34:GO!初戦
ホヌがふうーっとため息を吐いた。
その背中に遠慮しながら触れて、トントンとなだめるカイルの仕草。
お互いに顔を見合わせて、少し赤くなると、すすすとホヌが近寄り、さっきとは別の長い息を吐いた。
小さな水鏡を魔法でつくって、映される映像を二人で視聴する。
カイルは好奇心に目を輝かせていた。
ホヌはそれを嬉しく思う。カイルは外の世界に興味があると知っていたのに、自分のために夏の島に閉じ込めてしまったという気持ちがある。この水鏡の手法を北のフェスルノゥが伝えたことで、カイルの心の慰めにもなってくれるかと、安堵したのだ。
好きな人にはいつも安心していてほしい。
ホヌのその気持ちは、恋を超えた先の愛だった。
でも、大勢に向けるのとは違い、ひとりだけへの特別なものでもある。
「わ! 選手入場だって。ついに始まるね〜」
ホヌの口調は柔らかく──だからこそ、これまでの独特なイントネーションは緊張によるものだったらしいとカイルは痛感する。
「こういうの”テレビ”って言うらしいですね。冬姫様曰く」
「……本当に、夏の大精霊は、ここに出なくてよかったのかな?」
「いいですよ。我々は甘えすぎておりました。ホヌ様が休憩なさっている時、どのようにすればよいか、これから再構築していかねばなりません。これまで働きすぎておられたんです。誠にありがとうございました」
「うふふ。これまでの夏祭りは楽しかった?」
「それはもう……! 毎年の楽しみでしたから。小さい頃見た光景は焼きつくような思い出になると言いますが、その通りで、空に浮かぶ夏の紋様の布風船や、日輪と月輪の神秘。いつまでも胸の中に存在し続けて、外国にいる心細い時にもはげまされました。夏の民のどのようなものも、そうやって生きているのだと思います」
「そっかぁ。また、頑張りたいな」
「ムリだけはなさらず」
「そうね。今年は夏祭りはおやすみ。でも、夏の維持は私の──プライド」
「そう言ったのは、フェンリル様なのでしょうね」
「よくわかったね〜。ちなみに、あなたは嫉妬するかも、って冬狼は私に言ったよ。どうかなぁ?」
「さすがに対象が偉大すぎます。自分ごときが嫉妬などおこがましい、と理性は言っていて……しかし心の正直なところは、フェンリル様のような良い男に影響を受けるあなたに胸が焦がされてしまうようなところもあります」
「なんだろう。カイルの気持ちが私に向いていることがよくわかって、すごく満足した気分。──でも、冬狼式じゃ夏には似合わないみたい。ソッとからかうんじゃなくて、カイルが抱いた気持ちみたいにね、すっごく嬉しいんだよって全て伝えたくなる!」
「ち、近い、近い、近いです」
「恋人の距離を楽しんでいるの」
「つ、謹んでお付き合いさせていただきます……っ」
水鏡のテレビより、試合開始前にしてはどよめきが大きくなった。
すわ、自分たちの姿がテレビに映されたりしていないだろうな!? と警戒したカイルだが(直感は大したものであった)そうではなく、夏の国王が脱いだことによるどよめきであった。
海パン一丁。
そんな姿は誰も見たことがなかった。
意外にも、ひきしまった腹をしている。ただ、妙に青白い肌と、腹に対してやけに細い腕や腿は、病気の進行をまわりに気づかせた。
「あら。"この子"、また随分と疲れていそう。夏の魔力を分け……」
「いけません。ホヌ様は休憩中の身でございます」
「懇願するように言うのね」
「それしかできません」
「そうさせてもらうよ。大事なあなたが私に伝えてくれた言葉だから」
「はは……自分の発言の重みに、身が引き締まるような心地です」
「そんなふうに思わないでいいの。わかりやすくいうなら、冬狼のことをごらん。間違える時もたくさんあったと聞いたよ。でも次世代や、付き添いの精霊たちが協力して、一人きりで抱えないようにしてきたの。カイルの誘いに乗って私が方針を変えるのだとして、夏の停滞を招いたら、また、みんなで考えたらいいのよ。夏も秋も冬も春も、つながっているのだから」
「それはまた冬狼様のお話なのでしょうね。しかし、エル様だ」
「あなたからエルの名前が出たら、私、嫉妬しちゃうかもって思ってた。でもそんなことなかったわ。夏は、カイルもエルも夏の民も、それぞれを特別に想っているから」
ホヌの微笑みに、気が紛れたカイルだった。
(国王の様子見は、あちらにまかせよう。ホヌ様の様子を拝見すること、こちらにできることをする)
「見て! 美味しそう!」
「あぁ、あれは商店街名物の揚げパンですね。昔ながらのおやつですよ。諸外国との交流で持ち込まれた小麦が、パイナップル酵母で醗酵し、わが国と諸外国を結ぶという名物になりました」
テレビ観戦をする二人のもとに、熱妖精がやってきた。揚げパンだ。
「ホヌ様、まずは僕が毒味を」
「わかった。でも、エルたちからのプレゼントみたいよ」
「わかるのですか」
「氷の香りがするから」
しゃりしゃりとした粒氷が混ざったクリーム、揚げパンを割ってみればひんやりとした冷気が現れる。
「ここに来るまでの間に外側はあたたかくなったものの、そもそも揚げパンを冷やしたスイーツのようですね」
「きっと暑い夏に食べたらおいしいね」
「夏と冬のコラボか……。商売の匂いがする」
「あっちでは冷えた箱に入れて配られているみたい。あっ、ボアナだ」
満面の笑みでほおばる子どもたち。
試合の砂浜をならした仕事のごほうびだ。
「ホヌ様、これまでのお仕事もおつかれさまでした」
「カイルも、これまでもこれからもよろしくね」
「「乾杯!」」
地下から湧き出した炭酸水とともに楽しむ。
目の前で見るとまた、すごい迫力!
