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13:夏のパトロール

 

 夏の街のパトロール!


 夏祭りが開催できなさそう、とはいえ、それはまだ市民のみなさんに伝えられていない。だから街の中にはお祭りのための飾りが施されたままで、いっそう色鮮やかにどこもかしこも熱気があり、それが私たちの心をヒヤリとさせる。


(ねえ。たしか安全が確保されそうなら夏祭りができるかもしれないんだよね)


((ええ! 外国人が暴れるかもしれない、そのせいで交易が乱れるかもしれない、という夏の王族の不安を解けばいいのです))


 私は二人と手を繋いで、周りの様子をさぐりながら歩く。

 ふんわりしたスカーフを頭と首のどちらもを覆うみたいに巻き付けて、その下で獣耳で音を拾う。


 まずは問題点を見つけるところからだから。

 近くの人の話し声をあまり聞いてしまわないように──範囲を広げるように心がけて、違和感のある音を見つけるように気をつける。このすこやかな街に似つかわしくない厳しい音、危険な雰囲気などはないか。

 気をつけようとするだけでもフェンリル族の体の機能はそれに応えてくれやすい。オオカミっぽいからなのかな、危険に敏感に反応するの。


「!」


 何かが割れるような音。

 もっと体感的に察知するよう心がける。

 すると、音だけでもどのようなものが割れたのか、イメージすることができた。壺のようなものが割られたんだ。小さな壺がいくつか地面に落ちて割れるパリンという音。雑多な人の足音が密集している。ざわざわとそのあたりの魔力が乱れているような予感。


「二人とも、行こう。何かあったら私が守ってみせるからね」


「「冬姫エル様が直々に!?」」


 キラキラと目を輝かせている二人は、でも(ありがたいけれど自分達が守ります)って思っていそう。厳しい山育ちだし体力はある子たちだけれど、いざ揉め事への対応力となるとどれくらいの攻撃力があるんだろうね。春の国では待機していてくれたけれど、フェンリルが私に同行していない今、なんだか雰囲気が好戦的だ。だから、戦う方法を少しは持っているんだろう。


 それを、使わせてしまわないようにしたいな。

 戦う力があることと、それを使ったことによってショックを受けることはまた違う意味を持つだろうから。


 魔法を交戦的に使っていた、使わざるを得なかった春の国の人たちを束の間思い出した──。

 彼らはようやく、そうしなくてもいい未来に向かっている。春龍様と共に。


 そのほうがいい。

 小さな王子たちにその感覚がわかるだろうか。

 食糧を得るために雪山で戦うことと、人の社会で力を振るうことはまたちがう。

 間違えて覚えてしまわないように、私が見ていないとね。


 小さな二人の手はやわらかかった。


 ひやりと指先が冷たくなっていたので、きっとこの私の気持ちは伝わっているだろう。


 ハッとしたように二人は口をひき結んだから。

 そして頬は夢見るようにふくふくと赤くなっている。


「あ……熱気が強くなってきたね」


 これはちょっと暑すぎるくらいだ。

 周りの人たちの雰囲気が変わる。どこか戸惑っているような……。その視線が向かうところが、私がさっき音を聞いたところでもある。


 これくらい近づいたら話し声も拾えそうだ。


 外国の人が問題を起こしがちなんだよね?


 ホヌ・マナマリエの言葉とはまたちがう言葉はあるかと、意識して拾っていく……。

 夏の言葉は海を渡る風みたいにするすると流れてゆく音。

 その中に、カチリカチリとエッジの効いた独特の音があった。


 こう言っている。


「ただ装飾品を見せて欲しいと頼んだだけなのに、あいつが暴れた! 画家がそういえば対応してくれるのが筋じゃないのか? 夏の島の観光事業とはそんなものか」


 あーーーー……この手の難癖ね。はいはい。

 ぬるい。

 もっとめんどくさいタイプの顧客を何人も私は相手にしてきましたよ。


 でも、この辺りでは口車よりも暴力が幅を利かせやすい。

 その手の顧客を相手にする機会は日本では珍しかったからな。あちらでは「口撃」タイプの人が多かったから。あれとか。これとか。トラウマスイッチ発動しそうだから詳細には思い出してあげません。


