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15/39

15:スコール

 


 夏の王宮。


「空模様が悪い」


 ……と、占い師が言い、取り囲む周りは押し黙った。


 この占い師はその空気にもかかわらず、ペラペラと己の見解を話す。やれ、今年の夏は良くないことが起こるだろう。そのためには この壺を買うといいだろう。こんなこともあろうかと祖国から取り寄せてきて……

 この占い師は来客である。


 彼を取り囲む夏の民たちはわかっていた。

 もともとこの占い師は不安を煽ってから壺を持ち出し、本来高額なものを譲って差し上げようという流れで祖国の印象を良くしたいのだ。あわよくば夏の民に貸し一つをつくりたいのだろう。


 しかし「夏のあらゆる空の嘆きも海の嵐もあたたかな恵み」としている夏の民にとっては、この天気を揶揄する表現はタブーであった。


(言うべきか? 誰が口火を切る?)


 注目を浴びるのは夏の国王。

 しかし、国王の視線は息子と娘たちに注がれている。

 だれがこの損な役回りに挑むのか。まちがいなくこれから取引する来客からの印象は悪くなるはずだ。それはやがて次期国王を決めるための評価にも──。


「つ、壺を買いましょう。素晴らしい柄ですからね」


 誰もが責任を置いたがらず、結局、理由を別のところにすげ替えて談合のように王の子たちは占い師と契約を進めた。


 王はわずかに息を吐くばかり。


 占い師は首を傾げながらも、その空に雷が轟いたことを好機とみて、また同じような文句を繰り返した。


(ほれ見たことか)


 と……王は子らを見渡した。


 気まずい空気が場を包む。


 通り雨がさらっと王宮を撫でていき、常向日葵の栄養となったかと思われていたが、また一つ、力尽きたように項垂れて枯れてしまった。




「街に行っていただって? 全くお前ときたらタイミングが悪い」

「遊び呆けているからだ。成果はあったんだろうな」

「お義兄様ったら肝心な時にいないんだから」


 廊下ですれ違いざま、カイルは、兄妹たちからあれこれと文句を囁かれた。

 いつものことだ。

 彼らはまとまって行動する。だから似たようなトラブルに対応することになるのだが、おおよそ張り合ってしまいうまくいかない。または損をしたくないので手を出さず後で父王に叱られてしまう。


 その場にカイルがいなかったことをいつも責めるのだ。

 同じような場に居ないようにと、仲間外れにするのはどこの誰だったか。

 会合の場を知らされないのはもちろんのこと、来るなよ、と念を押してきたことを兄妹はとうに忘れてしまったらしい。


 とにかく、主題はそこではないのだ。

 自分達の不服をぶつけるちょうど良いところを探していたのだろうから。


 ここにホヌ様がいなくてよかった、とカイルは考える。


(カッコ悪い姿を見せてしまうところだった。僕の、ではなくて、兄妹たちのだらしのない姿を……。ホヌ様を失望させてしまいたくない。本来はもっとよくできる人たちなのだ。しかし、今は観光客たちが増えすぎていて、それぞれに主張も強いので兄妹たちは振り回されている。初めて対応することにあわててしまうのはどの人たちにもある成長過程だ。やがて慣れてきたら本来の冷静な商売人らしく振る舞うだろう。

 それまでは誰かが彼らの鬱憤を受け止める必要もある。

 それが自分だというならば、それくらい甘んじて受けよう)


 カイルは頭を下げた。


 兄妹たちは、ホッとしたような空気になったのを感じとった。

 ようやく詰まった息を吐き出すことができたというような。


(彼らもよほど我慢したようだ。手強い来客があったのだろうか? ホヌ・マナマリエ観光ツアーが企画されてそろそろ5年……こちらは経験が溜まってきて受け入れる数を今年は増やした。まわりからすれば観光の感想が広がってゆき珍しい土地からも観光客が訪れ始めた所だ。その波に乗せてフェンリル様たちを誘う企画も通すことができたのだし……。

 フェルスノゥ王族のお忍びがもっとも高貴な来客になるが、そのような高貴なお忍びでもあったのだろうか。こっちまでは情報が送られていないから、また使用人たちに聞き込みをして知っておくのがいいだろう)


 ここまでほんの数秒。


 カイルは身分が軽んじられていることを逆手に取り、その足であらゆる地を訪れている。生まれ持った頭の回転の速さを、その経験にのせればかなり正確に今後の方針を導き出すことができる。


