26:仲間意識
商店街に戻っていた活気が、ざわめきに変わった──。
異国からの輸入雑貨店でさまざまな商品を見る中、異世界の落とし物が混ざっており、それを私が手にとったところだった。
「カネ」
フェンリルが覚えたてのホヌ・マナマリエ会話でそう言い、ジャラリとした通貨入りの袋をまるごと店主さんに渡してくれた。
会計している時間ももったいないや。
でも、市場の価格破壊を私たちからやってしまってはいけないし。私も急いで言葉を紡ぐ。
「そのお金、お釣りはいりません! 商店街のお祝いに、私たちも便乗させてくださいな! 商品が気に入ったので、多めに払わせてください」
たしかボートが買えるくらいのお金だったはず。
それくらいなら……店主さんの人生を狂わせてしまうほどではないだろう。
この【異国の交易品】は、必ず確保しなければならないと思った。
なにせ武器のようである。
もしかしたら……銃……?
平凡な日本人だった私にとって縁遠いものだけど、だからこそ「安全・危険」の判断ができないのでひとまず手に入れる必要があった。信用のできる……北の大地に戻ってから解析や相談をさせてもらいたいところ。
……保留!
これ以上考えない!
すぐに解決したくなるほど気持ち悪いものだけど、頭の片隅に片付けておいて、今必要なことに集中するのはだいじだ。
商店街の一等地のあたり、縦に大きく作られた登り坂のところに、人垣と、ぽっかり空いた空間ができている。ジオネイド王子やコーラル姫、ジェニメロがさらされている様は、台風の目の中のようだ。
遠巻きに見ている人たちの視線は、剣呑なものも多い。
カイル王子ではないから……?
カイル王子じゃなくなった、つまり、商店街によく顔を出していた苦労人王子がついに王族として居場所を奪われた……とか、これから別の管理体制になるのかもしれないとか、上等な服と異国産の宝石で飾っているジオネイド王子とコーラル姫は、不安をあおってしまったみたい。
これ、王様は何も言わなかったのかなあ!?
反感もらっちゃうでしょうが!
それもまた勉強、ってこと?
……王様は王様で、余裕がないのかもしれない。夜の守人族の長と、水面下でバチバチケンカの最中みたいだからね。ふたりが直接対立していないことが救いだけど、早めに頭を冷やしてもらいたいなあ。氷漬けにして解決できればラクだけど、ひとの社会構造の問題はね、ていねいに紐解いてあげないとずっと引きずるものだから。
夏祭りのスポーツ、スポーツっと。
っと、フェンリル?
「あのものたちに声をかけないで、しばらく見てみよう。王子たちもただの馬鹿ではない。まだ経験が浅い子どもというだけの、見どころのある生き物だよ。
生命力が前よりもよっぽど感じられる。自分のまわりに殻を作って己を守ろうとするのではなく、誰かに分け与えるために己を開く勇気が、まとっている夏の魔力の質から感じられる」
「そう……なんだ。私にはまだ分からないなあ~……フェンリルはすごいな」
「役立つところが違うだけだよ」
私がぐりぐりと頭を撫でられているうちに、ジオネイド王子は発言した。
「この度は急に市街を騒がせてしまい、申し訳ない。私は──」
「んもぅ、そのような話し方では商店街をつまらなくさせてしまいますわ! お兄様の発言によって先ほどまで膨らんでいた楽しさが、しぼんでしまったことにお気づき? それは、ホヌ・マナマリエの王子として何よりもいけないことではないかしら!」
コーラル姫が兄の肩をペチンとする。
おおっと。
妹さんと自分自身と、どちらもからダメ出しをくらったようなものだから、二倍大変そうだね……というかジオネイド王子って、落ち込みやすい人なのかな。
そしてコーラル姫はお調子者っぽい。泣きやすくてはしゃぎやすいような、つまり空気により感情的になるタイプなのかも。空気が読めるとも言えるよね。
商店街の楽しげな空気がやや戻ってきた。
「王子様に、お姫様だって。こちらの品をどれくらいの値段で買ってくださいます?」
「割引の値段分でお願いいたしますわ。わたくし可愛すぎて籠の姫でしたから、こちらの商店街にふらりと散策に来るなんて許されていなくって、ですから記念にたくさん欲しいと思っておりますの!」
「記念にされちゃあ、次がないかのようじゃ」
「まあ。初めて記念日、二度目記念日、いくらでも作ればよろしいのではなくて? けれど、記念日過多になって毎度の価値が下がってしまうのはよろしくないかしら……お父様と相談しますわ。しかし今日は流石にたくさん買ってもよろしいわよね! というわけで、まとめ買い割引してくださる?」
「ちゃっかりしとる」
ほんと、ちゃっかりしていらっしゃる。
そのほうが街人の信用は勝ち取れたみたい、かな?
