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めんどくさい部下とちょっとした変化

 アルコールハラスメント。

 それは我々おっさんを苦しめる新時代の概念である。


 成人すれば酒を飲む。

 俺の感覚からすれば、当たり前のことだ。


 しかしZ世代は違う。

 どうやら二十代の四人に一人は全く飲酒しないらしい。


 つまりZ世代に酒を勧めた場合、四回に一回の確率でハラスメントになる。

 とても高確率だ。故に、Z世代を前にして酒の話題を口にするべきではない。


 特に、彼女の前では絶対に避けなければならない。

 それは彼女が飲酒を嫌悪……否、憎悪しているからである。


 俺は忘れない。

 初めて飯をおごらされた時、いつものノリで「飲み物はビールで良いですか?」と質問した際に見た表情……あの羽虫を見るような眼差しを決して忘れない。その後、二時間ノンストップで説教されたことも忘れない。


 俺は過去の苦い経験を反芻する。

 なぜこんなことを考えるのかって? もちろん、怖いからだ。


 今宵の須賀様が、とても上機嫌なのである。

 彼女は少し情緒不安定なところがあり、機嫌が良い時ほど爆発しやすい。


 ……未来の俺、絶対にしくじるなよ。

 俺は自分に言い聞かせ、目的地である焼肉店へと向かった。



 *  *  *



「へー、まぁまぁ静かな店ですね」


 入店後、席に着いた彼女が呟いた。

 俺達が案内されたのは普通のテーブル席。予約などしてない。逆に言えば、予約をせずとも普通に入れる程度に空いている。決してガラガラではないが、店内の雰囲気は静かで落ち着いている。多分、一人客が多いからだ。そういう店を選んだ。


 ……よし、まずは第一関門突破。

 今のところ騒がしい客はいない。彼女も上機嫌。順調だ。


「このレール、肉が回ってくる感じですか?」

「はい。面白いでしょう?」

「べつに面白くはないですね。先輩どんだけ回転寿司好きなんだろう。ざっこ。低収入。とか思ったくらいです」


 同じ会社やろがい。

 年功序列で俺の方が高収入──


「因みにー、私は今年の副業収入が百万円を超える見込みです。ボーナス査定も先輩より良いのでー、来年には逆転しちゃうかもですね」


 こいつエスパーなの?

 普通こんな的確に心抉ること言える?


「悔しかったら先輩も稼いでくださいね」


 彼女はテーブルに両腕を乗せて、上目遣いで俺を見た。

 なぜだろうな? 確かに上目遣いなのに、見下されているようにしか感じられないのは、なぜなんだろうな?


「先輩、注文まだですか?」

「……ああ、うん。最初はタンで良い?」

「お任せします」

「承知しました」


 お客様対応。

 その言葉を胸に刻み、俺は机に備え付けられたタブレットを操作した。


「このお店、サラダはありますか?」

「ありますよ」


 俺はサラダの項目を開いて見せた。


「じゃあ、これ、ふたつ頼みます」


 彼女は画面を指差して言った。


「ふたつ? 結構大きいけど大丈夫ですか?」

「は? ふたつとも先輩が食べるに決まってるじゃないですか」


 どういうこと? どの世界のルール?


「お肉は私が食べるので、不健康な先輩は、可愛い私が美味しく食べている姿を肴に草を食べてください」


 言うほど不健康じゃないからね?


「あーでも、この前の健康診断、良かったんでしたっけ?」

「ええ、全部基準値でしたよ」

「へー、良かったですね。でも不思議だなー? 去年は中性脂肪とかざこざこだった先輩がー、どうして急に健康になったのかなー?」


 あー、なるほどね。はい、分かりました。

 私が食事を管理したおかげで健康になったって言いたいわけね。


 あれは去年の健康診断が終わった頃の話。

 彼女が、俺の食事に口を出すようになった。


 最初こそ「流石に食事は聖域だろふざけんなよ」と憤慨したものだが、事実として数値が悪かったので従ってみたところ劇的に体調が改善。以後、なんだかんだで彼女の小言を聞き入れている。俺は基本的に否定から入るが、結果には素直なタイプだ。

 

「……分かりました。ムシャムシャ食べます」

「よろしい。先輩、最近ちょっと素直ですね」


 諦めてるだけだ。

 心の中で返事をして、ひとまずタンとサラダを注文した。


「飲み物どうしますか?」

「水が良いです」

「分かりました。後で持ってきます」


 この店の水はセルフサービス。

 ひとまず俺の分を注文してからとドリンクメニューの画面を開いて……


「先輩、今ちょっとお酒飲みたいなって思いませんでした?」

「思ってない。タブレットに表示されただけ」

「本当ですか?」


 とてつもない圧を感じる。

 例えるなら、街で綺麗な女性とすれ違った時に「今あの人のこと見てたよね? 私と一緒なのに、どうして他の人を──」と言われたような気分、だろうか。俺、恋人なんて居たこと無いけどね。


