2:ホヌ様の歓迎
「ハッピー・サマー・サンシャイン〜♪」
ウキウキと告げられた夏亀様の言葉が、なぜ英語風に聞こえるのか? 私にとっての外来語であるとか外国語らしい言葉、っていう区分けで翻訳されているのかもしれない。
ホヌ・マナマリエの港に到着した私たちを出迎えてくれた観光従業員の方々の中に混ざっていたホヌ様は、初夏の太陽の下、きらきらと輝いていらした。
いや、いらした、って物言いはおかしいかも。危ない、危ない。
私もフェンリルも、彼女と同じく大精霊と言う立場なんだから、ホヌ様とは対等な会話をしなくてはね。
担当する季節が近づくほど、大精霊はきらめきを増す。
ホヌ様の溶けさせられそうな華やかさを前にすると、圧倒されてしまってつい身を引きたくなるけれど、背筋をしゃんと伸ばすようにっ。
ホヌ様は興味深そうに私たちを眺めると、「雪の匂いがする」と言った。
そういえばこの島にも冬に少々の雪が降ったんだっけ。
私たちの周りをくるくると巡り始めたホヌ様は、四方八方から北の生き物を観察しているって感じだ。けして値踏みのような嫌な視線ではなくて、例えば珍しいお土産品を眺めているような感じ。それぐらい彼女にとっては、北の民の白い肌とかひんやりとした空気感が珍しいものなんだろうね。
「ホヌ様、いけませんよ。そんな風に近寄ったりしては失礼になります……。彼女たちはホヌ・マナマリエへ国が正式に招いた観光客にしてお客様なのです。そしてこの島にはハネムーンキャンペーンで来てくださったんですよ」
キャンペーンとは初耳なのですが??
グッとツッコミを堪えた私はえらいと思う。口から出そうでつらかったわ。
そしてホヌ・マナマリエ特有の言語がわからないフェンリルはただただにっこりと笑みを浮かべていた。私が反論したり困っている風ではなかったから、こうしておけば良いなって判断したみたい。
フェンリルには他国語が通じないから、言葉への反応は基本的に私がしなくてはいけないね。ホヌ様は自由奔放に言葉を口にする傾向があるみたいで、その言葉はフェンリルにもなんとなく理解できるみたいだけど、ホヌ・マナマリエグループ全体の意向はフェンリルは知りづらい。
ここで、私たちの前にひょっこりと姿を現したのはジェニ・メロ王子たちだ。
小さな容姿を目一杯活用して、無邪気な動き方でみんなの注目をさらっている。
「「私たちはハネムーンキャンペーンで招かれていたんですね?」」
「そうなんです」
「歓迎していただけてうれしいです!」
「ハッピー・スノゥ・フリージオ。なぁんて。北国のジェニース・メロニェースです」
「「どうかお見知り置きを!」」
「今回はエル様のドレスの裾を持たせていただくために同行しました」
「今回はフェンリル様のマントの裾を持たせていただくために同行しました」
お見事。フォローを入れてくれた。
二人は夏の言語を話し、そして意味も向こう側に理解されているようだね。
ええと、ドレスの裾を持つというのは、結婚式を挙げる際にドレスの長いところを子供がそっと持ってついて歩く……という風習を表しているはず。それは世界的に見られる伝統的な仕草のようで、ホヌ・マナマリエにも同様の文化があるのだろう。
私はこの世界の文化について、北国から出るときにグレアに叩き込まれている。
基本的な風習は知っているし、ハネムーンだからこそ周りから投げられるであろう質問も予習・対策してる。それでも疑問に思われた時には、失礼のないよう尋ねるニュアンスも教えてもらった。
長年、フェンリルに失礼のないように自分たちも技能を磨いてきたユニコーンたちの勉強熱心さには恐れ入るよね。豊富な知識に今まさに助けてもらった。
私は直立して、堂々と頷くだけでよかった。
おっと、ホヌ様が観光従業員の間からひょっこりと顔を出して、私を見つめた。
「アナタたちは嫌ナノ?」
ぎゃん! そんなことないです!
