31:下準備
砂浜でビーチバレーの練習をしていると……、なんかマシンみたいな王子が来た。いや帝国だから、皇子なのかな? 発音は同じみたいだけど、私の頭にはなつかしい漢字が思い浮かぶ。
マシンみたいと思ったのは、盾のような分厚い筋肉と金属質な短い髪もさることながら、動作にあまりにも無駄がないためだ。
なんというかレシーブマシーンに近い。
ずっと同じフォームでボールを叩き続けられる。
けれど、風や足をからめとる砂などで、ボールは一定の方向には向かっていかなかった。
すみませんね、とけろりと口にしながら、不機嫌なジェニメロをなぐさめている。小さい子に優しいし、周りの従者さんにも親切な声掛けだ。
いい人……? でもなんか引っかかるな……。
こんな人が昔、営業にいたような……。
もうかすみがかっている記憶が「信用しちゃだめ」と告げていた。
あ、そうそう、嫌で忘れたくても何度も思い返してこびりつくようだった辛いブラック企業での記憶が、最近やんわりとして、みえなくなっているの。顔を明確に思い出すこともない。
フェンリルたちがこんなにも幸せにしてくれているからだね。
夏の風だけどほてった体を慈しむみたいにひやりと天に昇った。
(さっき来たあの人、フェンリルはどう思う?)って聞きたい。でも私の声は、まるで翻訳されるみたいにあっちに届いちゃうし、どれくらい聞き耳を立てているのかわからないし。魔法を使っているかもしれない。
というわけで、ふたりで背中を向けてから砂浜に棒で書いた。
フェンリルもそのように、砂の文字を消してから書いてくれる。
自然の秘密メッセージだね。
(私たちと相性が悪そうだ。というのも、おそらく魔力があまりない人だから、通ずるものが少なく、不気味に感じられるのかも。エルは?)
砂で消してっと。
(私は気づかなかった。魔力が多いと通じ合えるけど、少ないぶんには気にならないみたい?)
以降、くりかえし。
(エルの出身に関係しているかもしれないな)
(たしかに。勘が働かないと、困るかなあ?)
(私がそばで判断するから問題ない。私がいなければ、グレアや周りの精霊がなんとかする)
(わかった。気にしないことにする)
(えらいぞ。エルは抱え込みすぎていたが、誰かにまかせられるようになってきている)
(頑張ってる。そうできるところは、手離すように。でも、さっきの人は信用……)
フェンリルが早めに消して、かぶせぎみに返事を書いた。よほど念を押したいみたいだ。
(しないこと)
(うん)
近づいてきている足音。
どんなに息を潜めていても、獣耳にはかえって「足音をひそめている」ことが届く。
それに魔力がとても濃い人のようだ。ということは……この島でそこまでの影響力があるので……。
「陰口、言ってました?」
「見ちゃいましたよ」
「だいせ……フェ……高貴な方もそのような遊びをなさるんですね」
「目がいいんです」
ナイスバディの奥様方が、バ──ン! ビキニ姿で現れた。
その後ろで疲れた顔をしているのは、夜の守人族の長だ。
なんとなくわかる。というのも、彼らの動向をなんと向日葵の花でカイル”さん”たちが伝えてきたのだ。
「島表での開催になるのだから、環境に慣れるために、夜の守人族が砂浜にあらわれるはずです。けれど、ホヌ様の護衛には俺がいますし、フェンリル様が仕わせてくれた夏の精霊達もおりますから」
……とのことで、たしかに慣れない環境要因で負けたとなれば夜の長達が納得いくはずもないだろうから、こっちに来ることには賛成な気持ちだった。
フェンリルはもちろんそのつもり、彼の策略的なところもあるだろうし。
それにしても奥様たちのテンションが高いな。
なんと外来人と密会で反省中の奥様もついてきている。手足に枷をはめているけど鎖のようなものはなく、集落内での反省の規範なのだろう。
みんなもしかして、いつも深い森の中にいるのに島表にきたことで開放的になっているのかな? 目がきらきらとしていた。
「……やかましい……」
「そんなこと仰らずに、長も早くいらして!」
「きゃあ、島表の砂ってさらさらするのね」
「足を取られないように練習しなくっちゃ。ほら”アンタ”よく立って」
「”おまえ”ありがとう」
わかってる。島裏だと、長の奥様は「あんた、そこの、ちょっと」とかで呼ばれるんだって、そういう文化なんだって。引っ張られてきてげんなりしてる今の長を見ても、恐ろしい亭主抑圧ではないことはわかる、けどさ、複雑な気持ちにはなるよね……。
長は私たちの前にやってくると、ぐっと姿勢を低くして、どうやら謝罪の姿勢のようだ。
「うちのものが騒いでしまい申し訳ない」
フェンリル〜。これ、いえいえ大丈夫ですよって言ってもいいやつ?
