16:カイルの決断
どうも、エルです。
なかなかとんでもないものを手にしています。
こぼさないように気をつけつつ、中庭に飛び込んでいく。
……いた!
淡い銀にうっすらと夏色がほのめいた髪の色。
「聞いてよフェンリル〜!!」
私が何か大事そうに抱えていることに気がついてくれて、なのか、ちょっと大げさに抱き止めてくれた。
安心してそのまま話始めようとしたら、先に早口に尋ねられる。珍しいな、かぶせてくるの。
「それはこの夏の島に関わる事か?」
「そうだけど?」
「では、私よりもカイルに聞かせてやりなさい。当事者だからね。そこがどうにもならなければ、私が表に立つという順番なんだ」
「そうなの!?」
「そうさせないように頑張りますので……!」
ははーーん。
察した。
「カイル王子平謝りじゃん……。絶対脅したでしょこれぇ……」
「教育をしてあげるのは年長者の勤めだよ」
語尾に星とかつきそうです。
どうにもならないやつだ。有望な若手はフェンリルのこの洗礼をいつか受けるものなんだろうか。
「この有無を言わせないにっこりは、世界の意向ですよ。ほんとそう。カイル王子、ファイト。あなたは王子だよ、ほら、踏ん張って」
「王子ってこんなに足に力が必要な立場だったんですね。知りませんでした」
「それにしたってフェンリル様のあなたへの視線は厳しいと思うけどね。何か怒らせるようなこと、した? 察しが良くて器用なカイル王子はそんなミスはしなさそうだけども」
「フェンリル様があなたと話したいところを、夏のものに邪魔されているので嫉妬のためだと思われます」
「なんかごめんね!?」
「耐えます」
「冬の嵐……私も恋愛関係を暴露されまくりでなんだか気恥ずかしいよ……」
「でもまあハネムーンですしね」
万能すぎる。ハネムーン。
カイル王子はそれにしても、フェンリルの厳しさや不満そうな尻尾を見ても動じないくらいの慣れが生まれたようだ。
「なんか、いろいろあったみたいですね。フェンリルの教育は時に厳しいけど無茶はさせないし成果につながることは保証します。いじわるじゃないですよ」
ぐったりとしてみせるカイル王子は、リラックスさえ器用というか。そんな姿をフェンリルに見せられるとは、けっこうワザありなんではないでしょうか。
フェンリルはきっと、カイル王子のことを既に認めてる。
さしずめ冬姫様の教育みたいに、夏王子くんって育て方なのかもしれないな。教育をホヌ様に求めるには彼女はまだまだ若い四季獣で、そのうえきっと思春期だから難しい。
それにしても、夏王子くん、語呂が悪いな。
けれど様ってつけるには合わないというか、カイル王子は、これまでに見たこともないくらいの軽装だった。
なんというか……ゲームスタート時の村人装備みたいな……?
いくら私たちが寝床にしてる夏の中庭でパーテーションに囲まれているとはいえ、リラックスにも限度がありますし、きっと、事情のある服装なんだろう。
今は夜。
ジェニメロたちはここのハンモックにふかふかの毛布を敷いて、すうすうと寝息を立てて眠っている。
夕方には雨が降った。
だから空気は肌寒く、それが冬育ちの彼らには心地いいようだ。
寒い中であたたかい布にくるまる。フェルスノゥを懐かしく思っているのかもしれない。
ちなみに、夏育ちのカイル王子は鳥肌をたてて震えている。
そうまでして、軽装で、なにに挑戦しようとしてるのかな?
いや、した後なのか?
彼の見事な金髪はくすんでいて、どこかフェンリルの髪に似た白っぽさがあり、鮮やかな黄色を放つ夏の魔力が抜け切った後のような、へんな感じに見える。
うーん? と私は首を傾げた。
聞いてもいいことかな?
それとも、今興味を持つには余計なこと?
フェンリルを見上げる。
穏やかな視線が返ってきた。
「エル。さっき言おうとしていたことを彼に伝えてごらん」
「はーい。あのね、そろそろホヌ様のお加減が優れないかもしれないから、薬を持って行ってちょうだいって夜の守人族から預かっててさ」
「届けます」
ずいずい、っと。
フェンリルは私ごと一歩引いた。ですよね。
「待ってカイル王子。お・う・じ・のお仕事としての発言というよりも、そうしたくてしょうがないような雰囲気ですが、早まっていませんか?」
「しばらく夏の王宮のことは兄と姉に任せることにしました」
「そうなの?」
「ええ。緩和剤の俺がいなければ揉めるでしょうが、その騒ぎによって周囲の目を引きつける効果が生まれます。便乗して夏を乱そうとする者が姿を晒し始めるでしょう。兄も姉も愚かなところがありますからうってつけの誘蛾灯です」
「そういうキャラでしたっけーー!?」
変化の予感がやばい。
「これまでは兄にも姉にも敬意を抱いて参りましたし、俺自身に劣等感を持っていました。俺を拾い上げてくれた父への恩も返し切れていないので、失敗してはならないのだと、保つことを努力してきた。が、やめました」
「フェンリルーーーー! 追い詰めすぎだーーー! 完全に覚悟を決めちゃってるよこれーー!? なにか声かけてあげて」
「カイル。夏の島でハネムーンを行えることを楽しみにしているぞ。夏の島ではこのようにハネムーンを楽しんだ、と秋の土地での宣伝をすることが交換条件となっている」
「追い討ち!」
ハネムーンを行うってなんだ!
