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21:漁港

(雨が止んだ。

 漁港の方はどうなっているかなあ──……)



 冬姫エルがこう考えたとき、その体には、夏の魔力をまとっていた。

 その膝に乗せていた人が、きわめて濃い夏の魔力を有する「夜の守人族の巫女」だったことで、エルの莫大な魔力はさらに黄色みを帯びており、色は混ざり、まるで常・向日葵ヒマワリの葉のような緑へとゆらいでいた。


 すると、夏の熱妖精たちは、エルの声を聞いた。


(雨が止んだ。

 漁港の方はどうなっているかなあ──……?)


 問いかけられたように感じた。

 すると、熱妖精には役割が生まれた。

 四季獣の頼みを聞いて、はたらくのが長らくの妖精出会った。

 何もしなくても良い、姿を見せてくれるだけで良い、と、何もわからなくなっていたついさっきまでが、うそのように頭が冴えた。


<あめ>


 ある熱妖精が、思い出した。

 雨……あめのことを、忘れていた。

 夏の魔力が空中で凝固して、島と海にしたたり落ちるその雨のことをだ。

 たいへんなショックだった。


 急いでトンボのような羽根をこすり合わせれば、リリ、と、あめ、あめ、あめ、いくつもの羽音が重なる。久しぶりに、妖精同士が目を合わせるというようなことをした。


<ぎょこー>と言い、

<それ、漁港?>と会話が生まれて。


<どうなっているのか>首をかしげて、

<どうして?>

<だれが>?

<なぜ知りたいの>


<<<姫様がそういうから!>>>


 ──このとき、エルのことを、夏姫と誤解していた。


 長らく夏亀と会話をしなくなっていた熱妖精たち。

 よそからやってくるものが向日葵畑に液体肥料を撒いたために、自給自足をわすれてしまっていた熱妖精たち。それ以外にもさまざまあるが、ようやく自分たちに語りかけられたのだと思って、湧き立った。


 導かれるように、次々に目を覚ました。


 生まれるはずだったのに、まだ眠りこけていた熱妖精も。


<はじめまして>

<おはよう>

<うわあ>

<せんぱい?>

<やることが、やることが、多いよう>


 思い出してみれば、あまりにも、休みすぎていた。


 エネルギーに溺れているような怠惰な向日葵畑。さまざまな魔力が混ざりもせずに対立する人間たち。異常に数が減ってしまっている幻種生物。

 水位が上がりすぎて島の南北を分け隔ててしまった海。


 爆発的に増えた熱妖精たちは混乱の渦をつくったが、一つだけ、優先するべきことを持っていた。

 これが夏の島の歴史を保った。


<<<姫様が言うことが一番先>>>

<<<契約していないけれど姫様の言葉は無視しない>>>

<<<どうなっているのか、見てこよう>>>

<<<そして、伝えるんだ>>>


 まとまった熱妖精たちは漁港に赴く。

 夏の島中から、集まって──。

 その光景は、地上のホタルが空に集まって星になったよう。

 弱々しかった光はおそろしいほどの輝きになり、流星のように空を駆け降りてゆく。


 漁港へ──!




 街中のものたちが空に注目しはじめていた。

 隣人と肩を抱き合い、上を指差して。

 島の住人は観光客を叩き起こして、ともに光景を分かち合う。

 島の光景に驚いて手を取り合ったぶん、人々の爪先は、ほんのりと夏の魔力が混ざっていった。




 漁港にて──。


「な、なんですのー!」王族のプリンセスの涙声。


「そんなふうに騒ぐな」兄の牽制。まあ、とプリンセス。


「つめたい言い方、しないで下さいまし。あ、ありえませんわ。優しく声をかけることこそコミュニケーションの第一歩でありましてよ……」


「今じゃない。今、それじゃあないんだって」


「や、やだなー、怖いよう、帰っちゃあダメ?」


「そんなこと言ってられないだろ……」


 長兄王子ジオネイド、長女姫コーラル、いとこの富豪の息子シーピス。


 三人はこそこそと建物の陰に隠れながら、潜むための地味な服装に文句を垂れていたさっきまでのことを懐かしく思いつつ、いきなり輝き始めた空を見て、膝を震わせて怯えていた。

 知らないことが一気におしよせてくる。

 足だってすくむ。


 王宮では、父王からの怒声じみた命令だ。

 いつもであれば丁寧に語りかけてくれた父なのに、今夜は「どのようにしてみたい?」などと聞いてはくれず、「漁港に行き現地と協力して不審者を縛りあげろ」などと命じたのだ。


 プリンセスコーラルが「そのような言葉でしたら聞く気になれませんわ。お父様ったら、恥ずかしことですわ」となまいきにも揶揄えば、あんなに溺愛していた娘であるのに、父王は睨みつけた。

