86話 ルカの立ち直り
数日前、私は妹のマールが君主の悪魔、『触手』デモゴルゴンに捕まったと聞いて、すぐに部下を呼び、助けに向かった。
デモゴルゴンは天使族の中では捕まれば恥辱の限りを尽くされ全ての尊厳を踏みにじられると最も最悪な悪魔として知られてる。
そんな悪魔に大切な妹が捕まったと聞いて、余裕がなかった私は罠ということに気づかなかった。
結果、待ち伏せされて罠にかかった私たちは、デモゴルゴンに捕まった。
本当の狙いは私だと知り、相手の手のひらでまんまと踊らされてたことを知った時は悔しかった。
それでも、なんとかマールのことは逃がしてあげることができた。
マールはまだ何もされていなかったみたいで無事なままだった、捕まった私はマールが助かったこと、それだけが救いだった。
もしかしたら、助けが来るかもしれない、そんな希望も抱いていた。
助けは来た、だから巻き込んでしまった部下三人のクロウ、コロネ、マリアは無事なままだった。
だけど、私は…………
「っ?!」
あの時のことを夢に見て目を覚ます。
最近はいつもそう、デモゴルゴンに犯された時のことが夢に出て、毎朝毎朝一番最初に思うことは
「………死にたい」
私は魔法で光の刃……今は闇の刃を作って刃先を自分の喉に向ける。
そしてひとおもいに突き刺そうと目を閉じた時……
「お姉ちゃん、レンさんの朝ごはんだよ………お姉ちゃんっ!!」
ドアが空いて、妹のマールが入ってきた。
そのまま自殺を止められてしまう。
「なんで……止めるの」
「そんなの、お姉ちゃんに死んで欲しくないからだよ」
「私は堕天したんだよ? 国にバレたらどうせ殺されるの」
「ここにいれば見つからないよ」
「それでも、いつまでもは無理、いつか必ず見つかる」
「そうかもだけど……」
マールが俯いて部屋から出て行く。
ごめんなさい、マールに悲しい思いはさせたくない。
けれど、私はもう無理、マールにとっても堕天した私の存在は人生の汚点になってしまう。
部屋には、レンさんというここの家の主で、マールたちを助けてくれた恩人の人が作ってくれた朝ごはんの匂いがする。
美味しそうな匂い………けれど、とても食べる気にはなれない。
「はぁ………死にたい……」
私はもう一度自殺を試みる。
けど、結局また誰かに止められて、未遂におわる。
ここ数日で気づいてる、私が自殺なんて本気でできるわけがないって……
そうしてまた絶望の縁の一日がはじまる。
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今日は、ここに来てからのこれまでの日々とは違った。
銀髪のエルフの少女が部屋に来た。
ここに来てからは基本的に私の自殺を止める時以外はマールやクロウ達しか部屋に来なかった。
ついに、邪魔だから出てけとか言われるのかな? それなら早く出ていって野垂れ死のう。
そう思ったけど違った、エルフの少女は私に慰めの言葉をかけてくれる。
善意ということはわかってるけど、拒絶してしまった。
それでも言い返されて、私が何も言えなくなっていると、歌を歌い始めた。
すごく、お世辞抜きにうまかった。
だけど、私は拒絶してしまった。
次に先祖返りが来た。
彼女とは昔あったことがあるし、戦ったこともある、もしかしたら殺してくれるのかとも思ったが違った。
彼女も私を慰めようとしてくれた。
彼女は魔法を使った気配がしないのに何も無いところから何かを出したりと不思議なことをして、驚いた。
久しぶりに会った彼女は変わっていた、かなり人が良くなったと思う。
そして私も変われると手を差し伸べてくれる。
けれど……
「………こんな私なんて助けられずに死んだ方が良かった……」
やさぐれてる私はつい言ってはいけないことを言ってしまった。
先祖返りは少しむっとした表情をしたけど、ため息をついて部屋を出ていった。
私は最低だ……助けてくれた人に向かってあんなことを言ってしまった……
恩人に酷いことを言ってしまった私はきっともう見放されるだろう。
そう思ってたけど、違った。
こんどはカレンさんが来た。
もう、やめて欲しかった、本当に放っておいて欲しかった。
カレンさんは力強い言葉をくれる、すごく心が打たれる。
カレンさんが言うことは図星だ、私は弱虫だ、本当に死ぬ覚悟も出来てないのにとても死にたいと思ってる。
カレンさんの言っていることは正しい、正しいから私は耳が痛くて、正論なんて聞きたくなくて……もう、やめて欲しくて。