「「エル様? びゅおおおおって周りが冷えていきます」」


「冷やしているんだよ。夏だとしても暑すぎたからね。暑すぎると人はイライラしやすいし、外国人なら特にだと思うから……。二人から見て気温はどうかな?」


「「ちょっと肌寒いです」」


「やり過ぎちゃったな。調整調整、っと……」


 別の意味で周りがざわついている。

 その影響を最も受けたであろう外国人の人たちは「へーくしゅん!」とくしゃみをしている。

 その隙に、絡まれていた人は逃げたようだ。


 やり過ぎちゃったけど、結果オーライかもしれない。


「逃げていった人を追いかけよう。血のにおいがしているから……」


 雪山で嗅いだことのある獣を倒した後のにおい。春の国で人が怪我をしたときの血のにおい。私が苦手なにおい……。だから、手当てをしてあげたい。


「「その人の見た目に注目して口論になったのですから、いなくなったならば、揉める理由は存在しませんものね」」


 二人は私についてきてくれるようだ。

 そして考えをわかってくれているのか、肩掛け鞄からサッと救急医療セットを出してにこりとしてみせる。


「頼もしいよ」


「「頑張りまーす!」」


 私たちは街の人混みをすり抜けていく。

 私にとっては得意なことだし、獣人の力で、小さな王子二人くらいやすやすと担げてしまう。目立つから、人混みを抜けたらすぐに二人を下ろした。


 人混みではこんな噂を聞いた。


「すまないねえ。彼ら夜の守人族は乱暴なんだよお。だからあんまり声をかけてやらないでくんな。その代わりうちの店がサービスするからさ!」


 商店の人たちと原住民族は、夏祭りに交流もあるというし、それなりに良好な関係にあるんじゃないかな。庇うような雰囲気が見られる。


 けれど、下手に出過ぎているところは気にかかる。

 乱暴な人はそれを成功体験として誤学習してしまうから……もっと横暴になるかもしれない。気のいい夏の人たちがその被害に遭わないように願いたい。


 あー、人の街って、あちらを立てればこちらが立たず、ということが多すぎる。どうしてこんなに面倒なんだろう!


 私はそう思いがちだ。


 けれどフェンリルたちは慈愛の目をもってそれを「楽しい、面白い」って表現してくれる。


 まだまだフェンリルの経験には並べそうにない。

 それは時折私の肩を落とさせるけれど、まずは、できるところからだよね。






 夜の守人族に怪我の治療を申し出るつもりだった。

 でもあの人、サソリみたいなのと戦ってるんですけど!?


「どうしよう……」

「「どうしましょうねえ……」」


 無邪気自由なお子様のジェニメロも困惑してる。

 サソリは初めて見たそうだけど、あの黒々とした攻撃的なフォルムは雪山での怪物を思い出すのだそうだ。なんかごめん。そして、夜の守人族は距離をとりながらジリジリと戦っていたから、毒があるのではないかと予想したらしい。

 さすがに冬の野山でサバイバルする北の王族だけあって、勘がいい。


「ナニ、シテルノ?」


 後ろから声をかけられて、ビクーーッと飛び上がってしまった。


 振り返れば、こんがりと小麦色の肌にココナツの皮みたいな薄茶色の髪を長い三つ編みにした女の子。原生林みたいな濃い緑の瞳で私たちを見つめている。


「ボアナちゃん」


「「長、コノヒト、攻撃ダメ。ホヌ様、ダイジ」」


 太鼓をトコトコと叩くような独特な発声のリズム。


 そして、なんだと? 長が私たちを攻撃しようとしてる?


 ぎぎぎぎ、と後ろを振り向いたら、お面をつけた原住民スタイルの人が私たちに槍らしきものを向けて近づいてきていた。ひいいいい!!


「ナンだ……? 冷たい盾のようなものが現れてイルぞ」


「長。コレ、冬、マホウ」


 ボアナちゃんがドヤ顔で言い放つ。


「カキゴオリ」


「おお」


 長……おさ、と呼ばれた人がポンと手を打つ。


「商店街で食べられるようになっていたアレか。アレは冬の来訪者が持ってきたのだと聞いた。であれば、見逃そう」


「ソウシヨウ」


 ボアナちゃんがぽすぽすとジェニメロの頭に手を乗せて「ダイジョブ」と言う。彼女の方が年上のようだけれど、身分としてはけっこう開きがあるんじゃないかな……王子二人の反応を見ていると、にっこーりとして、何が自分達を助けるのかよくわかっていて普通なら侮辱になることも受け入れるつもりみたいだ。


