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24:紙に日本語

 紙に書くのもはばかられる。

 夏の王族と、夜の守人族の、それぞれの主張と対立。

 ……文化の違いが大きすぎるなあ。……両人が理性的で表立っては握手をしてくれていることが、かろうじての救いかな。


 しかし、頭の中だけで整理をするのはむずかしい。

 夏の島の勢力が複雑にからみあって、こんがらがる。一部を整理しては、ああちがったこの文化背景は……と、修正。修正。修正。また、別のところがずれてしまう。


 雪国にいたときのような冬の大精霊の勘は、ここではひどくニブい。


「すみません」


 北の護衛団の人たちに声をかける。

 彼らはすぐに頷いてくれて、どうやら私が声をかけたことで氷色の爪の色が濃くなり元気が戻ったようだが、それまでは少し疲れた様子もあって、夏に滞在するのはきびしいことのようだ。

 冬狼の夏毛のような加護が彼らにあるわけじゃないから。


 ……長居はできない。

 早めに、けれど丁寧に、今回のしがらみを解いていかなくっちゃあね。


「紙をもらえませんか? 考えていることを整理したくって」

「了解しました。北の樹木から作られた紙です。エル様の考えをすっきりとさせる助けになるでしょう」

「そうかもしれませんね。宿っている魔力や、北の大樹の精霊が、私のことを応援してくれているような気持ちになります。ありがとう」


 触れるとひんやりする紙だ。


 さて、ここに、日本語で書き込んでいこう。


「読めないな。なるほど」

「フェンリル。……どうしてこう書いてるか、わかる?」

「わかるよ。夏の王族はさまざまな言語を知り、夜の長もまた言葉を察するところがある。その気がなくともエルの文字がどちらかを刺激したらよくないな」

「うん。冬の大精霊が残すものには価値があるからねえ……」

「私たちが食事をしたあとの魚の骨をスケッチしている者もいたな」

「ぜんぶ面白記録になっちゃうんだよね。でも、もしも私が画家なら、食べたあとに魚の骨が凍っているような現象ってとても面白いとおもっちゃうかも。ただでさえ夏の暑さの中で氷は貴重なんだし」


 雑談をしながらも文字をまとめていく。


 今回の問題は、つまりこうだ。



 夏の王族は警備のミスをした。

 交易を拡大させることに国の整備が追いついておらず、他国人が望まない動きをとることにつながった。また、対処についても、北国の協力がなければ解決できなかったかもしれない。

 ・どうすればよいか見通しが立っていない。


 夜の守人族は内縁のミスをした。

 個々人それぞれがよい判断をするようまかせすぎて、他国人に騙される女人に気づけなかった。”すぐ処罰を下す”掟に待ったをかけている状態であり、もしも処罰で口を封じれば、原因はずっと判明しないはず。

 ・また同じことが起きるかも。


 両人の協力がむずかしい。

 最適なのは、警備能力に長けている守人族が表の港にくること。王族に倣い周知徹底することを島の裏がみにつけること。

 ・信用が築かれていない。


 信用は下がっている。

 カイル王子がホヌ様と心を通わせたことで、守人族はショックをうけている。カイル王子……カイルさんは王宮から出ることになっているものの、利用したい豪商の方々の接触があった。



 私は、書く手を止めた。


「む、むっずかし~……!」

「戦わせずに完璧にやろうとしているからでは?」

「フェンリルって喧嘩っ早いところあるよね。雪山なら仲裁のフェンリルがいるからこそある程度喧嘩させてあげられるけど、夏の島ではそんなやりかたをしてこなかったからこじれてるんだと思う。はじめての喧嘩の仲裁をホヌ様に頼むのは……しかもこの内容じゃあ……」

「なんだっけ。当たって砕けろ」

「砕けちゃだめなの。個人じゃなくて集団の問題だからね」

「人の群れはいいことを継承してゆくが、悪いことも覚えていてしまうからな」


 フェンリルが懐かしむように苦笑するので、私もつられた。


「春の国はわりと個人間の感情のことだったんだけどね」

「ふむ。こちらでは、王族も長も、それぞれの集団の利によって判断をしているわけか。気持ちだけのことではない」

「そーだねえ。きっと、やりたいのは取引なんだよ。これからのための。けれど信用の積みかたがそれぞれちがってむずかしいの。お金なら、守人族にとってはいらないもの。約束なら、文書や押印をどちらもが重視していなくちゃ成り立たない。誠意を見せる儀式とか、ありそうだけれど王族側は乗ってこないだろうなあ……」


 あ、北の護衛団のみなさんが眉をハの字にしている。

 意見できることがないのを申し訳なくおもっていそうだ。

 彼らには彼らの仕事があるし、旅の知識や、道中のお世話でじゅうぶんに助けてもらっている。それでいいんですよ。


 ぴょこり、ジェニメロが草葉の影から飛び出した。

 ここは涼しい風が吹きやすい北の応接室なので、北国出身者ならいつでも出入り自由なんだよね。


 ジェニメロにも話を聞こうか。

 王室や王子たちの部屋、図書館や豪商の商談場など、さまざまなところに積極的に出歩きしていたはずだ。


 どうやればいいだろうか?


