23:朝方
夏祭りを前にして(中断になっていたわけだけど)、夏の島ホヌ・マナマリエのひと騒動はおさまった。
カイル王子はホヌ様と本心を話し合い、和解。
おたがいの立場を重視するあまりついてしまった嘘をとりはらって、それぞれに惹かれていること、恋とするべき心境であることを確認しあった。難しいことであったとしても共に望むように生きられるよう協力する覚悟ができたらしい。
ジオネイド王子を中心とする王様直下のグループが、夏島にもぐりこんでいた不審者たちを捕縛できたそうだ。
私たちが少し力を貸したものの、マンタを操る夜の守人族との交渉やその後の処理をかってでて努力していること、今までになく真摯にもめごとに向き合っているみたい。これまではもめごとにすすんで関わろうとしてこなかった(北のフェルスノゥ王国に言わせれば自覚の欠如……)ところを、力が足りなければ周囲に助力を乞いながら、解決を最優先にがんばっているらしい。そのような姿勢を王族が見せていることで、王宮で働く人々もほっとしていた。
夜の守人族が王宮に足を踏み入れたのは長が生まれてからというもの一度もなかったことらしい。領域に踏み入らないことでせめて揉めないようにしていた、けれど、揉めてでも協力をしようと方針を変えたらしい。
そのてん勉強不足でもあったコーラル姫が連れてきてしまったのだが、王様は難しい顔をしながらも来訪を受け入れて、長はもうヤケクソになっているのか堂々と正門からやってきた。海水にびしょ濡れで床を浸しながら。
夜と昼がまざる、朝の日の入りの時間帯、[夏をつかさどる]人たちの気持ちのすべてがここにあった。
どうも、エルです。
そして隣にいるのは、あくびをしているジェニ・メロ北王子たち。
それからお疲れのフェンリル。
お付きの北の従者のみなさんは10歩ほど下がったところで静かに待機してくれている。
(エル。君も疲れている。ぼうっとしていなさい)
(そうはいっても、頭に入れておかないと)
(ジェニメロはそのためにいるんだ。彼らが学習する、フェンリル族は力で助ける。ここに立っているだけでも効果がある)
(うん……確かに疲れた……肩を貸して。目を瞑っているね)
すやあ。
まとまってよかったな。
早朝の夏の王宮には、疲労がありながらも晴れやかな顔をした、黄色の夏の爪をもつ人たちが集っていた。
その姿を見てから、まぶたを下ろした。
エルがそっと目を瞑るのを、実のところだれもが横目でチラチラと観察していた。フェンリルが口元に人差し指をあてて(おかまいなく)とするのを、夏場には珍しい氷の芸術を眺めているような夢見心地で、だれもが自然に頷いていた。
ホヌだけがくすりとして、ポッと頬を染めた。
ジオネイド王子が咳払いをして、口をひらく。
「逃がしていたら致命的だった──! これまでにない被害が現れたことだろう。水際で助けてくれた、夜の守人族の長にここで声を伝えてほしい」
おお、とどこからともなく大勢の吐息。
風もここちよく吹き抜ける渡り廊下の中央で、はたらいている最中の従業員のだれもが耳を澄ませたりなどしている。ちょっとの会話もまたたくまに端々にまで伝達されるだろう。それくらい滅多にないことが起こっている。
夜の守人族の長が、謁見の間まで歩かず、「ここで」と足を止めたのだった。
王子たちは(なるほど。水夫たちをさすがに謁見の間に通すわけにもいくまい)ととらえた。
水夫たちは(長は秘密を嫌がりなさる。話を広く聞かれたほうがまちがいがないという判断だろう。先代までの隠れすぎた夜の守人族たちは、心無い噂を流されたこともある)と渋い顔をした。
「”昼の言葉”は話せる。それでよいか」
「あ、ああ。ぜひ、そのように」
「我こそは夜の守人族の長である。個人の名は長となったときに森に返した。それゆえ長と主張させてもらう。このたび夏の島に人災が降りかかったこと、怒りを感じる。そちらにも、こちらにも」
「なっ」
ジオネイド王子は息を呑んだ。
無礼な物言いだと憤った、しかし、引っかかる言葉が随所にある。長は慣れていないはずの昼の言葉を使っているのでまちがえたのかもしれない。威厳ある様子に圧倒されてはいるものの、実の親である国王であっても堂々としながら失敗することもあるのだ。
(おちついて、調和のために話すのだ。父は口を結び私に託している……試している。カイルはホヌ様を支えている。……)
