お金持ちと、そうではない人。
ある日町1番のお金持ちが言いました。
「私は欲しい物全て自分のお金で買うことができる。
コックを雇って美味しいものを作らせることができる。
商人を呼んで家でゆっくり買い物ができる。
庭師に綺麗な庭を作らせることができる。
掃除、洗濯、全て召使いがやる。
私が今のような生活を送ることができるのは、全てこれまでの私自身の努力があってこそ。こういう生活を送れない人間は努力しなかったのだ」
お金持ちはその考えにとりつかれました。
ある日、自分の支払いにとても無駄なものがあることに気づきました。
〈健康保険〉
「これは何かな?」
「これを支払っていると、怪我や病気をしたときに本来かかったお金より安く済みます」
尋ねられた召使いは律儀にこたえました。
お金持ちはもう一度尋ねました。
「何故安くなるのかな?」
「みんながいざというときの為に普段から払っているので、いざというときが来た人がその積み立てから使えるのでございます」
「なるほど。しかし、そのいざというときにかかるお金は、全額請求されたときに、私が払えないほどの額になるのか?」
尋ねられたので、召使いは答えました。
「ご主人様の場合はお金持ちなので……、おそらくそういったことは滅多にないでしょう」
それを聞いたお金持ちは言いました。
「ならば、私は積み立てに参加する意味がないではないか。貧乏人どもの為に、無駄な支払いをしているだけではないか! こんなもの、私は今後一切払わないぞ!」
いざというときに、必要なお金を払えない貧乏人が悪いのです。
いざというときがきても困らないお金持ちは、ただただ「施し」をしているだけなのです。
こんな理にかなわないことはありません。
「そうだ。国にかけあって、こんな仕組みを壊してやろう。他の町のお金持ちにも呼びかけて、大臣にお金を積んで、うまく法律を変えてやるんだ」
お金持ちの企だては、成功しました。
お金持ちは無駄なお金を支払う必要がなくなりました。
ある日、庭の草花が手入れされていないことに気づきました。
「庭師は何をやっているんだ!」
怒ったお金持ちに、召使いが言いました。
「庭師はもういません。病気になりましたが、病院にかかるお金がなかったので、間もなく死ぬでしょう」
「ふん。役立たずめ」
ある日、服が汚れたままであることに気づきました。
ある日、家の掃除がなされていないことに気づきました。
ある日、ついに食事も出てこなくなりました。
「召使い!」
最後に残っていた召使いも家を出て行こうとしていました。
「ご主人様。もうここにはいられません。あなたから頂くお金では、暮らしが成り立たないのです。ああ、私の努力が足りなかったから、こんな仕事に就くことしかできなくて」
「待て、金ならある。お前まで居なくなったらだれが私の世話をするんだ」
止めても聞かず、召使いは出て行ってしまいました。
お金持ちは慌てて追いかけて外に出てみました。
そこはもう、これまで見知った町ではなくなっていました。
さまよい歩こうにも、道すらありませんでした。
お金持ちほどお金持ちではない「道を作っていた人」は、いざというときに払うお金がなく、病に倒れたのかもしれません。
道がないので、きっともう商人も来ないでしょう。
食べる物も着る物も買うことができません。
お金持ちはたくさんのお金に囲まれて、その後そんなに長くない人生を終えました。