33:開会宣言
夏の風に、声を乗せるための魔法がある。
めいっぱいの魔法の範囲を使い、島全体に届くように、夏のひまわり色の魔力が満ちた。
伝わってきたのは、宮殿の国王のややかすれた、しかし落ち着いた深みのある声で、ビーチバレー大会開催の宣誓を届けた。
「ようこそ、お集まりくださった。この島にただいまおられるみなさまは、夏の同胞として深くつながった仲間のように感じられる。ホヌ・マナマリエ王はこれを歓迎しております。
先の夏祭りの開催不能は、実に残念なことでした。再び日の巡りを探しておりましたが、夏祭りを行うにふさわしい結果は占うことができませんでした」
夏の国王は、占い師らしき薄い布を幾重にもまとった、外国籍の薄ら笑いの男を、おそらく指先で紹介した。
特別目の良いものや近くにいるものだけが、その様子を見ていた。
「そこで、このたびの夏にはビーチバレー大会を開催することにいたしました。ありがたくもホヌ様の微笑みのもと、開催が許されました。世界中の夏を見守ってくださる彼女の夏の島への恩恵に、みなさま盛大な拍手を!」
夏の宮殿の上には、平べったいプールのような膜が現れる。
屋上にあるプールの水を全て使い、鏡のようにしたらしい。そこにはホヌ様の微笑みが大きく映った。
このようにして、夏祭りの開催が毎年祝われたそうだ。
──私はそれらを、フェンリルとともに入港付近の砂浜から見ている。すごく遠くても、私たちは見ることができるから。
ふと横を向いたら、フェンリルの氷色の瞳の表面がキラキラとしていた。遠くを見ているんだ。夏の魔力が私たちの視界を助け、祝福していた。
「は、始まったんだね。よーし……」
「いい雰囲気だと私は感じるが、エルはそうでもないみたいだ」
だってさ~。
先にバレーコートに行く面々を見送ったんだけど、そのときの雰囲気の尋常じゃなさったら。表面的にはみんな「頑張ろうね☆」って笑顔なのに、裏側では謀を巡らせていそうなんだもん。
あえて余計な会話をしない、よそよそしさよ。
あ、コーラル姫は余計な会話をしまくっていたのでかえって癒されたよ。
「フェンリルほど”上層部”の経験がないから。偉い人たちの策略って横のつながりが複雑すぎて、私の知識は足りなくて、把握しきれないことに不安を感じるの。
全部知らないと気が済まないわけじゃないけど。この、ざわざわした感じを抱え続けることに慣れていないだけ……」
「そのような足元の不安定さに耐えることは、昔の私の日常だったよ。その経験から教えるならば、あれぐらいは許容範囲だから安心していい」
「そうなんだね。よかった」
「嵐の前の静けさ、というやつだ」
「ちょっと~」
フェンリルは笑ってみせた。
私がつられて笑うことを待ち、おかげで、肩の力は抜けた。
「もうちょっと聞いて」
「なんだ?」
「私が思ったのはね、あの映し方。あんなふうにホヌ様の姿を大きく映すだけで証拠になるなら、もしかしたら本物のホヌ様”じゃなくても”できてしまうんじゃないか……って考えてた。昔あんなふうに姿を見せたときの映像を記録してこっそり流せばいいんだから、不正ができちゃうんじゃないかなって」
昔、ブラック企業に勤めていたときのいやーな記憶が掘り起こされてしまった。
そんなんこの場凌ぎができたらいいから、というオフレコで頼まれごとをされてしまい、結局何事もなかったけど、いざという時の責任は私に取らせるつもりだったろうと、しこりがあり、断ることもできなかった私の苦い記憶である。
つまり、本人がいないのに、進んでいるものごとがあるかもしれないというシチュエーションだ。
昔に引っ張られすぎてる。
頭をぷるぷると横に振る。
「なるほど、光景を記録・保存しておくという考え方が私たちにはなかったな。でも、エルの世界の機械にはそのようなことができたと。──今のところ彼女のあの様子は本物だ」
「あ、たしかに、今回はそうだろうね。なんだかのけてるし……!」
「枠の外に、好きな相手がいるんだろうさ」
「カイルさん、必死に隠れてるんだろうな。ちらりとでも国民に自分の様子が見られたら、ものすごく嫉妬されちゃうかもしれないし」
