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22:夜の海歩き

 踊るように水面を歩んでいく、水中にいる契約幻獣マンタに乗る夜海歩き。


「いつもの海じゃねいな」

「問題はなーがね」

「あれじゃろう」


 指を指すこともなく、一人がそう言えば、他のものも理解する。

 水面歩きは神経を研ぎ澄ませるものだ。

 誰がどちらを向いたのか、水上には何があるのか、それが何者かまでは分からなくとも、おおよその大きさや音・雰囲気などは感じ取ることもできる。


 ぼう、と浮かび上がるようにそれは見えている。


 のっぺりとした影であるけれど、そのものが浮かぶ水面は荒々しく暴力的に弾けるように動いていた。


「ホヌにはないおかしな船じゃ……」


 三人の水夫には緊張が走る。


「船ではあるんやろうが」

「音が嫌じゃね」


 ふいに、おかしな船は跳ねる。

 船頭が完全に水面から離れてしまい、くっ、とポーズをとったようにとまった。そのあと爆発的に走り始める。

 こんな風もろくにないような夜に。

 帆も風をうけられないというのに。

 そもそも帆がつけられてもおらず。

 船体だけのくせをして、人の意思のみで走ってゆく。


「「「なんじゃああああ!?」」」


 夜に水夫が吠えたのも無理はない。

 その声を発することで己を叱咤し、すぐに動くためのクールダウンが必要だったのだ。


 力を込めて足を踏ん張られたことによって、マンタにも気合いが入った。水夫の足を押し上げるように背を膨らませて、いっそう力強く泳いでゆく。


 もう何も話さなかった。


 驚きと不安は声となって夜に散り、残るは、そのような異物・・をホヌ・マナマリエに持ち込んだことによる怒りである。


 王族があれらを許可したとは思わなかった。

 それくらいは王族のことをまだ信用している。

 夜の守人族の族長もあれほどのものに目溢しをしないだろう。


 つまりは表にも裏にも顔向けできない代物である。


「あいつらか! 顔が見えた。ふうん、内陸のごつごつした骨ばった体格の奴らじゃ。観光客で荒っぽいと言われとったんとはずいぶん違うな。ははあ、企んでいたのが夜の海を荒らすことだったっちゅうなら目立ちとうないが、町の警備員はあれでいて鋭い、べつの観光客に金を握らせてやらせとったんじゃろう。いけねえな!」


 夏の海にそんなことをしないが、唾を吐きたいような気持ちだ。


「空が冷えて、白っぽくて、それが、こんなにも夜を明るくしよるとね。ありがとうございます。冬フェンリル様たち!」


 もっとも気が利いてもっとも穏やかな水夫は気持ちのやりどころを大精霊への感謝を示すことにつかった。間違いのないものに心を使えるのは人として救われるような心地になるのだ。


 水夫の中でもリーダーを務める7ヶ国語を操る男は、猛烈に頭の中の記憶をあさった。そして、怒りで熱くなっている唇を冷まそうとべろりと舐めた。


「おー、思い出した。こないだ重たい荷物が運ばれてきよったろう。ガチャガチャと箱の中で音が鳴っとった。隣にはくさいニオイの液体がチャプチャプしとった箱。大量に卸すようなモンじゃない、オーダーメイドのもんを誰かと取引するんやろうって思っとった。

 しかし、それを組み合わせてあの船にしたんじゃ」


 マンタは加速して追いかける。

 距離は徐々に詰められていく。

 外国語で何やら話しているのが水夫の耳にも届くようになり「ーーあんな原生生物になぜ最新技術が負ける!?ーー」と取り乱していることがわかった。


「便利は便利なんかもしれんがのう」

「内陸のもんは海の恩恵を受けれないからなあ。まー、速えは、速えと言えるかの! かっかっか」


 そろそろ追いつきそうだ。余裕が出てきて、水夫たちの雑談も和らぐ。

 腰には太いロープをぐるぐると巻いており、これを、彼らの知ることもなかったカウボーイのように獲物の腕や胴に巻きつけて引っ張るのだ。

 すると水中に──ドボン。

 大の男の質量など引き上げられるくらいの筋力はある。

 水中に一度落とすのは、暴れるであろう獲物をぐったりさせて大人しくするのが理由だが、夜の海の所業により幻獣に怖いイメージが付き纏ってしまったのはこれも一因である。夜の海になど来る人が悪いというものであるが、いつだって加害者の方が声が大きいものだから。


