32:言っちゃえ
商店街のおばさま方
VS
夜の守人族の奥方たち
……と言えるほど、どちらもの目は夏に熱されていてバチバチと火花が見えた。
商店街のおばさま方は先ほどのビーチバレーで上がったテンションもそのままに、夜の守人族たちへの視線はいつもよりきびしい。
奥さんたちは夫たる長を後ろに庇い、ここに登場させてよいか自ら判断するつもりのようだ。
ダンドン皇子が口笛を吹いた。こらこら……。
ジェニメロがこそっと私たちの方にやってきたので、カイルさんからの言付けを託す。
ぱあっと二人の顔が微笑んだ。えっと、けして”いい話題”じゃなかったはずなんだけど……?
「「えーっ。セイレーンがこの砂浜の入り口で歌っているから、今のうちに夏の王宮の話題で盛り上がっちゃおう、ですってぇ?!」」
「でしたらお父様を称賛するのかしら?」
「待てコーラル。そうではなく、夏の王宮の悪い噂を吐き出してしまおうということだろう。いい噂であれば、公にすればいいのだから」
あ、話が早い。
ジオネイド王子は「カイルだな……」と呟いているあたり、理解が深すぎる。ライバル心のようなものも垣間見える。
「あらあら、それもまた沢山ありますわ。いっきますわよ~!」
「ま、待てコーラル……!」
コーラル姫は天真爛漫で憎めない性格が、安定した夏の魔力によってさらに快活にあらわれていた。あらら。
「そのように先陣を切ったのはよい。しかしおまえは言い過ぎてしまう。範囲外まで口を滑らせたりはしないよう、いったんお兄ちゃんに教えなさい」
「じゃあお願いしますわね。最近、お父様ったらひどいんですの! お小遣いをくれなくなったのは将来の婚姻を前に資金計画をできるようになるためだと、それはわかりましたけれど。だからって婿候補の打診なんて──外に行ってはいけないの──コーラルだって──……」
感情的なときは声は大きくなるけれど、基本的にジオネイド王子の耳元でこしょこしょと素直に話した。砂に半分潜ったエイが(やれやれだぜ)というようにゆったりと深呼吸していた。
お二人はカイルさん曰く「温室育ち」らしいので、まったりした空気感があるけど、最近の状況にまきこまれてからは、できるだけ早く育ちたいという緊張感も感じられた。
ここにダンドン皇子がいることも刺激になっているようだ。
商店街のみなさまは、孫を見るような温かい目を向けていた。
それによって、夜の守人族の奥さんたちも毒気を抜かれたみたい。
そういえば、さっきまでは闘気たっぷりのみなさんしか見ていなかったんだもんね……。あたたかい眼差しというのは、原生林の奥地で彼女たちが集落の子どもたちを見る目ともきっと似ている。
分かりあえるところがある、と思ったはずだ。
長もおそらくそう考えた。
「おまえたち。口を開いてよいぞ」
長、止めるのではなくわざわざ勧めたね。
思惑がありそうに、視線を一瞬こちらにもよこす。
「えっ、いいの? 悪口よね? じゃあ……あたし、あの王宮で指示だけ出している国王っていやよねって思ってた……きゃあ、言っちゃった」
「いつもむにゃむにゃした音で話しているよね。原生林から見た魔力の情けないことったら。どうしてあんなふうなんだろう? 男っぽくない、好みじゃない」
「夜に吹く笛の音が最低……へたっぴ……」
「あんな王よりも長の方がよっぽど」
「こっちと比べるのは禁止だ」
「「はあい」」
おおお……女性陣の、井戸端会議への熱量がすごいや。何重にも声が重なり、食い気味に話してゆく。でも聞いていてヒヤヒヤする。自分はあの人のここが嫌、を聞くのは……私は苦手だからなー。
(エル、これはむしろ真面目に聞かないための言葉だ。ぼんやりしているくらいでいい)
(そうなの……?)
