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30:おはなし向日葵と金属船


 ホヌが瞳を撫でたら、カイルの青い瞳は、サストーン・カラーになる。


「外に行くときのあなたへのお守り……」

「……」


 カイルは悩ましげな表情をしていた。


 それから首を横に振った。


「ホヌ様のおそばにいます」

「え?」

「「え! 僕たちに、有力者を紹介してくれるのではなかったんですか?」」


 先ほどそのように話を進めていたのだが……。


 ジェニース・メロニェースが"やりたいこと"のためには、現在のコネだけでは足りないと。そして夏の王宮の後始末なのであればカイルは協力すると。

三人ともを安心させるようにカイルは微笑んだ。


「普通の相手ならば俺がついていくべきです。けれど今回の相手には彼女を近づけるべきじゃない」


「ひどい人なの?」

「こわい人なの?」


「二人をおどしたくないけど、これは知っておいたほうがいいな。自然への敬意が足りない人だよ」


「「え~……」」


「だからこそ人の力だけで成り上がった実力者だ。四季の魔力がなくとも業績を伸ばす方法を知っていて、そもそも夏の魔力にどうにかしてもらおうという気はない。やれることの範囲を広くとり、いざやれなくならないようリスクを潰す用意周到さだ」


「そんな人が? 冬の恩恵を授かってきた僕らにはよくわかりません……」


「夏の王宮で見かけた富豪のみなさんはむしろ夏の魔力に多大な期待をしていましたが、逆?」


「逆だ」


「待ってください。それなのにホヌ様を会わせると危ないの?」


「嫌な言い方をするけど、しくみで判断するんだ。あのものたちの色眼鏡を通せば、多大な魔力の塊からこの世界に与えられる毎年の影響、その範囲をどれだけ人為的にあやつれると周りが期待する貴重価値になるだろう、ということに。……すみません、嫌な気分になったでしょう」


 ホヌは慰めるように、


「へいきよ。これまでとあまり変わらないから」

「ウッ」


 カイルに大ダメージ。


「ああ、悲しませるつもりはなかったの。夏の大精霊が与える影響をくわしく知りたがる人はいたけど、あなたたちのように大切に想ってくれる人が多いことも知ってる。愛しているわ」

「…………!」


「無礼を申し上げますが」

「幼い子供の前ですので」


「「ね? 後にしていただけると」」


 縮まっていた二人の顔の距離がパッと離れて、赤くなった頬を手で包んだホヌは「キャッ」と言い、カイルはげほんと咳をした。

 なんてことなかった距離が、恋人になってからの方が恥ずかしい。


「……というわけで、俺はホヌ様に万が一がないように近くにいる」

「承知しました」

「四季の大精霊様がなによりも大切です」


 彼女らが与えてくれる四季の恵みほどのものを、人が返せるぶんなんてちっぽけなのだから、せめてとても大切にされるべきだ。

 この考えは秘境に住むものほど濃く抱えており、ジェニメロとカイルは自分たちが”近い”ことを感じた。


「代案は、俺の紹介状をもって話し合いにいくこと」


「覚悟決めました」

「死んできます」


「やめてくれ、そこまでのヤバい相手ではないから! 初手で殺しにかかってくるような奴ではないと言っておく。というかそんな人は社会国家には基本いない」


「「はーい」」


「紹介状を書く」


 カイルがいつも身につけている肩掛けカバンには、紙の束や旅の記録帳。これまでの顧客情報は暗記しているがもしものためにここにも記録されており、万が一紛失したら全消失するような魔法がかけられている。

 薄い木の板を下敷きにして、さらさらと手本そのものの文字を書いた。

 同じ文面を、二度の違う文字で。


「あちらの文字と、こちらの文字だよ」


 カイルはジェニメロに言う。


「勉強する範囲がいっぱいです……」


「気を許せる補佐官を雇えばいいのさ。俺は信用できる相手が少なかったから、自分でできるようになっただけ。そのあいだの時間を他のことに使えなかったりもした。勉強だけできればいいってもんでもないよ」


