140話 起きたら誰もいない
◇◇レンside◇◇
「よっしゃっ! 戻ってきたぁー!! って、いてててて?!」
朝、僕はハイテンションで目が覚める? いや、身体は寝てても意識はずっと起きてたから目が覚めるではないか。
そして、ぐっと伸び押したらなんか背中とかがすっごい痛いんだけど……なにこれ?!
僕はあれからあまちゃんに色々と教えて貰って空を飛ぶことをマスター出来たために、そのあと少しだけお礼を兼ねて一緒にオンラインゲームをして自分の身体へと帰ってきた。
いやー、練習したかいがあって最初は動くこともままらなかったけど今では手足を動かすように飛べるようになった。
さらに、空を飛べることによって戦術が増えたし、自分自身の戦闘力も上がったと思う。それに、空を飛ぶために移動時間がすごく短縮されるしね! すごく有意義な時間であった。
「んーー………よし! しっかりこっちでも出来る!」
少し、魔力と神気を操作して翼を顕現させてみた。向こうでできてたからこっちでも出来ると思ってたけど念の為ね。まぁ、ただ出してみたかったって言うのもあるけど。
あと、色々研究した結果、僕は魔力だけなら問題なく繊細な操作ができるんだけど、神気だと勢いがありすぎて上手くできない。
だから、両方を同時に操ってハイブリッドでやることにした。そうしたら魔力を温存でき神気操作も上達できて一石二鳥。
二重操作をするのもなかなか厳しかったけど、それも練習あるのみと思ってやっている。もうエリュにも引けを取らないくらいは神気操作も出来るようになったんじゃないかな?
まぁ、そのために早く華憐とかみんなに自慢したくて意気揚々とハイテンションで戻ってきたんだけど。
「あれ? エリュは?」
いつもは隣で寝てるエリュがいなかった。
一応、いつも起きる時間に合わせて戻ってきたんだけど……トイレでも行ってるのかな? いや、エリュは剣で精霊だからトイレしなかったな。それならもう起きて先に食堂でも行ったんだろう。
「よっし! はやく自慢してこよーっと!」
気持ちを切り替えて僕は朝の支度を済ませる。
いつもは鬼メイド……なんか語弊があるな。鬼人メイドのオリビアがお世話してくれることが多いんだけど今日は来ないな。
まぁ、あの完璧メイドさんもたまにはお寝坊さんなこともあるよね!
僕は深く考えることなくいつも通り朝食を作りに食堂に向かうことにした。
■■
「ふんふふ〜ん♪ らんら〜ん♪」
翼を手に入れたことがあんまりにも嬉しいからついつい上機嫌に鼻歌とか歌っちゃう。
今、台所で大鍋でスープを作ってるところ。エリュシオンの住人は今ではもう沢山だからいっぱい用意する必要があるからね。
「それにしても、みんな遅くないか?」
僕はいつも朝食を作るのが日課みたいのになってるから、みんなの誰よりも、ピィナの朝の鳴き声よりも早く起きるんだけど、さすがに一人で全員の料理を作ることは出来ないから、シロ様とかカレールとかオリビアとかハルとか料理できる人に手伝って貰うんだけど、その誰もやってこない。
だから、ほとんどの料理を僕一人で作ったことになるんだけどそれは別に気にしてはない。たまにはみんな同時にお寝坊さんって日もあるだろう。
あるかな? あるよね、僕が小学生の時はみんなで合わせて集団寝坊みたいなことしたし。
だから、まぁ、それはいい。けれど、もうとっくに朝日は登ってる。さすがに誰も起きてこないっていうのはおかしいよね? ピィナのおはようの鳴き声も聞こえてこないし。
何かがおかしい。さすがに僕もそう思い始めてきた。
「とりあえず、華憐の部屋に行ってみるか」
そう思って華憐の部屋に来たんだけど……。
「もぬけの……殻?」
大きな声で名前を呼んだり、ドンドンとドアを叩いても返事一つしないから、もし着替えていても事故だよーって言って入ってみたんだけど、華憐、アルカの姿どころかベット、本棚、タンスなどの家具はあるもののそこには何も入っておらず荷物も何も無かった。
まるで、妻が夫に愛想を尽かされて出ていかれた様に。
「どうなってるんだ?」
とにかく、何かが起きてる。それは決定事項だ。
もしかして、あまちゃんが送る世界を間違えた? あの世界とは全く同じようで違う世界に送られたとか。それとも、何かみんなが寝ている間に未曾有の事態がおこって転移をされたとか。
「とにかくほかの人がいないか探してみよう」
テンパって混乱する頭を回転させて、みんなの部屋を一つずつ見ていくことにした。
だが、ミーナの部屋、クルアの部屋、ルカの部屋、子供部屋、ホテル部屋、どの部屋を開けても華憐の部屋と同じで、その部屋に住んでた人、住んでた人が持ってた物がキレイさっぱり無くなっていた。
「みんな、どこに行ったんだ……」
それから展望台、空中庭園、倉庫、大ホール、お風呂と色々なところを探してみたけれどやはり誰もいなくて生活感も全くなかった。
だんだんと焦りが込み上げてきて、もうすぐ冬になるというのに背中が冷や汗をかいてる。
今まで沢山の人がいて賑わってた場所に物音一つしないとこれほど不気味で恐怖が湧き上がってくるなんて。
「そ、そうだ! 電話! 華憐はスマホを持ってるから繋がるかも……」
咄嗟に思いついた。今こそスマホの本来の使い方をするべきだろう。あんな真夜中にべちゃくちゃと長話するためにある訳じゃない、連絡を取るためにあるんだ!
