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14:原生林の入り口

 


 原生林エリアに入った。

 目指すのは居住地の手前。

 休憩用の、木上小屋があるところ。


 案内をする"おさ"は足を引きずっていて、歩きづらそう。


 一方、ボアナちゃんは、たまに周りの警戒をするために木のツタをひっぱり木の上に登り、辺りを見回したりしてくれている。なんて身軽さ〜!

 こんなことを、長もできたに違いない。

 それなのに今、彼は地面をゆっくりと歩いている。悔しいんじゃないだろうか……。


 彼のことを気遣えば、フェンリル族の獣耳は、狙ったかのように呼吸の音を拾った。自然の中にある音──空気の震えは、まるで四季獣の味方だ。


 私は聞き分けた。


 長は、どうやら、悲しんでもいるし怒ってもいるようだった。


 けれどそれを外に出さないようにしている。

 降りてきたボアナちゃんに冷静に声を掛けている。毒の痛みもあるだろうに感じさせない。

 驚くほどがっしりと根を張った大樹のような、波に打たれても割れない岩のような、しっかりとした……そんな人なんだね。


 しっかりとした、かあ。

 うう、こんなチープな表現しか思い浮かばないのは、私の人生経験が足りないからなんだろう。フェンリルなら彼をなんと表すだろう。その表現を是非聞いてみたい。


 速度がゆっくりだし、周りを警戒する必要もないから、私はよそごとを考える余裕があった。


 ……フェンリルのように上手くはないけど、私が現場を見たんだから、私たちにだけわかることもあるよね。

 思い出しながら考えを進めてみよう。

 夏の商店街のパトロールの時……。


 外国人観光客があっさりいなくなったよね。


 いやーな予感がしているの。


 もしも、夜の守人族を狙ったのが「わざと」「一点集中」だったなら……?


 長の背には、まるで威嚇する人の顔のような紋様が刺青みたいに施されていて、私はただただ前を向いているだけなのに、ちょっと怖くなるくらいなんだ。


 いくらなんでも、こんなに頑丈そうな人に、つっかかるように絡みにいくなんて。

 自分よりも体格が立派な人に喧嘩を売るのはよっぽどの勇気がいるものだ。

 もしかして、彼が反撃してこないだろうことを読んでいたのかな?


 夜の守人族に詳しかったのかなあ。


 画家の資料になるべきだ、だっけ……。絡んでいた外国人が口にしていたのは。


 そんな理由だけで夜の守人族に詳しくなれるもの? 本当にそれだけで深く調べられる人なら、むしろリスペクトを抱いて彼を傷つけようとしないのでは?


 カイル王子曰く、夜の守人族は原住一族であるからこそ、その風習を無理に紐解くことはしていないらしい。


 彼らが心を開いてくれるまで、島の半分をあのような商業地にすることを認めてくれた、それだけで我慢することにした。商業街に遊びにきてくれるのを待つのだと。原生林に手出しするつもりはないと。


 だから、ボアナちゃんが商業街にやってきたときは店長さんたちが見守っていて、お金を持っていなくても邪険にしていなかったんだ。


 そのような特殊な風習を持つ人たちのことを、詳しく知っている? わざわざ長を狙って、引き際も弁えていたのだとしたら……?

 なにが狙いなのだろうか?


 まるで推理遊び。


 私にできる予想なんて子供騙しかもしれない。


 けれど、人と人の、思惑のある駆け引きなのだとすれば──。


 たかだか三年未満の接客をしただけの私にも、考えられる部分はあるはずだ。

 たったこれだけのくせに、とたまに思い沈んでしまいになるよ。今回はとくに思惑を持つ人数が多くって、フェンリル族の超自然的な勘が使いづらい。


 私が間違ってしまいそうになったとき、近くにフェンリルがいて止めてくれないことも怖いな。

 けれど、この島の中にフェンリルがいてくれて私たちの動きを空気を読むがごとく受け取ってくれているはず。いつも世界の生き物のすべてを見守ってくれている四季獣の庇護下に私たちがいる……そう考えると、落ち着いて行く。


 よーし……。


 私は、夜の守人族を狙う人がわざわざいたんだって疑ってる。


 その夜の守人族は、ホヌ様がおられたこの島の伝統を守りたい。


 この島の王族たちは、商業を発展させればホヌ様が有名になり、自分たちを満たすことにもなると信じている。


 ホヌ様は、どの人の気持ちも大切にしているらしい。カイル王子のことは個人的に好きで、カイル王子もホヌ様のことが好き。



 ……族長の背中にこっそりと、手を合わせる。

 ごめんなさい、です。


 彼がどのような気持ちなのかちょっと分かりながらも、私はホヌ様の気持ちをまず第一に応援しています。


 でもホヌ様があなたのことも大切な夏の一人だと思っているのは本当だよ。


 っしゃ、とりあえず、守りますか!