「あなたに! 私のなにがわかるっていうの?! 」
つい、怒鳴ってしまった。
カレンさんやみんなの善意が痛かった。
私は多分、この真っ黒の髪や羽根と同じで心まで堕天してしまったんだと思う。
あぁ……もう、いやだ……こんな私なんて消えてしまいたい。
そう思って私はまた、自殺を試みる。
けれど、やっぱり止められて……
「この力を使えば……たぶん死ねる……けど……」
私はやっぱり覚悟がないんだろう、結局できなかった。
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「お姉ちゃん! 着替えるよ!!」
5回目の自殺も未遂に終わって、部屋で膝を抱えてると、マールが服を持って入ってきた。
そのまま、私の今着てる服をぬがして、持ってきた服を着せ始める。
「ちょっと、マール!!」
「お姉ちゃん、じっとしてて! この服羽根が難しいんだから!」
マールに無理矢理着せられて、恨めかしい髪の毛もまとめられた。
ちょっとキツい……
もう諦めて、マールにされるがままになってるとドアをノックする音が聞こえた。
マールが返事をして、入ってきたのはレンさんだった。
この人は不思議な人だ、まず感じる神気量が規格外すぎる。
カレンさんも多めの神気を感じるけどレンさんはカレンさんの倍くらいはあると思う。
そして、今の私と同じ感じがする、堕天な感じ……
レンさんは私と話がしたいという、それと見せたいものもあるらしい。
私は話をしたらもうほっといて貰うという条件をつけて、話をすることにした。
我ながらずるいと思う、けれどごめんなさい、もう我慢できないの。
レンさんは私を部屋から出そうと手を取ってきた、けど突然のことだったからびっくりして手を払ってしまった。
堕天して穢れた私を、なんの躊躇いもなく手をとるような人はいないと思ってたし、それにこの髪とか羽根とかを誰かに見られるのは嫌だった。
するとレンさんは着ていた洋服を私に羽織らせてくれて
「はい! これで見えないよ! それじゃあ展望台に行こう!」
といって、再び私の手を握って、部屋から連れ出した。
羽織らせてくれた洋服は、レンさんの体温でほんのり暖かく、優しい感じがして、繋いでる手からは私を逃がさないようにっていう意思が伝わってきた。
だから、黙ってついて行くことにした。
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連れてこられた場所はこの家のてっぺんらしく、すごく高いところだった。
ここから首から落ちれば死ねるかな……?
そう思うけど、レンさんは私の前に立っているし、手も握られたままだから、たぶんできない。
そんなこと思ってると
「ねぇ、ルカさん、堕天って天使族にとってどういうことなの?」
レンさんが質問をしてきた。
「………天使族にとって、堕天は破滅の象徴、扱いは悪魔と同じで滅ぼされる存在」
約束だからちゃんと答える。
「………そして、私は『熾天使』の階級、絶対に堕天なんてしてはいけない……けど、してしまった……だから、天使族の国に見つかれば殺される……」
この話し合いが終われば死のう。
遠くに行って、あの魔法を使おう。
私に出来るかな? ううん、覚悟をきめなくちゃ。
「その、堕天を治す方法はないの?」
堕天を治す? 昔聞いたことがある、堕天した恋人を治した男性天使の話、たしか……
「………ある……あるけど、女の尊厳まで悪魔に踏みねじられた私には、絶対にできない……」
「その方法って?」
「………粘膜接触で神気を流してもらうこと」
その男性天使は恋人が堕天してしまって、どうにか治すことが出来ないかあらゆる方法を試したがみつからず。
恋人の女性天使はもう諦めて意気消沈、男性天使に迷惑はもうかけられないと離れることを決めたらしい。
男性天使はそれを聞いて、『堕天してしまっても君は君だ、穢れてなんてない君は美しいままだ、だから愛し続けるよ』っと言って、女性天使にキスした。
すると、男性天使の神気が女性天使を包み、堕天を治したという。
この話は天使族の中では堕天して穢れてしまっても美しい二人の愛が勝ったとして、美談として語られてる。
そして、粘膜接触、つまりキスによる神気の譲渡により堕天が治ることがわかった。
「でも……悪魔に身体を汚された私に、そんなことをしてくれる天使族はいないし、マールたちだと神気量が少なすぎてそもそも譲渡ができない……」