 それがあってから漁港までの間、プリンセスコーラルはずっとめそめそと鼻を啜っていた。


 いとこの王族シーピスは真っ青になった両親に呼び出されて「役立つまで帰ってくるな」と放り出された。島で一二を争うほどの大富豪である両親はいつも余裕に満ちていて慌てたところを見たことがなかったのに、いつの間にやら怪しげな作戦の一人に組み入れられていた。

 親友の王子と姫も落ち込んでおり、シーピスはずっと胸がざわめくのを感じていた。


 ジオネイド王子はこの漁港行きに自ら志願した。しかたなく、だ。

 いつもはすすんで美味しい仕事をもらいにいく次男が一目散に逃げて行方しれず、どのような仕事でも話だけは聞かされているはぐれもののカイル王子がおらず、自分しかないらしいと、渋々諦めたのである。


(これまで感じたことのないプレッシャーだ)


 ただならぬ父の命令で漁港に来てみれば、協力をせよと言われていた漁師たちの暗闇で光るような眼力にあてられた。いつもの昼間観光客の相手をしている陽気なものたちは家に帰り、夜の守人族の血が混ざった海域の猛者たちがはたらく時間なのだ。


 そして、協力にはこぎつけられていない。

 顔を見て逃げ出したプリンセスとシーピスの後ろを追うように、ジオネイドもなんとなく逃げてきたのだ。


 今となっては後悔している。

 訳のわからない空の輝き。

 それを解決するにはあの海小屋の協力がいると、父王は読んだのだ。


(ああ~、しまった……。なんか、忙しかっただろうし、協力するつもりがないような強面で……。ううん……。まあ、俺たち三人は夏の魔法のそうとうな使い手なのだから、夏の事件は祝福とともに解決できるはずさ。……)


 物音にびっくりしたプリンセスとシーピスは、手を取り合って小さく跳ねた。地面に伏せるように転び、尻を突き出して震えていた。


(……)


「ふたりとも。爪先に夏の魔力を通して、熱くして、まわりの音を拾っていこう」ジオネイドが指揮を取る。


「わ、わかった。不審点を探すってワケだな」


「すぐ終わらせてしまいましょうよ。異常がないかを確かめて戻ればいいのでしょう。もう、いやですもの~」


「鼻を啜るなよ、プリンセスコーラル。音が聞こえにくくなっちまうから」

「そんなの、あなたの魔法の精度が足りないのでしょ」


「二人とも? 花火の下で痴話喧嘩なら、夏祭りの本番の方がよほど盛り上がるからそれまでガマンするんだ」


「「そんなんじゃない」」


 小さな恋心はまだ秘密のようである。


 ジオネイドは(やれやれ。これでしばらく黙るだろう)とキリをつけて、指先に集中した。


 すると、本人も予想外。

 なんと、熱妖精の言葉がすべりこみ始めた。


 リリリリリリ、リリリリリリ。


<夏に染まらぬものはいずこや>

<ともに踊らぬものはいずこや>

<ここにいる>

<どこだろう>

<踊らせてあげたいものだ。ひとり、ふたり、さんにん、よにん!>


 それからこのような言葉。


 三人は前を丸くして顔を見合わせた。


(不審者が四人いるのかも)と想像する。


 しかし、どこに……と考えようにも、漁港の船着場エリアまでしか視察に来たことがなく、積み荷がたくさん置かれる倉庫エリアの知識は、持ち合わせていない。


 倉庫エリアは複雑な構造だ。

 ホヌ・マナマリエ島が海洋貿易を開始したはるか昔から、必要に応じて少しずつ増築が行われていき、倉庫ごとに権利者が違うため、王族とてまとめた大改築はできなくなっていた。そのように父王から聞かされている。