 カイルは海を指差した。


「港の片隅に行ってもらう」


「ア、そうだ」


 ポンとホヌが手を叩く。


 今はすこし、言葉がおぼつかなかった。まるで出会った頃の夏の王宮できゅうくつに暮らしていたときみたいに。さっきまですらすらと話しているのはカイルと恋人になった嬉しさやリラックスからだろうけど、今、どうしてまた緊張したのか。


「できるかな……久しぶりなのだけど」


 ホヌの手のひらに、光が集まって、常向日葵トコ・ヒマワリが現れる。


 しかし切花のような形で、茎がどこにも繋がっていない。

 いや、夏の魔力で”空気中”に繋がっているのだ。


 ふたつ。


 片方はジェニース、片方はカイルへ。


「カイル、話してみて」


「……”つまり遠くへ声を届けてくれるってわけだ”」

「「わー!! 夏の大精霊様、すごい!」」


 ホヌはぴかぴかと笑った。




 表情を引き締めた双子が、港のほうへ。

 横顔はキンと引きしまっていた。


(出国準備をしている船、っと……)


(こんな島表と裏でにらみあってる時に、目立つようなことはふつうやらないよね。でもやろうとしちゃうところが、天才なのかな)


(それで採算が取れる、ってわかるなら天才なんじゃない?)


(たしかに)


(わかるなら天才。わからなければ無鉄砲)


(エル様も、無茶をするように見えるけど、あのかたが元いた世界で得た経験で判断なさっているそうだものね)


(僕らにはまだ、こうすれば大丈夫ってだれかに聞くしかない)


(メロニェースはいるけど)


(ジェニースはいるけど)


((僕らだっていつ自然に還るかわからないから))


(一緒にいられる今のうちにいっぱい頑張ろう)


(見つけた!)


(出ようとしている船だ)


(実はまだちょっとこわい)


(でも)


(時間を大切にしないとね)


「「こんにちは〜! ハッピーサマーサンシャイン♪」」





 偉丈夫はふりかえった。


 身の丈は2メートルはゆうに超えて、高身長で知られる冬の民よりもさらにのびやか。筋肉がぎっしりと盾のようにはりついている体に、ホヌ・マナマリエ島の観光客が買うようなあっさりした服がミスマッチだ。

 金属のようにぎらりとした髪を短く切り込んでいる。



「ーー行かないので?」


「水夫の諸君、少々待たせたい。その間、時計の針がひとつ刻まれるごとに金を払うと約束する。しばし拘束してもかまわないだろうか?」


「こうそく!?」


「きみたちの時間をいただけないかと交渉している」


「そうでしたら。……あ、雪国の坊っちゃんたちか」


 そりゃ無視できねえなあ、というのを偉丈夫は聞いた。

 水夫の雰囲気が変わったことにも気づいた。


「旦那。あの子らを傷つけるようなことがあったら船は出せません。夏亀様のお客様です。どうかおてやわらかに」


「うむ」


 偉丈夫は手を振った。


「こっちだ、チビたち〜!」


「ちょ」

「バカなんですか!?」

「敬意を!!」


「チビっこなどこれくらいでいいだろうよ。どれだけ血筋が立派であろうともまだできることも少なく、舐められるのは事実だ。それとも大きな力を示すのであれば、その分は考慮するがね」