 ぴょこり!


 私の獣耳が立ち上がると、頭に巻いていたスカーフが持ち上がった。


「「おっと。回収しましたよ〜!」」


「ありがとう。……つい、鳥の鳴き声が珍しくって聞いてたの」


 いいえ。

 私たちのことを見張っている人がいるんじゃないだろうかって、耳を立てたの。


 だって、もしも長を毒状態にしたのが意図的なら、そのあとを見たいものでしょう?


 ──いた。


 声、聞こえる。


 けっこう近い。

 まるで鳥の鳴き声のように暗号化された、外国人の話し声が、原生林の近くにあるなんて、おかしいと思わない? ただの鳥類学者だというのも変な話だし、ここに来るのを王族が許すはずもないだろう。

 私たちだってやっと族長の案内をもらって入り口付近に近づけるだけなんだから。


(熱妖精。私の氷の魔力を少し受け取ってくれないかな)


 あたりにたくさんいた熱妖精の一つがストールの裾で遊んでいたので、私は声をかけて、熱妖精のハネを氷のように変えさせてもらった。


(私が音を聞いたところへ……私の魔力を持っているあなたなら、行くところがわかるはず。……そう、上手だね。あなたと気持ちが伝わっている感じがあるよ。

 そこに行って見張っていてほしいの。異変があったら教えて。氷のハネを鈴虫のように鳴らしたらその言葉が私には伝わるからね)


 熱妖精が飛んでいった。


 長が、私を振り返っている。それからため息をついた。


「なにをしていた? 話せ。この言葉はボアナにも聞こえない。極秘言語だ。そなたにだけどうせ聞こえるのだろう」


「……そうですねえ。この原生林ってふつうは入ってはダメなところですからね。気をつけてついて行きますよ。まさか、こんなところまで護衛も誰も入ってこれるはずがないんですから。熱妖精だって見たことがないでしょうね、外部の人なんて。きっと珍しさのあまり、私たちの周りにいるんでしょう」


 返事がちぐはぐになるのは、すみません。


 私の言葉は、周りのみんなに翻訳されて聞こえてしまうからね。


 さっき熱妖精に伝えたことは氷の魔力の中に想いを込めて、それを渡したから伝わらなかっただけだ。


 おそらく察したのだろう。長は、器用に片方の眉をつり上げた。


「熱妖精は奔放ダ。どこに行くかもわからないサ」


「ソウネ!」


 ボアナちゃんがカラリと笑う。

 彼女と通じ合っているので、今回は、長はみんなに伝わるような守人族言語で話したんだろう。私も気をつけていないと聞き間違えそうだなあ。

 彼が内緒話をしたい場合は、イントネーションが違うから、私は、周りに聞かれてもいいような物言いに変換して発言しないとね。

 むっずかしー、が、頑張るぞー。


 私は頷いて、また歩いていく。

 あと少しなんだって。


 ジェニメロが頭を近づけ合ってはしゃいでいる。


「ふむふむ、熱妖精は奔放なんですねえ。雪妖精はフェンリル様がきっちりと管理されておりましたから、文化の違いが珍しいです!」


「雪妖精たちは妖精王様たちがほとんど現れない間にも雪山を守りたかったから、それを成せるようフェンリル様に助力嘆願をしたことが契約のはじまりなのだというのがフェルスノゥの記録です。補佐官様が守っていた太古の資料をクリスお兄様が写したんです」


「あれすごかったよね」


「ねー」


「緑妖精はまだ生まれたての個体がほとんどでしたけど、春龍様の住処を守っていた仙人のようなベテラン緑妖精がいたから、詰め込み教育をされている最中なんですってね。それについて行くのが大変だって緑の妖精女王様がヒーヒー言っていたのは忘れられそうもありませんっ」


「緑妖精が教育中。雪妖精は真面目。熱妖精は奔放。秋の妖精はどのような性質なんでしょうねえ〜」


 ジェニメロの軽口に、長が、耳を澄ませているのがわかる。


 彼にとって貴重な見解なんだろう。


 というか、冬の言葉がわかるのか。

 すごすぎ。

 外国人がたくさんくる土地柄だから覚えたのかもしれないけど、それにしたって、フェルスノゥ人はとても珍しいらしいのに、言語習得しているだなんて。


 ん?


 長は、くるりと指を回すような仕草をしてみせた。

 私に対してだよね。こっち見てるし。


 えーと……。あ、もしかして。


 彼、熱妖精が「奔放」って言ったけど……違うのかも?

 奔放、くるりと回す、別の意味みたいなもの……?


 なぜそんな回りくどいことを。


 私がやったのと同じか!