「ほんとほんと。須賀さんと食べる時は絶対飲まないから」

「私と食べる時は? ……他の機会では、まだ飲んでるってことですか?」


 しまった、口が滑った。


「私ちゃんと説明しましたよね? 安全な飲酒量なんて無い。数万人を対象とした大規模な研究により、飲酒量に比例して脳みそスカスカになることが示されています。他にも類似する研究が複数あり結果は概ね一致しています。あれだけ説明したのに、まだ理解してなかったんですか?」


 彼女は席を立ち、物理的にも精神的にも俺を見下ろして言う。


「私ー、髪の毛スカスカな人は大丈夫ですけどー? 脳みそスカスカな人はちょっと生理的に無理なんですよねー?」

「分かった。理解してる。悪かった」


 俺が謝罪したところで注文したタンが届いた。

 その際に鳴った機械音が彼女の頭を冷やしたようで、どうにか座ってくれた。


 ……やばい。メッチャ不機嫌になった。


「えっと、水だよね。ああいや、水ですよね。取ってきますね」


 俺は居心地の悪さを感じ、逃げるようにして席を立った。

 本音を言えば非常にめんどくさい。このまま帰りたいくらいだ。

 でもこれは、彼女の家庭環境に関わる問題だ。俺が我慢するしかない。


「お待たせ。俺……僕も水にすることにしました」

「……ずっと言いたかったんですけど、言葉遣い、楽にしていいですよ」


 彼女はそっぽを向いたまま言った。


「……なんかその、ごめんね?」

「べつにー? 気にしてないです」


 明らかに気にしている様子で言って、彼女は俺を横目で見た。


「……その顔、私のこと、めんどくさいって思ってますね」

「いやいや、須賀さんの事情は知ってるから。俺の配慮が足りなかった」


 彼女には飲酒を憎悪する理由がある。

 両親が重度の中毒者で、家庭環境が悪かったと過去に教えてくれた。


「……私だって、誰にでもこんなめんどくさいわけじゃないですよ」


 彼女は顔を正面に向けて、真っ直ぐに俺を見る。


「先輩。どうして私が、こんなにめんどくさいか、分かりますか?」

「……さあ、どうしてだろうか」

「どうして私が、先輩にだけ、こんなにめんどくさいか、分かりますか?」


 それは、今までに無い真剣な表情だった。


「私が先輩の健康を願う理由、言わないと分からないですか?」

「…………」


 理解した。多分、初めて。

 要するに彼女は、不器用なのだ。


 例えば飲酒について。

 彼女は俺が知らない情報を沢山知っている。


 きっと彼女には酒が毒にしか見えないのだろう。

 だから、俺の健康を願って、こんなことを言っている。


 ……なんだかんだ、嫌われているわけじゃないってことか。


 俺は軽く息を吸って、長く吐いた。

 考えるべきことはシンプル。俺が妥協するか、彼女に妥協させるか。どちらかだ。


 ……正直、どっちでもいいな。


 俺はそこまで酒が好きなわけではない。

 同僚や上司との付き合いで飲むくらいだ。


 一方で、彼女のことが大事なわけでもない。

 彼女はただの部下であり、何なら普段の言動が鬱陶しいとすら思っている。


 ただ、本気で心配してくれてる気持ちは伝わる。

 ぶっちゃけ余計なお世話だけど、それを表に出すのは人として最悪だろう。


 ……他人のこと、ここまで考えられるって、すごいよな。


 彼女の真剣な目を見て、そう思った。

 だから俺は、自分自身が妥協することに決めた。


「分かった。今後は飲み会とかも、水で済ませる」

「……口だけなら何とでも言えます」

「なら、見ててください」

「……分かりました。見てます。……ずっと」


 彼女が小さな声でぽつりと何か呟いた瞬間、注文したサラダが届いた。

 

「ほら先輩! さっさと肉焼いて草食べてください!」

「えー、俺が焼くんですか?」

「トングが先輩の方にあるからです」

「……分かりました。ちょっと待っててくださいね」


 彼女は笑みを浮かべ、機嫌の良さそうな態度で言った。

 俺も合わせることにして気持ちを切り替える。


「先輩、口がお留守ですよ? 私が食べ終わるまでに、サラダも食べちゃってくださいね」

「無茶言わないで……」

「大丈夫、先輩ならできますよ。ほら、ふぁいとっ」


 その後、彼女はずっとうざかった。

 どうしてもこうも人を煽ることに長けているのだろう?

 

 とても疑問だったが……

 不思議と、以前よりも鬱陶しい感じがしなかった。

 こういうの好き!

 続きも読みたい!


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[一言] 駄目だ普通にイライラするこの後輩 すごいな主人公
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