12:お誘いの失敗
今日はさんさんと太陽が輝いている。
だからいい日になる、そんな予感をみんなに抱かせるくらいに!
ホヌ様だって気分がいいはず。
髪が金色に輝いている。
だから私は、断られるなんて夢にも思っていなかったのかもしれない。
「踊らないわ」
「そこをなんとか……」
「踊らないってば……」
ホヌ様に苦笑させてしまった。
彼女はどこかに逃げていくことなく、王宮の屋上にあるプールの水をいじって遊んでいる。私がまだ言いたいことがあるのだろうからと、待ってくれているように見える。
そうやって気を遣わせてしまっている……ううう。
私は情けなくなる。冬の四季姫として、獣としての感性を捉えるようにしてきたし、社会人経験も併せて、ホヌ様に「カイル王子と夏祭りで踊りませんか」って声をかけたらきっと彼女は頷いてくれると想像していた。
カイル王子の姿をホヌ様の瞳はいつも探していたし、その上で近づきすぎないという自制もできている方だ。夏祭りを盛り上げたいと彼女は口にしたことがあるし、そのために先に国王様に相談をして許可を取ってきたとも伝えた。
ホヌ様がいらっしゃれば国民が沸くのは彼女が誰よりも知っているだろう。
そしてフェンリル族が夏の魔力の調整を手伝うことにより、ホヌ様の体調がいい日も増えたように感じられていた。地面を踏み締めるように歩むそのテンポは高揚して、水に乗る軽やかさは目にも鮮やかだ。
けれど、踊りたくないのだという。
いじいじ……。
私は夏の日陰で、しゃがみ込んでしまった。
夏の日差しがとても熱くて、少しくらくらしただけなんだけど。
いじけているというふうに、ホヌ様には見えたに違いない。
水を球のように丸めて、ホヌ様は私の前に持ってきた。
熱気がこの水球に吸収されて、まわりの体感的な暑さが和らいだように感じられる。
「んー。そんなに悩んでしまうのね? カイルが相手じゃなければ、いいかも?」
「それは……カイル王子を大事にして気を遣っているからですね」
「ワオ。まっすぐ聞かれるの、初めて……」
「四季獣同士だからこそ話せることを。感じ合えることを。そのような部分こそが、私たちがやってきた意味だなって思いますから。他の誰にもわからないようなこと、他の誰にも話せないことでも、私たちなら共有できます。ホヌ様がそれが嫌だと感じてるとは、思っていないんですけれども……」
私の獣耳が思わずしゅんとなった。
自信あったから、話しかけたけれど、予想とは違う反応だった「から」──そのような不安も持ち合わせるのが、冬姫エルだ。
フェンリルはまだ幼い狼として危機感が高いのはむしろいいよ、というし、危機感が嫌な感覚だからこそずっと覚えていられるありがたいものだ、と教えてくれたけど。
私が苦しいだけならいい。
私が未熟なことで、ホヌ様に嫌な思いをさせていないだろうか?
「アラ、落ち込んだのね、エル。こちらが嫌だとは感じていないこと、分かろうとしてくれることを嬉しく感じているって、あなたの直感を信じても大丈夫。ウフフ。みずみずしいネ、エル」
「よ、よかった〜」
「成長すると四季獣はそのように迷わなくなっていくはず。おそらくフェンリル族長のように」
「フェンリル、けっこう人間くさく思考したり間違えたりもしますよ」
「アラ……?」
目をパチクリとさせて、ホヌ様はもっと語って、と訴えてきた。
ここで私とホヌ様の波長がつながったような感じがする。
彼女のひまわり色の髪が、私の白金の髪をもっと色濃い黄金にみせる。
夏の熱さが胸に燃えてゆく。
「四季獣の成獣は経験を積み上げていって、どのようにすれば環境が安定するのかという法則を、学んでいって間違いなく選べるようになっていく。だから迷いがないように見えるのかもしれません。けれど魔力以外の、外国や、他の四季獣が世代交代をしたときの不安定さに影響を受けることもあるそうです。そしてそのような時、フェンリルだって迷ってしまうし心が疲れる。支えてくれる仲間がいるから持ち直す、らしいんですよっ」
ホヌ様は「へええ」と呟いた。
どこか、バツが悪そうにも見えた。
そういえば、ホヌ様のそばにはほとんどが人間だけで、季節柄への感度の高い妖精や聖なる動物がいないんだよね……
ヒトは心を不安定にさせる言葉だとか抑制という習慣だとか、そのようなものが得意という困ったところがある、とフェンリルは言ったことがある。
わかるよーーー……………………。
そして、おそらくホヌ様は不安定になった自分のことを恥じているのか恐れているから、頑張って「安定しようとしている」ようにみえる。
彼女は揺らいだ自分を嫌がったのか、私の近くにスススとよってくると、頭をかたむけて肩に乗せるようにして、こめかみのあたりを私の頬に当てた。
「雪の世界のお姫様。あなた、夏の熱気をやんわりと受け止めてしまいそう」
「それは得意そうです、私」
ホヌ様は、言おうか言うまいか、悩むような間をとった。
少なくともさっきまでの一定でかたくなに変えなさそうな雰囲気とは、違うものになったよね。
ここからは、私がホヌ様の言葉を待たなくてはいけないだろう。
慎重に……慎重に……。
今触れているのは、夏の大精霊様のヒトの部分、尊い心のやわらかいところに違いないから。
傷をつけてしまわないように、やわらかい雪で受け止めるようにしたい。
包んだその心をキラキラに凍らせて彼女の宝石にしてあげるみたいな、そんなサポートをしてあげたいなあ。
あげたいって、おこがましいかな?
