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17/39

17:夜を駆けるボアナとカイル

 

 夜道をゆく。

 カイルは頭の中で、エルからの言葉をくりかえした。


『王宮の裏に、夜の守人族の女の子が待っています。無光蛍のような布をかぶって、夜闇に紛れて。そこに行ってください──……』


 昼に降っていた雨のせいか、まとわりつくような湿気を感じていた。夏の夜はからりと快適だったはずなのに。


(異常気象……)


 それは、ホヌが苦しむことにもつながっているに違いない。


 カイルは、ホヌの顔を思い浮かべる。

 "微笑んだやわらかい表情"だけがいくとおりも、しかし、彼女が泣いたことはなかった。なさすぎた。

 表情豊かに不安も焦りもあらわにするエルを見て、ようやく思い至ったことだ。


(! 無光蛍のような布……)


 カイルが立ち止まると、


「分カル 思ッテ ナカッタ……」


 頬を膨らませた少女の姿が、夜闇に浮かび上がる。

 フード状の被りものをしているので、肌があらわになっているところだけが浮かぶようだ。それ以外はみごとに夜に溶け込んでいた。


「ナゼ?」


「どうして分かったのかってこと? 夏の民は熱魔法を使うし、王族はとくに熱のコントロール・探知に優れているから。暗闇にしか見えないところで、人の体温があり、子供くらいの大きさだと分かれば、協力者なのだろうと判断した。いや、すまない。

 どのように呼ばれたいですか?」


「ボアナ。ママデイイ。普通 話シテ」


「分かった。ボアナ。君の希望を聞かせてもらえてよかった。夜の守人族は誇りを大事にするというから。

 とはいえ俺は話してもらえたことがないし、あなた方に尊重を示す方法がわからなかった。あのような話し方、嫌な思いをさせていたらごめんな」


「話 長イ」


 ボアナは懐から引きずり出した大人用のマントを、カイルに被せた。カイルは器用に頭を下げて被る。

 あまりに素直なのでボアナは毒気を抜かれてしまった。


 ボアナはカイルを引っ張ろうとしたが、やめた。

 手の部分がもし現れてしまうと夜闇に目立つし、この青年は意地をはらずにボアナの後ろについてくるだろうことが信じられた。


 不思議な感じがした。

 この青年について、頼りない人だと思っていた。

 ボアナはその視力のよい目で、遠目にあらゆる人を眺めていた。それが守人族の子供の仕事でもあった。


 カイルは、もっと、ヘラヘラとして雑踏に紛れて記憶にも残らないような印象だったのに。今は、記憶の彼方から思い出したくなるほどに印象的な目つきをしている。

 その海色の目がよく光る。


「俯キナガラ 走ッテ」


「わかった」


 そうすると、わずかな足音がするのみだ。


 そして、足音を辿ってくる敵がいるかもしれないと、カイルがずっと気にかけている、そうボアナは感じていた。

 まるで野生の動物がするような本気の警戒だ。


(王族はなんだかふやけていて、いつもかっこいい夜の護人族の長とは大違いだと思っていた。……。

 ええと、もともとボアナたちはひとつの夏の民だった。やがて、探知の役割と、攻撃の役割にわかれた。見張りの役割と護りの役割になってゆき、高台に王宮をかまえる王族と、原生林にてホヌ様を隠す守人族になった。

 そんなふうに長はボアナに言い聞かせた。

 きっと王族は、熱の探知でボアナを見つけられるから、助けてやりなさいって言った。本当だった。本当だったんだなあ)


 走るボアナの足取りはスキップするようになる。


 その動きを、うしろからついていくカイルは不思議だった。しかし油断はせずあらゆる可能性を考える。


(足元に何かいるんだろうか?)


(嬉しいな。王族は敵じゃなかった。ホヌ様に味方がいた)


(あ、俯いてて見えなかったがここ、槍草の群生地の近くじゃないか!?)


(夜の守人族だけでやらなきゃいけないの、大変で不安で不満だった。ちゃんと長たちもボアナも強いけど、でも、夏の島に来る人は多すぎたから。波を起こして遠ざけたりはしていたけどさ──)


「キャ!」


「引っぱってごめん! 足元──」


「厚底靴。ダカラ イイノ」


「良くない。雨のあと湿気のある草地、夜、ということはほら、ドクマイマイだ。草だけが問題じゃないんだよ。最近ここらにドクマイマイが出現したって被害届が王宮に寄せられていたんだ」


 カイルたちが進もうとしていた前方には、これまでに見たことがない勢いで茂る槍草(カヤに似ている足が切れる草)と、それを食糧にするドクマイマイの大群がいるようだ。


 ドクマイマイは水場にしか出現しなかった生き物だが、スコールによって夜まで湿度が保たれたせいで、最近問題になっているカタツムリである。


「ここ以外の道を行けるか?」


「遅イ」


「じゃあ、間に合わせるためにもここを行くしかないか。背中に乗ってくれるかい。そうしたらマイマイを探知して避けていく」


「ダメ。モシモ マイマイ毒ヲ ホヌ様ニツケタラ?」


「……君の言うとおりだ。じゃあ……」


「新しい作戦を考えなくても ダイジョウブ」


「!? その喋り方は」


「ホヌマナマリエ語。話せないはず ないじゃん。でも 嫌だったの。あなたたちのこと 嫌だった」


「ごめんな」


「昔、嫌だったの。今は、嫌じゃない」


 ありがとう、とカイルが言う暇もなく。



 カイルはその全身をギュッと絞られるような圧迫を感じて、次の瞬間、空に浮かんでいた。


 空に手を伸ばしたボアナの指先が光っている。

 夏の魔法を使っているはずだ。


 しかし、そのような魔法があることをカイルは知らなかった。

 いや、その頭の中で膨大な古書のページを開いてみれば、その一節に「守人族は波をあやつる夏の魔法を極めていった。波・海水・雨・空気」とあったことを映像記憶で思い出す。