そしてコーラル姫は押し寄せる商品を兄に投げ、金額計算はジオネイド王子がこなしている。
ジオネイド王子の計算速度ったら、大したものだね。
商人が集う島をきりもりする教育として、算数や数学を学んでいたんだろう。
結果的に二人とも好意をもって迎えられている。
コーラル姫の天然プレーと、ジオネイド王子の堅実な力が功を制したみたいだね。
「ほっとした〜」
「そうだな」
「ジオネイド王子が言おうとしていたことがあるのだとすれば、コミュニケーションのあとにすれば、街人のみなさんはある程度腹を割って話してくれるだろうし、いい結果にまとまりそうだね。彼から私たちへの用事はあると思う?」
「可能ならどのような企画を再検討したのか、聞きたいというのが、国王の願いなのだろうな。もちろん、夜の守人族よりももっと多く島表の方に心を寄せてほしい、という思惑からだろう」
「じゃあ逃げちゃお」
「面白そうだ」
あとはおまかせくださーい、とひんやりした風に乗って聞こえてきた。
ジェニメロたちがいてくれるし、商店街の騒ぎはあとで聞かせてもらおう。
私たちは──。
「ボアナちゃん」
「ワ! 気付イテタ? イツカラ?」
「こっちをじーっと見てたから。声をかけたいけど、街の人たちが多くて困っちゃうな、って雰囲気を感じていたよ」
「ソノ 通リ。アノネ カイル 捕マッタ」
「おっと」
思わずフェンリルを見る。
飄々としていて、特に心配はしていないみたいだ。
ほ、本当に、大丈夫だと感じてる? 私ってば少しテンパってるよ。ボアナちゃんに改めて聞いてみようか。
「……カイル王子はホヌ様と一緒にいたよね。ということは、それをよく思わないから長に捕まえられてしまった? それとも彼自身がなにか動いたから?」
「安全 ノタメ ッテ言ッテタ」
「うーん……よくわからない。フェンリル、どんな気持ちでそんなことが起こっちゃってるんだと思う?」
「今は国王も長も、気持ちで動いているようだからな。安全……ということは、乱暴な事や酷い環境に置かれているわけじゃないだろう。カイルの安全は夏亀にも影響するはずだが、海も荒れておらず、空も晴れている。原生林のあたりが乱れているから離れに囲っておいた方が安全とみなしたのか。それとも、国王への兵糧攻めなのか」
「あーう……。そこまでは私は思い至らなかったな」
「悪意だからな」
「悲しくなるね」
「ああ」
私は悲しみにおぼれないように、ぐぐっと唇を噛み締める。
「ふっ……はあ~~! んん、内側に溜めちゃったモヤモヤが出ていかないな~。雪山だったならグレアに乗って野山を駆けて気分転換するんだけどな。整えられた道の他所の島で、そんなことするわけにもいかないし」
チラリとフェンリルの方を見る。
毛並みに埋もれてモフるのはすばらしい癒しだけど、ううん、今はなんか違う気がするんだ。自省への凹みじゃなくて、誰かへのチクチクした不安だから、フェンリルにぶつけてしまうのは違うんじゃないかって……。
「エル。世界は繋がっている」
「? そうだね」
「この島だって同様だ。人々は境界線をつくりエリアに名称をつけているが、目には見えていない。どこまでも自然が連なっていて壁なんてないんだよ」
「それはたしかに。……なんか、自然のことをやたらと語るのって、大精霊の特権使おうとしてる?」
「私は人間社会と仲良くやっていくつもりだが、まったくの人間に戻ったつもりはないよ。エルのパートナーで人型になれる大精霊さ」
「屁理屈!」