(原生林特有の魔力の波長が揃ってきている。同じ価値観を共有することでおおきな一つの群れになったかのように。同調効果と、同時に、彼女たちは原生林の中だけが生活圏だったろうから、政治的なことを白状してしまう危険はないのだろう)
(そこまで考えが及ばなかったよ)
(おぼろげながら、私には政務経験があったから本能的にわかるだけさ)
長とフェンリルは、上に立ち大勢をまとめ上げる責任者をしていたところから、通じ合うものがあったのかもしれない。
私は──うん、この場では、あの奥さんたちと同じように、当たり障りのないような会話だけすることにしよう。
視線を感じる。ダンドン皇子がこっちを気にかけているのがわかる。
本人はカモフラージュしているつもりなのだろうけど、雪山など自然の中で過ごした時には「狩りの視線」をよく感じてきたからね。
できることをしよう、と今は思わないぞ。
動いたりもしない。
私にできる経験を活かそうとすれば、おおきな会社の雇われ従業員としての対応だけでなく、あらゆる機械系についてこの世界の誰よりも余分に詳しいことがバレてしまいそうだ。
ダンドン皇子の持ち物は、ガチャガチャと音を立てる金属。
機械化がどのような未来をもたらすのか、地球で歴史を学んだ学生なら誰でもよく知っている。四季の大精霊が見守っているこの世界に全て持ち込んではバランスを崩してしまうから。
肩の力を抜くように、ゆっくりと呼吸をした。
私はここにいる。
周りには優しい人たちがいる。
私一人で、やらなきゃいけないことなんてない。
フェンリルがそっと肩を抱いてくれた。
「エルがいてくれるおかげで、私は前よりも安心しているんだ」……って、どこか愉快そうに。伝わっちゃったのかな。
フェンリルには成長中の冬姫が。
春龍様には緑の妖精女王が。
夏亀様にはカイルさんが。
秋の季節にもきっと誰かが──。
とってもおおきな力を持つ四季獣だけれど、一人きりではない。
ダンドン皇子が話しかけてくる。
丁寧に礼をして、私たちではなく私たちの前に立つジェニース・メロニェースに話しかける。その話術はたくみだ。気さくで、低い声はけれど夏の日差しみたいに軽やかに、一見怖い風貌からそのように変化されたら誰だってホッとさせられてしまう。
「小さな声で。わたくしにとっては、夏の王宮は古めかしく感じられた。しかし帝国が余分にあわただしいのも原因でしょう。お二人からは、どのようでしたか?」
「えーとぉ、あれくらいの雰囲気はふつうかも?」
「でも悪いところを言い合いっこだっけ?」
「普段悪口なんて言わないから、緊張しちゃう」
「でも探すとしたら……取引相手が多すぎるってことかな?」
「そうそう! 古めかしいとは感じなかったけど、人数が多くてそれぞれが代表と話したがっているんだもん。そして、待たせちゃうなんてね」
「「そーいうの、どう思いますか?」」
「わたくしでしたら……待たされるのは困りますな。時間は有限。のんびりしているうちに世界情勢は目まぐるしく変わります。我らの祖国のように歴史が浅ければなおさら……一秒も貴重ですぞ。みなさまのような国は余裕がおありになるのでしょうな」
「「どーでしょう? まだ幼くって、わかんなくてごめんなさい」」
ジェニメロはうるうるとおおきな瞳に氷水の涙を浮かべてみせた。
これにはダンドン皇子も眉を下げた。戸惑っているようだ。そっか、こんなに屈強な男性だから、幼い子とまっすぐ話したことは少ないのかもしれない。
双子王子ほど度胸が座ってる子たちはそういないからね。
「こちらこそ、せっかく話しているときに謝罪などさせてしまい申し訳なかった。どうか、コレで痛み分けにしてくれませぬか」
「「……モノだ?」」
「はい。我が国最新の便利なモノでご機嫌をつろうというのです。浅ましいですが、このようなやり方しか知らない。それゆえ、夏の島にてゆとりのある取引方法を学びにまいったのです。しかし、つい、モノにめざといことを見破られてただの商業取引相手にさせられてしまいましたがね」
「「悪口だ」」
「はい、そうです。まあ一度目の訪問ですから。機会を重ねますよ」
「「またくるつもり? また、僕たちも誘ってくれますか?」」
「これはまいった。北からは長い旅路になるでしょうが、ぜひ、日を合わせていただけたら……──」
あいまいに終わらせて、さて、と私たちに目を向ける大きな男性を、ジェニメロは逃さない。
「「コレ、どうぞ」」
「これ……は?」
「「水晶ですが、北の雪解け水をたくさん浴びておりました。それゆえ氷の魔力を通します。僕たちのような魔力量が濃いものが話しかければ、この水晶に言葉が届くんです」」
「そのようなものを……。なぜ、こっそりと耳元で教えてくださったのですか? 両方から、こそばゆいですね」
「あなただけが使えるように」
「祖国に利用させなくてもいいんです」
「僕たちからあなたにだけ通じます」
「従者と仲良しなわけじゃない」
「「ですよね?」」
「……うむ」
ダンドン皇子は満足げな顔をして、ジェニメロは瞳の端に光る涙をけなげに指先でふいて、天使みたいに微笑んだ。
悪魔の取引なのでは。
オオカミの獣耳には聞こえているよ……。
ジェニメロがつづけた話を聞いていると「このような水晶は希少なうえに、冬の王族ほど魔力が濃くないと扱えない」「カイル様が見込んだあなたにだけ」というようなことを念押している。
産業を重んじるならば、量産できない水晶は狙う資源にはならないはずだし、レアな希少品を求めるような真逆の国にこの会話ルートを荒らされたくないだろうから、水晶の贈り物をきっと秘密にするんだろう。
(夏と冬、どちらものつながりが手に入った。自分にだけ!)……って思うかもね?