スマホのロックを解いて電話アプリを開く。華憐の番号を押して耳に当てると、呼出音が鳴り始める。
「出ろ……出てくれ……華憐……」
だが、その願いに反して虚しく呼出音が鳴るだけだ。
「………『カチャ』…華憐っ! 『この電話番号は現在使われてないか、電源が入っておりません。ピーッという発信音の後にお名前とご要件を』……くそっ」
呼出音が止まって華憐が出たのかと思ったけど、留守番電話になったことについつい悪態を吐いてしまう。
とりあえず、どこにいるか、無事かどうか、みんなどうしたのかを言って切る事にした。
「みんな、一体どこに……」
思えば、この世界にきて一人ぼっちになったのは今だけかもしれない。
飛ばされた時も華憐と一緒だったから、決して一人じゃない無かった。
今更ながら、僕はみんなに助けられていたんだということに気がつく。僕は寂しがり屋だから。
特に華憐の存在だ。僕は僕が思ってた以上に華憐のことがかけがえのない存在なんだ。
「みんなっ! 華憐っ!! どこだぁっ!!」
そう気が付かされると、もういても経ってもいられない。僕は大声でみんなの名前を呼びながら全力で走って探し始めた。
「華憐っ!! みんなぁっ!! はぁ……はぁ……っ?! あれは……」
息もキレキレになって、窓際に手をついて呼吸を整えている時、ふと窓の外が視界に入ってきた。
そこは、僕の知ってる景色じゃない。
巨木な我が家の外だから、もちろんエリュシオンになるんだけど、前に見た時は所々建物が建っていただけだったが、今ではさらに森が切り開かれて居住区には多くの建物が、商業区にも僕の知らない建物がたくさん増えていた。
それはもうしっかりと街って呼べるくらいに。
「これは一体……いや、もしかしたら華憐たちはあそこに?」
そう思うといてもたってもいられない、エレベーターに乗って降りるのも面倒だ、僕はそのまま窓を開けて飛び降りた。
幸い、昨日翼を手に入れた僕は『原初の翼:夜明け』を顕現させて空を飛べるため、地面に大激突してお陀仏とはならない。
こっちに戻ってからの初めての飛行は華やかにお披露目で行きたいと思ってたけど、緊急事態の今ではそんなことは言ってられない。
「ちっ……どこだ、どこにいる?!」
だが、上からこの街並みを見下ろしてみても華憐たちの姿はどこにもないどころか、人の気配もしない。まるで廃墟のように。
「…………ん? あそこは」
ぐるーっと、大きく見渡してるとキラリと光って目につくものがあった。
そこは迎賓区の方で、そこにも割と立派な建物が建っており、その先にある完成間近だった城からだった。
「とにかく行ってみよう」
もしかしたら誰かいるかもしれない、そう思って城に向かうことにした。
そして、相変わらず大きくて立派な門をくぐり、城に入ると、
「は? 何がどうなってるんだ……? ていうか、気持ち悪い……」
城の中は、僕の大っ嫌いな蜘蛛の巣で埋め尽くされてた。
廃城っていうよりは、綺麗な城に新しく蜘蛛の巣を張り巡らしたような感じ。
「華憐っ!! みんなっ!! いるのかっ?!」
とりあえず、蜘蛛の巣は触れないように移動しながら大声でみんなの名前を読んでみるけれど、虚しくも声はこだましていくだけだ。帰ってくる声はない。
カサカサ……カサカサ……。
カサカサ……カサカサ……。
その時にどこからか何かが動くような音が聞こえた。
僕はとっさにエリュを構えようとしたが無かったため、無詠唱で魔法を発動待機状態にしておく。
カサカサ……カサカサ……。
カサカサ……カサカサ……。
「なんだ……? ひっ?!」
まだ音は消えないために油断なく辺りに注意を向けていたが、それを見てしまった。
八本の脚がシャカシャカと動き、八個の単眼で僕のことを見つめて、口を気持ち悪く動かしてる僕の超苦手な、Gよりもそれはそれは苦手な虫……蜘蛛。それに、ただの蜘蛛じゃなくて座布団くらいの大きさの大きな蜘蛛。
「うぃ、『ウィンドカッター』!」
反射的に魔法を放つも、その蜘蛛は飛び跳ねて避けてシャカシャカと僕に近づいてくる。
「あっ、まて、来るなっ!!」
咄嗟に後ろに逃げようとしたが……。
「なっ……?!」
入ってきた扉は既に蜘蛛の巣できっちりと止められ、その上には一体のさっきの蜘蛛よりも一回りも二回りも大きなキングベットサイズの蜘蛛が。
別のところに逃げようとしたが、いつの間にそこにいたのか座布団くらいの大きさの大きな蜘蛛が沢山いて、僕はもう囲まれていた。
「ど、どうすれば……」
蜘蛛たちは動けない僕を嘲笑うかのように、カチカチのその口を動かしながら、ゆっくりゆぅーっくりと近づいてくる。
右も左も後ろも前も一体どこにいたのか、次々と現れる蜘蛛たち。
もう、僕の顔からは血の気が引いている。
「こ、こうなったらちょっと城が壊れたとしても……」
僕はこの当たりを吹き飛ばすような魔法を使おうと魔力を練り始めた時だった。
蜘蛛なんだから予測できただろうが、華憐たちがいないこの非常事態、そして大っ嫌いで苦手な大量の蜘蛛によってそのことが完全に頭から離れていたんだ。
突如、目の前に大きな黒い塊が落ちてきた。
「ひっ?!」
黒い塊、それはもちろん天井から糸を使って落ちてきた蜘蛛で、
「ぎゃああああああああああああああああ!」
それはもちろんたった一匹な訳がなく、
「あ…………」
そして、僕の顔面に蜘蛛が落ちてきた瞬間、僕の意識はそこで途切れたのだった。




