Side M : 先輩と服選び
目的地は銀座にあるユニシロ。
距離は約一キロ。時間にして十五分程度。
その間、海華は──大興奮だった。
(……やっば~! 先輩が近いっ、近過ぎだよ~!)
近付けた本人の発言である。
(……どうしようっ、何話せばいいの!?)
優秀な頭脳をフル回転させ、話題を探す。
「あ、ここ左です」
「了解」
海華は左折に成功した!
(……違うっ! もっとこう、普通の!)
海華は先輩に目を向けて、とあることに気が付いた。
「先輩、荷物はスマホだけですか?」
「ええまあ、歩くと聞いていたので」
「ほー、先輩にしては良い判断ですね」
「あはは、それはどうも」
会話終了。続かない。
無論、今のは先輩に問題がある。
手荷物がスマホだけ。とても自然な話題だ。
仮に彼がモテる男ならば、海華の手荷物について質問を返すなどして、会話を発展させていたことだろう。しかし彼は返事をするだけだった。
実に気の回らない男。
納得の恋人いない歴イコール年齢である。
しかし、
(……先輩、荷物ゼロってことは、かなり歩くことを想定してるよね? つまり……それだけ私に付き合ってくれるつもりってことだよね!? 嬉しい~!)
この通り恋はヒトを盲目にさせる。
かくして海華は上機嫌のまま目的地に到着した。
「先輩、見てください。服が踊ってます!」
「……そう、ですね」
ユニシロに入って直ぐ、海華が言った。
彼女の言葉通り、エントランスの先で服が踊っている。具体的には、天井から釣られた振り子の先端に服が着せられ、ゆらゆら揺れている。そして、それが何メートルも続いている。
(……先輩、子供みたいな目をしてる。かわいい。こういうの好きなのかな?)
間違いである。
彼は純粋に「俺が知ってるユニシロと違う」と驚愕している。
「先輩、他の人の邪魔になりますよ。移動しましょう」
二人は振り子の横を通りながら奥へ向かう。
そしてエスカレータに乗ったところで、彼が問いかけた。
「ここ、何階くらいあるの?」
「十二階ですね」
「……目的地は、何階?」
「さあ? とりあえずグルグル回って、最後に買う服を決めましょう」
海華は背後の先輩に告げて、目線を正面に戻した。
(……先輩と一緒に服選び……むへへへ、恋人っぽい)
──その後について。
結論から言えば、買い物は二時間ほど続いた。
「どっちの服が私に似合いますか?」
とか、
「先輩、マネキンの胸ばっか見ないでください。気持ち悪いです」
とか、
「先輩は何を着ても先輩って感じですね(全部似合うんですけど~!?)」
という具合に、海華はずっとハイテンションだった。
最終的に海華が七着、先輩が三着の服を購入して、店を出た。
(……大満足)
海華は見るからに幸せそうな顔をしていた。
しかし、その隣に立つ男性は……それはもう、根こそぎエネルギーを吸い取られたかのような顔になっていたのだった。
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