あとは、その価値を守るためにジェニメロが立派にいられるかだけど、さすがのフェルスノゥ仕込みの教育だ。心配なさそう。
こんなことをしているうちに、しだいに浜辺のみんなには連帯感のようなものが生まれてきていた。
悪口を許されるような環境って、なかなかないもんねー。
良いことを挙げるって、表面のコミュニケーションでもあるから、それだけでは仲を深めにくい。だめなところも知った上でなお仲良くできるならば、それはけっこう特別な仲間意識につながる。
じりじり、夏の日差しが私たちの肌を焦がそうとしている。
そろそろかな。
私はおもむろに、フェンリルが下げたカバンから瓶を取り出した。
「みなさーん、アイスクリームを食べましょう!」
「「「あいすくりぃむ?」」」奥さんたちが首を傾げている。
「ここにミルクがありますので」
「腐らないのですか?」と、やや引き気味のダンドン皇子。
「「冬の魔力が濃いものは冷たいものを冷たいまま持つことが可能なんですよ」」えへん、とジェニメロ。
「商売のにおいがする」……目をキランとさせたおばさまたち、商店街のメニューを考えていらっしゃる? あとで、塩で冷ましながらアイスクリームを作る方法を教えようかな。
「アアアアイスクリィム!? 聞きましたのお兄様、ねえ、アイスクリィム! 食べたぁい!」
「ああ、以前商人が持ってきてくれたことがあったな。幻の高級な珍味とのことだったが……」
「この島にある材料でも作れますよ?」
二人の雰囲気が変わった。
美食にこだわりがあるようだし、こだわり転じて恨みにもなったのだろうか。
「ねっ、ねっ、あのものとの契約を打ち切って、エル様と取引いたしましょうよ。こちらがよその土地を知らないからってふっかけてきたあのスケベジジイ、いやでしたの!」
「コーラル、言っていいのは取引相手じゃなく父上への悪口だけだぞ。それはそれとして、特別待遇は止めなくてはならないな。ふふふ……」
思いがけないところに刺さっちゃったな。
ひんやりクッキング!
器は氷でつくるよ。
わたしたちは手で触っても冷たく感じないし、氷の下に布をはさめば夏の民でも手で持てる。
ココナッツミルク・ココナッツクリームを冷やしながらシュガーを加える。塩も少し。作っていると、夏の聖獣たちが寄ってきた。
作りたてのアイスを少し分けてあげると、フルーツをおいていってくれた。
ダンドン皇子がナイフを貸してくれようとしたけど、フェンリルはそれを制して薄氷のナイフでフルーツを切った。
世にも珍しいものを見て、ダンドン皇子は純粋に楽しんでいるみたいだった。
独特な危険さはあれど、彼もまたこの世界の空のもとでともに暮らしている生き物。
季節は彼らもを包む。
さて、完成!
みんなでアイスを食べると、ニコニコと幸せな雰囲気になり、これにて前よりも絆が深まったような確かな感触があった。
「実に美味しくいただきました。このような最高のもてなし、わたくしどもは、どのように礼をしたらよろしいのでしょうか?」
「全力で一位をとりにいって。国王が熱くなっちゃうくらいに」
こうしたら良かったんだよね?
と、聞くためにアイスを入れていた氷の器の片付けなどをしたあと、カイルさんに通信を繋ぐと「アイスクリィムだ……!」「あいすくりぃむ?」とあちらも気にしていたので、あとで作ってあげようと思いました。
商店街のみなさんにはレシピを配ったし。
お祭りの屋台で出すそうだ。
夏の国王様。
こちらも本音でまいりますので、どうか本心をみんなの前で語ってくださいよ!
読んでくれてありがとうございました!
南国風アイス、とっても好みです♫
コミカライズは隔月更新なので、
4月25日更新になります₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
来月また会いましょう〜!