でも敬ってばかりじゃ近づけない。フェンリル族だけでも彼女を等身大に見るようにしたいじゃない。
ここまで頭の中をぐるぐるさせるくらい、私、ビビってる。
さっき「踊らない」と言われたことが、効いているらしい。
「カイルのことを考えると胸の辺りが熱くなるの」
「そうなんですね」
「そしてずっと恋物語に憧れてた」
「素敵です」
「カイルは恋物語に出てくる人みたい……」
「カイル王子と先に会いましたか? 先に恋物語に憧れたんですか?」
「カイルと会ってから、恋物語を読むようになった……忘れてた」
「その順は結構大切な気がします。あっ! ドキドキしてきた」
「胸がじゅわじゅわって熱く……なぜ、どうして?」
「おそらく私とホヌ様の魔力が混ざっているからでしょうか。心の同調を誘うんですよ。北国のミシェーラ姫とも同じ状態になったことがあります」
「魔力がたくさんある人同士、そして四季獣同士ならば同調することもあるということ?」
「そうです」
「じゃ、わかって」
ホヌ様のおでこが私のおでこに当てられる──。
カイル王子を守るべきものとして見下ろして眺める、夏の大精霊としての視点。
カイル王子を可愛いものとして目線を合わせて微笑む、お姉さんとしての淡いまなざし。
カイル王子がホヌ様のことを守ろうとしていて、成長した彼の背中を見るときの見上げる視線。
──ドキリ。
そのあと、ふりかえったカイル王子は少し睨むような表情をしていて勇ましく、彼が見ているのは夏の大精霊ではなくてその奥にあるホヌ様の心なのだと見つけられてしまったのだ。
幼いカイル王子から、つい近頃の彼までを、思い出を遡るみたいに一緒に見ることになった。
(これは……惚れてもしかたないです!)
(そう……かな!?)
(というか惚れていますね)
(ええ〜そんなにハッキリさせないで〜)
ホヌ様はポッと色づいた頬を手のひらで包んで、熱を覚まそうとするように私にくっついてきた。
確かに私は氷魔力を持つフェンリル族ですけれど、そこまで近づかれてしまうと溶けちゃいそうです。というわけで、私たちの真上にだけ細かいパウダースノーを降らせた。
私の魔力を空気中に出して、それをそのまま変化させたもの。
だから、夏の空気を消費してしまうことはない。
ただただ、ホヌ様が心地よくひやりとできますように。
(でも、だから、カイルとは踊らないの)
カイル王子のことを回想で見た。
理由は知らないけれど、彼のことを敵視するような目がたくさん注がれていたことがわかった。
私は人の悪意に敏感すぎるくらい敏感だ。どのような視線が、声が、しぐさがあるときに、その人が悪意を持っているのかということがわかる。
ホヌ様は幼いカイル王子をとくに守っているように見えた。大精霊が困っている生き物の助けになることは当たり前の流れだし、カイル王子がもっとも王宮で困っているようだったから。彼に長く時間をかけたからこそ、ホヌ様はカイル王子にまず愛着を持って、それがやがて恋になる瞬間が訪れやすかったのだろう。
二人は長く一緒にいた。
(なんだかフェンリルとグレアみたい)
(グレアって? ……あ、綺麗な獣なんだ)
(そうそう。ユニコーンって言うんです。フェンリルのことを尊敬していて何かあれば身を粉にして働くような愛情深い性質なんですよ。性格は捻くれていますがフェンリルには一途です)
(でも、恋にはならなかった?)
