170話 レンとネク (ネクの家出)
◇◇カレンside◇◇
蓮くんから話を聞いて、私はアウラとネクさんがいるところへと戻ってきた。
「ほら、ネク! 元気だしなって! 口下手なんて誰にでもあるよ、今度は私も一緒にレンに渡すの手伝うからさ!」
「む、無理ですよ……もう。レン様は絶対に私の事嫌ってますから」
「もー、そんなことないって! それは今カレンが聞きに行ってくれてるでしょ? きっと、大丈夫だからさ!」
そこでは、まだネガティブが深刻と化したネクさんと、それを必死にヨイショしたりしてどうにか元気づけようとしてるアウラの姿。
私は二人に戻ってきたことを伝える。
「二人とも、蓮くんから何が苦手なのか聞いてきたよ!」
「あ、おかえり!」
「カレン様……」
「ただいま! とりあえず、なんで蓮くんがあんなにも蜘蛛に苦手意識を持ってるか話すね」
それから、蓮くんが小さい頃に持った蜘蛛のトラウマの話や卒業旅行のタランチュラのこと、それと一番重要なネクさんのことは別に嫌っていたり拒絶したりしている訳じゃなくてってことを掻い摘んで話した。
「だから、ネクさん! 大丈夫だよ! ネクさん自身のことは嫌ってないみたいだし、ネクさんが蓮くんの蜘蛛の苦手意識を変えてさえあげれば……あ、蓮くんにヒートテック渡す時こう言えばいいんだよ……」
そう言って、私も何とかネクさんにやる気を出してもらおうと説得してみるけど、ネクさんの顔は沈んだまま。
どうしたものかな……ネクさんも蓮くんも私が手引きしたことで初対面のこと引きずってるみたいだし、それに責任を感じるから何とかしてあげたいんだけど。
だけど、自己評価が低くネガティブ思考なネクさんは、
「カレン様、私なんかのために色々考えてくださってとても感謝してます。けれど、私はもう大丈夫ですから……だからもう、気にしないでください……」
ネクさんはそう言うと、とぼとぼとこの場から立ち去ってしまう。
けれど、あの哀愁漂う感じに私とアウラは声をかけることが出来なかった。
■■
◇◇ネクside◇◇
レン様にヒートテックを渡しそびれて、カレン様たちとは別れた次の日、私はまだ生きてました。
いえ、別に死にたい訳ではありませんが、この国の王様であるレン様と仲良くできてない私は死んだ方がいいのかもしれません。
結局逃げてしまって、私のために骨を折ってくれたお鶴さん、カレン様、アウラさんにも申し訳がたちませんし。
だから、私は昨日の夜一晩中考えて決めました。
私はエリュシオンから出ていくことにします。私なんかがここにはいない方がいいでしょう。そうすればレン様も心穏やかに居られるはずです。
それに、やっぱり私にはこんなたくさんの人がいる場所より、誰もいないところでたまに餌が引っかかるのを蜘蛛の糸を貼って待っている方がよっぽど似合うでしょう。
エリュシオンに誘ってくださったカレン様には本当に申し訳がたちませんが、しっかりと置き手紙も置いてあるのできっと大丈夫でしょう。
「…………だから、私はエリュシオンを出ていくことにします。探さないでください。ネクよりっと、これで大丈夫ですかね?」
手紙を描き終わりましたし、そろそろ行きましょうか。
その時ふと、私の作ったヒートテックが目に入りました。
「これは、ここに……いえ、やっぱり私の作ったものなんて置いておく必要は無いですよね……でも、カレン様に頼んでレン様に渡してもらった方が良いでしょうか?」
うーん……でも、私が作ったものなんて触れたくもないでしょうし……持っていくことにしましょうか。
ということで、私はヒートテックの入った紙袋だけを持ってお城を出ました。他に持ち物はありません。もともと、私はクイーングノーシス・スパイダー……魔物なんです。来る時も何も持っていなかったので自分の持ち物は何もありません。魔物の私がこんな文明的な生活をしていることが間違っていたんでしょう。