 そういう偉丈夫の肌をかすめて雪玉が投げられて、あたたかな海に落ちるとしゅわっと溶けた。

 雪玉のいくつかは手のひらでうけとめ、それをギュッと固めてみせる。


 ためしに雪玉を投げるしぐさをしても二人の冬の王子たちは逃げなかった。


 丘から駆け降りるように向かってきて、雪山のソリ滑りのようなスピードを出している。


 偉丈夫は手を下ろした。

 両手で軽く雪玉をもつ。


 彼の前に二人がシュリンと氷のこすれる音をたてて止まると、偉丈夫は片膝をついた。手の片方を握り、片方を開いて胸の前で合わせるようなポーズをする。

 尊重することにしたらしい。


 そしてジェニメロは、商人は冬のあいさつを「学習済み」なのだと驚く。

 勇気を持ってもう一度あいさつ。


「「ハッピーサマーサンシャイン♪ 」」

「ジェニースです」

「メロニェースです」

「「お出迎えくださり感謝申し上げます。偉丈夫のお兄様」」


「丁寧に挨拶いただき感謝申し上げまする。こちらはダンドンと」


「「ダンドンお兄様」」


「そう呼んでいただけるのであれば。先ほどの魔法は見事でした。夏まっさかりの暑さのなかであの冷却! すみやかに冷却方法を変えてみせた足の氷に空気中の雪。機械を冷やす助けになるだろうと思うのですが、おふたりはどう感じられますか?」


「「機械ですか?」」


「申し遅れましたがわたくしダンドンは帝国の有力者でございます。世界で帝国といえば我が国家。機械産業において第一線にいる自負がございます」


「「わかりました」」


 ジェニメロは目を丸くした。

 まさかここまで口にするとは。


「海流に恵まれた島国で陸にも近いところですよね」


「機械産業のために金属を買い集められておられるとか」


「……そして土壌汚染が深刻であるとか」


「空気質も」


「「ダンドンお兄様のお体が心配です〜! まだまだこの夏の島でバカンスしていってくださいませ!」」



 ダンドンは「ング」とおもしろそうに喉を鳴らした後、二人そっくりに目を丸くしてみせた。


 エルが見ていたら「ミラーリング開始?」と言っただろう。


 あわれな二人の王子は知らないテクニックだが、そのぶん味方がついていた。



「ではこの島に残ったわたくしには楽しいことを案内してくださるのでしょうかーー」



『そこまでですダンドン皇子殿下。ごきげんよう。その楽しいことはこちらからお話しさせていただきます』


「その声はカイル王子殿下」


『おおわざとらしい。いまや殿下など呼んでいただくわけにはまいりませぬ。夏の王宮から追放扱いとなっていること、ご存知だからこそ港におられるのでしょうに』


「その物言いを近くで聞きたかったものだ。さみしいです」


『こちらこそ。しかし顔合わせは叶いますまい』



 ジェニメロは顔を見合わせた。


 どう聞いたって、嫌味の応酬だ。


 途中で止めようかとすら思った。


 この会話をしているのがカイルだから、普段の彼からしておそらくわざと話ぶりを変えているのだろう、理由があるならばとこらえた。


 あとになって聞いたところによると、帝国はいわゆる「ユニークなジョーク」が上流階級のたしなみになっており、うまく返せることで尊敬を集めるのだそう。


 ヒトとヒトの悪趣味な遊びであった。


 秘境にて自然と真剣にむきあっているジェニメロたちにとっては、理解しにくいこと。


 しかしこれから先無視できない勢力であろうことは、このあとのカイルの会話を聞いていてわかった。

 自然を大切に、だけでは回らないほど世界は進んでいるようだ。


『このような場所から失礼します』


 メロニェースが握る花から、カイルの声が届く。


 お辞儀をするように花はしおれて、またピンと茎を伸ばした。


 ジェニースは手紙を差し出した。


『あなたが好む話からしましょう。夏の島にてビーチバレーというスポーツを開催予定なんです。参加の手続きをとることができます』


「伝統行事だとか。街の方々が話していたのを小耳に。その街の方々も参加されるようですな」


『あなたもぜひ』


「聞き間違えたようだ。それとも、さらに言葉があるのだろうか」


『あなたもぜひ、参加してくだされば、そのうち王族や島裏の大精霊の補佐官どのと対戦することになりましょう』


「ほほう。勝ってしまってもよいのか」


『もちろんです。外国の友人と実力比べができるなんて父も喜びます』


((すごーくいやがりそ〜!))