近寄られるのが嫌なのか、ってことだよね。どう伝えよう。
──彼女、こう言えば断られる事はないと知っているような雰囲気だ。腹黒いわけではなくて、あくまで人懐っこい。いたずらっぽく光る瞳はけして嫌味ではない。心地よくなめらかな海に抱かれているような気にさせられる。
「ホヌ様。はじめまして。──私たちもちろん嫌なんかじゃありません。けれど少しびっくりしました。だんだんお友達になっていけたら嬉しいです。私の言葉遣い、あなたに伝わっていますか? 夏の領域に来るのは初めてなので緊張していて……」
ここでもう一つ新しい話題を振ってみるのは”コツ”だ。
いいのか、だめなのか、という2択の質問から脱するため。どちらかに決めつけちゃうと対立を促すこともあるからね。
「ン! ちゃんとわかる。どうしてかしらネ。言葉が違うと感じるのに……全くなめらかにワタシに伝わって……。夏が過ぎ秋を越えて、冬を連れて春を越えて、夏へ……そうやって風が巡ってくるみたいに当然のように、ワタシの耳に入ってくるの。ひんやりとして信じられないような声なの。褒めているの」
「光栄です。ホヌ様のお声は光がキラキラしてるみたいです。とても綺麗」
「そうなの? 外の人にも本当にそう聞こえるの? あー、よかったぁ!」
彼女の受け取り方が意外だった。不思議なニュアンスというか……”本当にそう聞こえるのか”って彼女は悩んでいたのかな?
周りに人が集まってきたから、観光客の皆様の誘導で私たちは移動する。
「上の道を通って行きましょう」
「上の道……?」
カイル王子が魔法を使う。
夏の魔法は海の水とまぶしい太陽の光、それにカラリとした夏風。
持ってきた荷物の日よけにかぶせていたカラフルな布を夏風がさらい、バサリと宙に遊ばせると、海の方に向かって”来い来い”と指で合図をしてる。
夏の金色の爪がキラリと光る。
合図に合わせて、海の表面が一部もち上がり、宙にある川のように流れ始めた。私たちがいるところからお城のところまで道ができてしまったの!
ああ、なんだか既視感がある。
北国の王族がフェンリルのいる雪山を尋ねるときに使う氷の道に似ているんだ。
あれはフェンリルが主導していたけど、夏の王族は、民の方から訪ねる自由を許されている感じがする。ホヌ様はまるで人のように街に溶け込んでいる。もちろんとっても目立つ美女だけどね。
夏の大精霊と夏の王族たちの距離の近さがうかがえる。
夏の海で作られた空の道に、防水性のある布を浮かべて、アラジンの魔法の絨毯みたいにみんながそこに乗っていく。
私が乗り込んだのは青色の絨毯。私が倒れたりしないように後ろからフェンリルが支えてくれている。──慣れない土地でつい緊張しているときに、ゆったりと構えているフェンリルが近くにいてくれることがかなりの安心感になっている。
「皆さんをご案内します」
出発進行! というように布が流れ始めた。海に近い低いところから、お城がある丘の上まで逆流していく。
商店街の上を通ると、周りからは賑やかな口笛とか拍手が聞こえてきた。このパフォーマンスはちょっと珍しいものの、王族がそれなりに披露する魔法であるらしい。
私も手を振り返した。私の背中を支えてくれているフェンリルの分もね。
春の国ではいろいろあったけど、夏の国ではスムーズに国民のみなさんと仲良くなれたらいいなあ。
「……あ!」
カイル王子の声?