「カレン様、皆さん。私のことを受け入れて貰い本当にありがとうございました。嬉しかったです。けれど、やっぱり私は森に帰ることにします。どうか、また会えることがあれば同じように優しくしてくださると嬉しいです」
お城の前で私はそう言って一礼します。直接伝えることが出来ないのをお許しください。
そうして私はエリュシオン郊外に向けて足を進めます。
幸い、今日は朝からたくさんの雪が降っていてあまり外にいる人は居ません。それでも、雪に強い人達は外にいるのでなるべく人に会わないように気をつけます。
「こっちの方向に行きましょうか」
しばらく歩いて、無事に誰も見つからずエリュシオン郊外の森に隣接する所までやってきました。
もともと私がいたあの岩のところに帰ってもいいですけど、もしかしたらカレン様がやってくる可能性もあるので、別の方向に行くことにしました。
■■
また、しばらくどこに行くかも決めないで真っ直ぐ歩いています。
とくに、代わり映えのしない森の中。雪がしんしんと積もって時折頭を軽く振れば、積もった雪が落ちていく。
カレン様はもう、私の書いた手紙を見たでしょうか? 心優しいあの方ですから、きっと見つければ直ぐに私のことを探そうとするでしょう。少し、早く歩いた方がいいですかね?
そう思いながら早歩きで歩いていると、雪が降るなか何かが空を飛んでくるのが遠目で見えました。
「あれは、なんでしょうか? どこか、見覚えがあるような……」
私は、というより蜘蛛は正直あまり視力はよくありません。ほとんど糸の上でじっとしてるので。そのかわり、振動には敏感ですし空気の流れも読めたりしますけど。
そういうわけですので、もう少し近づいて見てみましょうか。
謎の飛行物体と私の方向に進んできているようで、だんだんとぼやけて見えてみた物がしっかりと見えるようになってきました。
「紺色っぽい翼に黒髪の頭? ……って、レン様?!」
向かって来てるのは、ブルブルと寒さに震えながら頭に雪を乗せて飛んでくるレン様でした。
こ、ここにいてはまずいです! 見つかってしまいます!
「ど、どこかに隠れないと……」
見つかってしまえば、もしかしたら引き止められるかもしれませんし、そうなれば自分の意思を突き通すのが苦手な私だと結局戻ることに……でも、レン様は私のこと苦手だし何も言われない?
………それはそれで、なんだか物悲しいような……いえ、私ごときがどこに行こうと何も気にしませんよね。
それでも、見つからないほうがいいでしょう。
私はキョロキョロと当たりを見回してどこか隠れられそうなところを探します。
「あ、あの岩なら大丈夫そうですね」
季節の関係で木の葉は落ちてしまってますけど、そんな中ぽつんといい感じの岩があったのでそこに身を隠します。
「あぁ……寒い、寒いよ全く。ここ、こんなに寒いところならもう少し南の方に行けばよかったかも」
少しすると、私のちょうど上ら辺を腕を擦りながらレン様が通り過ぎていきます。
「はくしょんっ! ズズっ……あぁ、早くヒートテック作ってくれないかな……もう、凍えそうだよ……」
あぅ……ごめんなさいごめんなさい。私、よくよく考えたら仕事放棄してます……本当に申し訳ないです。
今からでも出ていって、レン様にこれをお渡ししたほうがいいでしょうか……。
私がチラッと手元にあるヒートテックを見たときです。
「えっ? うわああああぁぁぁぁぁ!」
突然レン様のそんな叫び声が聞こえてきて反射的に目を向けます。
「え、レン様……? 今のは……」
視力には自信はないですけど動体視力ならそれなりにあります。なので、今レン様に突如糸のようなものが巻きついて横に素早く引っ張られていくように移動したのが見えました。
あの動きは明らかにおかしな動き……それに、叫んでたから遊んでたわけでもなさそうですし……最後になにかキラリと光るものも見えた気がします。
私は少し思案した後、レン様が引っ張られていった方に行くことにしました。




