守りたい女の子
「逢沢次郎」
渡り廊下を歩いている最中、フルネームで名前を呼ばれた。
振り返ると、見たことがあるような……女子生徒が立っていた。
「何か、用?」
口にした声音が、思ったより、冷たく響いた。
女生徒が泣き出したら、めんどくせーな、って思ったら、女生徒は泣き出すどころか舌打ちした。
「あんた、マジなわけ?」
「はっ?」
「ウサコが好きってまじか、って聞いてんの」
見覚えがあると思ったら、ウサコの友達か。
「えぇと」
「藤岡 美紀よ。っていうか、あたしの名前なんてどーでもいいから」
「あぁ、藤岡さんね。俺ね、心が好きだよ」
「軽いわね」
「藤岡さん、俺のこと、嫌いなんだね」
びしびしと感じる空気。
突き刺すような鋭い瞳。
明らかに、俺、嫌われているよね?
「あたしは、あんたみたいな男が、ウサコの傍にいるなんて、許せない。ウサコに必要なのは誠実な男。あんたじゃないわ」
「でも、心が好きなのは俺でしょ」
きっぱり、言い切った俺に、藤岡さんは目を吊り上げた。
「あたしはあんたの余裕の態度が嫌い!!いつまでもかっこつけてんじゃないわよ!好きな女の事くらい、必死になって見なさいよ!!」
「俺、結構、かっこ悪くなったと思うけどね」
藤岡さんの眉がぴくりと揺れる。
「はっ?」
「カッコつけてるなら、ホームルーム中に二度も、教室に乗りこまねぇーし。朝から、心の兄貴にいびられるがわかってて、心の家に行かねぇだろ」
藤岡さんのまなざしの中に、疑いが色濃く出ている。
「心が好きだよ。藤岡さんが心配することは何もないよ」
「あたしは本当にあんたが嫌い。余裕の顔で、何もかもさらっていくような男、大嫌い」
ごめんね、って謝ったら、火に油な気がして、何も言わずに口を閉じた。
しばらく、藤岡さんは俺の前で突っ立ったまま、身動きを取らない。
「ウサコのこと、どれくらい気がついている?」
「それって、心が触られるのを怖がっていること?」
藤岡さんはパッと顔を上げて、深い息を吐いた。
「あんたってムカつくくらい、ちゃんとウサコのこと見ているのね」
「それってムカつくことなの?」
あからさまに頭を抱えてみせた藤岡さんに、俺はケラケラ笑った。
「ウサコは、男性恐怖症なの」
「うん」
「あの子には辛い過去があって。あれ以来、男の人に触られるのをひどく怖がってる。布越しならまだしも、素肌に触れるなんてもっての外よ。あの子の抱える心の傷はとても深い。だから、本当はあんたみたいな男じゃなくて、もっと誠実なウサコだけを愛してくれるような人が良いの。もし、あんたが、生半可な気持ちなら、どうせ、ウサコを受け止めるなんてできないからさっさと、消えて」
「藤岡さんは、心の事が本当に好きなんだね」
「なっ、今、そういう話はしていないでしょ!」
藤岡さんは俺の目の前で顔を真っ赤に染めた。
「藤岡さんの言いたいことは良くわかったよ。君の心配していることも尤もだと思う。なにせ、俺、今まで遊んでたしね」
だけどね。
俺は、その言葉を告げて、口を閉じた。
ちらりと見ると、心がちょうど、向こう側から歩いてくるところだった。
「アルマジロくんと美紀が一緒にいるなんて、珍しい。どうしたの?」
不安そうな顔で、俺と藤岡さんを見上げている。
「なんでもない」
藤岡さんはきっぱり言い切って、心の腕を掴む。
「さっ、教室に行きましょう」
藤岡さんはやっぱり、俺と心を引き離したいみたいで、心の腕を引っ張っていく。
「藤岡さん」
俺は彼女を呼び止めた。
苦虫をかじったような顔で振り返った藤岡さんに、俺はくいっと口端を持ち上げた。
「覚悟はしてるよ。本気だからね」
何の話!?、なんて騒いでいる心の傍で、藤岡さんはちっと舌打ちした。
「ウサコ、あたし、先に教室に戻っているから」
藤岡さんは、掴んでいた心の腕を離すと、スタスタと先を歩いてく。
「えっ!?美紀?」
呼び止めても止まらない藤岡さんの背中を、心は首をかしげて見送った。
「心、さっきの時間、調理だったんだね」
心が腕に抱えている包みを指差した。
「えっ!?あっ、うん」
「俺には、くれないの?」
俺はあえて、口を尖らせて、首を傾げてみた。
目の前の心は、顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。
「あげたいけど、美味しくないかも。あたしが作ったし。料理上手じゃなくて」
もごもごと口の中でしゃべる心の顔を覗き込んだ。
「俺は心の手作りが食べたいの。美味しいクッキーが食べたいんじゃないんだよ。わかる?」
「う、うん」
心はぱっと顔を上げて、小さく頷いた。
可愛いらしい心。
守ってあげたくなる俺にとって唯一の女の子。
「アルマジロくん、どうぞ」
差し出したクッキーの包みは、ちゃんと包装されて、真っ赤なリボンがくくりつけられていた。
「ありがとう。心のクッキー、味わって食べるよ」
心が嬉しそうに微笑んだ。




