アメニモマケズ
「あっ、ウサギちゃんだ」
声の主に目を向けると、正宗くんが下駄箱の前に寄りかかっていた。
「ウサギじゃなくて、ウサコ」
こだわりがあるあたしの妙な指摘に、正宗くんはケラケラ笑った。
「ごめん、ごめん。ウサコちゃんね」
「アルマジロくんを待っているの?」
正宗くんは、そうだよーっと軽い言葉を返す。
あたしは帰ろうとしていた手を止めて、正宗くんの隣に立つ。
「次郎を待つの?」
「うん。だって、正宗くんと帰るってことは女の子と一緒じゃないってことだよね」
「あはは、そうだね」
正宗くんは面白そうに声をあげて笑う。
「アルマジロくんに一言、挨拶したら帰るから。二人の邪魔はしないから、ちょっとだけいい?」
首を傾げたあたしに、正宗くんは一瞬目を見開く。
「ウサコちゃん、俺らカップルじゃないからね」
邪魔してくれてかまわないよ、と苦笑いされた。
「正宗くんとアルマジロくんっていつから、トモダチなの?」
「知り合ったのは中学の入学式。今年で4年目の付き合いだね」
「ずいぶん、長いね」
「昔のあいつの写真、欲しい?」
「えっ?」
あたしはパッと正宗くんの顔を覗き込んだ。
そうとう、あたしの顔が面白かったのか正宗くんはなぜか、ケラケラ笑う。
「でも、条件があるよ」
「条件?」
「うん。どんな時もあいつのことを見捨てないこと」
「えっ?」
「あいつのこと、見捨てないって約束できたら、写真をあげる」
――――――印象に残るほど、このときの正宗くんは真面目でどこか寂しさを兼ねていた。
あたしはとっさに言葉を失って、呆然と彼を見つめる。
アルマジロくんに何があるというのだろう。
正宗くんがこんなに心配そうな顔をする理由があるのだろうか。
もし――――――もしも、彼がどんな問題を抱えていたとしても
「あたしが見捨てるなんて――――――もし、あるとすれば、アルマジロくんがあたしを見捨てるんだと思う」
えっ、と驚いた声を出した正宗くんが何かを言おうとした。
だけど、結局、次の言葉をつなげる前に、別の声が会話を邪魔した。
「あっ、ウサコ?」
聞きなれた甘い声に、二人がそろって顔を上げると、アルマジロくんがきょとんとした顔で立っていた。
「アルマジロくん、お帰りなさい!」
「アルマジロじゃねぇし、ここは家じゃないからね」
呆れた顔のアルマジロくんは、あたしの横の下駄箱から靴を取り出す。
あたしとアルマジロくんを交互に見た正宗くんは、まるで古いコントのようなしぐさで
作ったこぶしを手のひらに落とした。
「俺、用事があったのを思い出したわ」
「はぁ、帰りにCDショップに寄るって言ったよな?」
睨んだアルマジロくんに、正宗くんはとても軽い。
「ごめんごめん、それは明日にして。わりぃな」
正宗くんはさっさと靴を履き替えた。
「んじゃ、アルマジロ。また明日な」
正宗くんは誰が止めるのも待たずに、帰っていってしまった。
「――――――もしかして、あたし邪魔した?」
あたしの言葉に、アルマジロくんはため息をついた。
律儀にアルマジロじゃねぇーし、と小さく呟いたのが聞こえた。
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アルマジロくんと一緒に帰れる機会なんてそうそう、ない。
なぜなら、彼はいつも女の子と一緒だから。
「わざわざ、あいつがCDショップに行くのを付き合えって言うから……」
ぶつぶつ文句を言っているところから察するに、今日は正宗くんと約束していたから女の子と帰っていないのだ。
「ごめんね」
たぶん、あたしのせいだから。
小さく短く、謝った。
「なんで、ウサコが謝るの?」
「だって、きっと、正宗くんはあたしのために帰ってくれたんだと思う」
「たとえ、そうだとしても、俺と約束していたのはあいつで、破ったのもあいつ。ウサコの責任なんて、何一つないよ」
やっぱりアルマジロくんは、女の子の扱いに慣れている。
女の子の気持ちをさらっと汲み取って、罪悪感を抱かないように流してくれる。
そんなアルマジロくんだから、あたしは?ごめん?の言葉を?ありがとう?に変える。結局、アルマジロくんからは「だから、なんでお礼を言うの?」って笑われたけど。
昇降口を一歩、外に出ると、雨が降っていた。
「朝は晴れてたのにな……」
アルマジロくんはどんより曇った空を見上げて、呟いた。
「あっ、あたし、傘持ってるよ」
あたしは手持ちの鞄をごそごそとかき分けて、「はいっ」と青い折りたたみ傘を渡した。
「ふーん。用意がいいね」
アルマジロくんはちょっと感心したように頷いた。
「で、ウサコの家はどのあたりなの?」
「えっ?」
「傘、一本なんだから、送っていくよ」
「一本じゃないよ」
「えっ?」
アルマジロくんはきょとんとした顔になる。
あたしは、パタパタ音を立てて走っていき、昇降口の傘たてから傘を取った。
「今日、朝のニュースで雨だって言ってたから」
真っ赤な花柄の傘を持って笑った。
「そうとう、用意がいいな」
アルマジロくんはあたしを呆れたような顔で見ている。
「うん、あたしと一緒にいれば、雨にも負けない!」
「宮沢賢治かよ」
「今日のあたしのメリットだよ」
アルマジロくんはカラッと笑って、「ばーか」って毒づいた。




