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鬼狩武者と鬼娘

「なんだその様は……って、見ての通りさ……ドジ踏んじまった……」


 月明かりの下、へへ……と力無く笑うのは、木を背に血だまりに座りこんだ侍だ。

 少し離れた場所にはこの男が手にかけた武者たちの亡骸が転がっており、冷たい夜風にのって鼻につく臭いがここにも漂ってきている。


「だがお前も、人のことは言えないザマじゃないか?」


 たしかにヤツが言うように、私もまた無傷ではない。左腕はザックリとやられていて動かないし、右足もそうだ。胴も骨が何ヵ所かイカれているのか重い痛みが響いている。

 この男が割って入らなかったのならば、私がそこに首を落とされて転がっていたかもしれん。


「だがまあ鬼のお前だ、生きてさえいればそのうちにでも傷は塞がるだろうがな。俺のつけた刀傷も、会う度々にきれいさっぱりに消してくれてよ……」


 そうだ。私とこの男は、背中を預けあう仲間などではない。

 私は鬼で、この男は鬼切の武者。

 どちらかの命が尽きるまで切り結ぶ。そう言う間柄だ。これまでも、これからもだ。


「ああ……こんな月夜だったけなぁ……お前と最初に戦ったのは。覚えてるか?」


 覚えているさ。鬼は皆殺しだと顔を見るなりに名乗りもなく斬りつけてきたな。その時に裂かれた顔の傷のことは必ず返してやるつもりだったからな。


「よく言うぜ。二度目に会った時にゃあ元通りのきれいな顔してたくせによ。そのくせ俺の顔面に爪痕まで残してくれて。おかげで女にゃ逃げられるばっかだ」


 ふん、いい気味だ。

 それでその二度目もその次も、水入りだのなんだので結局決着がつかずじまいでズルズルと、もう数年来の腐れ縁か。


「……仕方ねえだろうがよ。お前の首を落とすのなら俺が最初から最後までやらなくちゃならない。そんな気分だったんだからよ」


 それは私も同じことだ。だから私でないものの手で手傷を負っていれば止めを刺す気も起こらずに見逃していた。

 腐れ縁などとさっきは言ったが、会えば殺し合うこの鬼切との繋がりを、私は手放したくなかったのだな。

 だから鬼切が、私を罠にかけて囲んだ仲間と争い始めた時には、繋がりが絶たれずに次へ繋がったことに胸が踊ったのだ。


「……で、そのこだわりでこの様じゃあ世話ないがな」


 違いない。

 お互いに傷に響くのも構わずに、血塗れに繋いだ繋がりを笑い合う。酒があれば乾杯しているところだが、あいにくと罠にはまったところでこぼしてしまっているな。もったいない。

 だがそんな笑いも、鬼切が血を含んで咳き込んだことで終わりを迎える。


「……おいおい、ちと無用心だぜ。心中するつもりだったらどうするんだよ?」


 思わず支えに行った私に、鬼切は溢れた血を拭えもしないのにそんなことを言う。

 騙し討ちにかけるかを疑うなど、いまさらだろう。その手段を良しとするならばここまで決着が流れることもなかったのだから。

 そう言えば鬼切は小さく笑いながらうなずき返すのだ。


「なあ、ひとつ頼まれちゃくれないか?」


 言われずとも、ここで決着だなどとは言わんさ。また互いに体を癒して、今度こそ誰にも邪魔されぬ決着を着けよう。

 皆まで言うなと被せた私に、しかし鬼切は静かに首を横に振ってくる。

 やめろ。

 よせ、聞きたくない。

 お前の口からそんな言葉は聞きたくないぞ!


「死ぬなら、お前の手にかかりたい。一思いに頼む」


 そんなふざけた話を聞けるか!?

 食って掛かる私に、しかし鬼切は頼むと言葉を重ねてくる。


「寒くなってきててよ、治すどころか、永くはもたねえよ。それにもし生き延びたって、この手足じゃどの道なぁ……」


 鬼切が無念そうに眺めた腕や足には深い刀傷があり、人の身では仮に塞がったとてとても戦えるまで回復するとは思えない。


「……ねじきるでも、へし折るでも、貫くでも、どんな方法でも構わん。だからどうか、お前の手で……」


 ここで次に繋げたとて、望む決着には結び付くことはない。それを悟っているからこその頼みだ。それを私も分かってしまった。だから……。


「ああ、お前に任せる。お前が望むかたちでやってくれ……」


 この言葉を受けて私は、刀を受けていた片角をへし折って、鬼切の心の臓へ突き入れたのだ。


 私が宿敵を手にかけたその夜からしばらく。

 私のとなりには一人の鬼が並んでいる。


「……ったくよぉ、たしかにお前に任せるとは言ったぜ? 言ったけどよぉ、そりゃあトドメの形の話だったんだがよぉ?」


 グチグチとぼやくのはあの鬼切だった鬼だ。

 私の角を体に受け入れたことで鬼と化したのだ。どちらにせよ人としての生には止めを刺したのだから文句があるのはおかしくはないか?


「そりゃあそうだがよぉ……まあ、形は変わったが、お前とこうしていられるってのは、まあ良いもんだよな」


 そう言って私の手を掴んだ元・鬼切に引かれて、私たちは月も届かぬ夜の深みへと姿を隠すのだった。

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