 彼らも流れを把握しているので、かいつまんで話す。


 丸く可愛らしい目がこちらをくりくりと見つめた。


「人の集団に集中しすぎている気がします」

「お二人がそのお力をまことに発揮されるのは、人ではとうてい入りこめない、精霊や大精霊の懐」

「そちらに協力を命じたらいかがでしょう」

「人は大きな社会を持つとはいえ、足元の大地がなければ、生きていくことも叶わないのですから。超自然的なみなさまの声だけは無視できません」

「人同士であれば軽視することもありますが」

「空気がなければ、魔力がなければ、思い知るのです」


 ふるふる! ジェニメロは身震いしてみせた。


 彼らは経験したことがあるんだ。

 フェンリルが調子を崩していた数年間、雪山周辺の気候がおかしくなり、魔力は薄すぎたり濃すぎたり、吹雪が襲ってひもじい思いをしたこともあるだろう。生きられないかもしれない脅威をまざまざと感じたことがあるんだ。


 対して、こちらの夏島はどうかな……。

 ホヌ様がとーーっても頑張って、若いからムリできちゃって、海はいつでも豊かな恵みをもたらして夏の暑さは人々にとって最高の居心地。

 立派に育つ木々で舟をつくり、交易によって生活も豊かだ。

 お金も物資も自然も、すべてそろうような日々を何十年も過ごしてきた。

 この島に住まうご老人さえ、貧しかった頃を忘れてしまったかもしれない。

 夜の守人族だって、伝統的な生活を変えなくてもいいほどに安定した自然の中にいたはずだ。


 そういえば……。

 私たち冬フェンリルが、大きな魔法をつかったときに、夜の守人族の長でさえも驚いていたっけ。あれは恐ろしいものを目の当たりにしたような表情だった。ホヌ様は安定のために小出しに力を使い続けていたから、雪崩のようななすすべのない暴力的な魔法に畏れを抱いたのかもしれないね。


 ん?


「兵糧攻め……」

「エル?」

「いやあ。ちょっとお灸を据えるのはどうかなっとか」

「オキュウヲスエル?」

「つまり……」

「喧嘩か」


 ニコッとしたフェンリルが、ポンと私の肩に手を置いた。

 嬉しそうにするんじゃありませんよ。

 私が乱暴みたいじゃないですか?


 ジェニメロの方を向く。


「でも北の使節団が乱暴な手法を使うとか噂がたつとよくないんじゃ……」

「自然の偉大な力ですね!」

「春龍様かっこよかったです!」

「むしろ、冬に吹雪をやっといて春の嵐をやっといて、夏になんもなしだと、一貫性がないまであるのかも……」


 おっとっと。私の頭が獣になってきたような気がします。

 元は社畜のヤケクソがルーツだって?

 それはそう。


 フェンリルがふしぎな口笛を鳴らして、夏妖精を呼び込む。

 ……夏妖精なんだよね?

 ……いや、一見夏妖精に似てるけど、蛇の半身を持っている。夏蛇だ。それからカゲロウみたいな翅のある生き物や、ネズミっぽい小精霊など。いつのまに手懐けていたのやら。


「エル。協力をしたいそうだ。なんでも頼むといい」

「フェンリルと仲良しなの?」

「私と仲が良いということは、エルの命令も聞くということだ。このものたちは大精霊に従おうというだけさ」


 それにしてはフェンリルに懐きすぎでは~!?

 おさまれ私のジェラシー。今はそんなときじゃないから。

 感情を後退、作戦を前進。

 ……夏のみなさんもちょっとこんな感じあるのかな。


「精霊などが従おうとするのは、そうすれば自然が良くなるだろうという期待だ。応えよう」

「……うんっ」

「よく言った。プレッシャーもあるだろうが、まずはやろうという気持ちから始まる。そういう気持ちが精霊たちに伝わって、エルにも従うよ。望みを言い、協力を仰ぎなさい。このものたちが困っていたことは私が解決しておいたから、余暇で手伝ってくれるさ」


 できるフェンリルだ。

 ありがたいや。


 テーブルに広げていた紙を片付けたら、私の前に精霊たちが並び、各々の礼らしきものを披露してくれた。


「王族と守人族に喧嘩してもらうことにしよう。ただし、武力衝突じゃないスポーツとして。仲裁ではなく審判として、夏の小精霊たちに助力してもらう。ホヌ様とカイルさんは……観戦者がいいんじゃないかな?」


「「どんなスポーツにしますかあ!?」」


 ジェニメロが目をキラキラさせている。

 北はアイスホッケーのようなことをしてたっけ。夏の島では危ないのでだめです。


 毎年の夏に、この島の人たちだけでも継続できるようなものがいいな。


 そして夏の魔力をたくさん使っちゃうようなもの。

 しかしホヌ様のお助けはなし。


 くたくたに余力がなくなっても、生活は続く。

 彼らは協力しなくちゃいけなくなるんじゃないでしょうか?

 そのための信用はフェアスポーツをすることによって培われるのでは。


 少し心細くなって、フェンリルの服の袖をつんと引く。


「私、甘いかな?」

「エルが甘くしたら雪国ではうまくいったよ」

「そうだけど……」

「小精霊も乗り気なようだ。よい流れを感じるし、それが違っていたらまた別の作戦にしたらよい。間違ったものじゃないならやればいい。最初から完璧な正解をしなくちゃいけないわけじゃないよ」


 少なくとも、これまでとは違ったやり方を試せるのだと、フェンリルは面白そうに言った。


 私、準備をがんばるね!


 企画人エル、はたらきまーす!


読んでくれてありがとうございました!


7月25日のコミカライズはおやすみです。


また来月会いましょう( *´꒳`*)੭⁾⁾

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