というのも、言葉のぶつけ合いがあるからだ。
夏の島のビーチ遊戯の前には【無礼講の誓い】が必須となるらしい。
それもあって「国王様への悪口で盛りあがっちゃえ」とカイルさんは言ってたのかな〜。
なんでこんな文化になったんだろう? 少しだけ想像がつく。ビーチ遊戯をするときは真夏のとくに暑い時だ。夏の民はたかぶる魔力のぶつけどころとして、ビーチ遊戯をしていたのではないだろうか。
ま、他にもいろいろと事情があるんだろうし、もしかしたら突発的に「なんとなくしたことが、ずるずる後世に残っちゃった」場合もあるんだろうな。
冷えた揚げパンを配ってまわる。
溶けない氷を使った氷嚢箱は急きょ作られたものだから、冷気が外に漏れてしまい、完全に中を冷やすことはできない。これから改良の必要があるだろう。私たち冬の民が、揚げパンを直接手に持った方が冷え冷えになるというわけだ。
「暑い、暑い」
「あまりに暑い夏だ」
「気温だけではない。この湧き上がるテンションはいったい……!?」
「夏亀様がお喜びになっているに違いない」
という声に、
「夏の島の奉納演舞というわけですかな」
ダンドン王子のなんてことない一言。
「やばい」
「イケてる」
「「「そういうことにしちゃおう……!!」」」
それでいいんかーい。
まあ、わざわざ冬の大精霊がやってきた季節の新しい祭りというのは、記念されてもいいのかもしれない。少なくとも、悪い影響はないだろうしね。
私たちフェンリルが審判を務めるこのビーチバレー。いずれ悪用でもされようものなら、外交や商業を超えた大問題になることは間違いない。
水鏡を見上げる。
そこの、占い師らしき服装をしてるあやしい人、あなたのようなものに好き勝手されたりしませんからね?
……さて、再びの無礼講の誓い。
一回戦目、くじで決まったのは港で働く水夫グループだ。
「そのもの、夜の守人族の長であるらしいが」
「羨ましすぎだろうが!!」
「なんだその美しい女性たちは!!」
「しかも全員妻であると? 今時そんな事が許されるのか……!?」
「世間の荒波に揉まれていない古の住人よ!」
「近代人の洗礼を食らえ──い!」
嫉妬だなぁこれ?
でもストレートに自分の気持ちだけぶつけてるから、カラッとしていて嫌味さがない。
甘いオヤツを食べて口の端にまだ幸せが残っているからか、さっきよりも声が和らいでいるしね。
対応するのは、わざわざ一回戦目に名乗りをあげた夜の守人族の長。
だるそうにしている。
『はたして順当に近代化は成し遂げられたのか? そなたらの体だけデカくなってガキのような主張をする状態、健全だとは思えん。勝ち上がったならばこの妻たちをくれてやろうぞ』
あいつ────ー!!!
私には言葉がわかるっちゅうのに!
まーた、妻の皆さんを物のように扱ってー。
でも私じゃなく、女性陣は別に怒ってはいないんだよね。悲しそうにもしてないかも。それは、夫がこの試合で負けるはずないという自信にも見える。
でもその長さぁ、古い言葉で、妻をくれてやるって言ったんだぞ。つまり島表のみなさんには理解できなくて、ちょっと保険かけてるってわけ。嫌じゃないけど、ダサくはあるぞ。
フッ……と少し鼻から息が漏れただけなんだけど、長はなにやら言いたげにこっちを一瞬見た。
そのあとは試合に集中してみせた。
秒殺だった。
どっちがって、夜の守人族のほう。
一度も、ボールを砂浜に付かせなかった!
まるで一匹の巨大な生き物がうごくみたいに、息を合わせてみせたんだ。あの独特の原生林の濃い魔力。こんなふうに使われるんだなあ。
島表の国王の魔力は広く夏の民にあたえるように。
島裏の長の魔力は内包して牙と爪を研ぐように。
審判のフェンリルがピーッと音を鳴らすの、楽しそう。
引き続き、いってみよーーー!
読んでくれてありがとうございました!
次のコミカライズ予定は6/25 です。
お待ちくださいね₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