「整理のため口添えをさせてほしい。人災であることは間違いがない。自然に発生したものではなく、人が組織の利益のために暴走した結果、自然の最たるものである大精霊様に迷惑をかけてしまった。もっと事前に気づくことができなかった私たちの反省であり、己への怒りです。そして、そちらのお気持ちは?」
長は理解した。ホヌが眺めている前で、後悔や憤怒などを溢れさせるべきではないのだと。荒くなっていた息を整える。
「フー……。こちらは外の良からぬものに接触を許してしまった。不審者との接触があったというのに捕縛の判断ができず、ことを進めてしまった」
「それは、長が傷つけられてしまい対処はむずかしいことだったと聞いています。観光客かもしれないと街のために我慢してくれたのでしょう」
「それでもだ。……いや、できなかった後悔をぶつけても意味がないな。これから、これからが大事だ。同じことがくりかえされぬようにしたい」
「同感です。父上」
「うむ」
国王は言葉とまなざしで王子に応えて、夜の守人族の前に進み出た。
その際、部下からマントを受け取った。夏にはふさわしくないほどに布が贅沢に重ねられて重く、ずんぐりと国王を誇大に見せかける。王冠がその輝きを増したように錯覚するほどだ。
長は理解した。
自らの爪を弾くようにすると、夏の黄色の魔力をまとって水気をはじき、鳥の大羽などであしらえた頭飾りは迫力たっぷりにピンと開いた。
「握手を求めたい」
「夏の島のこれからに誓いを」
「過去の反省を胸に刻み」
「しかし歩いていく。この地で共に」
「おお……!」
国王は瞬き、長は口角を歪ませた。
「”俺が”いま考えた。伝統にこのような文句はないが、いまを生きる夜の守人族の総意とする。まちがいはない。一切の異論は起こさせない」
「そうであるか……。……では、こちらに招きたい」
「父上!?」
ジオネイド王子が驚いた声を上げる。
無理もない。つまり、このたびの緊急時のみならず、昼の領地に守人族を踏み入れさせるという発言。どちらもの境界があいまいになれば、主張がぶつかり混乱のるつぼになることはジオネイドにも察しがつく。
カイルは青くなりつつも口を閉じている。
黙って行方を見守るのも覚悟のいることだ。あちらはあちらで、国政から遠ざかってゆこうと腹を括っているらしい。
「断るぞ」
「長。……そうですか」
「そもそも昼の街に見るべきものが多いという見解がちがうのだ。重要視しないため俺たちはそちらに常駐はしない。海流からして島の裏側から忍び込む輩がほとんどだ。それを狩る伝統を裏切らない」
「……狩る、と? これまでも」
「近頃のルールでは過激やもしれない。しかし長らく続いてきたことだ。島の影にさしかかったらば人ではなく獣ととらえよ。獣は我らがさばいて仕舞う。それだけのこと」
「しかし」
「それだけは目を瞑れ」
国王は後悔した。すべてが書面で伝わっているわけではない。しかも夜の守人族のほうは記録に残す風習もなさそうだ。
目の前の男がきゅうに不気味にも思えてきた。
怒りを我慢している燃える目。
すばらしい頭飾りは今となっては古臭く未開人のよう。
先ほど、いま考えた、と言ったことは手軽な嘘ではないのか。
昼の言葉を操ってはいるものの、王宮にやってきたとき国王にも耳慣れない古風な言葉ばかり使っていたことが思い出される。
国王は目を伏せる。
勘のいいカイルを手放して、遅れて成長中のジオネイドが矢面に立っていることが彼を焦らせた。矢面、そのように、代表という輝かしい一場面ではなく、危険なところに弱い盾を置くかのように感じられたこと。
国王の爪の黄色がくすんだ。
(おや)と、フェンリルは感じ取る。
ジェニ・メロは顔を見合わせた。
ひとまず人々は解散した。
そしてエルが横抱きにされてまどろみ、中庭の休憩どころで目を覚ますと、なんとなく気まずい空気を感じ取る。
「え、まだ問題があるって?」
「ハネムーンができると言っても効かないか?」
「安心してからでないとねえ……」
「エルは、そうだな。そういうところも好きだ」
「役に立ちたい。ううん、みなさんが笑顔になれるような結果にしたいの」
「では、私も手伝おう。住まなさそうな顔をしなくてもいいよ。エルと一緒なら面白い」
「面白い?」
「思いがけないことに遭遇して、それを解決してしまえるだろう」
「が、がんばる」
「なんとかなるよ」
遠方、ホヌとカイルが手を繋いでいる様子がふと見える。
なるほど、どうにかなるかもしれないと思わせてくれた。
読んでくれてありがとうございました!
6月25日のコミカライズはおやすみです。
またお知らせしますね!