「気にするな。否と思えば拒絶している。私たちはそうしなかっただろう。であれば、よい。言葉を交わさずともおまえたちはわかっているはずだ、私たちがその距離を許したことが」
よかった。それに、フェンリルは話がストレートに通じる夜の長と話せるのは、楽しそうだ。通訳もいらないしね。
「感謝いたします」
「あの、これからビーチで練習を? 実は先に練習しているグループがおりまして」
「まさか王宮の者ですか」
「いえ」
「そうですか。……なんだ、やはりな」
「けれど権力者のようで。出身は……」
「だからお二方が押し出されてこのように端にいなければならない事態へと? 断固として許すことはできぬ!!」
「ステイです」
一瞬で覚悟完了するのやめてもろていいですかね。
きっと、ホヌ様へのこれまでの扱いと重ねてしまって、大精霊を端っこに追いやることにキレちゃうんだろうな……。これが彼の一番許せないことなんだろうね。
砂浜の中心に出ていきそうだった奥さんたちに戻ってきてもらい、私たちは、ヤシの木の裏側から覗くようにしてビーチを眺めた。
奥さんたちは眉間に皺を寄せていた。
「なんだいあのきみの悪い男は……」
「魔力が合わない」
「長のほうがイケメン」
「カイルさんの友人ではあるそうですよ。ダンドン皇子という島の外の国の方だって」
「まあまあ、エル様、わたしたちにそのような丁寧な物言いなさらなくても。あっ、それとも、こうやって意見することの方が失礼なのかしら!? お、長〜」
「やれやれ。だから軽率に先に口走るなと、そなたにはいつも言っておろうが。口から先に生まれたかのような奴だ。そなたの心にはエル様が怒っておられるように感じられるのか? 鈍ったか? であれば用済みとなるが」
「怒っておりませんわ……少なくともわたしには」
私、挙手。
「長〜〜。あのですね〜、用済みとかいう言葉やめて欲しいんですけど。可能ですか?」
「……こちらが怒っていたか。もちろん貴女様が望まれるのであれば、言葉を変更しよう。しかしながら能力がない嫁を側に置くわけにはいかず……そうなればホヌ様をお守りできないゆえに。いざとなれば地位を外すことはご同意いただけないだろうか」
「は、はい。そこまで求めるつもりはなかったの……。さっき言ったように、言葉です。悲しい言葉だったから、大事な仲間に使わないで欲しかった。でも私の方が求めすぎなのかな、フェンリルどうしよう!?」
私の言葉だけ明確に聞こえる彼は、推測してくれた。
「エルが言葉を求めたのだな。ふむ、日頃から夏の大精霊のためにはたらいている夜の守人族の長なのだ。自分の意見くらいは言えるだろうし、エルの気持ちを言って、彼とは話し合いが可能だろうよ」
「私、言葉だけ変えてほしいなって思いました。その言葉が出たとき、どんなに平気そうな顔をしていたって奥様たちが怖がっていたから! 可能なら! そうしてほしい……」
「わかりました。必ず守ります」
「ありがとう。伝統を壊したい意図じゃないから、踏み込み過ぎていたら教えてね……」
「形骸的な風習や言い回しも、ございます。こうして島表に来てみて、今夏の空気を浴びて、あらためて感じました。今とこれからのために必要なことを見つめ直してゆくのだと──」
長の言葉とともに、横を向き目を合わせていた私たちは、砂浜を改めて眺めた。
ダンドン皇子とその部下。
VS
商店街のおばちゃんたち。
練習試合が始まっていた!
なんで!? 気づかなかった。結構近いところにいたのに、背中を向けていたとはいえ、こんなに言葉もなく始まるもの?