「まあ、ご兄弟、仲が宜しいことで──」


 通り過ぎざま、そのように噂のごとく声が通り抜けていった。


 王族から血を分けた豪族の皮肉だ。

 長いこと立ち話をしているだなんてよろしいのかしらね、という……。


 夏の空気はからりとして風通しがいいのだとカイルは信じている。


 ただ、時折、スコールのように湿っぽいやりとりが存在するのも事実だ。


 そのスコールを長引かせて地に根付く向日葵を弱らせてしまってはならない。


 フェンリルからの言葉をカイルは思い出す。

 あれは、スパルタな教育だった──。

 まとめると、カイルに奮起せよというのだ。


 そのタイミングはカイルの思うままに任せるというし、結果は出してみせろという。失敗すればフォローは冬フェンリルがしてやるからと。そんな恐ろしいことを言った。


 夏の島が冬フェンリルのフォローを受けるだなんてどんな事態だというのだ。


 四季のバランスが狂い、それこそ夏の季節のみならず世界そのものが崩れてしまうのではないか。


 冬の女王ミシェーラを思い出す。

『四季獣様のご好意に人類が耐えられないというならば滅びてしまえばいいじゃない』※意訳


(腹が据わりすぎだ……北の雪国の方々は……)


 ふわふわとしたジェニ・メロ双子王子だって、その精神の頑丈さは千年氷の如くであることをすでに理解している。カイルはその点聡いのだ。


 カイルは下げていた頭を上げた。


 兄妹たちが(もう? あれ?)とびっくりした顔で見つめている。


「雨が上がります。雷もきっと問題ありませんよ。そのように報告できるように、私はまた市内を走って参ります。夏の魔力を本日はまだ使っておらず、おそらくこういうときのために必要だったんです。私としてはタイミングが悪かったですが、夏のためとしてはタイミングが良かった。そのように信じて、行って参ります。幸運の祈りを頂戴しても?」


「あ、ああ」


「わかりましたわ」


 夏、雨の中を通り抜けるにはその者が水にさらわれてしまわないように、髪に手をかざし、髪を夏色に光り輝かせるというまじないがある。

 常向日葵と同じ色。

 夏の王族とそのまわりの人々が、この島の表側で生きることができる理由の一つだ。


 カイルの髪は美しく光り輝き、兄妹ですらも嫉妬するほどだった。


 雨の中、地上の太陽が通り去っていく。


「……綺麗ですわね」

「ふん」

「ホヌ様のためになるならいいさ。ここにホヌ様がいらっしゃらなくて良かった」


 彼女のお気に入りのカイル王子を悪く言えば、具合を悪くさせてしまうかもしれない。しかし、カイルとうまく付き合う距離感を探っているような余裕は自分達にないのだと理解していた。午後のスケジュールもごちゃごちゃと入り乱れて目白押しだ。

 いつのまにか豪族の通りすがりはいなくなっていた。


 涼しい風が吹き抜けていく。

 涼しいというよりも、凍えるような芯の冷たさがあって、背筋が伸びた。





「乱入してやろうかと思った。やらなかったけれど」


「おやめください。フェンリル様。おやめくださいますよう。この通りです」


「おや、それではまるで、私がいじめているようだ」


「とんでもない。でも親しみがあるというのも……フェルスノゥ王子達に嫉妬されてしまいそうで困りますね。ビジネスライク。そのようにしたいのですが、私どもはまだフェンリル様達に楽しいハネムーンライフを用意することができておらず、申し訳ない限りです」


「早く私とエルに安心安全なデートをさせておくれ」


「脅迫だ……」


 カイルが雨の中を走る。


 その横にフェンリルがやってきて、気持ちよさそうに雨を浴びながら並走する。息切れひとつしない。なんとも器用にこの夏の空気に馴染んでいるらしく、白金の髪が顔に貼り付くのさえ涼しげだ。


 ホヌ・マナマリエの象徴たるホヌ様は、この夏の中でどうにも疲れているようであるのに。


 そう、カイルは悔しく思う。

 筋違いであるとわかっているので、つい現れた感情と理屈を切り離す。

 おそらくそれが悔しいのは、カイル達が夏亀様を安心させてあげられないのが悔しいのだ。


「試練はあるものだよ。例え私たちにだって」


 カイルは答えることができなかった。

 向日葵畑が並ぶその中で、しおれた向日葵の根元に座り込んでいるホヌ様が目に飛び込んできたからだ。


「どうなさいましたか!?」


「ん……眠ってた」


 ポカンとカイルは見つめ直した。


 ホヌは照れたように頬を赤くして、くすりと笑って「ごめんね」と言った。







読んでくれてありがとうございました!


久しぶりの三人称でした。

状況伝わりやすくできてたらいいなと(ぺこり)


今月のコミカライズはおやすみです。

引き続きともにお待ちいただけると幸いです₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑


今月もみなさまお疲れ様でした。


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