一番先頭のカイル王子が乗っている絨毯からは驚きのような声が聞こえてきた。
それから、絨毯を踏みしめる特有の音が、私の獣耳には届く。
みるみるうちにホヌ様が軽やかにジャンプして連なっている絨毯を飛び越えてきたんだ。ホヌ様は一番前の絨毯で、カイル王子と乗っていたんだけどね。
私たちが乗っている中位置の絨毯に乗っかってくる。
好奇心旺盛な瞳がキラキラしてる。
「絨毯の下の海が凍ってる。氷よね? その結晶の粒は? そんなことあるの……!」
「そういえば、そうかもしれません。私たち夏フェンリルが快適な温度を保つようにしているので」
「ンーフフフ♪」
ホヌ様はまだ世代交代の時期ではなく、それが必要ないくらいに四季の獣としては若い方だって聞いている。だからこんなに好奇心旺盛なんだろうか。それとも夏の空気がそうさせるのかな──。
とにかく彼女は亀という表現があまりイメージできないくらい、活発で距離が近い人。
彼女はフェンリルに近いところにいたけど、さっき私が、フェンリルにあまり近寄って欲しくなさそうにしていたからか、私の前の方にやってきた。
そして姿を小さくしてしまう。
まるで少女のように──。
さっきまでは背の高い美女だったのに!? こんなこともできるんだ。まるで変装みたい。
変化するときには、例えば海に映った自分の姿が波にゆれてゆらゆらと伸びたり縮んだりするように、彼女の姿も揺らいでいたの。
前方から「ぎゃー」とカイル王子の声が聞こえたので、あまり披露して欲しくなかったような技能なんじゃないでしょうかね……。
私の膝の間に収まったホヌ様が、軽やかに笑いながら上目遣いに振り返る。
「すごいっ。背中が冷たくて気持ちイイ。信じられないの。こんなのって、初めてで、新しくって、楽しい」
彼女の感性はとても素直だ。
思ったことがそのままするりとストレートに表現されてる。
彼女は私に背中を預けたまま、「そーれ!」絨毯の前方を反らしながら引っ張った!
そうすると、なんと絨毯と海水が合体して、絨毯の端にはヒレのように平たく海水が伸び、空を飛ぶマンタインのようにひらひらと自走し始める。
(ひいーっ!?とカイル王子の悲鳴が聞こえてる……)
ここまでのものを大っぴらにしてしまうのであれば、彼女を大切に思う王族の人たちは、毎日頭を悩ませていることでしょう……。彼女の持つ技能はとても神秘的で、思わず見惚れてしまうくらい。
けれど新しいものが好きと口にしていた通り、まだまだ試作中のよう。しばらく川からもそれてその辺の空を泳いでいた夏の魔法マンタは、崩れそうになったのでまた宙の川に戻ってきた。
ほう、と私は安堵の息を吐いた。
いざとなったら私たちは獣の動きと冬の魔法でわが身を守ることはできるけどね。
「楽しかった?」
ホヌ様は無邪気に聞いてくる。
ただただ、楽しませてくれようとしたんだよね。
楽しかったか、と聞かれたらそれは、楽しかったです。
「はい!」
私の獣耳が元気よく持ち上がり、かぶっていた麦わら帽子が落ちてしまったから、後ろの絨毯に座っていた人がキャッチしてくれた。
いつのまにか行列の1番前に、ホヌ様の絨毯が陣取ってる。
カイル王子はため息をついたものの、明るい表情は崩さずに、ホヌ様が道を逸れないようにと絨毯の下の海水をコントロールしてフォローしてあげている。
彼の口からは繊細なホヌ・マナマリエの言葉が特別な呪文のように紡がれ続けていた。決して暗くなく、この島の上にある太陽のような明るい旋律で。
そして私たちはホヌ・マナマリエのお城に降り立った。
まるでリゾートのような庭園が迎えてくれた。
読んでくださってありがとうございました!
夏の爽やかな部分、海の深い雰囲気を、書いていきたいと思います。
異物であるエルたちが関わることによって、夏の島も変わっていきます。エルはここで「能力を活かしたい気持ちが抑えられない」夏亀様と関わっていきます。良い関係を築けると良いですよね。
*お知らせ*
次のコミカライズ更新は7月25日(まんが王国様)予定です!
こちらも楽しんでもらえたら幸いです♪