(待てよ。もしもこのまま海に落としたらあ、あやつら、なんと主張するじゃろうのう? いっそ藻屑にしてしまったほうが、国際問題っちゅうのも揉めずに済むんじゃないやろうか。……)


「その喋り方ぁ、やめい。失礼じゃ」


「すまん。しかし、妙なところを気にするのう」

「しっかり気ぃ失わせるんじゃ」

「……ええのか? 何やら考え込んじょっただろう」

「うん」


 自分よりも有能な人がこの島に今、居ることを、水夫は思い出したのだ。


「カイル王子・・がなんとかするじゃろう!」

「そりゃええ」

「こーいうときのために坊主・・は外国周遊なんぞ行ったに違いない」


 ホヌ・マナマリエの地位を当たり前に与えられていなかったカイルは、どのようなところにでも潜り込んで、王族教育をしてもらえなかった部分を現場で見て、聞いて、体験して、習得していった。

 その経緯の中で水夫小屋にも世話になっていた時期があった。


 夜の海にもあの金色の髪は眩しく、カイルが波に乗れば海は優しく、あれはまさに気に入られているのだろうと、それならばお役に立てるように厳しく躾けてやらねばなるまいと、水夫たちはしっかりとカイルと向き合ったものだ。

 カイルの地頭の良さと必死さによりまたたくまに教え尽くしてしまったのもいい思い出である。


「まずは一頭おーーーっ!」

「「いよおーーーっ!!!」」


 獣じみた声で狩りが行われる。

 ロープに巻きとられたことを自覚したら、その瞬間に海に引き摺られており、あとは酸欠と暗く深い海に抱きしめられる恐怖にもがくのだ。


 船上は騒がしくなり、怒気を帯びる。


 それ以上に怒っていることを水夫たちは全身で表現する。

 声を張るたび、足を踏ん張るたび、マンタの背がビリビリと震えるような、夏の海の夜守りである。



 ──あるところに死にかけた海があった。

 ここを夏にして良いかと問う、その救いの波に乗り海は蘇った。


 夏亀様と足踏みすれば、水面も踊り、海も陸になる。

 甲羅からこぼれた夏の光が、水面にちらばり海の生き物を彩る。

 サファイヤの雨は、豊かに海を膨らませる。


 この流れに呑まれてゆけ。この恵みのために働け。

 流れ見えぬならずものは誰じゃ。

 恵み分からぬ大馬鹿者は誰じゃ。

 呑め。呑め。呑め。ここは楽園。


 ──ホヌ・マナマリエ。

 ──ホヌ・マナマリエ。



 呑め!……ここで足踏みすれば、マンタは飛び上がる。

 ここは楽園!……歌えば縄を持つ手に力がこもる。


 おそらくこれを夏亀様が望まないであろうことはもうわかっている。この歌は表のものとは違う、ここで生きる人間のための狩りの歌だ。人の祈りと決意が込められている。歌うほどに人間らしく煮詰まってゆく。


 船のものたちも人間臭さが濃くなっていた。

 負けられない気持ちをそれぞれが持つのだ。


(ホヌ・マナマリエに入港するとなりゃあ、この島の王族か守人族の船でなきゃあいかん決まりじゃ。島の素材で作られていて、この辺りの海に愛されておる船じゃなきゃあいかんのじゃ。音って言うたが、そう、帆や海をすべる音は夏亀様の聴覚を邪魔せんような伝統工芸よ。ここちのよい波の音は夏亀様をずっと癒し続ける……それを邪魔するなんてえのは、とんだ迷惑モンじゃ)


「おらあ!!」


 2頭目。


「夏亀様は、体調がすぐれなくってもなあ、夏のためにと、ずーっとがんばってくださっておったんじゃ。辛い時も笑顔。きつい時も笑顔。求められたら笑顔。そーやって夏を守ってくださっておった。ただの人には感じることも許されん、何百年もの間じゃ。それほどのもんがお前らにあるとはァ、思えんな!!」


