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18:熱烈に!爽やかに!

 


 聖なる浜辺にはさらさらという波が穏やかに寄ってくる音がしていた。白砂は月そのもののように光っていて優しい明るさがある。ただの砂ではなく、代々の夏亀がここで休みをとる間に、宝石の如きその甲羅が削れて砂のように積もっているのだ。


 カイルが足を踏み入れれば、それだけで夏の魔力が満ちた。


 疲れ切った体には毒なくらいだ。


 カイルがふらつく。


 それを支えようとホヌが動くのは当然の献身であった。


 ホヌの少し痩せた腕がカイルを支えたとき、(こうしていつまでも、人にとっては果てしないほどの長い時を、この人は支え続けてきたし、支え続けてゆくおつもりなんだ)とカイルは思った。

 尊く思うし、悲しみや力不足も同時に感じた。


 できるだけホヌの体に体重をかけてしまわないようにした。

 それなのに、


「もっと頼ってくれても大丈夫」


 などと言うのだ。

 それに甘える男ではなかった。

 カイルは自分の足で立ち、ゆっくりと膝を曲げて、ホヌの手を取ると、淑女にそうするようにキスをした。


 ホヌの頬が染まったのは見間違いではない。

 もう一秒たりとも見逃したりなどしないだろう。

 ここまでビュンと飛んでくる間に、カイルはその心がずいぶんと強い男になっていた。


(普通の女性として扱ってもらえること……そのことがホヌ様のお気持ちに触れることがあるんだ……。もうわかった。認めよう。彼女は完璧な四季獣であろうと考えているけれど、恋をしてみたいという気持ちが込み上げてもいらっしゃること。恋心を見て見ぬふりをしていればずっと平和が続く、そんなわけはないこと。俺の一挙一動が、四季獣夏亀様に影響を与えてしまうこと)


 責任の重さに押しつぶされそうでもある。

 しかし苦笑するカイルは(とっくにフェンリル様にプライドや逃げ道を潰された後だからさ)と再び口付けた。


「え、ええ~。そんなに格好いいのは、困る」


「か、格好いいですか」


「ウン。流れ着いた本で読んだ、素敵な人みたい」


「これまでは素敵ではなかったようで」


「エエ!? そんなコト、言ってない~!」


「からかっただけですよ」


「からかわれちゃったの」


「からかわれちゃったんです。害はないです。あなたと遊んでもらっただけなんです、ホヌ様」


 ホヌは目を輝かせて、それは遊びに誘われたということや、たった二人でこの砂浜にカイルといるので周りに配慮しなくていいリラックスから、瞳の宝石をこの島のようににっこりと三日月にした。


「さ。薬を持ってきました。塗りますよ」


「カイル、夜の守人族じゃ、ないのに?」


「託されました」


「信用を築いたんだ。エライね」


「頭を撫でられるのは。その。どうにも小さい子になったような気がしてしまいます……」


「そうかな? エルとフェンリルもしていたから、大人でも、四季獣でもきっとこういう仕草をするのかしらって。誰かを尊敬したようなときに」


 ホヌの言葉はあまりにするりと自然だったので、聞き流してしまうところだった。

彼女が口にするには大きな意味を持ってしまう言葉であったし、けれどカイルは他の人よりもホヌのことをよほど知っていたので(ホヌ様はそのような言葉をずっと使いたかったのかもしれない。誰かに”尊敬しています”とか”気にかけています”と思うような方なのだ)

 と思った。


 少し前、雨に打たれるホヌが弱気になったのを隠していたことも今となってはまざまざとわかる。

 彼女は人のように気遣う。

 夏の島の大精霊としてみてしまえば気づけない。

 優しい心を持った人であると知れば、案外わかりやすいものなのに。


(長年生きていらっしゃるからお考えが違う、というわけではないんだ。ただ人よりも広い目で世界の気候を考えておられることに人が臆してしまうだけ。

 懐が深いというのはこういうことをいうのだろう)


 うんうん、とエルが頷いているような気すらした。


 痛くないですか、とカイルが尋ねる。

 ホヌの肌は乾いていた。

 潤う大海の夏亀であるはずなのに。雨に濡れても、海風の中でも、どうにも体調が整わなかったのだ。


 それでもエルたちが代わりに夏の気候を整えてくれたので、ずいぶんと休ませてもらったわ、とホヌが微笑む。


 原生林には古代からの植物が生えている。

 ホヌの先代の娘たちが生やした向日葵畑があるそうだ。

 秘薬はそれから作られる。


 内緒にします、とカイルが誓う。

 元々ナイショでもなかったのだけど、今の時代ではもう、そうするのがいいのかもしれないねー、とホヌが困り顔で微笑む。

 諸外国の造船技術が発達して大きな船が作られるようになってからのホヌ・マナマリエ島の発展は目覚ましい。良くも悪くも。


 ホヌ様、なめらかに話されますね、とカイルがはぐらかす。


 ここでは言葉を選ばなくてもいいもの、カイルは内緒にしてくれるらしいし! とホヌは謳った。


「みんなが仲良くしているの、私、大好き」


 伸びやかに言う。

 ふだんは外国の者が必要以上に寄ってこないよう口にしないのだ。


「だから夏祭りも大好き」


 これは王族にプレッシャーを与えないため言わなかった。

 今夜、カイルは一人の恋する男として踏み込む。


「開催させます。必ずや。そして俺と一緒に出掛けてくれませんか」


「ええ~!?」


 ホヌは周りをキョロキョロとした。

 つい、いつものように。

 そして、目の前にいるカイルのことよりも周りを優先してしまったことに気づきハッとしたのだ。(恋をするなら、まず一人に集中すること、恋する大精霊のことをこれまで恩恵を受けた生き物たちは見守ってくれているから。ってエルが教えてくれたのに〜!)