 こっちを見張っている外国人がもしかしたら私たちの言葉を記録するかもしれないから? それを警戒して正確なことを言わずに、私があっちにつかわした熱・氷妖精が疑われないように、って気を回してくれた言葉なんじゃないの。


 わっかりにくい!


 いやさっき私がやったことではあるんだけど。


 彼はフンと鼻を鳴らしてみせた。


 えー、こんなやりとり、仕草のヒントはあったとしても、ものすごい考えるカロリーを使うんですけども。

 彼は、あれだけ身体能力が凄そうだし脳の回転もギュルギュルしてるんだろうか。ありえそう。


 こっちの意志がまるで筒抜けみたいなんて。


「「エル様? 百面相もお美しいです♪」」


 私のせいでした。すみません。表情筋を鍛えなくっちゃ。


「「長。熱妖精とは契約ができるんですか?」」


 おおっと、ジェニ・メロはちょっとうかつに尋ねてる。


 長との交流を図ろうとする意図もありそうだし、二人はハンカチで汗を拭いているように、このあたりの濃すぎる自然の熱魔力によって頭がぼんやりしているのかも……。

 二人にしては距離感の取り方が危なっかしい。ボアナちゃんもちょっとムッとした表情をした。

 まるで集落の情報を探るような一言に感じられたのかもしれない。


 私は繋いだ手から二人のほうに氷魔力を流して冷やしてあげた。


「契約は嫌いダ」


 と、長はそれだけ言った。


 なんとなく頭に浮かんだものがある。


 契約で進める商業王族たちと、契約しない伝統を持つ原住一族たちかあ、って……。






「なぜ、ココにいる?」


 木上の休憩所の真下にやってきたんだけど、その木の下には、四人の女性たちがいた。まだ10代っぽい初々しい子から、ベテランのお母さん感のある女性までいる。

 みんな族長ととてもよく似た仮面を腰につけていた。……もしかして一夫多妻制なんでしょうか!?


 みなさんの間の空間にある感情が親密そうなんですもん。


「アナタ。熱妖精が集落の方におかしなことを告げにきた。だからワタシたちは占いをした。そうしたら本当だと表れた。アナタが毒に倒れて死にそうになっていたコト。そして死にそうだったときに助けてくれた人たちとここにやってくるコト」


 これはもしかして内緒話かもしれませんが……私には聞こえてしまいました……。あさっての方を向いて口笛を吹くしかない。


 熱妖精ももしかしたら、妖精の泉のようなところでお互いに情報交換をする習性があって、長の情報が共有されたのかもしれない。

 そして熱妖精との共存関係のようなものが夜の守人族にはあるのかもしれない。


 けれど、これは踏み込んではいけないところなんだよね。

 気をつけよう。


 ハネムーンで訪れた私たちができるのは、四季がなめらかにつながるように縁を作ってゆくことだけだ。手出ししなくても上手く回っているところは触ってはいけない。


 その風習の中でこれからも生きていくのは彼らなんだから。


「帰レ」


 ストレート!


 族長は追い払うように言って、もう木を登り始めている。


 明らかに足つきが危なかったので、木の幹に螺旋階段のような氷を造って、その上に葉っぱが乗るように冷風で操ったら、唇を噛みしめた屈辱の表情で一瞬睨まれた。ごめんて。でもそこで落ちられたら元も子もないからさー。プライド今は折っといて。


「あの……」


 女性たちが私のことを戸惑ったように見ている。

 初見の魔法を使う外国人みたいな雰囲気ですもんね。


 敵ではないんです。彼女らの作法は知らないけど、ホヌ・マナマリエの作法に従って服の裾を風にはらませながら足を引くようにお辞儀をした。夏風は私の足元を吹き抜けていき、それは夏の中にいる仲間同士である、という表明になる。


 20代くらいのお姉さんが私に声をかける。こぼれ出てしまいそうなふくよかな胸元が大変危険なグラマラスレディだ。こちらの方が目のやり場に困ってしまうくらい。


「長、助ケテクレタ、アリガトウゴザイマス」


 おおっと、燃えるような嫉妬が目の奥にありますね。

 別の意味で危ないかもしれない。くわばら、くわばら……。


 敵意がなく恋敵でもないことをできるだけ伝える笑顔で(どんなだってセルフツッコミしたくなるけど、努力目標でそれを目指したんだよう……)対応した。

「早く良くなるといいですね」って話した。


 彼女たちは帰って行った。


 長は一晩で治った。治癒力すごすぎない? セルフグレアじゃん。









読んでくれてありがとうございました!


今月のコミカライズ更新はおやすみです。

また今度をお待ちください(`・ω・´)ゞ


今月もお疲れ様でした!

あともうしばらく頑張りましょー!₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

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