「カイルも夏姫にしてやるか? 言っておくけど冗談だ」
「ブラックジョークってやつですね!?」
ぐりぐりとフェンリルの肩に頭をぶつける。
結構本気でビビったぞ。
ホヌ様はきっと今のままのカイル王子がお好きなんだろうと思うよ。人としての時間を生きているカイル王子が。幼い頃から、青年になっても、ずっと特別だったんだから。
「……できればこれからね。ビーチバレーは清々しく誰が勝っても気持ちよく終わって、ホヌ様の元気が回復して、ジオネイド王子たちは頼もしくなって、ダントン皇子は速やかに帰国してくれて、私たちは次の秋の島に行く──。そんなふうに信じたいの」
「一番やりたいことが決まっているならば、それに向かってはたらき、完璧じゃなくともできるぶんだけ良くしていけばいいさ。自然が完璧に予定通りだった試しはないんだから。予定通りにいかないことがむしろ完璧なのだろう」
「そっか」
ぺちんと私はほほを叩く。
実は結構、私たちも裏方ではたらかなくてはならないんだよね。
でも失敗してもフォローしてくれる人がたくさんいるし、応援してくれる人もたくさんいる。
夏の国王が、街のにぎやかさが落ち着いてから再び話す。
「ルールを説明する。島の表と裏の境目にある内陸に、広い砂浜がある。環境整備のために閉鎖していたが、そこをビーチバレーのコートとして開放する。
また、その脇に流れている海水小道は王宮の海水と性質がつながっているため、ビーチバレーの試合を王宮にて映すことができる。
参加チームは決まっており、ワンチーム4人で、首元に色分けされたスカーフを身に付ける。
私が参加するのは王宮チームとなる。息子や娘とともに楽しませてもらう予定だ。どれぐらいスポーツができたかによっていや応なく点数は決まるため、無理に私を勝たせようなどとしなくても良い。それでなくても私は全力で優勝を取りに行くのだから」
この時、商店街は驚いたようなざわつきがあり、国王のまなざしは一瞬非常に厳しいものになり、おそらくだけど、夜の森人族の王はコートの脇で放送を見ながら口角の端を上げたに違いない。
「引き続きルールについて。砂浜を平す事は子どもが行う。何も罠を仕掛けぬように、子どもを巻き込まないように。
審判については、特別なゲストに行ってもらう。夏の島の誰が勝っても祝福してくださる方々だ。公平であろう」
私はフェンリルと目を合わせてうなずいた。
「エル、そろそろ危険のチェックも終わった頃だろう。私たちもコートに行こうか」
「そうだね。最初から私たちが近くにいれば北国を優先するんじゃないかって邪推されちゃったかもしれないし、しばらく離れてたのが良い結果になりますように」
「私の運の良さに任せておけば問題ないよ」
フェンリルは少しふざけたように気軽に言った。
乗っておくことにする。
「でも、出会った頃は体調が悪くて倒れていたのに?」
「冬姫に会うまで待つことを許されたに過ぎないさ。今の私の様子を見ていれば、どれだけ幸運なのかわかるだろ」
「それはちょっと……ずるい」
「夏の暑さに当てられたから」
「ホヌ様、ずいぶんと幸せそうだったもんね。そりゃ影響受けちゃうな。夏の民が暴走しないように島を少し冷やしておく?」
「いい判断だ」
私たちは冬狼の姿になる。
白金色の毛並みと氷色の毛並みが混ざっていて、周りは冷たさに覆われていた。
「夏の風が誘っているから、島をぐるりと一周していこう。いい風が吹いているよ」
「いいねー。この姿だと綿雲みたいに軽く走ることができちゃうもんね。ここからぐるっと一周しながら中間地点の砂浜に駆け上がっていこうか」
それぐらいしたほうが、インパクトがあるだろう!
私たちがぐるりとして砂浜に行く頃、王宮では布製の気球が上げられようとしており、冷風でガタガタと震えることになったため、中にいた何者かはすっかり酔ってしまい、急遽着陸して引き戻すことになったようだ。
この顛末は後で聞いた。
大会が終わりそうな頃の、騒動の後で──。
読んでくれてありがとうございました!
ルール確認です(`・ω・´)ゞ
コミカライズ次回は6月25日です。
ともに待ってもらえると幸いです♫