「あ……ボクさあ、この貿易港で倉庫を買取したいからどこがいいか見ておきなさいって父上と母上に言われてたんだよね。それで地図を見せてもらったことがあって」

「まあ! 場所を覚えていますの?」

「いやあ。複雑なつくりだったなー、って、そこまでで」

「シーーーピスっ!」


 泣き虫なのに気の強いプリンセスコーラルはペチペチと幼馴染の丸いお腹を叩いた。


 ジオネイド王子は中腰から、音を立てないように立ち上がった。


「現地で働くものたちにしか、ここの構造はわからないだろう……。引き返そう。さっきの水夫たちに、協力を仰ぐんだ」

「い、いうことを聞いてくれるのかしら」

「恐ろしい顔してたぜ……」

「カイルはどうしていたっけかな。……頭を下げていたか。仕方あるまい」


「ええ。そんなのって……王族としてどうなのかしら。お兄様!」

「空の光が下がってきている。もし対応が遅れて、落ちたらどうなるんだろう」


 みんなが黙る。


 それぞれの耳を打つ、リリリリ、リリリリ。


<あ、逃げちゃう>

<海のほうに行くよ>

<あれは夏のものではない。夏に染まるつもりもないのか>

<追いかけようにも……>

<眠くなってきた……>

<海に落ちたら どうなるの?>

<熱妖精はね 陸の花で 海の藻屑だ>

<まだ 夏亀様は おられないよ>


「夏亀様はお疲れでいらっしゃるんだ。──海に、俺たちが行くしかないんだ」


 プリンセスコーラルはヘタリとしゃがみ込んでしまった。シーピスは冷や汗を上品に拭くばかりで、責任が発生するような行動はしたくないらしい。


 俺が行くんだ、と言い直すべきか、とジオネイド王子は思った。


 頭に浮かぶのはカイルのことだ。


 あれは最初から与えられておらず、それゆえに勇敢で自由な王子に育った。


 与えられすぎていたジオネイドやコーラル、シーピスなどは、まだだまだだと栄養だけ与えられた太った種だ。


 恥じた。

 耳の先が真っ赤になっていた。


 水に乗るような音が、陸の方から、チャプチャプとすばやく近づいてきていた。


「言ッタ、言ッタ」

「聞イタ、聞イタ」


「っ」


 ひい、と悲鳴を上げそうになった。

 ぬらりと倉庫の壁から顔を出したのは、すわ不審者なのかと思いきや、先ほど顔合わせだけした水夫たちだ。


 もっとも体の大きな水夫が片手を挙げた。


「すまんな。まあ普通に話せるんだわ。観光客らが多いところにいれば、ほれ、耳で聞いてりゃいつしか話せるようになる。理解できるだろ?」

「あ、ああ」

「ワシらあ、島表しまおもてのほうがよく稼げるってんで、こっそりこっちに住まわしてもらっとるんよ。島裏しまうらのじめじめした湿っぽさが合わなくてなあ。ま、族長は黙認してくださってるし、ホヌ王はちょうどいい仕事場を与えてくれた」


 父の思いがけない仕事に、ジオネイド王子は目を見張る。


「その恩ってもんがあるから、父王の名においてあんたたちが願うなら、叶えてやろうとおもっちょる。夜の海はあ、危ないっからねい。幼い頃からちょこっとずつ練習した奴じゃあないと、無事ではすまん。適任はというと、ワシらがおるんよ」


(ああ、だからお父様はここに無垢な子供を来させたのだ。突き放すでも生贄にするでもなく……いまだ過保護にも……)


 ジオネイドの心には自嘲に近しい感情が渦巻く。


「言えるかい?」


 水夫はジッとまなざす。


(王の名において命じる、その責任は発言者に帰属する)


 責任に押しつぶされそうだと、ここには自分を支えてくれる人は誰もいないのだと、育ててきてもなかったのだと、ジオネイドは振り返った。

 それならばこれから始めるしかあるまい。

 それくらいの度胸は持っていないと、恥ずかしい。


「私は──恐れ多くも王命を伝えるもの。第一王子ジオネイドである。ホヌ・マナマリエ島を大いに汚す不審者の捕縛に協力願いたい。熱妖精の言葉によれば、」


「あー、いい、いい。そこまでわかってるならば、それでいい。熱妖精の声を聞けたというのか。そいつは信用に値する。王命というからには嘘はあるまい……依頼人の名を偽ったならば、重罪だ。

 ……まあここまでのやりとりも聞いていたことだしな」


「そうだったか。頭を下げようか?」


「はは! 達成した時の肴にさせてもらおう」


 渾身のギャグは、ウケたようだ。

 愉快そうに水夫たちは膝を叩いた。


「4人らしいんだ」

「わかるよう。気配でなあ、波の上に立ってるのは何人か、もう見えちょる。暗闇で目がきかんくても、わかるもんだ。全身を気配察知に使って夏の魔力そのものみたいになれるから、夜の守人族は島の平和を守れる」


(かっこいいな)とジオネイドは思った。

(それに比べると、私たちが守っていたものは……。自分たちの地位だけというか……)


 ほら立って、とジオネイドは声をかける。


 妹といとこは、怯えが少し晴れたらしく、ただオドオド、ぐずぐずとしていた。


「言って。ありがとうございます」

「「ありがとうございます……」」


 にっか、と水夫たちは笑った。

 満たされて育った王子たちは、甘いところがあるが、素直で腰を折ることもできる。


 であれば、


「よその土地の富をかすめ取り。取引のルールを守ることもしない。おそらく素直に謝ることもしないだろう、ずるい奴たち。そんなものは、捕まえて当然さね」


 水夫たちが夜の海に出かけていった。

 リリリリ、リリリリ。

 熱妖精の言葉は理解できずとも、羽音は夏の民が心躍らせるようなリズム。

 踊るように水面を歩んでいくのは、水中にいる契約幻獣マンタに乗っているためだ。島裏に昔から伝わる夜海歩きである。



 夜の守人族と王族は、エルの心配どおりそのバランスを崩し、しかしもともと余裕を持たされていた部分が、この夜ばかりはちょうどよく反発してくれたといえよう。




読んでくれてありがとうございました!


4月25日のコミカライズはおやすみです。

ゆっくり進んでいますのでまたお知らせしますね₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑、



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