 カイルは気分を害させないように細心の注意を払って、肌に塗り薬を広げていった。どれだけホヌに恐れがあるのか、これまでの会話から分かり、カイルは自分の話を聞いて欲しいのではなく彼女を幸せにしたいと思ったのだ。


「好きな人と夏祭りに行くことなんて、憧れないはずないでしょう」


 すがるような瞳であった。

 エルがいたら(えっずるくない!?)と、フェンリルがいたら(いい感じだぞ)とでも言ったであろう。


 ぐぬぬ、と唇をもぞもぞさせたホヌは、観念したように小さく尋ねる。


「昔話を聞いてくれる……?」


「もちろん」


「私、恋をしたことなかったの。一度もなかったの。

愛することならばよく知っている。みんなの生活の無事を祈ることね。夏亀だもの。それならば全ての人にあたえられる。そのための心穏やかな過ごし方を先代の夏亀様に教えていただいて、あのとき私は夏姫ホヌに成った」


 自分の気持ちをさぐるように、ホヌの瞳はカイルに向けられながらも、どこか意識が虚空にさまよう。

深い海を潜るように、キラキラとした水面にまた戻っていくときのおみやげを見つけるかのように、このときの言葉の選び方は、いつものような緊張もなく、とってもドキドキして、楽しかった。


「カイルを見ている私は愛を多めにあげたくなってしまうの。もしかしたらこれを恋というのかもしれないけれど、どうでしょう……。

 冬の狼の軽やかな恋を見ていると、この、重い気持ちが恋なのかわからなくなる。不安が込み上げてきて……。さっき、カイルを支えたときも、きっと夏の恋はカイルを潰してしまうわねって思ったの」


 誠実な夏の風が吹いた。


「だから恋ではなく愛をあげたいのよ」


 そう言われ、カイルは耳の先まで赤くなっていた。

 ホヌの夏の熱さを増した魔力、自分のためだけに間近で奏でられた声、それによってカイルの金髪は煌々と太陽みたいに夜に輝いた。

 ぐっと口を開けた吐息も熱い。


「フェンリル様たちは同じくらいの時を生きることができますからね。それにエル様がとてつもない魔力量をお持ちなので、若返りの気配すらあるそうです。これから冬フェンリル族にはお子すらも生まれるのかもしれません。

 そのような方々とは、俺とホヌ様の在り方は違いますね……。

 俺は人間だから60年ほどしか生きられず、ホヌ様ははるかに長い時を過ごされるでしょう。しかし、恋をしましょう!」


 カイルの手はしっかりとホヌの手を握っていた。

 ひかえめに逃げようとした乙女の心を、包むようにあたためているのだ。


(う、うそ。聞きまちがいじゃないよね? 新しいルールはいつだってホヌ・マナマリエの王族が持ってきて、それが楽しかった。けれど今夜はとびきり……!)


「今、実は、泣いてしまいそうなんだけど?」


 私どうなっちゃうんだろうとホヌは思った。

 そういえば、エルがホヌに渡してくれた【溶けない氷】がある。

 それがあれば感情の昂りで熱を持ち過ぎないのだそうだ。

 さては想定していたなー、とエルのことを思い出して、ホヌは胸のドキドキからまたしてもちょっと逃げようとした。


「俺があなたに恋をし続けるんですよ。それならばいいでしょう」


「え!? ええと、わからないな」


「恋のような経験をホヌ様に差し上げると申しているんです。こちらから夏祭りに誘いましょう、人の女の子にそうするように。人目を忍んで手を繋いだりなどしてみませんか。恋人がそうするように。人がおおよそ経験するであろう恋人のあれもこれも、俺からホヌ様に捧げます。これから20年もあればあなたの恋心の器が満たされて飽きてしまい、もう一生分恋はお腹いっぱいだと思うほどに、尽くします。いかがですか。きっとご満足いただけます。何せ世界を見渡してもなかなかいない敏腕商人のホヌ・マナマリエ王の血筋の王子なのですから」


 ホヌは目を丸くした。


「心がはずむよう。ドキドキと苦しいのでもなくて、ふわふわと不安になるのでもなくて……カイルならできるでしょうねって、わくわくと楽しみになっているの。

 ねえ、どうしてあなたはそんなことができるの?」


「売るのも、欲しがってもらうのも、そりゃあもう得意なんです。ずっとあなたの表情を見てきましたから、贈るべき言葉が手に取るようにわかったというのがタネです。ホヌ様。これは俺からの恋のプレゼントです」


((おこがましさを超えていけ!))とはエルとフェンリルからのエール。


「失わないのに叶うなんて、経験したことがないわ」


「今夜を記念日にしましょう!」


 ホヌの表情が輝く。


 二人はそっと肩を近づけて、その間にむぎゅと挟まれた【溶けない氷】は(うおおお熱いぜ熱いぜ!冷やして温度を保つぜ!そりゃー!)とよい仕事をしたのであった。





読んでくれてありがとうございました!


11月25日のコミカライズはおやすみです。

またお知らせをお待ち下さい〜!(。>ㅅ<。)


ではでは、今月もおつかれさまです(`・ω・´)ゞ

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