そう、堕天は忌み嫌われる存在、本来ならキスどころか触ることすらはばかられる。
そもそも私に恋人などいない。
それに神気量が多くないと譲渡することもできない。
奇跡なんて起きなくて、きっと私は一生このまま……
「………だから、もう私は生きている意味なんてないの、どうせ国に見つかれば殺される、それならいっそ……」
自分から死んだ方まし……
そう言葉を続けようとしたけれど、その言葉は出なかった。
その時、色々なことが同時に起こった。
まず、いきなりのことで頭が真っ白になっていた私は、レンさんの後ろで凄い爆発音で今の状況に気づいた。
レンさんが自分の唇を私の唇にぴったりと合わせ、舌先が少しだけ触れているキスをして、神気を流し込んでいた、その後ろではまるで星が落ちているように炎の光が夜空を彩っている。
流し込まれる神気は温かくて優しくて、包み込まれてる感じがする。
何秒、何十秒、そうしていたんだろう? たぶんほんの一瞬だったのだけど私には何倍も長く感じられた。
ドンっ!! と、再びレンさんの後ろで音がして我に返ると、いつの間にかレンさんの唇は離れていた。
「……………キス」
キスなんて初めてで、俯いて感触を思い出すように自分の唇に手で触れていた。
「突然ごめんね、君に死んだ方がましなんて言わせたくなくて……」
ふと、声がして顔を上げると、困ったような顔をしたレンさんがいた。
「それに、全力で神気を流したんだけど完璧には治せなくて……」
その言葉に、いつの間にかレンさんがかけてくれた洋服が落ちていて結んだはずの髪が解けて広がってることに気づく。
見てみると、あんなに真っ黒だった髪の毛は元の色に戻ってた、ただ前髪のひと房や所々に紫の髪が残ってる。
羽根も、片翼だけ紫だった。
レンさんはあんなに最低で、拒絶ばかりしていた私何かのために神気を流してくれたの……?
「どう……して……」
「ん? どうしてって、そりゃー困ってる人がいて、もしかしたら助けられるってわかってるのに助けないのは僕の美学に反する!」
ドン!! ドン!! ドン!!
と、レンさんが話してる間も夜の空に炎の花が咲いている。
「見せたいものって言うのはこの花火のこと、綺麗でしょ?」
これは花火って言うみたい。
確かに、赤に青に緑に黄色に橙とか色々な色で夜空を彩っているのはとても綺麗。
「なんか、綺麗なもの見ると、明日からも頑張ろう! って思えない?」
レンさんは花火を見ながら話している、私は花火に照らされるレンさんの横顔を横目でチラチラとみる。
「僕にはルカさんの気持ちがわかるよ、僕もデモゴルゴンに色々やられたからね、たぶんルカさんの方がきついけど……」
ああ、だから、レンさんの中にも堕天の気配がしたんだ。
つまり乗り越えたってこと?
「そのとき、僕は消えたくて消えたくて仕方なかったけど、華憐とか仲間が支えてくれた、だから次は僕がルカさんのことを助けてあげる」
そう言って、私の方に向いてくるレンさん。
「だから、もう死んだ方がよかったとか悲しいこと言わないでよ、ルカさんがきつい時はいつだって僕が助けるから」
そう言って手を差し伸べてくる。
この手をとってもいいのかな……?
そのとき、また一際大きな音が鳴って、夜空に花火が咲いた。
「ほら、華憐やみんなも僕とおんなじ気持ちみたいだよ」
私は空を見てみる、そこには花火で
『ルカ!! 元気出せ!!』
「誰も、ルカさんが死んだ方がいいなんて思ってない少なくとも、ここにいる人は全員ね!」
頬にぽつりと涙が流れる感触がした。
すごく、すごくすごくすごく嬉しかった。
死ぬしかないと思ってたけど、ここの人達なら堕天をしてしまった私でも受け入れてくれるってわかって……
今までの自分がすごくちっぽけに思えてきて……
「ルカ……」
「んー?」
「私のことはルカって呼んで……」
「じゃあ、僕のことも蓮でいいよ」
「うん……ありがとう、レン!」
私はレンの手をぎゅっと握って、ここ最近笑ってなかった分全てを含めてレンに笑顔を向けた。
レンも笑顔を返してくれる。
ありがとう、レン。
ありがとう、マール。
ありがとう、ここに住むみんな。
私はここでならまたしっかりと前を向いて生きていける。
こんなにたくさんの人が堕天した私でも認めてくれる。
だからもう、死にたいだなんて思わない!
ふっ……ついに目醒めるときが来たようだ……