 カイルだけは王族に中途参入であったため膨大に勉強をさせられたのだ。


(あのときはただの歌詞や詩だと思っていたが、今になってもこのように、技が磨かれていたとは……! ということは古来は熱について魔法を極めた王族という歌詞も本物で、しかし、お兄様お姉様は勉強熱心ではなかったし、あー……なんということだろうか)


 反省が意識をかすめる。

 しかし、それは王宮の中のこと。ここにいるカイルは己のできる範囲でボアナと協力するのみだ。


「カイルのこと ぶっ飛ばすね」


「だろうな! この体制はそうだよな!? ……信用してくれるのか。元々は、ホヌ様のところに君も一緒に行かないと安心できなかったのだろうに」


「分かってて 聞いてる感じがするけど?」


「それはそう」


「ばか!」


「ごめん。でもホヌ様を想うボアナの気持ちも大事にするべきものだから」


「むかついた。信用するって言いたくなかった。それでもあなたはボアナに聞いた。許さないから、ホヌ様を元気にしなくっちゃあ、許さないから!」


「気合い入れるよ」


 ボアナの火山の噴火のような激情によって、これまでの王族に感じてきた不安や不満のすべてを込めた「ぶん投げ」が行われ、カイルが空を飛んでいく。


 王族の末っ子だ。

 ボアナの気持ちは少し晴れた。


(ホヌ様のことをずっと見てきた。だからホヌ様があの男の人のことを好きなこと、ボアナにもわかる。もう知らんぷりなんてしないで。そうじゃなきゃ、絶対に許さないんだから……)


 カイルは吹っ飛びながらマントを広げた。

 必死である。

 このマントは腰のあたりがベルト状になっており、必要以上に裾をはためかせないためのデザインなのだろうが、腰のあたりからおりかえすように上に持ってきて両手で掴んでいる今となっては、「滑空」のために腰が固定されているのだろうかと想うくらいだ。


(俺はムササビかーー!?)


 カイルは必死にバランスを取る。


 カイルが扱えるのは夏の熱魔法の方であり、ボアナやホヌがやったように波を自在に操るなどの技術はもちあわせていないのだ。

 ボアナの技術にしがみつくしかない。


(かっこ悪い。こんな俺でいいんですかね……ホヌ様)


 今だってカイルの心には、よぎる。

 「完璧に幸福を捧げられるような人が、ホヌの側にいてあげてほしい」のが願いだが、カイルはそのような人ではないから。


 しかし、エルを支えるフェンリルだって完璧ではなかったことを昔話として聞いて、ようやく、自分から手を差し伸べにゆく勇気を出せたところだ。


 弱音を思いはしても、口に出してまで多めに遠慮することは、もうしないだろう。


(! ホヌ・マナマリエの王宮が見える。前方には商店街と、観光地、船着場。そして後方は断崖絶壁なんだよな。危険な場所でもある高台に、どうしても王宮を作ろうとしたのは、島全体を見渡すことができるからだ。

 そのように王は語ってくれた。

 俺はきちんと受け止められていなかった。その配置の意味や、教えてくれた時の真剣さ、それを俺も背負うのだという重みの実感が足りていなかったな)


 カイルのそばにふと、熱妖精が舞う。


 王族が治める観光地近くではみられない生体だ。


 つまり、今はひまわり畑の上を飛んでいる。

 そして、原生林が近いのだ。


 熱妖精はボアナからの使いだった。


<ボアナ ブジ>


「そうか、よかった。ドクマイマイの処理ありがとう。こっちもなんとかするつもりだ」


 熱妖精はカイルの首元に潜り込んだ。

 空の上は夏の夜だとは思えないくらいに寒く、カイルの首元から暖を取ろうとしたらしい。


(夏の調子が悪いということは、ホヌ様が体調を崩しておられるってこと。肝に銘じよう)


 カイルはバランスを取る。


 途中でボアナの魔法がフッと弱くなったが、なんとか器用に木の枝に捕まるなどして、落花死は免れた。そんなことが自分の身に起こるなんて王族として想定もされないことだが、外国を旅してきたカイルは、死にそうな思いもしたものだ。

 それに比べたら、これくらい。

 さらに、綺麗なひまわりが待ってくれているのだし。


 カイルが落ちたのは浜辺の上部だ。


 ホヌ・マナマリエ島は三日月状になっており、波の穏やかな表海のほうには観光港が広がり、波のきびしい裏海のほうに三日月の「切れ目」がある。

 その切れ目から内側にぽっかりと展開する浜は、四季獣の夏亀様がおやすみになられている聖なる浜辺だ。


 宝石がひとかたまりの山になっているようなところがある。


 夏亀の甲羅だ。

 夜の中でもまぶしい昼間のように輝く。


 いつもとは違う熱の変化に気づいて、夏亀は見上げると、浜辺にもっとも近い原生林の崖の上に、カイルの姿を見つけたので、体の温度を一度上げた。

 これはどうしようもなくホヌの心が弾んだ証。

 あたたまってゆく。寒くて暑くて湿っていて乾いていたおかしな今年の夏のせいで、疲れ切ったホヌの体に、なにとも定めることのできない甘さが生まれてゆく。


 夏亀の姿は、ほどけるように美女の形へとかわってゆく。


 あまりに美しいので、カイルは息を呑んだ。





読んでくれてありがとうございました!


10月25日のコミカライズはおやすみです。

更新をともにお待ちください₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑


来月もまた更新しますね♫



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