに行かせてもらう」
こちらのみなさんは背が高くて立派な体格だ。
細い国王様も、厚い護衛さんも、どちらにせよ、女子チームにとっては攻めにくい相手だろう。
「そ、れ、は、本当にお父様の意志だといえるのかしら?」
「うぐ……」
ぐいっと距離を詰めるコーラル姫に、護衛の方がたじたじと一歩引く。
いやぁ、コーラル姫って出るとこ出てるグラマラス体型なうえ、お姫様育ちでみょうに距離感に警戒がなくって、前につき出たお胸に当たったりしたら、護衛のみなさんは何らかの罰を喰らうだろうし。
自らの今後を想像して青くなったり、魅力的な姫様を前に赤くなったりしている。
この護衛のみなさんは白い体をしていた。
どうやら王宮内で筋トレに励んでいるような内勤の方々のようだ。
──くんくん、鼻を動かしたあと、こする。
……夏の匂いがうすくて、というか、香水臭いっていうかぁ……。
(エル。香りを気にしているか? それはどうやら"わざと"のようだ)
(というと、私たちの鼻が効かないようにしてるってこと? 香りが理由の罠があるかもしれなくて、対策として狼の鼻をつぶしにきてる……みたいな)
(我々をたかが獣と見るような視点を持った者がいるらしい)
(そんな……そんな人がもし本当に居るなら、夏亀様をただ利用しようとしてもおかしくないよね……。……敬意がないの、やだ! フェンリルもホヌ様も、それぞれ長らく四季を守ってくれていたのにーっ!)
(ヒトは短い生涯を紡ぐものだ。途中、大精霊への敬意を言い伝える糸が切れてしまえば、わからなくなることはあると思っているよ)
(でーもー、その糸紡ぎを意図的にやろうとしてる人の思惑なんて、私、許したくないんだ)
鼻で探知するものを、においから魔力に、意識的に切り替える。
もっとも魔力を持つ四季の大精霊は、どの生き物よりも魔力を感じとることができる。統計的にやるのではなく、五感のような感覚的なものとしてね。
「試合、開始──!」
法螺貝が吹かれた。
ビーチボールが飛び交う。
"こちら"は音で拾っていく。
意外にもボールを打つ音は軽く続き、つまり、女子たち相手に遠慮をする気持ちがあるらしい。しかし、ここから女子チームに追い上げられることがあれば、王宮チームも遠慮はなくなっていくだろう。
護衛のみなさん、細身の王様を気遣うつもりもあるのかもしれないな……。
王様は本気を出すと言ってはいるものの、あの弱ったお体なのだ。
彼が弱々しく、護衛が力強いだなんて、示しがつかないから。
この試合の最中は、少し静かだった。
(! フェンリル! 観客席、魔力のにおいが全くしないところがある。あそこにだけぽっかりと夏のにおいがしないの。台風の目みたいに……ごめん、変な例えをしちゃった)
(そのものたちは小心者なのだろうな。夏の者を混ぜていれば気付かれないだろうものを、裏切られるかもしれないからと身内で固める、なぜならば自分は裏切る手段を使う人であるからだ。そのような組織は脆い。行ってくるよ)
(わかった。お願い。私、こっちで試合を守っているね)
(頼んだ)
フェンリルにそう言われるの、私は好き。
できるだろうってまかせることに、信頼があるから。
面倒な仕事を押し付けるのとは違う。
こういう仕事を頑張れるのって、気持ちがいい!
しばらく見ていると、女の子たちはボールの扱いが上手いみたいだ。
テクニックがあるんだろうな。
話し合って発見したのかもしれない。
日本のテレビで見ているバレーの試合のように洗練されかけていて(他のみなさんはもっとワイルド)高くボールを打ち上げることができている。
その長い対空時間を見慣れていないためか、王宮チームは動きが乱れがちだ。
そして華奢な手首のあたりに夏の魔力が集中して、太陽光をさんさんと浴びることでより強力になり、パンチのある一発をボールに叩きつける。
「先制点!」
なんと、女子チームが先に一点!
私の方に視線が集まるが、頷いて、腕で大きくマルを出す。
夏の試合において、夏の魔力が高まるぶんには、問題ない。
これがもし、武器のような魔法ならばダメだけどね。
そして人に魔法を向けてはならず、あくまで体を強化して、ボールにぶつけることだけ認められている。
「本当にそちらの冬の姫君は公平にしてくれるのでしょうな? コーラル姫とともにいる姿を王宮でよく見かけましたが? 非常に親密で……!」
──!?
……観客席の二列目、王宮チームの後ろ側にもっとも近い一帯のところからの声。
フェンリルと何か話していたはずだけど、さえぎって、やたらと綺麗な夏の言葉で叫んでいる。
観客席はざわざわとした。
コーラル姫を遠慮がちに批判する声もわずかにある、聞こえちゃった。
コーラル姫は商店街で気に入られている方とはいえ、まだまだ新参者で、もしビーチバレーの伝統を穢したかもしれないとなれば、そちらの方が許せないのだろう。
しかしグループに商店街出身の女の子もいたおかげで、あまり酷い批判にはなっていない。どちらかといえば、信じていいのか?って、困惑している声と言えるだろうな。
はっきりとさせるのは、苦手だった。
でも、ここは勇気を出して。
私は言い返す。
「わたくしは夏の島全体のために、友好を掲げます! 冬のグループを贔屓しないし、特定のグループではなく、すべてのグループを応援します。不公平があれば、夏の島のみなさんが盛り上がることができないでしょう? 王宮ではコーラル姫だけではなく、王様ともともに長い時間を過ごしましたよっ!」
王様はゆっくりと頷いた。
ぐぬぬと、観客席は押し黙る。
私が反論したことがきっかけとなり、静まっていた応援は熱を帯びた。
試合再開。
読んでくれてありがとうございました!
7月25日コミカライズ更新されました♫
まんが王国さんにて、ぜひご覧ください₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
また来月に更新しますね。