 フェルスノゥ王国は、春の国より夏の島より、身分差というものがゆるいように感じられる。そのおかげでこの場を穏やかに済ませられたと思うと、ホッとする。


 ふと、濃い血のにおいが鼻をついた。


 私は思わず自分と「夜の守人族の長」の間に氷の盾を作ってしまったんだけれど、見えていないその盾の向こう側で、あの人が膝をついたような泥のぬかるんだ音がした。


「長!」


「外からの客人が、狩用の壺を引っ張った。ソレが割れたときに足にかかった」


「ナオシテヨ」


「イツモなら……魔力で治すが、飛び散った液を解毒することに魔力を使ってしまった。だから、島サソリの中にある別の毒で中和することを狙っていたんだ」


「ジャ、ソレシテ!」


「島サソリよりもその隠れていた客人のほうが大きな力、そう感じた。警戒した。ボアナも近くにいたし……そっちを優先させたのがワシの運命ダ」


「ナンデ 座ル!?」


「命運だからな」


 氷の盾を溶かしてみると、仮面をかぶった人ががっぷりとあぐらを組んで座り込んでいた。見事に伸びた背中に微動だにしない体幹のたくましい体。仮面は取られていて足の間にお盆のようにして置かれている。そこにネックレスをちぎり入れて、小さな黄色の宝石で占いでもしているようだ。


 細く編み込んだ茶色の髪がいくつも腰まで流れて、鋭い鷹みたいな目をしている。

 なにをどうやっても自分の意見を曲げなさそうな感じがする……。


「「ナイフの切っ先みたいな人です……」」


「二人とも、ここにいてくれる? 夜の守人族のかたの様子を見守っていて。大気が熱くなったら冷やしてあげて」


「エル様!?」

「どうなさるおつもりですか……獣の足にされてしまって……」


 ボアナちゃんが私のことを凝視しているのを背中に感じる。

 族長はといえば、私なんてガン無視でなにやら唱え始めた。ええい、死にに行こうとするんじゃない!


 彼がそのような動きをするということは、族長の命がなくなるということよりも、夏の運命に従うということが重視される文化圏にいるのだろう。族長だからこそ慣習に従わなくてはならないのかもしれない。


 だったら、私が運命の突破口になってやんよ!!!


 サソリはまだ見えている。


 私はその周りに魔力を集中させた。これで氷魔法が使いやすくなっているはずだ。


 3メートルほど間を開けて、私は立ちはだかる。


 すると、サソリは尻尾を大きくあげて威嚇をしてきた。


 ここだ!


氷の刃アイスカッター



 薄く薄く作り上げた半月型の氷を、チェーンソーのごとく冷風で回転させた。それをサソリの尻尾、爪、脚にめがけて振り降ろす。


 ザクリザクリザクリ!


「ちなみに断面も凍らせて成分が流れ出ないようにしてありますので。はいどうぞ。……なにをあっけに取られているのですか? さっさと解毒する!!」


「……客人。なぜそちらの言葉がワシに伝わる? そして夜の密談言葉を混ぜていたワシの話を聞いたというのか」


「意外と話好きなんですね。あとで話は聞いてあげますので、解毒ーー!!」


 おりゃあ! サソリぐらい持ち上げてみせらあ!!


 私は黒いはこのようになってしまった「ソレ」をひっつかむと、長の方に投げた。


 黒曜石のナイフのようなもので彼は甲羅を破り、中の液体を足にドロリとかけた。ソレを広げると呻き声が漏れる。


 思った以上に大ごとになっちゃったな。


 ボアナちゃんが私に抱きついてきた。


「アリガト……! アリガト……!」


「フン。まあ、完治とはならなかったがな……最初のタイミングを逃してしまったからだ」


 ボソリと呟かれた一言を私は聞きもらさない。


「へーえ。ふうーん。ねえーボアナちゃん。この人、まだ完全に治っていないみたいだよ。私たちもうちょっと手伝ってもいいんだけど、何かできることはないかな? 教えてくれない?」


「なぜこの言葉まで分かるというのだ!? この島がまだ岩山だった頃の極秘伝説言語だぞ!?」


「さてねえー。私、ちょっと頭にきてるんです。夏の大精霊様があんなにもいろいろ我慢して守ろうとしているものって、助かる努力もせず運命に負けてしまう程度のことなのかなって……。そんなの以外の事の方を頑張ってくださいよ。ったくもー」


「なんなんだこの白金の客人は。どのような言語を操っているのかまるで聞き分けられない」


 頭がいい人なんだろうなとは思う。

 頭でっかちだけど、私のことを警戒しているらしく冷静でいるために呼吸を整えた。


「手伝うと言ったな。そのまま放っておくと集落まで付いてきそうだ。それは許されない。原生林の入り口に休憩用の木上小屋がある。……そこで手当を頼もう」


 彼は、ジェニメロが持つ救急セットを指差している。

 私たちがなぜ手当のことを言ったのか、予想したみたいだ。獣みたいにおそろしく勘がいい。


 私たちは寄り道をすることにした。




読んでくれてありがとうございました!


25日コミカライズはおやすみです。


また来月にお知らせしますね₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑

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