他には選べない
「逢沢くんが迎えに来てくれたわよ!」
下から、ママの声が響いてくる。
えっ?なんで?
あたしはスカートを履く手を止めた。
アルマジロくんの家から、学校へ向かう道のりは、あたしの家とは正反対。
朝の忙しい時間に、わざわざ遠回りをしてきたことになる。
ハッと我に返ったあたしは慌ててスカートのホックを止めた。
こんなときに限って、胸に着けるリボンが見当たらない。
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逃げるなら、捕まえればいい。
基本的に、男は逃げるものは追いかけたくなる生き物だ。
心はわかっていないだろうが、俺も例外ではない。
俺を本気にさせておいて、心が逃げるなんて許さない。
朝が苦手な俺が、わざわざ早起きして、心の家に向かった。
チャイムを押すと、母親らしき人が中から出てくる。
「逢沢くん、ウサコ、呼んでくるわね。待ってて」
俺が礼儀正しく、「お願いします」と軽く頭を下げると、女性はパタパタと奥へ走っていった。
しばらく待っていると、再び、玄関のドアが開く。
「アルマジロ、迎えに来ていたのか」
苦虫をかじったような顔で出てきたのは、心の兄貴だった。
「この間は自己紹介もしなかったな。俺は、心の兄で真だ」
「ありがとうございます。俺は、知っていると思うけれど、逢沢次郎です」
「お礼を言う必要はねぇよ」
真の目は鋭く研ぎ澄まされていて、俺を睨みつけている。
「俺が名乗ったのは、おまえに?兄貴?なんて呼ばれたくないだけだからな」
俺を本気で嫌っている。
それがビシビシと空気を伝わって、響いてくる。
「おまえ、心のことが好きなのか?」
真はポケットからタバコを取り出して、一本加えた。
緩慢なしぐさで、タバコに火をつける。
紫煙を吐き出しながら、ちらっと俺を見た。
「好きです」
きっぱり言い切ることができる。
この気持ちを誰かに隠す必要はない。
「あんた、モデルだろう。心じゃなくてもいくらでも」
俺は首を横に振った。
「心じゃなきゃだめなんです。あいつだけが俺の心にまっすぐに飛び込んできた」
心じゃなくてもいいなら、こんなに苦しい想いを味わうことはなかった。
今までたくさんの女と付き合ってきた。
誰でもいいなら、今までどおり日替わりで女と付き合えばいいんだ。
でも、もうそれじゃ満足できない。
心じゃなければ、満たされない。
「心が好きなんです」
俺の告白を、真がどのように受け止めているのかわからなかった。
タバコを咥えた手で、口元が隠れて、笑っているのか怒っているのかもわからない。
見えている目元は決して、険しいものではないように感じた。