「血が繋がっていることばかりは無かったことにできないからなぁ」


『お互いにね』


「ははは」


((わ、笑わせた〜!))ジェニメロは花を尊敬の目で見下ろした。

 優しいお兄さんだが、生易しいお兄さんではないのである。


(カイルお兄様、絶対にコネを保ちたい)

(この夏の島をさる前にもう一度以上顔合わせをしておきましょう)



「そこの船、しまっておいてくれ」


 ダンドンは大きく手を振り、水夫たちに願った。


 なんと金属製の船だ。どこにあのような重装備の船が目立ちもせずにひそんでいたのか、ジェニメロには想像もつかなかった。


 秘境の民のような、魔力量が高いものはまわりの魔力を察知して重要なものから注目するというクセがある。


 その隙をついて、ダンドンは一切を人力で船を造らせて、魔力のほとんどない貿易船を完成させたのであった。


 さらに真四角のコンテナといういれものに貿易品を積む効率の徹底ぶりである。

 希少価値の高い金属をじゅうぶんに仕入れて、さっさと退散するつもりだったが、ほんとうに面白い話を持ってこられたら天秤が傾くというもの。


 祖国の地を離れてさまざまな飛地に占領港を持っている帝国にとって、思いたてば旅の日程を変えることはたやすかった。


 ましてやダンドンは王族の庶子である。


 ちょうどよく目を離されやすく、ちょうどよく支配地には顔が効く。


『条件がある。そこの少年たちも参加させてやってくれないか?』


「「!」」


「結果を出せ。できるか?」


「「やれます」」


「たいそうな自信だ。その言葉はどれくらい信用できる?」


「「あなたがカイル様を信用しているのと同じくらいに」」


「やるじゃないか。見込みがある」


『よろしく頼むよ』


 水夫たちがやってきて、ダンドンは即座に金を払った。


 計算機も使わない暗算。少なくはなかったが、多くもない。チップを払わないケチっぷりには「あなたさまは商人だ」と水夫からの感想。


「つまり我々の心がわかるはずでしょう……。どうかその子たちを大切にしてください」


 ダンドンは感心した目でジェニメロを見下ろした。


「きみたち、随分と入れ込まれているんだな。さて、何をやったんだ?」


「「可愛いでしょ?」」


「あー、そんなものはウリにするな。金で買われるようになるから」


「「では大人の方が理想的な子育てをする必要がありますね?」」


「諸外国には賢くいてもらっては困るんだが。しかしまったく愚かでもおもしろくない。君たちはその年齢で、後ろ盾を持ち、暇なタイミングの俺様に出会って運が良かったとしか言いようがない。その点は尊重に値する」


 ニヤリとしている。


「本性まろび出ていますよ」

「俺様っていうひと初めてです」


「普段は隠しているんだが、実は自信家なんだ」


「「そうでしょうね」」


「なんだか反抗的な目じゃないか?」


「「だって、ビーチバレーにでられるなんて思ってもみなかったんですもの! 夏の王族にも島裏の態度にも文句がありますから、徹底的にやりたいですね!」」


「決まりだ」


 水夫から近場の砂浜を教えてもらい、帝国の従者数名とダンドン、ジェニメロがともにビーチバレーを始めた。




 カイルはホヌの前で「第三者がいればお互いだけを見て煮詰まることはないだろうと思ったんです。やり過ぎかもしれませんが……」と懺悔した。ホヌは恋人を許し、よくできましたのご褒美のキスがふりそそいだ。




読んでくれてありがとうございました!

遅れてしまってすみません><


1月25日のコミカライズはなく、

来月(隔月更新になったため)ありまーーす!!ヾ(*´∀`*)ノ


ともに待ってくださったみなさまのおかげです。

来月楽しみですね。


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