(この二人の場合はね、オス同士でしたし、恋のタイミングはなかったようですよ。ハネムーンの相手は私です)
(ウフフ。ごめん、ごめんね)
あ、とホヌ様が口元を押さえて、可愛く笑った。
ごめんなさい。ありがとう。そんなことを気兼ねなく相手に伝えられるのが、気軽にできてうれしい、そんな気持ちがつぶさに伝わってくる。
(これは? カクカクした……大きな灰色の建物がいくつもある……?)
(おそらく私の故郷の光景です。あの当時は失敗が多かったのですが、もう、そうはなりません)
(あなたも頑張っているのね)
(今は、頑張りたいです! はいっ! ……ホヌ様、また改めてお誘いしてもいいでしょうか? 今日のところはお誘いするのをやめてきますから)
(ああ、そのような気持ちなのね。大丈夫、わかるよ。心の奥までは辿り着けないことがわかったから。亀の甲羅の中はそれはそれはやわらかいのだろう。傷をつけてしまわないような支度を整えてから、誘うべきだ。まだまだ環境が整っていないのに焦ってしまった、気をつけよう……)
こうでしょ? とホヌ様が視線で尋ねてくる。
私の気持ちもあちらに筒抜けなんだよね。
(エルが、フェンリルを想う愛情は、とても素敵だと思ったナ)
ホヌ様は、そう私に伝えた。
恋心をけして否定するものではなく、彼女の中に似たものが確かにある。
それを出さなければそのうち膨張するかもしれない、そのような可能性もあちらに伝わっただろう。
しかしその上で、まだ環境が整っていないから首を縦に振れない。
環境なんだろうな。
ホヌ様とカイル王子が踊っても安全なくらいの。
「私、頑張ってきます!」
「「僕たちもいきまーすっ」」
ジェニ・メロがやってきて、手をあげた。お手伝いをしてくれるそうだ。
ホヌ様が手を振って、夏の空を波に乗り飛んでいった。
私たちはまず、街に向かった。
「「エル様に言うことがあります。夏祭りは中止になります」」
「どうして!?」
歩きながら、私は声を顰めて二人に聞いた。
二人は、フェルスノゥ語で私に伝えた。それならば私には聞こえて、ホヌ・マナマリエの人たちには聞こえない。
「なぜ中止になるのか?」
「それは危険性が見られたからです。外国人がこの夏祭りで暴れてしまおうと企んでいることが確認されました」
「準備中のものはどうなるのか?」
「住人たちが楽しむだけのものになります。各々の家庭で楽しむだけで夏祭りという大々的な発表にはしません」
「もう中止は決定したのか?」
「まだ公表されていません。混乱が予想されるため、また早期発表してしまうと外国人の消化不良がどこか別のところに向かうかもしれないからです」
「自分達にできることはないのか」
「もしも問題の集団をつきとめて、フェルスノゥ王族が怪我を負わせれたと仕立て上げたら、本国強制送還が叶うでしょう」
器用に交互に説明をして、二人は「褒めて」というように私を見た。
そこで、私は自覚した。
もう、教えたりする側……先輩になりかけているんだな、と。
会社では部下を教育する立場にならないまま、クビになってしまったから。
「二人とも。褒めてあげられません」
「「そんな!?」」
大事に思うからこそ。
ホヌ様の気持ちがちょっとわかるかもね。
敬虔な人たちはたまに、私たちのために自分を犠牲にしすぎる。動物たちよりもよっぽど自己犠牲を選ぶことすらある。そこまで思っている人たちなら、私たちだって助けたいのにね。
「フェルスノゥ王族が怪我をしたフリなんてダメ。フリをするなら詐欺になるし、本当に怪我をするつもりならこんなに悲しいことはないよ。フェンリルはまず氷魔力を持つみんなが幸せになれるようにと何百年も頑張ってきたんだから。本当に頑張ってきたんだから」
「「ごめんなさい」」
二人にはフェンリルの名前の薬が効きすぎたくらいかもしれないね。
「外国人が悪巧みをしているなら、止める。そうしたらホヌ様も安心して夏祭りに出られるかもしれないしね。やりたいことが一致しているから、誰かが犠牲になるんじゃなくって、私たち三人で頑張ってみようよ」
「「エル様と一緒に?」」
二人は目をキラキラとさせてきた。
私たちは街を見回ることにした。
そしてまた、思いがけない協力者を増やすことになる。
読んでくれてありがとうございました!
2023.04.25 コミカライズお休みです(。>ㅅ<。)
また連絡しますね!
楽しんでくれたら嬉しいです₍˄·͈༝·͈˄₎◞ ̑̑