私が大きく笑ったので、ボアナちゃんは「???」と私たちのことを不思議そうに交互に眺めている。
「土地の問題はひと段落して王族は継承権を整理して、街と手をとり、表と裏のトップが顔合わせまでしたんだから、ひとまず生活は保たれているとみましょう。そして、私はモヤモヤしている。ううん、させられている」
「うむうむ」
「長。なにやってくれとんじゃい」
「うむうむ」
私の言葉は完璧に聞こえるボアナちゃんは、ぷくっと頬を膨らませた。
「ウン。長……イライラ シテサ。イライラ コッチに あたらないデホシイノ」
ボアナちゃんは夏の夜任務を経験したことで、心が成長したらしかった──。自分の故郷をただ盲信するだけではなく、伝統のある集落でも犯罪に近い揉め事が出てしまったことや、尊敬する長であってもおかしなふるまいがあれば批難するなど。
しだいに身につけて、大人になっていくんだろうな。
今は、なんだか違う気がする、という気づきが始まったのかもね。
……まぶしいな。
内側に溜め込んでしまってつぶれかけた私よりも、よっぽど健全で健康的な成長にみえるよ。
頑張ってほしい。
好奇心旺盛で表の商店街までよく通ってきていた彼女ならば、原生林の故郷を愛する気持ちとあわせて、いつか、表と裏の架け橋にもなれるんじゃないだろうか。
夏妖精がやってきて彼女の肩にとまり、休む。
夏に愛されてもいるようだ。
「ねえ。駆け出したい気持ちなの。一緒にいかが?」
「??? イイヨ!」
「度胸もある」
くすくす笑う。
そうだ。
「フェンリル。"今回は"私がやってみたいなあ。できるかなあ?」
「できるさ。島はおおらかな夏の魔力に包まれていて、今の私たちは夏狼だ。夏の空気にまかせるように獣型になってしまえば、あの、入道雲というやつのように大きくなっていける」
「やってみる! ボアナちゃんをまかせてもいい?」
「こちらにおいで」
「??? ウン」
ボアナちゃんは本能的に、フェンリルを味方だと思っているようだ。
嫌がることなく、手を引かれた。
ワクワクしているようなフェンリルの前で、私はイメージする。
私の獣耳が大きくなっていって、肌は雲のような夏毛に包まれる、夏の繊維で編まれた服は魔力そのものになり溶けるようになじみ、入道雲みたいにぐんぐんとふくらんでいく私は、わたあめみたいな夏狼。
あ、風。
う、浮かぶ!
手足をバタバタとさせる。スイーーーっと、前に進み始めた。
おもしろーい。
眼下に見えるジオネイド王子が(そのお姿は内緒なのではなかったですっけーー!?)とか口をパクパクさせている。ごめんね大精霊が負の感情を溜め込むとよくないのよ、なんとかいい感じに、フォローしたってちょうだいな!
これからホヌ様がはっちゃけたい気持ちになったときに、支えて差し上げられる夏の王族に育っていってね。
背中がくすぐったいのは、興奮したボアナちゃんがぴょんぴょんしているから。落ちちゃわないようにフェンリルが気にかけてくれてる。
よーしお散歩しちゃうぞー!
どこまでかはわからないぞおー!
読んでくれてありがとうございました!
2024年9月25日のコミカライズはおやすみです。続報を一緒におまちくださいまし(>人<)
夏のひざしの前では、しんどみ深しな水面下対立も、ちょっと明るめに対策してみっか! という気持ちになりそうです。つきつめて暗くしたからいい結果に繋がるとも限らないし、人々はたくましく商売するいい空気ですし。
上空から街を見守るつもりでイメージしています。
引き続き、書いていきますねー!