さてはハネムーンの理解が中途半端だな?
まあちゃんとしたハネムーンしてないしね。
ハネムーンを早く楽しませてくれ、という時期の交渉。夏の島の評判が秋の土地までの間に広まるのでその内容はカイル王子次第ということ。
なんて恐ろしいプロジェクトなんだ……!!
すでにデスマーチじゃん。
私がなんとかしなければ、って思いかける。
頭を横に振る。
だめだめ。ここで生きていくカイル王子たちが、自分たちのこれからの未来のために、頑張るところなんだから。
冬のときのように直接的な手出しをしすぎないように。
だから私がフェンリルを呼んだとき、カイル王子を介するようにって注意をもらったんだ。
春のときのように助力が遅くなってはいけない。あれは結果助かったものの損害が大きくて反省も多かった。
フェンリルは夏祭りが揉める気配を察してから早く動くことにしたらしいのは、きっと春からの反省だ。
見上げたフェンリルは相変わらずかっこいい、それだけじゃなくてさらに素敵になっていく。
「この薬」
私はカイル王子に差し出しながら、言う。
私も、成長しよう。
正しく人にたくせるように。
薬瓶、渦巻くガラス瓶のようになっているのは透かしヤドカリの殻らしい。その中には、蜂蜜や多肉植物の実とさざめく砂浜の濾過水を混ぜて作られた、とろりとした回復液が入っている。
「秘伝の配合で作られていて、夜の守人族にだけ伝わっているんだって。これまでずっと、今代ホヌ様だけでなく夏亀様を治してきたものらしい。
使ってあげてほしいって。
夜の守人族は外部に狙われているらしいから、ホヌ様のところに行くのを控えたいんだって。
”本当は自分たちこそが行きたいし届けたい。しかし託すのはなぜか、よく考えてこれを受け取れ。受け取ったならば必ずや安全にホヌ様を治すように”……」
私は真剣な顔をしていたと思う。
ちょっと涙ぐみそうでもあったかも。
この薬を受け取ったときのことを思い出してしまって。
どれだけの想いが込められているのか分かったから、ここに持ち帰ってくるまでの間手が震えていたの。
「受け取れる?」
カイル王子にもう一度念を押した。
そして背中も押しておく。
「基本的にはフェンリル宛て。次に私宛て。それとも気張れそうならば、カイル王子にならば渡してもいいそうですが」
「いただきます」
月明かりにも青白くなっていたけど彼は両手を揃えて差し出した。
そこに、薬を乗せてあげる。
ふうっ。
「”ホヌ様は夏の魔力をたくさん使ってこのたびの夏を支えていらっしゃる。その瞳の瞳孔に太陽がひび割れたような色が見えるだろう。爪が割れているかもしれない。夏亀の姿に戻ったならばその背の甲羅の割れたところに、人の姿でおられるならばその爪に薬を塗り、目に薬を差し込んでさしあげられたら、回復なさる” 覚えた?」
「覚えました」
私も短期記憶には自信があるけど、カイル王子も大したものだ。
彼の場合は、おそらく一字一句言葉の音の調子すら、まるごと記憶している。天才だし努力の人でもあるというのが夏の街の評価だよ。
「行き先についてですけれど。王宮の裏に、夜の守人族の女の子が待っています。無光蛍のような布をかぶって夜闇に紛れていますが、あえて暗いところを探せば見つけられるはずです。そこに向かって。
夏の王宮のことはジェニメロたちの学習にもなるでしょうから、私たちが見ていますよ」
「! 感謝します」
「なんだかんだ気にはなると思いますから。その心残りを取り払って、ホヌ様に集中してあげてください。では、気をつけて行ってらっしゃい」
「はい」
カイル王子が去っていく後ろ姿を眺めながら、私はフェンリルに聞いた。
「王子様らしくなくて目立たないちょうどいい服装だったと思うけどさ。どうしてあんなふうな服装だったの?」
「心根が悪いものたちの巣に乗り込もうとしていたのさ」
「追い込みすぎ……!」
「やれるよ。カイルが本気を出せばね」
フェンリルは私の頭を撫でた。
「彼もまた、磨き続けた実力の発揮の仕方を知らなかっただけなんだから」
読んでくれてありがとうございました!
初期の空気感を取り戻しつつ、
けれど軽くなりすぎないように進めますね。
成長したエルたちなりの空気がありますので。
9月25日の冬フェンリルコミカライズはおやすみです。
お知らせまで。
ゆっくり待ってあげてください。
引き続き、よろしくお願いします!