「エル、何を驚いているんだ。ああ、あのものたちの合意が不思議なのか。私にはわかったぞ。目と目があったら、戦うのがビーチバレーなのだろう」
「そうなの!?」
おばちゃんたちは夏の魔力をオーラみたいにまとっていて、どえらいサーブを打っていたりなどする。つまり魔力量が高まっていたから、フェンリルに気持ちが通じやすかったし、もしかしたら私よりもフェンリル寄りの(獣の狩りに近いのか……?)性格だったから、彼だけ共感できたのかもしれないな。
ブォォン!!
ズザーーー!
スゥッ……シュバ!!
ザシュッッッッ!!
スポーツマンガから持ってきたかのような効果音が彼・彼女たちの背後に見えるよ……。
「これがッ……全盛期の魔力……ッてやつですか、お姉様方……!」
ダンドン皇子はたいこもち。
「そうだよ、くらいなッッ!!」
「ホヌ様に応援されていると思えばいっそう力が湧いてくるよお!」
「ガキンチョ、うちのシマに手ェだすんじゃないよぉ! 覚えときなッ」
「手厳しい。もっと教育してください」
「まだまだいくよおおお!」
独特のテンションだ。ああ……優しくスイーツを売ってくれたおばちゃん……服を割引してくれたおばちゃん……。あれが商売の顔だったのか、今が決戦前の特別仕様の顔なのか。
ハハハと笑いながら失点してゆくダンドン皇子には「コースが甘いよおッ」と愛の叱責がとぶ。
なるほど。
敵であろうと貶めず、力を最大限引き出して戦いたいんだ。スポーツマンシップなのかも。
むしろダンドン皇子側の従者さんの方がいらいらしていそうだけど、主人の手前そんなふうにふるまえない感じか。
「あのグループは機嫌が良さそうだな。ジェニースとメロニェースは機嫌が悪いようだが」
「えー、逆だよ。たぶん帝国側は内心いらいらしてるけど情報収集を優先させてにこやかなかんじ。ジェニメロは内心面白がっているのをこらえていて、我慢状態かつ表情はつくってるみたいだよ」
「エルはなぜそう思ったんだ?」
「ごめん、理由があるわけじゃなくて、勘なの」
「あやまらなくていい。おまえとの相談をしただけだ」
「うん」
よしよし、と子狼の頭を撫でるみたいにされて、とっても安心してしまった私に、夜の守人族のみなさんの視線がつきささった。ハッ。
何も言わずににっこりしていたり、涙ぐんで感動されていたり、拍手されてしまった……。
「質問してもよろしいか。あの外来の人からは挨拶をされましたか?」
「私たちに? してきたよ。一言、こちら我々もお借りして練習します、ってそれだけ。そのあと北国の仲間が私たちに、彼らの身分を教えてくれたの」
「あちらが気づいていないはずもなさそうだが、冬の大精霊についての知識がなければ、ただただ夏の精霊のひとつと思った可能性もあるな」
「なッ。そのような侮辱の視線を浴びたのでしょうか……!?」
「違うってば」
「侮辱ではないさ。精霊も尊いものだし、私たちがどれだけ特別なのかは私たち自身が知っている。誰にも傷つけることはできないよ」
フェンリルが私を抱きしめたので、奥様方が拍手を加速させた。さらにダンスも追加。
なんだろう……冬の民は心臓を抑えて倒れ、夏の民は盛り上げてくれるのかな?
「……それにしても夏の王宮から降りては来ないらしいな。我々であってもきたのに、あの王ときたら……」
夜の守人族の長がこわい顔をしたとき、ビーチバレーコートを挟んで向こう側から、第四の乱入者がやってきた。砂にもぐるエイをたくみにあやつり砂上のサーフィンだ。
「ごめんあそばせ〜♪」
「ごめんください、ジオネイドとコーラルともうしまっ、うわっぷ」
カイル王子が言ったことを思い出す。
はっきりと「この砂浜で根回しをしてください」と私たちに告げていた。ただし「本番では実力勝負であることは必須」で、「八百長ではなくゲーム外のことで仲良くなれればよろしいかと」。
ともに、あの丘の上にそびえる夏の王宮の王様について、語っておけばよいらしい。
読んでくれてありがとうございました!
2/25 コミカライズ更新DAY₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑
まんが王国さまにて♫
また来月お会いしましょう( *´꒳`*)੭⁾⁾