 船のスクリューは爆音で暴れ出し、マンタと避け合いつつもつれあうようにして、さらに沖の方へと戦いながら進んでゆく──。






「うわああ、あっぶない、ひえーっ……ヒヤヒヤする、ヒヤヒヤするよおおお。でも手を出しちゃダメ、手を出しちゃダメ、手を出しちゃダメ……うーっわーっ」

「エル、平常心」

「うんんん」


 こちらエル。

 夜目と体感で海上の様子を見ております。

 王族の方と港のやり取りはうまくいったらしい、って熱妖精に教えてもらいホッとしていたら、海上の戦いがすんごい。小舟にスクリューエンジン? よその国でも異世界の落とし物があったっていうし、そういうものが悪用されたのかな……。それにしてもマンタが強い。


 この島の方々が解決できるようになる邪魔をしちゃいけない、いろんなことを冬フェンリルの力で私もできるようになったからって、他の人のやるべきことまで取り上げちゃったらいけない。


 それはそう……。

 それ以外で、見ている以外にもフォローできることはないかな?


 感覚を研ぎ澄ませてゆく。無理はしません。

 大精霊が暴走したら異常気象を引き起こしちゃうから。

 フェンリルはソッと側にいてくれて、もしも私が頑張りすぎになっちゃったら注意してくれるみたいだ。


 海上は燃えるように熱い戦いが繰り広げられている。

 私はもう人としてあれほどがむしゃらになれることはないでしょう。

 だからこそ、応援したい気持ちがある。


「あ……フェンリル、相談!」

「なんだい」

「あそこに夜の守人族の族長いるでしょ?」


 手を繋いだら私の注目しているところが一瞬で共有された。


「ほら、なんか伝統船みたいなのに乗ろうとしたのにやめちゃってて、視線は沖の方に向かってるから、水上に行けるマンタを探しているんじゃない?」

「そうかもな。海の底にもっとも大きなマンタがいるぞ」

「やっぱり!?……あの子を呼べないかな?」

「できるぞ」

「やりたい」

「わかった」


 フェンリルは熱妖精をまず使い、砂場にいた巨大ナマコのような影や、マーメイドみたいな影、さまざまな幻獣を伝って、深い深い海の底にまでコミュニケーションをしたみたいだ。

 すごすぎる。

 いつのまにこんな技術をっ。


 巨大マンタが現れた! さすがの族長も港手前で尻餅をつきそうになっていた。


「あの男もあれに乗ったことはないのだろうな。ふむ、気合いの見せ所だ」

「気合い見せてもらお~!」



 ──はたして、族長は期待に応えた。


 すぐに状況を把握して、黒い海鳥とともに海に繰り出す。

 速い! はやーい!



 機械のスクリューは立ち向かう力にもなれず。


 浮上アクアスーツは水量豊かな夏の海中では無力。


 高波。巨大マンタ。ボディプレス。船は藻屑。


「「「「ぎゃあああっ──!!!」」」」



 長! と水夫のみなさんが呼ぶ。

 息も上がっていて苦しそうだ。

 彼らもとっても頑張っていた。


 長は巨大マンタが海中に帰ってしまいそうなのを嗜めていた。ここで帰られちゃあ彼もさすがに溺れちゃうもんね。あ、和解したみたい。水面で安定した。


「こいつら、殺しはしないぞ。生き証人がいなきゃならんからな。夏の海の海水をたっぷりと飲んだろう。夏亀様がよほど喜んでおられるこの海で、全身浸って死に際を彷徨った、ようこそこちら側へ。もうこちらに流れることでしか、おまえたちは生きられまいよ」


 夜の守人族たちは、未開ジャングルの不気味な生物かのように底から響く笑い声を上げた。ガラガラガラって感じ。

 迫力たっぷりだ。


 あれですな。

 ホヌ様がカイル王子とラブラブっていうことへのヤケクソも入ってませんか。


 恐ろしかったので、ちょっと視線を逸らして横を向いた。


「そ、そーいう仕組みだっけ?」とおそるおそる隣の彼に聞いてみた。

「いや聞いたこともないな。脅しだろう」ケロリとフェンリルは答える。


 私はまだまだピュアな子狼であったらしい。




読んでくれてありがとうございました!


5月31日のコミカライズはおやすみです。


海の大冒険水夫、彼らの視線を追っていくのは面白かったですー!みなさんも同じように夜の海を見てもらえたらいいなっと思いました。


では、来月にまた会いましょうー!



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